おはよう皆、朝御飯の時間だよ


翌朝、己の生得領域内に居る時と変わらずぱちりと目を覚ましたらしい宿儺様からどふりっ、と腹の上に乗っかられて起床を促された。


「おい、起きろ小娘。朝だぞ。」
『うぐふ……ッ、お、おはようございます、宿儺様…っ。わざわざ起こしてくださって有難うございます…。すんませんが、今すぐ起きるんで…あの、上から降りてもらっても良いっすか…?』
「ふむ、今だけは俺に指図する事を許してやろう。俺が呼びかけてすぐに起きた事ときちんと礼も述べれた事に対してな。もし起きねば張り手の一発くらい寄越してやろうかと思っておったが故に少々惜しくもあるが…まぁ、貴様のなかなかに従順なところに免じて大目に見てやるか。俺は今気分が良いからな。」
『其れは良うござんしたね…。』


まさかのっけから可愛らしい姿になった宿儺様のお顔を拝む事になろうとは思わず、朝からちょっと吃驚してしまった。

そんなこんな寝起きからぞんざいな扱いを受けつつも目が覚めたので身を起こせば、まだ隣ではすこーっと寝息を立てる虎杖が気持ち良さそうに眠っていた。

寝相でパーカーがずり上がった為か、思いっ切り腹がオープンになって見えているのも気付かず眠りこけている様だ。

小さくなっても虎杖は虎杖なのか、無防備に晒されたお腹は鍛え抜かれた其れで大変引き締まっており、逞しい腹筋が惜しげもなく晒されているのに対してちょっと羨ましくなんて思わなくもなかったり。

取り敢えず、朝は朝だし、こんな身になろうと一応現役学生なのは変わりないので起こしてやる事にした。

あと、腹出しっぱにしてると風邪引くよ。


『おーい、起きろ虎杖ーっ、朝だぞー。』
「…ん〜……っ、ハンバーガー…むにゃむにゃ……。」
『私はハンバーガーじゃないぞー。良いから起きろーっ。然もなくば宿儺様から容赦無い蹴りが顔面目掛けてお見舞いされる事になるぞーっ。痛い目見たくなかったら早く起きなさーい…っ。』
「ん゙ん゙ぅ…っ、んー………庵原……?何で朝から庵原の声が…、」
「チッ、あのまままんまと起きねば食らわしてやったものを…面白くない小僧だ。」
『や、おはよう虎杖。躰の調子は如何?』


元々寝起きが良いのか、其れ程苦労せぬ内に目覚めてくれた虎杖に向かって朝一番の挨拶を告げる。

すると、一瞬固まったっぽい虎杖が次の瞬間には跳ね起きて飛び上がり、壁に張り付く様にして狼狽えた。


「なっ、ななな何で庵原が俺の部屋に、しかもナチュラルに俺のベッドに居んの!?」
『あれ…っ?もしかして昨日の事覚えてないの?』
「え…っ?昨日、俺何かしたっけ……?」
「やはり、此奴の頭はとことん抜けているらしいなぁ。」
「え、何で宿儺が外に出てきて………、あ。」
「漸く思い出したか馬鹿め。一々世話の焼ける餓鬼だ…。」


寝惚けてたのもあったんだろう、漸く現状に頭が追い付いたらしい虎杖が申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。


「うわぁー、御免庵原…っ!すっかり忘れたわぁ!せっかく起こしてくれたのに邪険にするみたく扱って本当御免なぁーっ!!」
『いや、別にそんな気にしてないから良いって。寧ろ、こっちとしては意外とすぐに起きてくれただけ有難いと思ってるし。』


昨日の一件を一晩寝ただけで忘れるなんて芸当、私には到底無理だけど…とかって思った事は敢えて口には出さず自身の胸に仕舞っておいた。


「どうでも良いが…朝飯を食いに行くのではないのか?早く行かんと間に合わなくなるぞ。」
「あ…っ、そうだ朝飯!食いっぱぐれない内に早く行かなきゃ…!」
『その前に顔洗って髪の毛整えてこようね〜。虎杖、寝癖付いてるよ。』
「嘘っ、ドコドコ?」
『後ろっ側んとこ、ちょっと跳ねてる。自分で鏡見てきた方が早いよ。私も私で一旦自室戻って支度してこなきゃだしね〜…。』


