呪われし子供



始まりは何て事はない日常での出来事であった。

とある住宅街の外れに在る公園にて呪霊が発生。

直ちに祓ってこいとの任務を課せられ、一人地方の田舎町に徴収された。

発生した呪霊の等級は四級其処ら。

だけども、其奴に引き寄せられて低級にも満たなかった筈の蝿頭共も続々と集まり数を増やしていっているとの事での派遣だった。

結論から言って、正直俺じゃなくても良くねぇかって思う程簡単に終わる任務だった。

単に人手が足りないから偶々スケジュールに空きの出てた俺が向かわされたというのが目に見えた内容である。

あっという間に全て祓い終えてしまい、相手が弱過ぎた事もあって掃除に掛かった時間は総じて数十分にも満たっていないだろう。

わざわざ遠方まで飛ばされて実際任務が片付くには数分とか、退屈過ぎるわ。

ザ・田舎オブ田舎って感じのとこだから周りには何も見て回れるとこなんか無いし。

取り敢えず、呪霊は全部片付け終えた事を補助監督に連絡するかとポケットに仕舞っていた携帯を取り出した時に、今更ながらに気付いてしまった。

帳を下ろした中に自分以外は誰も居ないと思っていたし、さっきまでは誰も居ないと思っていた――遊具の陰に隠れて見えなかった子供の姿に。

気配も薄く今まで騒ぎもせず大人しく遊具の陰に引っ込んで隠れていただけに、気付けなかった己と面倒な事になった事でつい舌打ちをかました。

次いで、子供の元へ近寄りしゃがみ込んで声をかける。


「おい、お前、何時から其処に居た?」
「ぇ…お兄ちゃんが来る少し前くらいからここに居たよ?かくれんぼしながらあそんでたの」
「(一人遊んでてつまんなくねぇの…?)――…今の全部見てた?」
「…えっと、お兄ちゃんが何かしてるのなら見たよ」
「じゃあ、俺が相手にしてた化け物みたいな変な奴…アレも見えてたの?」
「…?お兄ちゃんがたたかってた(?)へんなきもちわるいヤツのことなら見えてたよ」
「一応訊くけどさ…その変な気持ち悪い奴、前から見えてた感じか?」
「んーっと…お化けみたいなのはけっこう前から見えてたよ。ウチのお母さん、霊感強いから、わたしもその血を引いてるんだって言ってた。だから、たまにへんなのが見えちゃうんだって。…でも、ほかの人には見えないから、見えることあんまり言っちゃダメだって言われてるの」
「(ただの霊が見えるのと呪霊が見えるのとじゃ訳が違うんだけどなぁー…こんなガキに言ったって伝わんねぇよなぁー、ハァ〜めんど)――…ふーん。お前の母ちゃん霊感あるんだな。で、お前も見えちまう…っと。何で他の奴に言っちゃダメなの?」
「おかしな子だって思われちゃうのもあるらしいけど…こっちが見えてるってこと、向こうにバレちゃいけないんだって。何かあぶない目にあうからって…。だから、見えてても知らんぷりしなさいって言われてるよ。わたしはよくわからないけど、それでお母さん昔怖い目にあったって言ってたから…怖いのイヤだから、わたしもがんばって知らんぷりしてるよ。見えてても見ないフリするのって、ちょっと大変…」
「へぇ〜…あっそ」


此方が何も言わずとも子供はペラペラと勝手に喋ってくれるから有難かった。

子供は素直で無邪気なのが、こういう時は楽で良い。

面倒くさい爺共相手にするよりも扱いが楽だから。

でも、ガキの面倒とか見るの嫌いだし、ガキ自体うるさくて好きじゃないから、訊く事聞いてこんなとこさっさと帰ってやろうと思った。

そしたら、子供は一番訊きたいと思ってた核心に迫る事を自ら教えてくれた。


「ほんとはないしょにしてようと思ってたけど、お兄ちゃんも見える人みたいだからおしえちゃうね…っ。…実は、さっきのかくれんぼね…アレ、ほんとはへんなきもちわるいヤツから見つからないようにするためだったんだよ。がんばってがんばってバレないように息ころしてたから、わたし見つからなかったの。すごいでしょ…!」
「(ガキの癖に、無意識だけども本能的に彼奴等がやばい存在だって事は理解してるっぽいな…)――へぇ〜、やるじゃんお前。普通なら怖くてすぐ泣いたりすんだろうに、平気なの?」
「んーっと…ぜんぜんヘーキってわけじゃあないけど、もうだいぶなれちゃったから、あんまり怖くないかな。でも、ほんとに怖かったりしたらわたしも泣いちゃう時あるよ?さっきのならまだ大丈夫…っ。あんなにおっきいのははじめて見たけど」
「ふーん…」


