酒の酔いも確かにあったかもしれねぇが、今となっちゃ好いた女であるアンタが居たからあんなになるまで酔っちまったんじゃねぇかと思う。

此れは、そんな俺の“酔い”に纏わる話だ。


―目出度い宴の席の事だった。

今日は、この本丸の審神者を勤める奴の誕生日だとか何とかで皆揃って祝福し、賑わっていた。

せっかくだと主の生誕を祝って宴を開こうと鶴丸の奴が言い出して始まった宴会、基、誕生日御祝い会。

洋風な言い方じゃ“パーティー”なんて小洒落た言い方をするんだろうが、酒飲み連中がこぞって蔵から大量の酒を持ち出してきた事もあって、宴会といった言い方の方が相応しい空気となっていた。

嬉し恥ずかしながらも皆からの祝福の言葉や贈り物を受け取っていた主は、其れは其れは大層嬉しそうな笑みを湛えて笑っていた。

俺も柄じゃあないが、好いた女の喜ぶ顔見たさに出先の用ついでに簪なんかを買って、其れを奴の誕生日祝いにと贈る真似なんかしちまった。

周りの奴等に感化されちまったせいだと思ってる。

其れでも、彼奴が…主が、好いちまった女が喜んでくれる様を見ちまっては、柄でもない事をしたとなっても偶にはこんな日も悪くねぇかと思えた。

周りの奴等がどう思ってるかは知らねぇが、密かに俺は主の事を想い慕っていた。

其れも、ただ慕ってるだけじゃなくて、奴の事を心の底から恋慕う…つまりは恋情、懸想を抱くにまで落ちちまっていた。

俺は刀であって物で、主はこの本丸を治める大将であり人だ。

人と物が慕い合って、その上情を交えてまぐわろうなんざ、何を馬鹿な事を…、と下らない事で悩み悔やんだ頃もあった。

だが、色々思い直した結果、俺はどうしようもない程に主の事を好いちまってたし、其れを誤魔化すには手遅れな程主という存在に溺れちまってた。

だから、いっそこの際素直に認めてこの気持ちと向き合い、果ては奴と添い遂げれる事を願うか、と考え直す事にした。

故あって、今は主の側に居れるだけでも幸せだと思えるくらいには落ち着いていた。

主に直接今の気持ちは伝えねぇのかって…?

…まだ早ェだろ。

何より、今の関係を崩すのも気が引けるし、彼奴自身の気持ちが追い付かねぇだろうしな…、って。

彼奴、変なところで純粋っつーのか、初なんだよなァ。

色恋沙汰な事になると途端に鈍くなるっつーか、単に手前の事にゃ疎くて鈍いってなだけか?

