熱病に侵される



 ウチのまんばちゃんは綺麗だ。
其れは、お世辞なんかではなく本心からの気持ちである。
 まんばちゃんは綺麗だ。
いつ見たってその想いだけは変わらない。
 此れは、嘘偽りない気持ちである。
間違いなくウチのまんばちゃんは綺麗だ。
 例え、初期刀であるかないかのフィルターを無しにしても。
きっと、まんばちゃんを綺麗と思う気持ちは変わらないのである。


「…おい、何ジロジロと俺の事を見てるんだ。そんなに写しである事が気になるのか…?」


 私としては、写しである事を悪い事だとは思わない。
寧ろ、同じ国広兄弟である堀川君ではないけれど、国広の第一の傑作である事をきちんと誇りに思っているという事を嬉しく思っている。
ちゃんと自分の生まれた意味に誇りを持てるという事は大切な事である。
普通の人間でも、そこまで自身の生まれた意味や価値を見出だす事は簡単ではないのに。
 だから、そういった点ではまんばちゃんは凄いと思うし、尊敬している。


「さっきから何なんだ一体…ずっとジロジロと見てきて。そんなに写しである事が気に食わないのか…?」


 本当にまんばちゃんは綺麗だ。
眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしていても、怒った顔をしていても。
布で隠しているのが勿体無いくらいに。
 もう少し私に気を許してくれるか慣れてくれるかしたら、その布のフードは取ってくれるのだろうか。
いつかで構わないので取ってくれたら良いな、と思う。
まんばちゃんは、布があっても無くても綺麗である事に変わりはないと思うから。

 其れは、出逢った頃から変わらない。
―否、出逢う前…貴方という山姥切国広という刀の存在を知った時から変わらないのだ。


「…ったく、本当に何なんだ、さっきから………っ。何を言うでも無くただただ見つめてこられる俺の身にもなってみろ」
「御免ね。別に、まんばちゃんが写しだからって意味で見つめてた訳じゃないんだ。ただ、貴方が綺麗で私には眩し過ぎるから、ちょっと眺めてただけ。――はぁ……っ、いつ見てもウチのまんばちゃんは美しくて綺麗だわ…。白くて陶器みたいにすべすべした肌、其れに加えてその美貌。全ての美しさが女の私よりも勝っていて平伏ひれふすくらいに完璧」
「は…?大丈夫か、アンタ…どっかで頭でも打ったか?」
「時偶に出るその塩対応、私嫌いでないよ。寧ろ好きです、有難うございます、ご褒美だ…っ」
「…アンタ、さっきからちょっと変だぞ?何処か具合でも悪いのか…?」
「然り気無く私の身を気遣ってくれる優しさ、マジ尊い。無理、好き過ぎる…結婚しよ」
「―本気で大丈夫か?アンタ……」
「何か、偶々通り掛かった伽羅ちゃんに痛い人でも見るみたいなドン引いた目を向けられたけど、主気にしないよ。だって、いつもの事だもの。妹ん処の子と違って馴れ合ってくれない」
「当然だ。同じ俺だとしても、本丸に寄りけり。顕現する本丸によって個体差はあるものだ。元は同じにせよ、所詮は分霊に過ぎない。同じ俺と仮定したとして誰かと馴れ合っているようなら、其奴はただの亜種だ。俺は誰とも馴れ合わない。例え相手が主であるアンタだろうと其れは変わらない」
「突然饒舌に喋り出したかと思ったら軽く妹ん処のディスってきたよ、この子ったら…。別に気にしないし、良いんだけどさ…同じ子が知らない内にディスられてんの聞くのは、審神者的にちょっと悲しいから止めてあげてね?」
「俺の事は俺が決める。命令には及ばない」
「相変わらず冷たいし…。そして見事に馴れ合ってくれないな、ウチの伽羅ちゃんは…」
「彼奴は来た当初からそうだったろう…?」
「うん。そうだったね、まんばちゃん…。もし、まんばちゃんまで似た者同士で馴れ合ってくれなかったら、審神者今頃超絶ショボくれて落ち込んでたよ。其れかマジ泣きしてた。マジでウチのまんばちゃん尊いわ…。もう存在自体がギルティー」
「本当どうしたんだ、アンタ…?熱でもあるんじゃないか?」
「心配してくれるそんな貴方が好きよ、私」
「なっ……!…か、簡単に好きとか、綺麗だとか、言うな………ッ」
「嗚呼…っ、そうやって照れて恥じらうところも可愛いよ、まんばちゃん…!」
「…本気で大丈夫じゃないらしいな、此奴…」


 何か軽く軽蔑の視線を去り際の伽羅ちゃんから貰った気がするけど、今は頭痛の方が勝ってるから気にならないかな…!