そう告げて虎杖の部屋から一度出ようとベッドから降りようとした時、ベッド脇に置いてある大量の紙袋の存在に気が付いた。


『うおっ!?何じゃこの大量の袋達は…っ!?数えげつな!』
「俺が起きた時には既に其処に置かれてあったぞ。」
『うわ、マジか…。えー、いつの間に五条先生来たん?全っ然気が付かなかったわ。』
「っていうかさぁ、たぶんコレ全部ブランド物の袋だよね…。だって、俺、この店の名前見た事あるもん。」
『え?ま?ヒッエ…!流石ゴジョセン、恐るべし財力……ッ!!』


試しに恐る恐る中身を確認してみたら、子供用サイズの服らしき物がごっそりと入っていた。

あと、何やら猫じゃらしっぽい物やネズミの玩具なんかが入った袋もあったけど、其れは見なかった事にした。

まだ二人も気付いてないっぽいし、後でこっそり処分しとけば良いかな…?

全く、ふざけたあの人の考えそうな事である。

一先ず、軽くザッと中身を検めて一息吐く。

全部ブランド品で如何にもお高い品だったのは見るからに分かったけど、見てみた値札の桁が可笑しくて笑い通り越して頭スペースキャット状態になったわ。

…猫だけに。

私は大量の袋達はそのままに後ろを振り返り、キョトンとする二人の背をくるりと反転させてこう述べた。


「どうした?小娘。」
『うん…見なかった事にしよう。』
「は?」
「え?」
『此れ等全部見なかった事にしよう、ね?』
「えぇ…何、そんなやばい物入ってたん?」
『ん〜、とりま今唯一言える事は、“此れ全部合わせた総額凄まじい事になるよ”ってな感じかなぁー。』
「おわ…マジか…先生どんだけ金持ってんの?おっかねぇ〜…っ。」
『まぁ、五条家の人間だかんねぇ…平気であの額出せるくらいにはお金持ちって事だよ。一先ず、アレはそのままにしておこう…何か触れるのも億劫になる程恐ろしいから。』
「貴様は何を見てそんな事を言っておるのだ?まるで化け物でも見た様な口振りではないか。」
『要はそんだけ凄ェ額した代物のパラダイスだったって話だよ。』
「ヒェ…ッ!!」


触らぬ神に祟り無しばりに恐れ慄いて紙袋の山から距離を取れば、この状況を理解出来ぬ宿儺様から胡乱気な目で見られた。

虎杖は私と同様の反応なので余計になのだろう。

一先ず、満場一致で紙袋の山はそのままそっとしておく事が決まり、取り敢えずは当初の目的を成す為に各々動き出すのだった。

私は自室へ、虎杖と宿儺様は顔を洗いに洗面所へ。

ふとそこで、縮んだ姿のままでは顔を洗うのも洗いづらいのでは…と思い、その場で振り返って見てみれば杞憂だったのか、自らちゃんと用意した踏み台を使って洗面台の前に立っていた。


「ん…?庵原どしたん?」
『…いや、もしかしたら手伝い必要かなって思っただけだから。その様子だと何も心配無さそうね。』
「うんっ。まぁちょっと不便だけど、自分一人でも出来そうだから心配要らないよ。気遣ってくれてサンキューな!」
『ん、じゃあ私自分の部屋戻ってる。支度終わったらまたコッチ戻ってくるから、そしたら一緒に食堂行こうね。』
「おっす!」
『ってな訳っすから、宿儺様また後で。』
「早くしろよ。俺はそう気が長い方ではないのでな。」
『分かってまーす。』


宿儺様から単刀直入に急かされたのもあって、急ぎ足で女子寮の自分の部屋まで戻ると、ちょっ早で身支度を整えて虎杖の部屋へと戻った。

野薔薇とは違って、私はそんなに身支度に時間を掛ける方ではないから、大して時間を掛けずに終える事が出来た。

その理由に、単に面倒くさがりなとこがあるからなのもあったけど。

野薔薇程お洒落に気を遣う方でもなかったから、髪も手っ取り早く簡単にくるりと一つに団子で纏めただけで終わりだ。


『お待たせ〜、二人共!さっ、食堂に行きましょか。』
「うんっ!宜しくお願いします…!」
『ハイ、任されましたぁ〜。』


素直な虎杖らしく「ん!」と腕を万歳して見上げてきたのを、昨日と同じ様に宿儺様と一緒に前で抱き上げて運んでいく。

何も言わない宿儺様だが、ぴこぴこと耳を動かし尻尾を揺らすところを見るに運ばれる事自体は不快ではなさそうなので安心した。


「昨日帰ってきてから何も食べないまま寝ちゃったから、俺もう腹ペッコペコだよ〜っ。」
『そういえばそうだったねぇ〜。』
「…つかぬ事を訊くが、貴様等平然としておるのは良いが、今の姿で常と変わらず人の其れと同じ食事を摂っても良いのか?小娘は何も変わらずしているから関係は無いだろうし、俺も呪いであるが故に食事など端から必要としないから忘れておったかもしれんが…小僧はそうもいくまい?」
『「……あ。」』
「揃いも揃って阿呆とは、先が思いやられるな…。」