…ま、そんなところにも惹かれちまったんだろうけどな。

変に気取らない、飾らないところが、女らしくはねぇんだろうけども彼奴らしくて、俺なんかでもちっとは希望があんのかな…、ってさ。

まぁ、んな惚気話、今は置いとくとするか。

要するに、彼奴自身に直接想いを告げんのはまだ先の事だっつーこった。

…側に居れるだけで満足出来てる今の内は、な。

その内、其れだけじゃ満足出来なくなる日が来ちまうのかもしれねぇけど、そん時はそん時考えるさ。

そんなこんなあって、俺は主の隣の席を素知らぬ顔で陣取って側に居座った。

主も、特に嫌な顔を見せなかったから、俺はそのまま隣に居続けた。

だが、俺が主の事を好いてるってのを表沙汰に出す気は無かったから、そんな気はねぇって顔でただ酒を飲み下すだけだった。

俺なんかの想いは、気付かれなくても良いんだ。

隣に、側に居れるだけで今は十分だった。

そう想いながら、ぼんやりと盃に浮かぶ金粉を見つめていたら、ふと此方の方に意識を傾けた主が俺の方へと躰を向けてきた。


『たぬさんも楽しんでる…?お酒、結構進んでる様だけど。』
「あ…?…あ゙ー、まぁそれなりにな…。美味い酒に美味い料理まで揃ってりゃあ、誰だって嫌でも楽しむもんだろ。」
『ふふ…っ、其れは良かった!つって、今日は俺の誕生日を祝っての祝宴って事なのは分かってるけどね!どうせなら、皆一緒に楽しみたいからね。楽しんでる様なら良かったよ。…あ、さっきはプレゼントありがとね。まだ貰っただけ受け取っただけで中身見れてないけど…っ。』
「色んな奴から沢山貰ってりゃそうなるわな…。俺がアンタにやったのは、別に大した物じゃねぇから、んな気にしなくても良いぜ?どうせ、出先の使いのついでで買った物だしな。」
『へぇ…そうだったんだ。でも、せっかく貰った物だし、有難く受け取っておくよ。丁度今手元にあるし、せっかくだから、どんな物か気になるから見ちゃお〜っと…!』
「どうぞどうぞ〜…。」
『えへへ…っ、たぬさんからの贈り物って何だろなぁ〜?』


子供みてぇにわくわくきらきらした顔付きで小振りの箱を紐解いていく主。

その顔が如何にも嬉しそうな笑みを湛えてたから、俺も嬉しくなっちまって、不可抗力にも顔がやに下がった面になりかけちまったから、咄嗟に力を入れて引き締めた。

そしたら、変に顰めた面になってたのか、近くの摘まみを取りに来た御手杵の奴に怪訝な目で見られた。


「うわ…、アンタ凄い顔してるぞ?何かあったのか…?あ、其れとも何か嫌いな物でも食っちまってんな顔してんのか…!」
「…別に何でもねぇから、放っとけ…っ。」
「うえぇ…っ、余計に酷い顔付きになったぞ…。コッワ…。下手に関わるとこりゃ雷落ちるな、くわばらくわばら〜…。」


そうこう遣り取りしていると、隣から小さな驚きの声が聞こえてきて、其方の方に意識を向ける。

すると、主が俺が誕生日祝いにと贈った箱の中身を見て固まっているところだった。

其れも、珍しく女らしい仕草で口許に手を押し当てた状態で。

俺はその様を敢えてじっと見つめて静観した。


『…え……此れ…って、簪…だよね?…ふわぁ〜…っ、めっちゃ綺麗だし可愛い〜…っ!シンプルなんだけど、凛とした感じがあるところとかが如何にもたぬさんチョイスっぽくて良いね!…ほぁ〜っ、まさか簪なんて物を頂けるとは…!絶対良い店の、其れも絶対高そうなヤツでしょ此れ…ッ。な、何か付けるの怖いな……っ。つか、あまりに綺麗な物貰っちゃった衝撃で使うの勿体なくて飾っときたい精神出てきちゃってるんだが、どうしよう…っ。』


思いもよらぬ贈り物だったか、テンパった様子で感想を口走る主。

簪を贈った理由なんて、アンタの髪が長かったから、とかっていう適当な訳ぐらいしかないのに。

更に言い募れば、周りの奴等がアンタの誕生日祝いの品はどうしようかって話をしていたのを偶然聞いちまったから、其れに便乗して出先で目に入った店に入ってみて、偶々目に留まった品をそのまま会計にまで持って行っちまってた…ってなだけの話だ。