 ちなみに、ウチの初期刀はまんばちゃんである。
先に審神者を始めていた妹から色々と聞かされている内にいつの間にかハマり込んでいて、気付いたら沼にドボンしていたのがつい最近の私の近況だ。

 前述した通り、ウチの伽羅ちゃんは馴れ合わなさキングである。
まぁ、本丸に来たのが比較的遅いし、顕現したのもつい最近だから仕方がないのかもしれない。
ただ、妹の話を聞いていた身からしてみたら、もう少し馴れ合ってくれるのかとばかりに思っていた。
 本人が言っていた通り、個体差や各本丸によって性格が異なるのは事実だけども。
一応、先輩審神者である妹からもその件については聞き及んではいた。

 ウチの本丸は、妹からしてみると実に分かりやすく面白い本丸なのだそう。
機嫌がすこぶる良いとめちゃくちゃ桜散らしてるし、そうでなかったら散らしてないし。
特に如実に分かりやすいのが、安光あんみつコンビと蜂須賀・長曽祢さんの虎徹兄弟だ。
仲が悪いとまではいかないのだろうが…よく喧嘩をするのか、初期刀のまんばちゃんや初鍛刀の乱ちゃんは本丸の良心且つストッパー役として苦労している事だろう。
 ウチも妹の処と比べて似たようなもので、比較的始めて間もない本丸だけども、それなりに刀数が増えてきた為に、だいぶ賑やかになってきた。
日々何処かで誰かしらとの喧嘩が絶えなくて騒がしいけれども、其れもウチの本丸の良さという事なのだろう。
妹からも、先日軽い手解きという名の様子見の意も含んだ訪問に来た際に言われたような…。


「――おい、アンタ…少し顔が赤くないか?」
「え、マジで?やだなぁ…まんばちゃんのあまりの美しさにてられたのかしら」
「いや、其れは其れでどうかと思うが…というか、そういう事も有り得るのか?嗚呼…でも、俺は付喪神でアンタは少し前まではただの人間だったのだから、俺の神気や他の奴等の神気に中てられるという事も有り得るのか…。参ったな、そういう場合の対処や対応方法を俺は一切知らないし聞いていない。本丸の誰かに訊いたら分かるだろうか…?」
「あー…っ、いやまぁ、そんな深刻に考え込まなくても良いよ?まだ大丈夫大丈夫。たぶん、ちょっと気持ちが昂り過ぎて火照ってるだけだと思うから」
「其れにしては随分と赤い気がするんだが――、…ちょっと失礼するぞ」


 元々躰も強くなくて、審神者としての能力も霊力の制御もまだ安定していないせいか、体力の無い私は結構ぶっ倒れる寸前まで行っている事が多い。
故に、初期刀の彼には多々迷惑を掛けていて申し訳なく思っている。
 今もこうやって甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼は、本当に優しい上に私の心からの支えとなっている。
やはり、初期刀という刀は、そうなるべくして選ばれるのだという事を改めて思った。

 少し冷たい指先をした彼の掌が私の額に触れる。
顔が赤く火照っていると言っていたが、恐らく其れは彼を想い焦がれるが故の熱なのだろう。
実は…私は、ひっそり密かにだが、彼に恋心なるものを抱いていた。
しかし、たぶん、そういう事に敏感な初鍛刀の乱ちゃんと色々と聡い初泥刀の秋田君には気付かれているのかもしれない。
…彼本刃ほんにんは決して気付く事は無いだろうが。

 ――“恋とは、熱病のようなものだ。”
確か、そんな一文がシェイクスピアの一文にあった気がする。
まさに的を得た言葉だな、と私は思っている。
だって、今の私自身がその一文のように恋という熱病に侵されているのだから…。
 だが、まだ彼にはこの想いを告げる気は無い。
ひょっとしたら、これから先もずっと打ち明けないままなのかもしれない。
でも、今は其れで良いと思っている。
まだ本当の意味で自分に自身を持てないでいる彼に、変に余計な心配を掛けたくないし、私の勝手な気持ちを押し付けたくはない。
 …そう、この気持ちはそっと心の内に秘めているだけで良いのだ。
何せ、今は彼をこの目で見て直接触れられるのだから。


「うーん……やっぱり、少し熱いな…。熱が出てきているんじゃないか?人は、躰の調子が悪くなったり崩したりすると熱を出したりするんだろう…?」
「あ゙ー…もしかして頭痛いのはそのせいかなぁ…?さっきからものごっつ頭痛い……ッ」
「もしかしなくても、そのせいなんじゃないか…?はぁー……っ、全くアンタという奴は、やはり放っておけないな。…いつか本当にぶっ倒れられそうで怖い」
「う〜ん、気圧変化とかでも私頭痛くなったりするからなぁ…。俗に言う片頭痛ってヤツ?」
「熱がある時点で体調不良であるのは明らかだろう。…あまり無茶をするな。主のアンタが倒れたらどうするんだ?指揮を取る者が居なくなっては元も子もないだろ…。何より、アンタはこの本丸の主だ。主のアンタが居なきゃ、俺達はどうする事も出来ない。主が居てこその本丸なんだろう…?」