そう言って子供は内緒話をするみたく両手を口許に当てて声を潜めて暴露してくれた。

女のガキっつーと、すぐに怖がって泣き喚いたりするかと思ったのに、この子は随分と大人しく冷静だ。

まぁ、其れは元から見える質で親からそういう態度を取るように教育を受けているからだと話の流れで分かるが。

其れにしても、他の普通の子供と比べて浮いて見えた気がしたのは、時と場所による所為か。

はたまた、やはりこの子が本当に呪霊を認識出来ているという場合のケースがあるからかは、まだその時は分からなかった。


「内緒ついでに言うけどさぁ…さっきの事、誰にも言わないでおいてくんない?本当は誰にも見られちゃ不味い事だったからさ、他の人にバレると面倒な訳。だから秘密にしててくんねぇ?ちなみに、母ちゃんにも言っちゃダメだから」
「わかった、だれにも言わない…!約束する!約束やぶらないように、ぜったいにひみつは守るっておまじないのゆびきり、しよ!」
「別にそこまでしなくても良いけど…まぁいっか。ハイ、どーぞ」
「ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたらはーりせーんぼんのーます、ゆびきった…っ!」


子供の小さな小指が俺の小指と絡まって約束事にはお決まりの指切りを交わす。

その様を終始俺はグラサン越しに適当に眺めた。


「終わり…?」
「うんっ。これでないしょのおはなしはおしまいだよ…!」
「そ…っ。じゃ、俺もそろそろ行くとこあるから帰るわ」
「そうなんだ。何だかいそがしそうなのに、わたしとおはなししてくれてありがとう。バイバイ…!」


もうさよならだと分かると素直にお別れの挨拶を口にしてきた子供は、やはり聞き分けの良い子供だった。

任務は片付いた、ならばさっさと報告して帰ろうとしゃがんで曲げていた腰を伸ばし立ち上がったところでふと思い出し、子供の方へ向き直って口を開いた。


「なぁ、お前の名前何て言うの?」
「え?わたしの名前…?わたしの名前は、狗尾莎草だよ。お兄ちゃんの名前は何て言うの…?」
「あ?…悟」
「苗字は?」
「苗字ィ?あ゙ー…っ、五条だよ、五条悟。其れが俺の名前…っ。此れで満足か?」
「漢字は何て字で書くの?」
「はぁ!?そこまで詳しく教えなきゃなんねぇの!?面倒くさ…っ!」
「わたしのはこうやって書くよ」


わざわざ落ちていた木の棒を拾ってまでガリガリと地面にご丁寧にもフリガナ付きで書いて教えてくれた少女が振り返りそう言った。

其奴が地面に書いてくれた其れを見遣って、ぽつり率直な感想を漏らす。


「…意外と難しい字で書くのな、お前の名前って。つーか、其れで“えのころ”なんて読むのかよ。初めて知ったわ(――苗字が若干棘と似た雰囲気してんな〜。“狗巻”と“狗尾”…うん、似てるわ。親戚でも何でもないけど)」
「うん。普通ならそのまま“いぬお”って読んじゃいそうだけどね。わたしもはじめてこんな漢字で書くことおしえてもらったとき、おんなじこと思った。何か同じ名前した草があるんだって」
「ふーん、あっそ…其れ、ちょっと貸して」


子供が教えてくれたってのに自分は教えないのは何か癪だったから、少女から棒切れを借り受けて少女の名前の横に自分の名前をガリガリと書き記した。

木の棒な上に綺麗に平らじゃない地面に書いたから、少し不恰好な字になったのは仕方がないが、この際細かい事は気にしない。


「へぇ…お兄ちゃんの字ってそう書くんだね?何かわたしのとちがってカッコイイ」
「そう?俺は何とも思ってなかったけど、褒められんのは純粋に嬉しいな。あんがと」


そのままにしといても別に構わなかったけど、何か残したままも微妙だったからザリザリと書いた文字を足で消して元の更地に戻す。

そうして改めて少女に別れを告げ、その場を去った。


「―あ、もしもし?呪霊全部片付け終わったから、もう帰って良い…?泊まるにしても、此処よりもっと中心部の方が良いから。此処、田舎過ぎてマジで何も無いし。そーいう事だからさ、そっち戻ったら適当に宜しく」


