世界とは、まこと、己が思う様には回らぬものである。

加えて、人の思想とは、それぞれに異なり、基本表側だけしか見えぬものならば、どんなに同じような物事を考えていようとも実際には思い描いてる形は全くの別物で、何とも儘ならぬものである。

そして、世界とは…時には己が運命に牙を剥ける事もあるものだ。


―時は西暦二二××年、とある政府側の者達からの裏切りでとある事件が勃発、一部関係者達には箝口令が敷かれるなどの措置が取られた。

事を荒立てぬ為には速やかに穏便に事態の収束を図る事、よって、始末を着ける為に或る本丸へとその罪をなすり付ける事で片付けてしまおうと政府側の人間は画策した。

その標的とされた本丸というのが、当該本丸であって、己が将を勤める本丸であった。

どうにも、己は不憫な末路しか辿れぬ運命にあるようだ。

最早、此れは呪われているとしか思えてならない。

否、きっと元より呪われた“運命さだめ”だったのであろう。

その事に対して今更悔しくも何とも思いはしないが…、唯一己が大切としてきた本丸の皆々にはすまぬ結果と相成ってしまった事は残念に思う。


『…全く以って、運命とは歯痒いものだね…。己が手で変えようと足掻いたところで、其れはあまりにも非力なものでしかなく、大したものにも変えられないのだから。お前達には、本当に苦労ばかりかけさせてすまない……。』
「主は力を尽くしてくれたよ…。俺達を想って、出来得る事はしてくれた。俺達には、その想いだけで十分だよ。主は、凄く頑張った…だから、もう良いよ。」
『…本当に、御免なさいね。私が不甲斐無いばかりに…皆には辛い思いばかりさせてしまった。…もっと、他に遣り方はあっただろうにね…政府も政府だよなぁ。我等、御上の手足で兵でしかない審神者達は、まこと酷な事を強いられてばかりだ…。』
「しかし…其れもあともう少しの辛抱ですよ、主君?もう少しすれば、その辛い苦しみからも解放される時が来ますから…。どうか、貴女様の終わりが来るその時まで、お側に居させてください……。」
『うん…、有難うね前田君。君は、何時でも私の心の支えだったよ。此方こそ…本当の最後の最後まで付き合ってくれて感謝するよ。』
「俺も…主がその瞳を完全に閉じ切っちゃうその時まで側に居るからね。俺は…最初も最後も、主と一緒だから…。」
『そうね…、清光は私の初期刀だものね。ええ…どうぞお願いするわね。…二人は、私と最初を築いた子達だもの。だから、終わりも勿論貴方達と決めていたわ…。だって、何事も始まりがあれば終わりがあるのは必然…ならば、終わりもまた始まりと同じくあると思うの。だから…始まりと同じく、最後も貴方達二人と一緒よ。』


そう静かに告げた己の口許は、場違いにも甚だしい程に穏やかに静かに微笑みを湛えていた。

傍らに控える二人の面持ちも其れは其れは穏やかなもので、此れで最後なのだとは思えない表情を浮かべていた。

其れ程に私達は異常な程に冷静で、落ち着き払った様で静かに来るべき時を待っていた。


「…其れにしても、宜しかったんですか…?」
『何の事かな…?』
「最期を迎えるその時もお側に居るべき人をお付けしなくて…。」
「嗚呼、其れ…実は俺も内心でずっと思ってたんだよね……何で?」
『……そうねぇ、…強いて言うならば、彼にはもう此れ以上の重荷を背負わせたくはなかったから…、かしらね。あの人には…、余計なしがらみに縛られずに自由で居て欲しいから……だから、敢えて先に顕現を解かせてもらっての封印の儀を行う事にしたのよ。』
「…流石に、好いた人に死の間際の姿を見られるのは…嫌だった?」
『ふふ……っ、そうね…其れが一番の理由だったかもね…。でも…もう良いの。もう…決めた事だから。私は…今日、あと少しを以って死ぬ。』


