想い慕う指先
―数日前、体調を崩していた主が寝込んだ。
ウチの主は少し心配性で、ちょっとした出来事でさえも尻込みして一歩踏み出す事を躊躇いがちである。
かと思いきや、迷い無く目的の事の為に突き進んで行ったりもする。
主にとって初めの刀として顕現されてからまだ日が浅いが故に、己の主の事もよく知らず、自身の事もよく分からないまま日々を過ごしていた。
そんな中、この本丸の最古参組として、主の初期刀として、主や皆の事を支え纏めていく立場――近侍の役目を与えられた刀が俺…山姥切国広だった。
何故、俺を初期刀として選んだのか。
そんな深く踏み込んだ内容の話は、未だ訊ける訳が無かった。
俺は、山姥切の本歌――“山姥切長義”という刀の写しであるに過ぎない。
国広の第一の傑作としてこの世に生まれ、価値を見出だされた事自体は自負すると共に自身の誇りであると心から理解している。
だが、写しであるが故に写しである事を深く自覚し、己に其れ以上の価値は無いと自身を戒めてきた。
俺は、写しだ。
だから、写しである事を否定されるのが恐かった。
俺は、写しとして生まれたが故に、生まれ以て背負わされた業とずっと付き合っていかなければならない。
いつしかは現れるであろう、山姥切本歌そのものと比べられる意味と…。
其れでも、俺は自身の“国広第一の傑作という価値”を存在意義とし、今日もこの本丸を支える一刀として努めている。
―ウチの主は、少し躰が弱い。
元々、審神者になる前から丈夫な方ではなかったのだ、とだけ聞いている。
そんなせいか、審神者の素質があると見込まれて審神者になったものの、まだ駆け出しという理由も相俟ってか、霊力の
審神者に成り立てである新人審神者にはよくある事らしいが、主は霊力を消耗し過ぎるとぶっ倒れる寸前まで体力を削られ寝込んでしまうようだった。
ウチの主には妹が居るが、その妹の処の俺みたいに強くしっかりしていたのなら、主の事をもっと支えてやれただろうし信頼に値するに相応しい刀となれたのだろう。
しかし、俺は、彼みたく器用ではないし錬度も其れ程高くはない。
寧ろ真逆で、初期刀として一番初めに顕現された癖に色々と不器用だし、つまらない事で失敗をして一人落ち込む。
いっそ、初鍛刀で打たれて来た乱の方が上手く事をこなすし、何でも器用にやってのけた。
おまけに、根暗で内気な俺と違って明るく元気な奴だ。
彼奴が二番目の刀として来てくれたから、こうして無事に此処までやってこれているのだと思う。
主も含めてだが、この本丸に来る奴は皆本当に相性が良い。
中には日々喧嘩が絶えない奴等も居るが、何だかんだで相性は良いのだ。
―時に、主の妹が言っていた。
“本丸にやって来る刀は、皆来るべくしてやって来る”のだと。
確かに、言い得て妙であると思ったのだった。
体調を崩して寝込んだ主の代わりに、近侍であり初期刀である俺が出来る限りの仕事をこなしておく。
いざ、復活した主が執務に復帰して仕事を片付けれるようになった時に、速やかに仕事へ集中出来るようにする為だ。
其れが、唯一今の俺に出来る最良の事であった。
そんな仕事の補佐という手伝いの傍ら、主の妹の処の本丸と定期連絡を取り、情報交換をしていた。
互いに新人審神者であったが、妹の方が少し経歴が長いとの事で、主達は度々審神者としての交流を深めていく上での情報交換をしていた。
その延長線上の事で、近侍として与えられていた端末を通して、向こうの初期刀である加州とは定期的に連絡を取り合っていた。
今日もそんな内の一つで、互いの本丸で起きた出来事等の近況を伝え合っていたのである。
