再会は血塗られた部屋で
少女、狗尾莎草の消息と現在所在地が判明してすぐ高専は動き、俺を派遣した。
そうして派遣された海外――中国のとある場所にて、俺は目の前に
「何となくきな臭い話だとは思ってたけどさぁ…海外にまで飛ばされるとは思ってもみなかったっつの」
其処は、高級住宅地の一角に在る豪奢な一軒家だった。
その最上階の部屋に彼女は監禁、閉じ込められているとの事らしい。
窓からはそう報告を受けている。
彼女の目撃情報があったのがこの地点というだけで、其れ以外の情報は掴めなかったとの事だ。
其れもそうだろう。
何でか弱い子供の消息を探すだけに裏社会のルートにまで捜索の網を拡げなきゃならんのだ。
普通思わねぇわ。
けど、現実は何時も無情で残酷である。
彼女の消息が絶たれた後、彼女は例の養護施設職員の手によって裏社会の人間に売り渡され、闇市場にて“呪いを宿した少女”という名目で商品として競り出され、挙げ句の果てに破格の額で買い上げた馬鹿が其れを愛玩具の如く手元に置こうとしているとの事。
そもそもが子供の未来を守る為の養護施設の筈なのに、その職員が裏で何やってんだという話だが、そういう界隈で呪いというか呪物が商品の一つとして扱われているのは以前から少なからず聞き及んではいたが、其れを商品として扱う奴も買う奴も皆馬鹿で頭ユルッユルのクソだと思った。
世の中クソばっかかよ。
本物の呪いがどういったものか知りもしない癖に…。
どうせ名ばかりの代物だと思って
ふざけんなよ、マジで。
こちとらただの海外旅行じゃねーんだよ。
彼女が未だ呪いに侵されず生きていた事は救いだったが、まさかのまさかで元土地神の呪いとは別にもう一つの呪いを宿しているとは思わなかった。
出逢った時には何も感じなかったところを思うに、その別の呪いが彼女に憑いたのは恐らく後の事だと推測される。
全く面倒な事この上無い事態に発展してくれたものだ。
急がねば、何が起因で彼女に宿る呪いが発現するか分からないという指示の下で飛ばされてきた訳だが…今の時点で、凄まじい呪いの気配を感じるにやばい状況に至っている事は把握した。
「…頼むから、手遅れな状況になるのだけは避けてくれよ…っ」
どちらにせよ、不味い状況なのは変わらない。
彼女の情報を掴めたのが数日前で、飛行機のチケットを取って急ピッチで予定を組み替え即此方に飛んだものの…本来ならオークション当日に此方が滑り込みで参加、高専側が彼女を競り落とす予定で組んでいたのが、急遽主催側の問題でオークションの日程が早められ、結果此方が向かう前に名も知らぬ大金持ち(裏社会の人間)に競り落とされてしまったのだ。
予想だにしない現状に苛立ちと焦りは増すばかりで、思わず舌打ちが漏れ出てしまった。
俺は急いで最上階まで辿り着くべく目的の階の窓際まで飛び、窓硝子をぶち破って建物内に侵入、件の部屋へと殴り込みに向かう。
―そして、足を踏み入れた先では、既に血の海が広がっていて、其処ら中真っ赤な錆びた鉄臭い匂いが充満していた。
直感で何もかもが手遅れだったのだと理解した。
視界に飛び込んでくる暴力的なまでの赤に、俺は絶句して暫し呆然と立ち尽くした。
真っ赤な血の海の中心地に立っていた少女が、此方の存在に気付き、振り向く。
その姿は、彼女に似合わぬ仰々しい装いに包まれており、首元には封印の為の術式か注連縄が首輪の様に結ばれていて――極め付けには、此れも呪いの力を制限する為の何かだろう、梵字の描かれた白い布地の面を顔面に付けていた。
しかし、その面も半分程の位置で斜めに切れ落ちており、その下で耀く人為らざる者としての緋色に染まった片目が此方を覗いていた。
凡そ、記憶にあった出逢った時のただの無垢な少女とはかけ離れた姿に成り果ててしまったのだなと思った。
血
「―お前も、私を脅かすのか…?」
面の下から唯一見える範囲の少女の顔には何の表情も浮かべられてはいなかったが、涙の筋が幾つも伝った跡が残っていた。
そして、今のその一言だけで彼女がこれまでどんな扱いを受けてきたのかを察するには容易かった。
故に、俺は声音低く言葉短めに返したのだった。
「………いや、俺はお前を襲ったりはしないよ。寧ろ、お前の事を保護、助けに来たんだよ。断じて危害を加えるつもりはない。――そっちが手出ししてこない限りはね」
「……そうか…。――ならば、此奴等の様に殺す必要は無いな。お前は実に運が良い。私の怒りが収まった後に姿を現したのだから。収まらぬ内にその身を我が前に見せていたらば、纏めて引き裂いておったところだ。お前は実に運が良いな。私に殺されず生きたままである事を感謝し喜び舞い踊るが良い。さぁ、泣いて喜び称えよ。今なら好きに踊り狂う事を許してやるぞ?こんな機会滅多に無いからな。二重の意味で喜ぶが良い」
少女の顔をした何かがそう愉快そうに顔を歪ませて宣った。
ぱちり、赤く染まった目が無邪気に瞬く。