そう、決意表明をするが如くにはっきりと言葉を口にした。

…死とは、どんなものなのだろうか。

皆が皆して恐れるような恐ろしいものなのだろうか。

果てに、死の世界とは…彼岸の世とはどういった場所なのだろうか。

伝承に詠われる様に、まこと美しい色彩が広がった世界なのだろうか。

例え己が御霊が地獄に堕ちようとも、一度で良いから見てみたいなぁ…と興味本位の好奇心を覗かせて縁起でもない事を恋い焦がれた。

否…、此処まで来てしまっては、最早縁起も糞もあったものではなかったか、失敬。

本丸に居た者達は、彼等二人を残した以外は既に顕現を解いた後である。

あんなにも沢山の声と笑い声に満ちていた賑やかな影などあらず、シン…ッ、と静けさばかりが本丸には漂っていた。

皆、己の意志に了承した後に、その人形の身を解いた。

短い時間の中ではあったが、今まで、実に私に尽くしてきてくれたと思う。

同時に、こんな弱く情けない審神者なんかに此処まで付いてきてくれた事を感謝すると共に誇りに思う。

今際の時だからこそ、切に思う。


「…もう直、時間になります。主君…ご準備の方をお済ませ下さいませ。」
『相、分かった…。今に済ませようなぁ。』


時刻が、もう直に真上の刻へと指そうとしている。

真上の刻を示す時、私はこの世から文字通り去る事となろう。

後悔は、ほんの少しぐらいはあるが…まぁ、其れは然して事には関係が無いと思える程の事である。

身形は整えた。

今や、華美な綺麗な着物などではなく、白一色の死に装束を身に纏っている。

お清めも既に随分と前に済ませてある。

辞世の句は…後の世に残ると恥ずかしいから、残す事はしない事にした。

ただ、一言だけ、彼等に伝えられれば其れだけで良かったから…。


「―審神者様、時間です。間も無く、此処に政府の者達が押し掛けて来るでしょう。我等が抵抗するものと見て、恐らく凶器となるものを手にして…。」
「そんなのさぁ、もう俺達には関係の無い事だもんねぇ?あーるじ…?」
『えぇ…そうですとも。何せ…もう直に私達は此処で死ぬのですから。』
「………そうでしたね。要らぬ気遣いでした…。どうぞ、最後だけでも、お好きな様になさって下さいませ。」
「此方こそ、最後までお勤めご苦労様でした…。」
『…最後の最後まで見守りに付いててくれて有難うね、こんちゃん。』
「…………っいえ…、此れしきの事、当本丸付けとなった時から当然の事ですから………っ。」
『私が終わった後は…、どうか楽になさって頂戴ね?』


部屋の隅で静かに打ち震えていた己が本丸担当だったこんのすけへ、最後の言葉掛けをする。

全ては整った。

さぁ、後は自らの死を遂げるまでよ。


「…其れでは、最後のご挨拶を…。」


本当に最後の顕現の時となった刹那、傍らに控えていた彼が小さなその身を我が前にこうべを垂らし傅いた。


「汝を持ちまして、我が御身は貴女様の為、仮の器としての顕現を解きます。…最後のこの時まで貴女様とご一緒に居られた事、心よりお喜び申し上げます。有難うございました…っ。…どうか、死した後、貴女様の御霊に幸福あらん事をお祈り致します…っ。」
『…此方こそ、最後の最後まで付き合ってくれて有難うね…。本当は、こんな事、君のまことの意には反する事になるんだろうけど…最初の刀の一人は貴方だったから、許して頂戴ね…?』
「いいえ…例え、まことに思っていた事とは異なりましょうとも、最後の時までお側に居られた事、誇りに思います……っ。まさしく、僕の刀としての本懐を遂げられる事は、何事にも代え難い本望です…!」
『そう…。なら、良かったわ…。貴方の刀としての本懐を遂げられる事になるのなら…其れは其れで安心したわ。』
「…少々痛みがある事かとも思いますが、きっと痛くない様にしてみせます…っ!」
『えぇ、そうね……死ぬ時でさえも、苦しむのも痛みがあるのも嫌だものね…。でも、大丈夫よ、その辺は心配しなくても良いから。…もう随分前に薬も飲んでおいたから、一ミリの痛みも感じる事無く済ませられるでしょう。』


その通りに、部屋の片隅に置かれた文机には一つの小さな小瓶が置かれてあって、その中には白い色をした薬がまだ一杯に詰まっていた。

でも、其れを使うのは己が身一人だから、もう必要無い。

目の前に座していた少年姿の彼の顕現が解かれ、手元には小さな刀の姿としての彼が残された。

その彼自身を握って、己が腹に沿えて持つ様に構える。


「…だいじょーぶ、安心して…?すぐに俺が前田の後を追って楽にしてあげるから…。主はなぁんにも心配しなくて良いよ。」
『うん…そうね。…じゃあ、後の事……お願いね?』