その折に、向こうの加州がふと思い出したように或る事を俺に伝えてきた。
『―そういえば、まんばは知ってる…?そっちのお姉さん――自分の主の誕生日の日がいつの日だとか、って』
「…いや、そういう個人的な事については何も知らないが……其れがどうかしたか?」
『ちょっとウチの主の方から小耳に挟んだんだけどねー。…お姉さん、もうすぐ誕生日なんだって。ちなみに、日付は今日も含めて三日後の明後日らしいよ。つい先日、体調崩して寝込んだって聞いた後に、主から偶々そういう話聞いてさ。誕生日近いなら、何か手頃な物でも贈り物用意したりするんじゃないかと思って、忘れない内に伝えとくー。ウチの主はあと一ヶ月くらい先みたいだから余裕あるけど、そっちはあと数日だし。もし何か贈りたいって話なら、早めに準備しときなよぉー?…じゃ、これから色々準備する事とかあって忙しくなりそうだから、通話切るね。ま、そう深くは考えなくて良いから、取り敢えずは気持ちが大事だよ〜って事だけは教えといてあげる…!いざとなれば、そっちの乱も居るだろうし、色々聞いて参考にしてみたら?俺に相談したい事があればいつだって乗るし。――偶には男らしく、初期刀の本気、見せてやんな』
「え………?――…は、おい…っ、待て!ちょっと待ってくれ…!急にそんな事を言われても、俺は………ッ!」
『んじゃ、そういう事だから。頑張ってね〜!』
「おい…!加州……ッ!?」
無慈悲にもプツン、と切れた通信。
一瞬だけ薄暗くなった画面に、酷く焦ったような自分の顔が映った。
なんて間抜け面してるんだか…。
何だかモヤモヤと色々悩み考えてた事が急に馬鹿らしく思えてきた。
「誕生日って言われたって…何をどうしたら良いんだ……っ?人の祝い事なんか、今まで一度もやった事が無いし…第一、俺は人の身を与えられて一月程しか経ってないんだぞ…。人の身での経験も浅い上に人の行事について何も知らないってのに、一体どうしろって言うんだ…!…クソッ…、俺が写しだからこんな事になるのか……っ!?」
一人嘆いては、彼方側で初期刀を務める奴の言っていた事を思い出していた。
主が生まれた日という目出度い日は、明後日の三日後であると…。
ならば、何かしら贈り物等を準備するにしても、其れに掛けられる時間は短期間…たったの三日しか無いという事。
かなり限られた日数といい時間だった。
だが、この本丸にやって来て、主と道を歩み始めて、初めての主にとっての祝い事だ。
出来る事なら、
しかし、せっかく祝うのならば、やはり本人に気付かれては駄目なのではないだろうか…?
という事は、本人にバレないよう、且つ普段通りを装いつつこっそりと密かに計画を進めていかなくてはならないという事だ。
…一先ず、この事は皆に伝え共有すべきだな。
動くのは其れからだ。
そう判断して、俺は端末を仕舞って部屋を出た。
皆に主の情報をこっそり伝え聞かせた後、皆から聞いた助言とやらを参考に主へと贈る贈り物の候補を紙に箇条書きにて書き出してみる。
そうして知恵を出し合い、この短期間で用意可能な物を選び抜き、各々に必要な物を連絡事項として伝えた。
初期刀故かが所以してかは分からんが、気付けば、俺は今回の主お祝い計画の司令塔となっていた。
―皆と相談した結果、用意出来る時間も少ない事から、主の誕生日祝いへの贈り物は文を送る事になった。
主にバレぬよう、通常通りの生活を装った上で用意する事から、何故か俺が本丸を代表しての執筆者となった。
…こういう筆や文を扱う物事は、歌仙辺りなんかが適任だろうに、何故俺なんかが…。
写しの俺なんかがこんな大役を任されて良いものなのだろうか…?
