あなたの瞳の海に住む


「朱ちゃん、ちょっくら幾つか欲しい物あるんだけど…申請良い?」
「未有ちゃんから直接的な申請って割りと珍しいよね…?もしかして、嗜好品としては今じゃ手に入りにくい部類の物とか?」
「うん、まーそんなとこ。“本物”に拘りたくてね〜。近い内までに手に入れば文句は無いから、申請リスト確認宜しく…っ!」


 そう言って、欲しい物をリストアップした申請リストのデータを、朱ちゃんのデバイス宛に送信した。


「未有ちゃんからの直接的申請自体珍しいし、未有ちゃんはきちんとした人だから、可能な限りは希望に添えれるようにするよ。えーっと、ちょっと待ってね、今確認するから…。未有ちゃんから送られてきた申請リストは、っと…………、え?」


 送られてきた申請リストのデータを確認した朱ちゃんがデバイス画面に表示された品目を見て、一瞬固まる。
数秒間フリーズするように固まった後、私の方を仰ぎ見て再度確かめるように問うてきた。


「えっ……コレ、本当に未有ちゃんが欲しいヤツなの…?」
「うん、そうだよ。意外だと思ったでしょ。驚いた?」
「いや、そりゃ驚くよ。だって、まさかの物だったし。……念の為にもう一回訊くけど、コレ、本当に未有ちゃんが欲しい物で合ってる…?」
「凄ェ疑ってくるじゃん…っ!大丈夫、ちゃんと合ってるから!心配無いように言っとくけど、ソレ…私用のじゃないからね?」
「あれ、そうだったの?直接的に申請来たくらいだったから、てっきり未有ちゃんが使う用なのかと…」
「違うよ。まぁー…強いて言うなれば、“贈る用の物”ってとこかな?」


 何の事か理解出来てないっぽい彼女に、敢えて口で言わずとも分かりやすいように卓上に置いてあったカレンダーのとある日付を指し示してにこりと笑った。
その指差された位置を見て、漸く合点が行ったんだろう、口許を押さえてハッとした後、内緒話をするように唇に人差し指を立てて“shー…ッ”と返し、ニヤリと笑い返してきた。
おまけに、この密かな企みに了承した事を示すサインだろう、親指をグッと突き立てて小さく「任せて…!」と返ってきた。
 どうやら、色良い返事をもらえそうであるのは確かなようだ。
期待通りに事が進む事を期待して、休憩時間にお邪魔しましたとそそくさとその場を去っていった。


 ―其れから一、二週間後の事である。
朱ちゃんから「申請が通ってた物が届いたよ」と報告があり、こっそり受け取りして部屋へと持ち帰り、一部のラッピングを施す。
この為に、前々から包装紙などをご丁寧にも準備していたのだ。
更に別に紙袋も用意して、当日、もう一方の“贈り物”と一緒に突っ込んで渡すのだ。
一人の密かな企みは一人の協力者のバックアップの甲斐もあって、滞り無く進んでいった。

 そして、某日――。
 私は、一人テラスの柵に凭れ掛かって煙草を吹かす男に向かって声をかけた。


「コーウちゃん…っ」
「未有か…何か用か?」
「投げるから、上手くキャッチして受け取れよ」
「は?何の事…、――ッ!?」


 特別前置きも無しに突然振り被って呑気に煙草を吹かす男に向かって物を投げた。
完全に油断し切っていた筈の彼は、しかし驚きながらも見事な反射神経でパシリッと顔面にぶち当たる寸でで受け止める。
そして、突然の暴挙とも言える真似に不機嫌そうな顔で以て返す。


「いきなり何するんだ…!危ないだろ、こんな物投げるなんて…っ」
「そんくらい、コウちゃんなら余裕で躱すか受け止め切れるだろ?」
「だからって、物寄越すのに思い切り顔面狙って投げてくる事は無いだろ…?――…で?何なんだ、コレは」
「やる」
「そうかい…くれるってんなら、ま、貰っておこうかい。…中身は何が入ってるんだ?」
「開けてみりゃ分かるよ」
「…悪まで俺が自分で確かめない限り言わない、って事ね。分かったよ。んじゃ、遠慮無く開けさせてもらうとするか」


 自分がすぐ隣で様子を眺める傍らで、煙草を咥えたまま受け取った物のがわを包む包装紙を存外丁寧な手付きで破き、中身を露にしていく。
 ちなみに、外装を破く手前、彼はラッピングに使われた包装紙の柄や梱包の仕方に対し、「随分と丁寧なラッピングだな…おまけに、此れを選んだ奴はセンスが良いらしい」との感想を零していた。
小さなところでの頑張りも褒めて頂けて地味に嬉しかった。
まぁ、その小さな喜びは内心だけに留めて面には出さぬように努めたが。