憚りもせずに大きな溜め息を吐いた宿儺様には大変申し訳なかったのと同時に大事な事に気付かせてもらって感謝の気持ちが一気に押し寄せて胸中複雑になった。

今更歩みを止めるのもアレかと思えたので、結局そのまま二人を連れて食堂へと向かった私達。

すると、其処には基本遅めに朝食を取る組である伏黒と野薔薇…、そして件の五条先生が居た。

昨日、既に一度今の虎杖達の姿を見ている二人は特に目立った反応は見せず、何時もと変わらぬ挨拶だけ告げてきた。

私と虎杖も其れに対して平然と返す。

だがしかし、野薔薇一人だけは昨日の件をまだ知らされていなかった様で、凄まじいリアクションと共に詰め寄られた。


「ちょっと“ソレ”どういう事よ!?」
『あ゙ーっと…今の反応から察するに、五条先生からまだ何も聞かされてないっぽいみたいっすねぇ……っ。』
「この人…大概適当過ぎる程適当だからな。よく教師勤まってるよな、って本当思うぜ…。」
「え〜、恵ったら失礼だなぁ〜っ。此れでも僕ちゃんと教師らしい事色々やってるし、日々生徒の事を思って頑張ってるんだけどな〜?」
『大事な話説明すんのハショっといてよく言うよ…。』
「いやまぁ、確かに五条先生ってかなりふざけた人だとは思うけど、そんな言う?」
「悠仁、其れフォローになってないよ。寧ろ傷口抉っちゃってるから。僕だって一応人間だから地味に傷付くんだけど。」
「そんなのはどうでも良いから早よ説明せんかい…ッ!!」
「朝っぱらうるさい女だな…喧しくて敵わん。」


ひたすらカオスな場が広がる現状。

面子が面子なだけにそう容易には収集が付かないのであった。

一先ず、お茶を一服して落ち着いてもらったところで、御飯を食べながら話をする事に。

ちなみに、虎杖の御飯は五条先生が買ってきてくれた高級猫缶とフードと茹でただけのササミというメニューなう。

一応、半分ケモ化して猫の身になっているので、万が一があっては大変という配慮からであるが…最初こそ微妙な顔をして引いてた割りには実に美味しそうにバクバクと食べているので、単純な子で良かったと思う反面将来が心配になった。

宿儺様はと言うと、私達が食事している間は隣の席で暇そうにしながらテーブルに頬杖を付いて大人しく傍観するに努めていた。


「昨日、悠仁と心咲にはとある任務を任せて行ってもらってたんだけど〜、其処でちょっと厄介な術式を使う呪霊が居たみたいでね〜。斯々然々かくかくしかじかあって悠仁は今の姿になっちゃってるって訳…!ついでに、その時の影響で悠仁の中に居た宿儺は分離、おまけに悠仁と同じ姿になっちゃった、ってな話なんだよね!いやぁ〜っ、参った参った…!」
「コイツ説明する気あんのか…ッ!?」
「この人、昔っからこういう人だから何言ったって無駄だぞ…。言うだけ無駄っつーか、言う方が疲れるだけだから。早々に諦めた方が楽だな。」
「猫缶ってTVのCM見てただけじゃ“本当に美味いんか?”って思ってたけど、結構イケんのな…!美味い!!」
『そっかぁ〜、美味しかったなら良かったねぇ〜っ。』
「…やはり此奴は阿呆決定だな。」


説明という説明をしないふざけた調子の教師に怒り狂う野薔薇を余所に、呑気にウマウマと笑顔で高級猫缶に舌鼓を打ち感想を零す虎杖に、頭をヨスヨスと撫でる事で余計な火種を生まない様努めた私であった。