其れなのに、其処まで嬉しそうにされちまったら、勘違いしそうになるだろうが。

…アンタも、俺にそういう気があんのかっていう風に。

だから、俺は堪らず口を開いて言い訳染みた文言を並べ立て始めた。


「…別に、深い意味はねぇよ。アンタの髪が長くて時折鬱陶しそうにしてたのを思い出したから、結い上げるなり何なりして纏め上げれる髪飾りなんかがあったら良さそうだな、と…。其処で、丁度アンタに似合いそうな簪を見付けたから、祝いの品として見繕ってやってきただけだ。…気に入らなけりゃ、誰かにやるなり捨てるなり何なりしてくれ。」
『す、捨てないよ、流石に…!使うの勿体ないなぁ〜とは正直思ったけど、気に入らない訳ではないから!寧ろめちゃくちゃ気に入ってるから…っ!』
「…お、おぅ…っ。」
『こんな素敵な贈り物くれて有難う、たぬさん…!宝物、いや家宝として大事にするね!』
「いや、家宝にまでしてくれなくても良いって…っ。あ゙ー、まぁ、んな物一つで喜んでくれたってのが分かっただけで良いよ…。」
『うん…っ!本当ありがとね!』
「あ゙ーあ゙ーっ、嬉しいのは分かった…!分かったから…っ、その如何にもな顔見せ付けてくんな…。何かむず痒くなってくる…ッ。」
『えへへ…っ、すまん、つい嬉しくて…!でも、本当こんな良い物俺が貰っちゃって良いの…?使うの勿体ないぐらい良い物なんだけど。』
「せっかくアンタの為に買ってやったんだ。出来る事なら使ってやってくれ…。その方が、其奴も喜ぶだろ。」
『おお、確かにそうだな…っ。ザ・物ながらの考えだね。でも、確かに一理あるよね。せっかく貰った物なんだもん。一回くらいは付けてみたいよねぇ…!だがしかし、私猫っ毛だからなぁ…上手く纏まるかしら?』


そう言って、主は半分に結い上げて一括りにしていた髪を組紐の辺りでくるりと巻き、団子状にして俺が贈った簪を挿そうと試みた。

が、普段あまり着飾る事もせず髪弄りもしないせいか、慣れない手付きでなかなか上手く挿せないでいた。

様子を見兼ねた俺が主の手から簪を掠め取って、適当に簡単に団子にしたところへぷすっと手頃な位置で挿し込んでみた。

すると、どうだ。

先程までとはまた違った雰囲気を纏う女が目の前に居るじゃねーか。

俺は、堪らず喉唾を飲み込んで、照れ隠しにぶっきらぼうな台詞を返した。


『えっと…どう、かな?』
「…まぁまぁ良いんでねぇーの?」
『本当…?良かった。…えへへ…っ、何か照れちゃうなぁ、こういうの…。にしても、たぬさんは器用だなぁ〜。私の髪の毛猫っ毛だから、纏める時するする落ちちゃってなかなか上手くいかないのに…ぱぱっと簡単にやってのけちゃうんだから。そんな格好良い事サラッとやってのけちゃってると、不覚にも惚れちゃうぞ…?』


思いもよらぬ一言を貰って、一瞬言葉に詰まった。

次いで、口を突いて出たのは、何時も通りのぶっきらぼうな口調の台詞だった。


「……単にアンタが不器用なだけだろ?あとは、髪結い上げんのは後ろでよく見えねぇから分かんねぇってなだけだろうがよ…。俺じゃなくても、他にもっと上手くて器用な奴なんざ、この本丸にゃあごろごろ居んだろ?」
『うーん、…でも、たぬさんが相手だったからそう言ったの!何だったら、此れから髪弄る時はたぬさんにやってもらおうかなぁ〜?…なぁ〜んて、ね!にひ…っ、どうよ?』


期待してもしょうがねぇって思う言い方だった。

だから、俺も我慢ならずに主との距離を詰めて言ってやった。


「…アンタがその気なら、何時だって俺は受けて立つぜ?アンタの髪は綺麗でサラサラとしてやがるし、良い匂い漂わせてるしな。おまけに柔くて触り心地良くて気持ち良いから、触って良いってんならずっと触ってたいぐらいだぜ。」
『ッ………!?』


そう後ろから耳元で囁いてやったら、馬鹿みてぇに肩を跳ねさせて驚くから、いっそ良い気味だと思った。

不用意にんな期待させるような台詞口にするんじゃねェーっての。

肩へと流れる余り髪をサラリと撫ぜ、掬い上げて口付ける。

本当、酒のせいもあるかもしれねぇが、今はアンタに酔ってるのもあったかもしれなかった。

普段ならしねぇ真似までしちまって、主も顔を真っ赤にして困惑してる様だった。

ざまぁねぇか。

俺もこんなだし、主への態度も何時もぶっきらぼうな感じばっかりだったしな。

幾ら素っ気ない様な態度を取っても変わらず接してもらえてたのは、主の人の良さによるところだ。

其れを利用するみてぇな事になっちまって悪ぃが、そろそろ気のない振りをすんのも潮時だったのかもしれねぇ。

アンタが期待させる様な事言うのが悪いんだぜ…?