「おっ…俺が愛飲してる煙草『SPINELスピネル』じゃないか!しかも、1カートン。未有がくれる物にしては随分と珍しい物だが、どうしたコレ…?普段、煙草なんかの類いとは無縁のお前からコレがポッと簡単に出てきたりなんかしないよな。という事は、わざわざ常守に申請してまで手に入れてきたって事になる訳だが…どういう風の吹き回しだ?コレって何かの口封じ用の賄賂とかだったりする?」
「捻くれてるなぁ〜、コウちゃんてば…。何かあげたり渡したりするのに、んな面倒くさい理由付け要る?」
「ここ最近、日本みたく平和で安全で秩序の保たれたような国からは暫くずっと離れてたもんでね。色々と疑り深くなったんだよ。悪かったな、捻くれた人間で」
「まぁ、時が経てば人間少しは変わりもするからね。当然っちゃ当然でもあるか。用心深くなる事は悪い事じゃない。…でも、今日が何月の何日かってヒントで気が付いちゃくれないかなぁ〜…?」
「あ…?今日?今日は確か八月十六日の平日で、特別何の記念日でも無かった筈だが…。八月の十五日である昨日なら、旧時代では終戦記念日と定められていた日だったと思うが……」


 “そういう事じゃない”という気持ちを全面に出した顔でジトリと呆れた風に見遣っていれば…ようやっと或る事を思い出したらしい彼が表情を和らげて微笑んだ。


「成程…そういう意図だった訳か」
「気付くのおっそォ…ッ。コウちゃんてば、自分の誕生日忘れてたの?」
「まさか、この歳になってまで誰かに祝われるような事があるとも思わないだろ…っ。…でも、嬉しいよ。有難う。こうして変わらず面と向かって祝ってくれる奴が居てくれて、俺は幸せ者だよ」
「喜んでもらえたなら何より…!」
「一本ずつ大事に吸わせてもらうぜ」
「誕生日プレゼント一つお渡し叶ったって事で、流れでもう一個の方も渡しとくね。ハイ、どうぞ。まだ熱いから気を付けて」


 そう前置きして、紙袋からもう一つの誕生日プレゼントとしてマグボトルを手渡した。
蓋もしっかり付いてて中身が溢れないようになっている仕組みだが、淹れ立て熱々の液体が入っている為、取り扱いには少々注意な物だ。
煙草の次は何かと思って渡されたのが飲み物でキョトンとするコウちゃん。
暫し、私と手元のマグボトルとを見比べてきた。


「容れ物からして飲み物だという事は察せられるんだが…中身は一体何なんだ?」
「まぁ、試しに一口飲んでみ?」
「…変な物とか入ってないだろうな?」
「誕生日プレゼントだっつって渡してんのに嫌がらせ染みた真似するかい…!」
「いや、縢だったら仕込んできても可笑しくはないぞ」
「私はかがりんと違うし、あの子はもう居ないんだからんな真似しないっつの…!!」


 何気無く言い放った言葉にハッとして、思わず暗い気持ちが過り、顔を俯かせそうになった。
その時、頭の上をポン…ッ、と彼の大きな掌が撫ぜてきて、無性に泣きたくなってしまった。
失った過去や時間は、もう戻ってこないと知っておきながらも。
 私は未だ心の隅に蟠りのようなものとして、彼等と過ごした記憶の欠片を抱いて引き摺っていた。
其れを、一時は巣から離れていたと言えど、当時同じ時を過ごした者同士分かってくれていたのだ。


「…すまん、余計な事言ったな。悪かった」
「いや…嘗ての一係の皆と過ごした記憶も大切な思い出で、私の生きる糧だから、コウちゃんは悪くないよ。私の方こそ、変に勝手に感傷的になっちゃって御免…」
「暫く見ない内に成長したんだな…お前も」
「そりゃあね。いつまでもクヨクヨとしてらんないくらい忙しいのが一係ですから…っ!昔の頃と比べて成長くらいするさね」