そう言って、私は構えていた短刀の身の彼を己が腹に突き立て、魚を掻っ捌く如く力を込めて横へと滑らせた。

その瞬間、己が内の肉や腸が引き裂かれ、ぶつぶつと音を立て、まだ温かき血潮を溢れさせた。

途端、喉を堰登ってきた血反吐が口を突いて零れ、真白の衣に真っ赤な色彩を飛ばした。

そうしても未だ、意識は依然と保たれたままだった。

捌き切れていない腹へと意識を集中して、上手く力が入らなくなった手へと力を込めた。


「…良いよ、俺が手伝ってあげるから…。主は、そのまま柄に手を添えたままで居て…?後は、俺がやってあげるから……。」
『……あ、ぁ゛…っ、すま…な、……ね………っ、…ごぶっ。』


最後の御礼の言葉を告げようにも、もう口の中に血反吐が溜まり過ぎてて上手く音として伝えられなかった。

其れでも、彼には事は伝わった様で…、静かに慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


「良いんだよ、最後くらい…主は楽にしてて……っ。」


そう言った彼の言葉に頷いて、私は言われた通りに柄に手を添えるだけに留めた。

その手の上から彼の綺麗な手が重なり、ぐっと力を込めて握り込められる。

そうして、中途半端に掻っ捌かれていた状態の己が腹は綺麗に横一文字に切り開かれた。

躰が前屈みになっていたのが幸いとして、そのまま彼に後の介錯を頼む事にした。


「…主、まだ俺の声聞こえてる…?」
『……うん、全然聞こえてるよぉー…っ。』
「良かった……。じゃあ、最後に一つだけ…。俺を初期刀として選んでくれて、ありがとね。此れからもこの先も、俺はずっと主の事だけを大事に想うから…。最期に俺と前田を選んでくれて有難う。」


そう言って、彼は後ろ背に私の身を柔く抱き締めた。

其れはとてもとても優しくて、本当に最期の時とは思えない程の幸福だった。


『…御礼を言うのは、何時だって私の方だったのに………っ、…でも、有難う。清光と前田君が居てくれたからこそ、最期の時も寂しくなかったし、辛くなかったんだよ…?今だって、本当に不思議なくらい幸福な気持ちで満たされてるんだから……っ。』
「そっかぁ……なら、お互い心配事は無いね…。んじゃ…此れが本当の本当に最後の挨拶ね。…主が俺の主になってくれて良かったよ。俺の最後の主が主だったって事、歴史上には残らないかもしれないけど…俺の中では一生残ると思うからさ。死んであの世に行ってからも元気で居てよね…!」
『うん…っ、きっと元気で居るよ。…それじゃあね、清光。左様なら……またね。』


最後の挨拶を交わし合ってお互いに微笑み合った後に、私は静かに下へ俯いた。

不思議な事に、涙は一滴も零れる事はなかった。

悲しくはない。

きっと、此れも定められた内の歴史の一つなのだろうから。

歴史とは…かくも悲しく、そして非情で、また誇らしくも美しい時の流れである。

彼の本体とする刃が首筋にピタリと押し当てられた。

あとは、此れが真横にスッと引かれた暁には、私の命は活動の時を止め、その身に課せられた使命を全うする。

此れで良かったのだ。

私は、無為に運命に抗ったりなどしない。

ただ己が“運命”とされたものに付き従うのみである。


「…出逢った時から今も変わらず、主の事は大好きだよ。全部をひっくるめて愛してるから…どうか死ぬ時くらいは安らかに。綺麗に逝かせてあげるからね…。」


最後に聞き届けた言葉を最期に、首筋に宛がわれていた刃が横一文字に払われた。

その瞬間、私の首と胴体は切り離され、ごとりとその身を横たわらせた。


「………ほら、見て…。こんなにも綺麗に介錯されたんだよ…。ねぇ、主…聞こえてる?俺、ちゃんと主の言ってた通りに良い子になれてたでしょ…?此れから乗り込んでくる奴等…きっと驚くよね……だって、こんなにも綺麗な死体が横たわってるんだもの…。主は…心配しなくても、ちゃんと俺の主になれてたよ……?だから…………もう、心配する事なんて何にも無いよ………。」