チリチリと肌を刺す様な威圧感が、彼女が上級の呪いと変じている事を指していた。
俺は最悪のケースに至った時の覚悟を決めて、静かに口を開いた。
「…ねぇ、幾つか質問しても良い?」
「ほぅ。この私に愚かにも問いを投げ掛けると来たか。まぁ、今は久し振りの顕現で気分が良いからな…良かろう、お前が私に対し発言する事を許す」
「じゃあ、一個目。…今、お前ってどっちなの?狗尾莎草自身か、其れとも呪いそのものか、どっち?」
「…成程、お前は呪術師か。となると、差し詰め私を祓いに来たという事か……ふふふふっ…、成程な。気付かぬ間に監視でも付いていたか。つまらぬ呪詛師風情の相手ばかりで退屈しておったからなぁ…少しは気も紛れそうで安心したぞ」
「質問に答えろよ」
「おぉ、そうだったそうだった…無視してすまなんだな。退屈凌ぎに、お前の質問とやらに答えてやろう。…答えは後者だ。この
「いや、そんなのどうだって良いし、知ったこっちゃねぇから。問題はそこじゃねぇんだよ、アホ。お前呪いだろ…?何時から其奴に憑いてる?本人がお前の事認識したのは何時だ?あと、此処に居た連中皆殺しでぶっ殺したのもお前か?莎草本人は今どうなってんの?莎草とは変われんのか、どうなの?」
「まぁ、待て待て待て…っ。そう矢継ぎ早に問うてくるでないわ、せっかちめ…。そんなに焦らずとも順番に答えてやるから落ち着け、小僧よ」
「誰が小僧だ、誰が…ッ!」
苛立ちを隠しもせず質問攻めにすれば、少女の顔をした奴はうんざりした顔で面倒くさそうにそう吐き散らした。
ここまで流暢な言葉遣いに会話が通じているところを鑑みて、莎草に取り憑いた奴は恐らく特級レベルの呪霊と見て良いだろう。
ぐちゃり、ぐちゃり、と不快な音を立てて少女の姿をした呪いが此方に歩み寄り、途中、通りの近くを阻んでいた肉塊を邪魔だと思ったのか、何の気無しに蹴飛ばした。
びちゃり、蹴飛ばされた肉塊は赤き鮮血を滴り飛ばしながら壁にぶち当たってその身を変形させた。
其れに思わず眉間に皺が寄るも、奴は気にせず目の前まで来て、俺の事をまじまじと見つめるように見上げてきた。
「……はー…、御主、相当にデカイな…?お前程見上げるのに疲れる身の丈をした大男は初めて見るぞ…。あいや、正確に言えば初めてではないのか…はて」
「良いから答えろっての。祓うぞ?」
「短気は損気と昔から言われる所以を体現したかのような男よなぁ…まぁ良いか。何れから答えてやろうかの…?」
「さっき順番に答えてやるっつったばっかじゃねーか。頭ボケてんのか?耄碌すんにゃ早ぇぞ、コラ。せめてこっちの用が全部済んでからにしろ」
「口の利き方がなっておらんようだなぁ…小僧。あまり調子に乗るのも程々にしておけよ?私もそう優しい質ではないのでなぁ…気が変われば忽ち八つ裂きにしかねん故に、言葉には気を付けよ、小僧。此れは洒落でも戯れ言でもないぞ?私からの有難い忠告だ。次に口を開く際は肝に銘じた
一瞬、奴の呪力がぶわりと吹き上がり、殺意だけで俺の息の根を止めんとばかりに突き刺さった。
特級相手なんて此れまで何度としてきたけど、その中でもなかなかの上を行きそうな奴だと感覚で察した。
本当の力の差は実際にドンパチ始めない限り未知数だから分かんないけど、まぁまず負ける事は無ェな。
下から鋭く睨め付けてきた奴の視線をグラサン越しに受け止め、見返してやりながらそう分析する。
奴が興味を無くしたように先に視線を外して、躰ごとそっぽを向き、何処かへ移動する。
一応、奴の目的と動向を探ろうと
すると、奴は部屋の奥に置かれていた趣味の悪い一人掛けのソファーに腰掛け、再び俺の方を見上げてきた。
相変わらず、奴は少女の顔のまま、白い布地の面で顔の半分程を隠したまま喋った。
「貴様の問いに答えてやろう。しかし、二度は言わんからよぉく聞いておけ。――まずは二つ目の質問からだの。“何時からこの娘に取り憑いておるか”についてだが…此奴が物心付く前という昔から憑いておるぞ。故に、ほぼほぼ娘が生まれた時から共に居るようなものかの…。此奴は今、齢十二となったぐらいだったか、意志疎通も随分前から行っておるな」
「其奴、前に俺と逢ってるけど…そん時は何も感じなかったし、何処にでも居る普通の奴だったけど?(呪いは見えてたけど)」
「…嗚呼、そういえば随分前に一度主とよく似た男を見た事があると思うたが…そうか、貴様の事であったか。成程な。だから見知らぬ顔ではないと思うた訳か。漸く得心がいったわ…」
「意志疎通出来てたっつったな…何時ぐらいからだ?」
「さぁな。正確な時期など覚えておらんよ。…しかし、まぁ、少なくとも貴様と逢う少し前程からであったのは確かだな。まだあの頃は今程はっきりと意志疎通が取れている訳でも、此方の存在を認識し切れている訳でもなかったから何とも言えぬが」
予想外の言葉に俺は内心で当時の自分を殴り飛ばしたいと思った。
―何故、あの時抱いた妙な違和感を放ったままにした?