連絡しそびれていた補助監督に電話を入れ、無事任務が終わって帳が解除されていくのを移動しながら見守る。

少女とは其れきり逢う事など無かったが…少女と出逢った事は、後に思った以上の波紋を広げるのであった。


―時は其れから数ヶ月が経過した頃の事である。

とある地方の田舎町の住宅街で上級レベルの呪霊が発生したのだ。

少女と出逢った場所と其れ程離れていない地域での事だった。

報告があった呪霊の等級は二級。

元々その地域に居た低級呪霊が成長し、他低級共を引き寄せているとの件で祓ってくれとの依頼だった。

数が多い分、傑と二人での任務となった。

硝子は別案件で忙しく、高専に留まるとの事らしい。


「この地域って、ついこの間悟が祓った筈の所だよね?何でこんな早いスピードで呪霊が湧いて出たのかな」
「知らねぇよ。俺はちゃんと全部祓ったもん」
「この間のは低級呪霊の案件だったんだよね?」
「そうだけど…其れがどうかしたのか?」
「あまりに呪霊達の成長が早過ぎると思ってね…。近くに何か曰く付きの物が無いか、呪詛師連中が絡んでないか、少し調べる必要がありそうだとは思わないかい?」
「……っかぁー、面倒くせ…。そういうのは窓の人等に任せといて良くねぇ?」
「まぁまぁ、言われた任務を片付けた後、時間に余裕があれば少しこの近辺を散策してみようって話さ。どうせそう時間は掛からずにすぐに終わるんだから、その後は退屈だろう?暇潰しと思ってちょっとだけ見て回ってみないかい?ついでに何処かお店にでも寄ってみたりとかもアリだろう?」
「…しょうがねぇなぁ〜。傑がどうしてもって言うなら付き合ってやるよ」
「ふふ…っ、有難う。悟は素直じゃないね」
「うっせぇ。一言余計だわ」


傑と少しばかり言葉を交わした後、すぐに報告にあった呪霊を倒して辺りを散策し、結果特にめぼしいものは無く終わり、任務は終了。

俺達は高専へと帰還してまたそれぞれに別々の任務に付かされた。

件の呪霊が発生した原因は、その後暫くは不明のままだった。

しかし、其れが判明した時、再び少女の名を耳にする事となった。


―其れから数年後、また例の地域で上級レベルの呪霊が湧いたらしい。

今度は、その町から少し外れた場所に在る、普段は人があまり立ち入らないような奥まった先の沼地の先、洞窟のようになった場所であった。

其処に件の呪霊は居た。

窓からの報告には、昔この地に奉られていた土地神が荒神となって神の名を堕とし、祟り神となって或る一家の祖先を呪い殺した経歴があると記されていた。

そして、その一家には年若くして死ぬという呪いが掛けられ、祟りという名の呪いは代を重ねて受け継がれた。

祟り神はのちに呪霊と変じて呪術師に祓われたらしいが、一家に掛けられた呪いだけが残ってしまったらしい。

その呪いを受けてしまった一家というのが、その土地に住んでいた狗尾という名の者達であるとも、報告書には記されていた。

あの時出逢った少女と同じ名であった。

珍しい苗字だからと印象に残り、今も忘れず記憶に残っていた。

嫌な予感がした。

同時に妙な胸騒ぎがして、俺は現地に向かう道すがらの車の中で補助監督より窓からの報告に耳を傾ける。

窓からの報告には続きがあった。

話によると、どうもその呪いの掛けられた一家の末裔が今も尚この世に生きていて、普通の人間達と同じく平凡に生活し暮らしていたが、或る時呪いによって家族の者に突然死する者が出たらしい。

その一家は四人家族で、まずは一人、兄が持病を拗らせてそのまま息を引き取った。

次に母親が、息子の死に堪え切れず心を病んで弱り、躰を壊した後に病に掛かり死んだ。

その次には父親が妻の後を追うように衰弱し、やはり死んだ。

残されたのは娘一人であったらしいが、この娘が彼の少女狗尾莎草であり、児童養護施設に預けられた後、消息不明となっているとの事だそうだ。

現在、監視対象となった彼女の行方を追って捜索は続けられているが、まだその足取りは掴めていないらしいと、険しい顔付きで運転を続ける補助監督は言った。

そもそもが消息不明となった原因も掴めていないとも話に、どうにもきな臭い話が絡んでいると上は睨んでいるらしい。

普通なら、ある程度足取りを掴めたり、何かしらの情報を引き出せたりする筈なのだが、其れが一切無いどころか彼女の存在すら浮上してこないらしい。

一先ず、今分かっている事は、養護施設へとその身を預けられた後、外部の者には一切知られぬ形で消息を絶ち姿を消しているという事だけだ。

まだ年端もいかないただの小学生程の子供が、そんな芸当出来る筈もないのは目に見えて分かる事実である。

一度だけではあれど、接点を持った身としては気にならない訳がない。

何かの事件に巻き込まれた可能性も否めない。

が、兎も角どうにかこうにかして彼女の居場所を突き止めるよう、俺は進言した。

理由なんて特に無い。

強いて言うなら私情が許さなかっただけである。

一先ず、今は現状課せられた任務の遂行に当たる事に集中した。

彼女の案件については別個問題だ。

現場に到着するなり、速やかに報告にあった呪霊の討伐を行い、高専へと帰還。

狗尾莎草についての続報を待つ事にした。

だが、彼女の消息と現在の居場所が判明したのは、其れから更に時が経過した後の事であった。