最後に残された霊力のみで顕現する彼が、胴体から切り離された私の頭を腕に抱いてそう囁きかける。

その時の私は既に息を引き取っていて、彼の言う通り綺麗な死に顔で微笑んでいた。

瞳は綺麗に伏せられ、まるで自決なんて無かったかのように穏やかな表情だった。


「…俺も、あと少しでそっちに行くから………主を一人ぼっちにはさせないからね……寂しく、ないからね…………。」


彼の本体に亀裂が入り、仮の器である身の方にもガタが来る。

死した私に寄り添う様に目を閉じた彼も、遂には顕現を解いて私の亡骸の傍らにその身を転がした。

全ては既に終わった事だったのだ。

政府の者達が乗り込んできた時には、本丸の中はほぼもぬけの殻の状態に等しく、奥の部屋へ突き進んで行った先で漸く既に事切れた審神者の遺体と…その周りを囲う様に散りばめられた刀達の骸と対面するのであった。

全てを見届け終わった当該本丸の管狐は、その城で最も一番高い頂に登ると、手向けの唄だと言わんばかりに高く高く物悲しく遠くまで聴こえる様に哭いた。


―当該本丸が濡れ衣の罪を被せられて文字通り解体された後、一部の政府の者達は影でこう呟いていた。


「例の本丸…意外な程にすんなりと事が片付けられましたなぁ。いやはや、しかし、偽りの犠牲であったとは言え…少しばかり胸が痛みますなぁ…。」
「何を仰いますやら…、例の本丸と同等レベルの本丸なら他にも五萬とございましょうて…!事を成し遂げる為には“尊い犠牲”というものは付き物ですからな。差し詰め、あの本丸もその審神者も例にそぐわず、と言った形なんでしょう。」
「…まぁ、確かに言ってしまえば…彼の本丸の代わりになる本丸など幾らでも此方が用意出来るものですしなぁ…っ!」
「我等は引き続き未来の歴史観測を続けつつ、正しき歴史を守っていこうではありませんか。」
「其れもそうですな。」
「彼等は尊い犠牲の元、消滅…またの言い方を解体されたのですからねぇ。」
「其れに、我等からにしてみれば、最早済んだ事も同然でしょう?次の計画に取り掛からねば……っ。」
「はあ、忙しい忙しい…っ。一つ仕事が片付けば、次の仕事が待っているものですねぇ…!」


何とも非情な事であるが…此れが世界というものなのである。

そして、また歴史であるとも言うのである。

歴史とは、常に表側に見られている事柄が全ての歴史とは限らない。

…故に。


「―嗚呼…よくも俺達の主をたばかってくれたなァ………?さて、どう落とし前を付けさせてもらおうか…?」


彼の審神者を想って残った一つの思念が、未だその辺りを彷徨っていたとは知らぬばかりに…陰口を叩いていた者は皆一様に不可思議な死を遂げ、この世を去ったと言う。

して、その思念とは一体どの刀のものか。

姿形を持たぬ者はただただ狭間を彷徨い続け、恋い焦がれる者の魂の元へと追い縋っていくのだった。


執筆日:2020.03.18

【後書き】
当作品は、企画サイト様に参加する以前に考え付いて書き連ねた作品で、まだ何処にも公開・投稿していない状態だったので、思い切って企画への参加表明からの作品提出に踏み切った物になります。
読んでお分かりかと思いますが…内容は本当に暗いor後味悪い空気を残しつつ終わる感じとなっております。
しかしながら、先に日記上で綴っていた通り、書いている最中に感極まってぼろぼろと涙を零しながら完成させた作品故に丁寧に気持ちを込めて書き上げたので、お気に入りの一つとなる作品です。
お相手表記は清光としておりますが…此れは恋愛感情の意味合いではなく、初期刀としてだとか仲間としての相棒・パートナーという意味合いで執筆しております。
…ちなみに、審神者の“好いた人”とされる人物が最後にチラリと登場してますが、どなたかお分かりになられたでしょうか?実は、アレ…の質実剛健な真っ黒い刀の彼なんですよ(ボソ…ッ)。
どうしても彼を恋慕の対象として書いてしまうのは、私の最推し刀であるというのが由来しているので悪しからず〜!(笑)
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画をご用意してくださった宮様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。