なぁ、俺の主さんよォ。


「酒に酔っちまってるせいにして良いからさァ…アンタの事、触れても良いか?もう我慢すんのも無理みてぇだからよォ。酷い事する気もねぇし、傷付ける様な事もしねぇからさ…アンタに、触れても良いか…?」
『…え……?』


更に困惑させる様な事を言っちまった自覚はある。

…が、もう我慢すんのにも限界が来てるってのも事実だった。

酒に酔ってる事にして主へ触れようとしてる時点で、もう誤魔化し切れない状態にまで来ていた。

本当の本当にいよいよ不味いとこにまで来ちまってんな、と内心で苦笑した。

さて、此れは流石に断られるだろうと思っていたら、意外にも意外な回答が返ってきた。


『……え…っと、その………触るだけ、なら…?その、…良い、よ…?』


酒に酔ってなかったら誤魔化せない程に真っ赤に染まった顔だった。

そんな初な反応を見せる主の頬に触れて、俺はついつい零しちまった。


「…あーあ、こんな場じゃなかったら一思いに口付けなり何なりして襲ってたんだけどなァ……流石にこんな場じゃそうもいかねェか。」
『ぇ……っ?』


フワリ、俺が飲んでた物とは違う甘い酒の匂いがした。

たぶん、きっと主が飲んでた酒の匂いだろう。

もう誤魔化し切れないと分かって、俺は手に持った盃を一気に飲み干して告げた。


「今から言うのは、全部酔っ払いの戯れ言と思って聞いてくれ…。」
『え?あの、たぬさん…っ?さっきからどうした…、』
「俺は、アンタの事をただの女として好いてる…。其れも、溺れる程もう手遅れな程にだ。酒の酔いを抜きにしたって、俺はアンタに惚れてる…。だから、金輪際俺を期待させる様な台詞吐く時は、其れ相応の覚悟持って言えよ。…じゃねぇーと、理性抑えらんなくなっちまった俺が不可抗力にもアンタの事襲っちまうかもしれねェからな。」
『………ぇ?は、えぇええ………っっっ!?』
「まぁー、そういうこっただから…後は適当に解釈頼むわ。俺は眠くなっちまったから寝るぜ。膝借りるからなァ〜…。」
『えっ!?ちょっ、ま…!?た、たぬさぁんんんん………ッ!!』


酒に酔っちまったせい、という事にしておこう。

全部ぶちまけちまった事も、主から否定の言葉が返ってこなかった事も、開き直って今まで触れてこなかった主の肌に触れちまった事も。

全部酔いのせいにしちまえば、後で誰かに問い詰められても、酒が入ってたせいで覚えてないと嘘で言い逃れが出来るから。

全て酔っ払っちまってたせいにしてしまえば良い。

そしたら、全部何でも無かったんだと収まるところに収まるから。

空しい言い訳が胸で巣食ってじわじわと酒が沁みるみてェに痛んだが、気にしない事にした。

俺は物だから、其れは変えられぬ事実だから…主を幸せにするなら、このまま縛り付ける事も無いまま、関係を持たぬまま居た方が良いんだ。

そうやって、酒の苦味と一緒に俺は本心を飲み下した。

俺は…本心じゃ、とっくに戻れないところまで主という女に溺れ、酔いしれてる。


執筆日:2020.01.09

【後書き】
書いてみたは良いけども、結果何か当初予定してた物とは全く違う雰囲気のお話に仕上がった作品になります。何ででしょうね…。実際は、もっと純愛的で明るくふわふわとした甘い感じに仕上げる予定だったんですけど…気付いたらいつの間にか違った感じの路線に傾いていて、ちょっぴりアダルティーな大人な雰囲気漂うテイストに仕上がってました。
どうしてかな、書いた本人が一番分かってないです(笑)。けれども、書いていてとても楽しかったです。
またこういった感じのお話を書いてみるのも良さそうだなぁ、と考えてみたり…。
何処かでそんな雰囲気のお話が上がっていたら、そっと生温かく察してやってくださいませ。
素敵な企画をご用意してくださった朝谷様には大変感謝なのです。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の書いた稚作を並べてくださり、誠に有難うございました。