傍らでその光景を眺める宿儺様から呆れた目線とお言葉を頂くも、彼には何も響かないどころか全く聞こえていないんじゃないかとすら思える程のスルーっぷりだったので…。

宿儺様の方も一々突っ込むのに飽きたのか、その後は無言でフテ寝する様に椅子に背を預け腕を組んで目を瞑り、己はこの不毛な会話の輪とは部外者だと徹するのであった。


―暫くして、食事を終えて皆席を立ち出した頃に、五条先生から例のブランド店の紙袋の山の件について触れられた。


「ところで…昨晩、僕が買ってきといた服の諸々を分かりやすくベッド脇に置いてたんだけど、気付いた?」
『あぁ…やっぱりアレ、五条先生だったんすね…。』
「あれ?もしかしてまだ見てない?」
『いや…一応見るには見たんすけどねぇ……一着に付く値段がやば過ぎて手に取るのも恐ろしくなったんで、そのまま部屋に置いてきちゃいました…っ。』
「えーっ?せっかく僕が二人に似合うコーデ選んできたんだから着せてよ〜っ。宿儺専用の着物だって、僕のお古着させようかとも考えたけど、わざわざ新品のヤツ買って寄越してあげたんだからさぁ!」
「仮に、貴様の着ていた服など渡されていたとしても此方から願い下げだったがな。」
「たぶんそう言うだろうなって初めから分かってたから、わざわざ懇切丁寧に用意してやった僕に感謝しろよ…?ちなみに、気に入らないからって破いたり裂いたりなんてしたらぶっ殺すからね。」
「ほぉ…?何なら今から一戦交えるか?丁度今、至極退屈しておったところだ。退屈凌ぎに此処は一つ暴れさせてもらうとするか。」
「くくく…っ、マジでやる気じゃん。良いの?僕、絶対勝てる自信あるけど。お前の事、ボッコボコに伸しちゃうよ?」
「ほざけ。」
『止めんしゃいおまい等…っ。此処の建物ぶっ壊す気か。』


まさに一触即発、そんな空気になりかけたところを私が間に入って止める。

買い文句に売り文句言うだけなら構わないけど、此奴等ならリアルにファイティング始めそうだったから止めた。

本当、呪いの王様相手に何っちゅー発言かますんすか、この人は…っ。

呆れて物も言えなくなりそうで、とりまそう言った念を込めた視線だけ投げといた。

ちなみに、その呪いの王様にはぺしんっ、と軽く頭を叩く程度の制裁を加えて止めさせて頂いた。

その点についての文句は一切飛んでこなかったので、たぶん了承範囲内と思って良いのだろう。

代わりに、近くで様子を見守っていた伏黒が先生側の方へ止めに入ってくれた。


「アンタも、何安い挑発に乗ってんですか…。呪いの王相手に煽り文句に煽り文句返さないでくださいよ。…大人げないですよ?」
「そうだよ先生〜っ。宿儺の言う事に一々付き合ってたらキリ無いって!」
「だぁーって彼奴ムカつくんだもーん!」
「大の大人が“もーん”とか言わないでください…正直言ってキモいです。端的に言って引きます。」
「え、ちょっとそんな言う…?」
「良いぞ、伏黒恵。もっと言ってやれ。」
「ぁ゙あ゙…?チビでキュートな見た目になったからって調子こいてんじゃねーぞ、テメェ。祓うぞ?」
『いい加減にしろ、つってんのが聞こえねーのか?お前ェ等…。ガチでこの場でオロスぞゴルァ。』
「ハイ…、すみませんデシタ。だから許して?」
『可愛い子ぶって許されると思ったら大間違いだかんな、28歳成人男子ィ…ッ!!』
「そこで年齢持ち出すとかマジキッツイわ心咲…ッ!相変わらず容赦無い子ね、この子!!」
「…俺、もう行って良いですか?授業始まっちゃうんで。」
「あ、釘先ならもうとっくの昔に先行っちゃったし、伏黒もこの場放って行っちゃって良いよ?」
「じゃあ、後任せたわ…。」
「りょうか〜いっ。勉強頑張ってきてね〜。」


現状の姿のままではまともに授業を受けれないと端から分かっていた虎杖は、そう笑って手を振り、伏黒を見送るのだった。

そして、いつの間にか私達しか居ない事に気付いた五条先生がぽつりと零す。


「あれ…?野薔薇と恵は?」
『もう二人共とっくに出てって授業受けに行っちゃいましたよ…。どうせ私はこの二人の面倒見なきゃならないんで、現状待機ですけどね〜…。』


淋しい風がヒュルリと私達の間を吹き抜けて朝から何とも言えない空気となるのであった。