 改めて持ち出した自分の分のマグボトルを目の前に掲げて、彼の杯と乾杯を交わすようにカップの縁を軽く打ち合わせた。


「改めまして、誕生日おめでとう、コウちゃん…っ!」
「…嗚呼、サンキューな未有」


 二人して小さく「乾杯」と告げたところで、お互いに一口ずつカップに口を付ける。
途端、口の中に広がってきた芳醇な薫りに、彼は感嘆の声を漏らした。


「ん…っ!美味いな、コレ…!本物の豆から挽いた珈琲じゃないか!!こんな物、どっから手に入れてきたんだ…っ!?」
「ふっふ〜ん!独自の秘密ルートから仕入れたので、其れは極秘情報なのだよ〜…っ!」
「狡いなぁ〜、こんな美味い物知ってて黙ってたとか。全く、お前はいつも俺を楽しませてくれるな。お陰様で、こっちに戻ってきても退屈せずに済みそうだ…っ」
「そりゃ良うござんした!…ちなみに、仕入れルートは極秘だから明かせないけど、この珈琲は特別に仕入れた物だからね…っ。私の部屋になら焙煎機あるんで、飲みたくなったらいつでも遊びに来ると良いよ〜!」
「金は取ったりしないよな?」
「勿論、タダに決まってんでしょ…!」
「ははっ、そりゃあ良い。そしたら、本物の豆から淹れた珈琲飲みたくなったら、お前の部屋にお邪魔したら良いんだな?」
「あっそゆ事〜!」


 ニシシッ、といった笑みを浮かべながらそう返せば、彼はとても穏やかな顔で以て微笑むのだった。

 密かな企みを暴露したついでに、実は贈り物として贈るのに紙の本とも迷ったのだという事も白状した。
大体の有名所の本は既に持ってそうor読破済みそうだった事もあって、迷いに迷った末やめたのである。
其れを訊くと、彼はまた先程とは別の意味で嬉しそうに目元を和らげて微笑んだ。


「別に、既に読んだ事のある本だって貰えたら嬉しかったぞ?紙の本ってのは、今じゃ存在自体が貴重だからな。其れをわざわざ探して見つけ出してくれたんだとしたら、嬉しくない訳無いだろう?」
「でも、やっぱりせっかくならまだ読んだ事も出逢った事も無い本の方が新鮮味もあって良いかなぁ〜、って思って諦めたんだよね。コウちゃんが前に持ってた本は、朱ちゃんとかギノさん辺りが回収してくれてるとは言えさ。あ、忘れない内に言っとくと、回収した一部の内の数冊は私の部屋に置いてあるから。読みたかったら勝手に持っていって良いよ」
「おぉ、そうだったのか。ソイツは有難い…っ。是非とも、今度暇した時にでも一度覗きに行ってみるよ」
「部屋のパスコードは前と変わってないから、お好きにどうぞ」
「あぁ、ありがとな」


 深い味わいのするお気に入りの味の珈琲を共に味わいながら、二人一緒に外の風に吹かれるのだった。


「…そういやぁお前、いつから珈琲飲めるようになったんだ?前、俺が此所で執行官として居る時はまだ苦くて飲めないって言ってたろ?」
「今更ァ〜…?私だってそれなりに良い歳してるんだから、そりゃ珈琲だって飲めるようになりますぅ〜っ!」
「そうか…お前も大人の味が分かるようになったんだな……其れだけ時も経ったって事か…」
「え…っ、ちょっと、此れくらいの事でしんみりしてこないでよ……っ。確かに昔は子供舌だったし、味覚も餓鬼だったのは事実だったから認めるけどね?そんなしみじみと語る事でも無いでしょうが!?」
「いや、何かふとお前の成長を思うと、こんなにも逞しくなったんだなぁと保護者染みた感情が湧き上がってきてだな…」
「コウちゃん、本気で大丈夫…?日本離れてる間本当何があったの?急に老け込むのだけはやめてよ?コウちゃんまだ若いんだから」
「すまん…ちょっとだけ感傷的になってた。花城の奴にスカウトされる前に逢った子供がな…テンジンっていう女の子だったんだが、少しお前に似たところがあって放っておけなかった事があったりと、色々あったんだよ……」
「え、ちょちょちょ、何々急に…っ。え、え…?どうしたのよ、マジで。私の珈琲飲めるようになったエピソードなんて、言うて“何か知らんけど気付いたら飲めるようになってた”ってだけだぜ?そんな感傷に浸るまでの切っ掛けとか無いじゃん??コウちゃん、本気でどうしちゃったのよ…ッ」
「変に歳食ったせいで涙脆くでもなったのかもなァ」
「天変地異やん。明日槍でも降るんじゃねーの…?」


 流石の其処までのボケは許されなかったのか、容赦無い拳骨が降ってきた。
痛い…っ。
何だよ、全然元気じゃねーか。
一瞬でも心配してやったの馬鹿みたいだし、損した気分だわ。
 全く以て歳取る事知らなそうなくらい若いでやんの。
…なぁんて、年齢についての話題にナイーブになってきている彼には黙っておいてやるが。


執筆日:2021.08.16
公開日:2021.08.21
Title by:またね

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