 金髪翡翠色の眼をした、見た目完全に何処かの主人公みたいな彼は、優しい眼差しで以て私を見つめる。
嗚呼、そんな綺麗で美しい瞳で私を見つめないで。
胸の内に秘めた想いが口から勝手に溢れ出していきそうになるから。


「…アンタがまだ審神者になったばかりで自分に自信が無いのは知っている…。だからこそ、色々と悩み考えて無理をして体調も崩しがちなんだと。…だが、実際はアンタが思い悩む以上にアンタは立派にやってこれている。これからだってそうだ。……だから、その…もう少し自信を持て。アンタも立派に審神者を勤めているのだと…。俺が言えたような口ではないかもしれないが、此れは俺の本心だ。何もかも初めてで色々と分からない事だらけなのは、俺も一緒だ。だが、アンタは決して一人じゃない。本丸の皆が居るだろう…?もっと自分を大事にする事も考えてくれ」
「…まんばちゃん……、」
「俺はアンタの初期刀だ。そんなアンタを支えるのも、俺の仕事だ。その、何が言いたいのかというとだな…えっと、今よりもっと俺達を信じて頼って欲しいという事だ…!」


 ちょっとだけ顔を赤らめて言うまんばちゃんは、とにかく一生懸命に言葉を伝えようとしていて可愛かった。
今、そんな事を口に出したら空気もその場の流れも可笑しくなるので口が裂けても言わないでおくが。
 取り敢えず、彼が何を言いたいのかは分かった。
本当に、彼はよく出来た初期刀様である。
いっそ、私には勿体無いくらいの、素敵な神様だ。


「ぐ……っ、す、すまない…。こんな写しのような俺の拙い言葉が励ましになるとは到底思えないだろうが……っ、」
「…ううん、そんな事ないよ。ありがとね、まんばちゃん。お陰で、色々悩み過ぎてて変に落ち込んでたところ、元気出たよ。有難う」
「いや…まぁ、今言った事が少しでもちゃんと伝わっているのなら、良いんだ。…ともかく、アンタは今すぐに布団へ行け。そして、寝ろ。部屋までは付き添ってやるから…っ」
「親身になって心配してくれてたんだよね、嬉しいよ。本当いつも有難う、まんばちゃん。感謝してる…っ」
「…礼を言われるまでもないさ。アンタを支えてやるのも、初期刀である俺の務めだからな」


 面と向かって言葉を告げるのに慣れていないのか、恥ずかしそうにするまんばちゃんは布を掴んで顔を隠そうとする。
実際、ちょっと引っ張っただけでは完全に隠せはしなくて、赤く染まった顔が見えているのだけど。
其れを指摘すると、本気で全力で恥ずかしがって布を引っ被るか、もしくは最悪部屋に籠って出て来なくなってしまうかもしれないので言わないでおこう。

 そうこうしている内にも熱が上がってきているのか、頭がガンガンと痛み出してきて頭の奥がクラクラとしてきた。
やばい、確かに此れは本格的に不味いヤツだ。
段々と血色の悪くなっていく私の顔色に、彼は顔を青くして慌てて兄弟と薬研の名を呼んだ。
そして、部屋まで歩かせるのも危ぶんだのか、心配性な彼は急に無言になった私を抱えて私の自室が在る部屋まで駆け出したのだった。
 途中、廊下を走る彼に怒号を飛ばす声が聞こえた気がするが…頭が痛過ぎて既に思考が朦朧としていたので誰が何て言ったのかまでは分からなかった。
十中八九、歌仙辺りの誰かだとは思うが、頭痛が酷過ぎるせいで上手く頭が回らない。
きっと、後でしこたま怒られるんだろうなぁ…“また君は無理をして!”――ってな感じで。
頭痛いからお説教はご勘弁願いたいなぁと思いながら、皮肉な笑みを口許に浮かべる。

 そういえば、私、今まんばちゃんに抱えられて運ばれてるんだっけか…?
うわぁ…今更ながら気付いた事だけど嫌だな…っ。
そんなの、後で絶対に正気に戻った時に恥ずか死ぬパターンですやん…?
恋で熱病に侵されるどころか、リアルに本気で熱病に侵されるとか何処のお笑い草だよ。

 熱と頭痛に苛まれぼんやりとした思考でそんな事を考える私は、案外馬鹿というかお気楽者なのかもしれない。


初出日:2018.12.02
加筆修正日:2021.09.23