後から苦情を言われたりしないだろうか。
不安が後から後から溢れてきて、筆を握ろうとした手を震わせた。
変な汗が掌の内を濡らす。
(クソ…ッ、深く考えるな……!向こうの加州が言っていただろう…っ!!…大丈夫だ、素直に思ってる事を書き出せば良いんだ。主に伝えたい事を…言葉で………)
深呼吸をして、再び筆を持って
大丈夫、文だって立派な贈り物になる筈だ。
そう信じて、一心に自分の内なる思いと初期刀としての気持ちと向き合った。
―そうして書き上げた文は、主の誕生日当日、直接顔を合わせて渡すのは気が引けた為、主が少し席を外して退出している間に執務室の文机の上にこっそりと置いてきた。
後は、主が其れに気付いてくれるのみだ。
「―あれ…?こんな文、さっき部屋出る前まで置いてあったっけ……?」
外出先から帰ってきた彼女が部屋に戻ると、机の上に置いてあった見知らぬ白い一つの封筒の存在に気付き、声を上げる。
自身が不在だった間、こんのすけか誰かが政府からの新たな知らせでも持ってきたのだろうか。
中身は何だろうと疑問を持ちながら、真白な色をした封筒を手に取る。
一応、念の為に宛先人や差出人を確認するも、封筒には裏にも表にも何も書かれてはいなかった。
取り敢えず、差出人は政府からではないなと判断し、中を開けて見てみる事に。
斯くして、中に入っていたのは一枚の白い便箋で、文章はこう綴られていた。
【――主へ
Happy Birth Day.(※何か可愛い動物のスタンプ)
……………?
此れで良いんだろうか…。
すたんぷ?とやらを上手く活用すると良いと、乱やらアンタの妹の処の加州から教えられて使ってみたんだが…よく分からないな。
もし可笑しかったりしたら、すまない。
何分、誰かに手紙をしたためて送るなんて事、した事が無かったからな。
人の身を得てから誰かに文を送ったのは、主であるアンタが初めてだ。
えっと、その…写しの俺なんかが書く文だ。
其れも、初めてな上で慣れていないから、文章もぐちゃぐちゃで読みづらい上に拙い事しか書けてないだろう。
あまり期待はしないで欲しい。
何だったら、軽く読み流すか、最悪後でごみ箱に捨てるなり燃やすなり何なりとしておいてくれ……っ。
今日、アンタの誕生日である事は、アンタの妹の加州経由から聞いた。
(向こうの加州とはちょくちょく情報交換をしている、そのついでに聞いたので正確に言えば直接ではない。)
アンタも審神者を始めたばかりだし、俺も初期刀として仕え始めたばかりだから、アンタの妹のところから聞かされなかったら何も知らないままだった…。
だから、誕生日と言えば、恐らく何か贈り物を贈るべきだったんだろうが…生憎用意出来る程の余裕も無くて、残念ながらこの手紙以外には何も贈る事が出来ない。
…本当にすまない。
アンタの初期刀であるなら、何か手頃で
俺個刃だけの拘りかもしれんが…主であるアンタが生まれた日を祝う事くらいはした方が良いと純粋に思ったんだ。
何たって、一応俺はアンタの初期刀だからな。
アンタがこの世に生まれていなければ、俺達が出逢う事も無かったのだと思うし、アンタが審神者となる事も無かっただろう。
だから、せめて祝いの言葉だけでも贈ろうと思う。
――主、誕生日おめでとう。
アンタがこの世に生まれてきてくれて良かった。
アンタが審神者となってくれて良かった。
アンタが今日というこの日に生まれたという事は、今日という日を境にしっかりと記憶して覚えていたいと思う。
そして…願わくは、また来年も祝わせて欲しいと思う。
来年は、もっとちゃんとした御祝いが出来るよう努力する…。
改めて、誕生日おめでとう、主。
アンタの初期刀として、本丸全員の代表として祝い、この手紙を綴る。
肥後国、丙本丸の初期刀・山姥切国広より――】
―文を読み終えた彼女の瞳から、ぽたり、小さな滴が溢れ落ちた。
俯き加減に瞬きをしていれば、目の縁に溜まった透明な滴が溢れ落ちてしまいそうであった。
「ッ………、まんばちゃん………………っっっ!!」
大切な贈り物の手紙が濡れてしまわぬよう、頬に伝う滴が溢れ落ちてしまう前に彼女は手に持っていた文を机に置いて立ち上がった。
そして、病み上がりな躰であるというのにも関わらず、今想う溢れんばかりの気持ちを伝える為に駆け出す。
誰も居なくなった部屋の文机の上では、一対の真白の封筒と便箋と――…其れに隠れるように在った一つの小さな桜の押し花の栞が散らばっているのであった。
加筆修正日:2021.09.23