皮肉に満ちた
クソッタレな
世界で生きる
私達



「呪いより産まれ落ちし者よ、呪いにて還れ」


 簡単な任務を終えて高専に戻る途中の事だった。
通りすがりに出逢った呪詛師紛いの男が、擦れ違い様私へと向けた言葉を吐いたのが聞こえてきた。
私は立ち止まって、振り向き様にこう返してやった。


「…うっせぇよ。テメェに言われずともそのつもりだわ、クソが。失せろ。然もなくば死ぬか?」


 相手は呪いと直接会話する気は無いのか、言うだけ言ってそそくさと去っていく。
飛んだ腰抜け野郎共め。
 ふんっ、と鼻息荒く嘆息いてから歩みを再開させると、少し先を歩いた先で此方が来ていない事に気付いたのだろう、律儀に待ってくれていた悠仁が私の存在を迎えてくれた。


「どうかした?」
「いんにゃ、何でもない。気にしないで」
「そう」


 再び二人並ぶ形で歩き始め、高専への帰路を急ぐ。
簡単な任務だったとは言え、疲れた。
早く帰って報告書済ませて休みたい。
そう考えていたら、ふと頭上から気まずげに此方を窺う声が降ってきて顔を上げた。


「ねぇ…さっきのって、何?というか、誰…?知り合い?あ、もし訊いちゃ不味かったら答えなくても良いから…!」
「…良いよ、別に。隠す必要性無いし。ぶっちゃけて、今しがた擦れ違った彼奴は全くの知らない奴。でも、ああいう事、私に言ってくる人間限られてるから、十中八九呪詛師関係の連中じゃないの?」
「えっ、全く知らない赤の他人だったの!?嘘でしょ!?めちゃくちゃ普通にナチュラルに返してたよね、貴女!!」
「嘘じゃないよ、リアルだよ。あと、おまけに言っといてあげるけど…呪詛師崩れの奴が言った戯言に一々付き合ってやる必要は無いよ。…でもまぁ、一応説明しといてやるとね、――“呪いより産まれ落ちし者よ、呪いにて還れ”…始まりが呪いならば、終わりも呪いにて終われよ――という戒めの言葉だな。……言われずとも、端から極力誰にも迷惑にならずに死ぬつもりだっつの。任務先で死にかけたなら、任務を遂行し終えた後という具合にさ」


 そう吐き捨てるように告げて先を行くよう歩みを速めると、悠仁は何も言わずに付いてきた。
何度言われ慣れてきた台詞とは言えども、聞く度に苛々してムシャクシャしてくるから、正直何も追及してこないのは有難かった。


 ―高専へ無事帰り着いて、手早く報告書を仕上げて補助監督の伊地知さんへ提出。
あとは自由時間だったから、部屋に戻って休もうと踵を返そうとしていた時だった。
不意に、悠仁が思わぬ事を口にしたのだ。


「あのさぁ、伊地知さん、莎草に憑いてる呪いについての資料ってある…?」
「あるにはありますが…どうしてですか?」
「いや、個人的に気になったというか、同じクラスの奴で一緒に任務組む仲間の事はもっと知っておきたいっていうかさ…何かそんな感じ。駄目なら駄目で良いよ。そもそもが駄目元で訊いてみただけだし」
「…そういう事でしたら、まぁ良いでしょう。呪いについての勉強にもなりますしね。特に閲覧不可とかの上限はありませんから、見られると思いますよ。資料室のNo.●●●の棚に収納されています。該当ファイルにつきましては、わざわざ私から言わずともお分かりになるかと。…此方が資料室の鍵です。用が済みましたら、私か五条さんへ返却してくださいね」
「はーい。ありがとね、伊地知さん!んじゃ、ちょっくら調べ物してくる…!」


 急ぎ足でその場を去りかけた悠仁が一瞬私の方へと振り返り、告げる。


「あー…っ、勝手に他人の事詮索するみたいな真似されたら気分悪いよな…。その、ちょっとだけ、語学の為と思って、莎草さんの事調べても良いでしょうか!」
「…素直か。まぁ、別に気にしてないから、好きにしたら良いよ」
「本当!?」
「うんってば」
「よし…っ!んじゃ、ちょっとだけ付き合ってよ!この後暇っしょ?」


 これから部屋に戻ってのんびり休もうかと思ってたところだが…まぁ、良いか。
本人の知らぬ存ぜぬ場所で他人の内情を暴くみたいな真似はしたくないんだろう。
其れこそ、卑怯染みた事のようで。
何処までも優しい男の希望に添ってやる為、少しだけの間付き合ってやる事にした。

 伊地知さんから受け取った鍵を持って、いざ資料室へ。
資料室には沢山の資料等が収められた本棚が所狭しと並んでいた。
だが、目的の物は意外にも意外、伊地知さんに言われた通りあっさりと見付かった。
何故ならば、ファイルの背表紙には此れでもかと分かりやすく私の名前が記載されていたからだ。
其れを手に取って、椅子の在るスペースまで行き、ファイルを紐解く。
 そのファイルには、こう記されていた。

 ―元土地神であった呪霊を祓う任務…等級は一級案件。
向かった先は地方の田舎町の外れ、沼地の先に在る洞窟。
元は、神の遣いに相応しいような見た目の清く真白な姿をしていた、と残されていた文献には記されていたそうだが…実際に蓋を開けてみれば、腐臭を漂わせるだけの醜いドス黒い肉塊と成り果てた、ただの呪いに過ぎなかったと報告に挙げられている。
既にうの昔に信仰の廃れた後に残された残骸のような物、とも記されていた。

 彼は、其れを見て、


「神様って、何なんだろな…居るか居ないかも分からない存在を奉って崇め称えて。仮に神は存在するものだと謳われても、其れが本当の意味で人々に幸福をもたらすものかは誰にも分からないのに…」


 そんな感想を漏らした。
 至極もっともな話だった。
私は其れに、淡々と返した。


「まぁ、実際そんなんが恐ろしいから、毎日誰かしらが崇め奉って信仰を注いでるんだろうけどさ。でも、普通なら信仰が薄れた、信仰が途絶えた神は、本来ならば力尽きてこの世から消えるだけに終えるんじゃないかって思うよねぇ…?何でただの伝承として残ってるだけのもんが人を襲うんだよ。襲うだけならまだマシだった。でも、実際は其れだけに終わらなかった。嘗て土地神として恭しく奉られていた奴は、荒神と成りて神の名を堕とし、呪いと変じて人を呪い祟った。結果、一族労党末代まで残さず祟り殺す呪いを掛けた。その生き残りが私となった…。最早人柱にまでされた挙げ句、今も尚、命を削られながら生きてる。…そう、生きてんだよ。私一人だけはな。その呪いに抗う呪いの力に見出だされたから。だから、まだ私は生きてる。死に絶えながらも命を繋いで。滑稽もクソもねぇわ」


 吐き捨てるように告げた言葉は彼の胸に突き刺さったようだ。
話を聞いていた彼が悲しそうに顔を歪めるのが視界に映った。
だが、相も変わらず私を見つめる事は止めない。
その純粋で真っ直ぐな眼差しが気まずくて、私は逃れるように視線を逸らして他所へと向いた。
途端、沈黙が私達を取り囲む。
 結局のところ、呪いなんてものに、良いも悪いも無いんだ。
この世は常に残酷で、地獄で、クソッタレな毎日だ。
そんな日々の中、今日も変わらず生きている。
私も、悠仁も。
呪いをその身に宿しながらも、今日も今日とて短い人生を謳歌している。
息をして、生きている。

 ―否、生かされているのだった。