今更後悔しても遅いが、そう思わずにはいられなかった。
少女の姿をした呪いは話を続ける。
「次に四つ目の質問だの…。“この場に居る人間を皆殺しにしたのは私か”についてだが、此れは
「…成程、其れでこの惨状な訳ね」
「ついでのついでに、この娘を売り飛ばしてくれた愚かな男も、今頃くたばっておろうなぁ?ただのか弱き幼い
「…趣味わっるぅ〜」
「自業自得の間違いであろう?罪を犯した自覚も無くのうのうと生を貪っておったのだから、当然の末路よ。どうせ私が手を下さずとも、天に見放された奴に幸福などありはせん。放っておいても勝手に野垂れ死んだわ。無惨な死を遂げる前に私が殺してやったのだ。感謝されども文句を言われる筋合いは無いぞ、呪術師」
まぁ、確かにそうだろうなとは思ったから否定はしなかった。
クソみたいな事した奴が平気でのさばってるクソみたいな世の中だからな。
知らぬ間に呪いに殺されてるくらいがお似合いなんだろう。
其れでも、自分は呪術師で、自分の仕事はそんな世の中に蔓延る呪いを祓い、出来る限りの人命を救助する事だった。
だから、例え今じゃなくても目の前の此奴を殺さなきゃいけなくなる日が来るんだろう。
目下、俺の目的は狗尾莎草の速やかなる保護という名の捕縛、場合によっては生死も問わないとの命令が下っている。
其れは、最も最悪なケースに至っている場合に限った話だ。
俺としては、まだその最も最悪な状況にまでは至っていないと判断を下した。
だから、まだ望みはある。
というかどうにかする。
此れからの事については、目の前の少女の返答次第で変わってくるのだ。
次に告げるであろう俺からの五個目以降の質問に対する答えを待つ。
「五つ目の質問、“娘自身は今どうしておるか”だが…此れについてははっきり述べておこう。この娘自体は今、我が生得領域内にて眠っておる。先まで起きて話を聞いておったがな…此れ程長く私が表に出る予定ではなかった故に、少々疲れてしまったようだの。まぁ致し方なかろう。何せ、初めて私がこの身で以て現世に完全な形で顕現したのだからな。慣れぬ事をすれば疲労も倍になろうよ。此れまで積み重なった疲労の分もあろうしな」
「呪いが受肉したの自体は随分と前だけど、自覚したのは比較的最近だって事か…」
「まぁ、ここ数年程の間の事だとは言っておこう。…さて、最後の質問よな。“今この場で娘と変わる事は可能か”…答えは是だ。――しかし、変わる前提で条件がある。其れを其方が飲む気が無ければ、私は一切この娘と変わる気は無いと先に忠告しておくぞ。どうする…?」
「…条件は何だ?」
「この娘…狗尾莎草を命尽きるまでは殺さぬと誓え。貴様等呪術師がこの娘を殺そうと手を出してきた場合、その時点で以て私は周りの無害な人間諸共貴様等を襲う。呪術師共も呪詛師共も一匹残らず切り刻み駆逐してみせようぞ。…なに、人を殺すぐらいどうとは思わぬ。――条件は其れだけだ」
「…其れって所謂縛りか何か?」
「無論。貴様等呪術師がこの条件を大人しく飲むならば、此方も其れ相当の条件を飲んでやろう。等価交換というヤツさな。…私は“呪いであって呪いでない者”だ。こんな私と交渉をするのは厭か?厭なら其れでも構わんが。今この場で娘と変わる事は無いだけだ」
「…んー、其れ、俺が勝手に飲んでも良いなら別だけどさぁ。たぶんだけど、勝手に交渉進めたら上にグチグチしつこく文句言われんだよねぇ〜…っ」
「ほぉ、貴様、何処かに属する者であったか」
「その子が元々居た筈の国…日本って言うんだけどさぁ、その東京の山奥に呪術師を育てる学校があんのよ。俺は其処出身で、現在進行形でこの場に派遣されてんの。お前含めた莎草を拘束後の送還、共に帰国しろって指示受けてね。俺もなるべく穏便に事済ませたいしさぁ〜……お前からの条件飲むわ。けど、その前に一個訊かせてくんない?」
「何ぞ…、言ってみよ」
「何で課せる条件が“命尽きるまでは殺すな”なの…?意味分かんないんだけど」
半分は純粋なる好奇心から、もう半分は呪術師として抱いた懐疑からだった。
何かそうしなければならない誓約を彼女と結んでいるのか、そうであれば、やはり厄介な事には変わらず、上は狗尾莎草の始末を命じてくるだろう。
出来れば断るけど。
其れとも、やはり既に呪いの進行で寿命僅かとかが真意か。
首を傾げたポーズで少女の方を見つめたまま待てば、少女の姿をした奴は腕組みを解いて椅子から立ち上がり、俺を見上げた。
「嘘偽り無く申そう…。先の条件を出した理由にはな、この娘が生まれながらに持つ呪いにある」
「あれ、其れって元土地神が掛けた、寿命がそんなに長くないだとかどーとかの呪い…つーか祟りだったんじゃねぇの?」
「流石にその件は知っておるか。…大体は貴様が言う通りで合っておる。先祖代々忌み受け継がれる呪い、魂より結び付いた呪いは、現在進行形で尚この娘の命を蝕み削り取っている。しかし、何故そんな娘が他親族の者と異なり今まで生き延びれたか…
「其れが、莎草と交わした縛り…?」
「まぁな…。一先ずは、そういう事だ。この娘を殺さずに保護する形で受け入れてくれるならば、私は其方側からの条件を飲んでやろう。…あまり長話は好かぬ。早に答えよ」
少女の見た目でえっらそうに口利くとこに腹立って、俺はつい米神の辺りに青筋を立てながら返した。
「こっちとしても莎草の事殺されんのは気に食わない訳。だから、お前を殺さず莎草の事も殺さず高専側で保護する形で受け入れる。お前祓ったら、今の話からするに莎草死んじゃうんでしょ…?」
「まぁ、十中八九そうであろうな。私がこの世に繋ぎ留めてやっておる故に、今尚存命出来ておるのだからなぁ」
「じゃあさ、お前の力使って呪い倒せるように莎草の事育てさせてよ。つまり、呪術師になる教育受けさせてって言ってんの。どの道、呪いや呪霊見えてたんだったら、遅かれ早かれ引き入れられてただろうしね〜」
「…其れが貴様からの条件か?」
「上等でしょ…?だって、呪いにとっては嫌な知識学ばして技術身に付けさせるって言ってんだから。やっすいもんだろ」
「…ふむ、確かに私が出す条件と釣り合う条件だな。別に呪いを殺す知識や技術を学ぶ事に関しては何とも思っとらん。私も呪いは嫌いだからな」
「は…?お前呪いなんじゃねぇのかよ?」
「まさしく私は呪いであり、
訳の分からん事を言う奴だと率直に思った。
だが、少なからず此方側に協力の姿勢を見せる呪いならば、利用しない手は無い。
「交渉成立、だな」
「うむ…。では、約束通り、躰の主導権を娘に返そう。その後の事は、全て貴様に任すぞ。条件を受け入れたからには、最後まで面倒を見ろよ?人の子よ」
一番初めの時とは異なり、少しだけ軟化した態度でそう言った奴は、目を伏せ、意識を内に引っ込ませたのか、主導権が少女の方へと戻ったらしく、まだ意識を眠らせたままの少女はその体勢を崩した。
咄嗟に抱き止めた彼女の身はあまりにも身軽で細く、また、血色が良いとは言い切れぬ状態であった。
此れは直ぐ様帰国しての検査、からの入院コースは免れないだろう。
まともに飯を食えてたのか怪しいくらいの環境下に置かれていたのだ、必然的な流れではあった。
何も無ければ平穏に平凡に他の子供達同様暮らしていただろう少女は、年端もいかない内から呪い持ちとなり、また呪いのせいで家族を失い天涯孤独の身となってしまった。
やはり、呪いはこの世にあってはならぬ存在だ。
…例え、彼女の命を繋ぐのがまたその呪いであったとしても。