彼の目は、私の心の奥底を何処までも見透しているかの様な瞳だった。
何処となく童顔な顔付きであるところに、大きく鋭く尖った黄金色の目は、常は腑抜けた様に据わっていたが、戦が関わる事となると途端に爛々と耀かせていた。
その時の目は、まるで野生の獣の様な鋭さを感じる。
だから、初めの内は、あまり真っ直ぐと直線的に目を合わせる事が出来ないでいた。
単に、彼の目力が強かったというのもあったが、臆病者な私からしてみれば微妙に怖くて気が引けていたのかもしれない。
彼の目が、あまりにも力強い煌めきを放っていたから、常日頃日陰の下に居る様な私には眩しくて、目を合わせるのを恐れていただけかもしれない。
だって…私には、彼の様に誇れる何かが無かったから。
彼の様な強さも、負けん気も、折れにくさも、全部が全部持っていなかった。
彼は、戦う前から戦から逃げる様な腰抜け共の事を嫌っていた。
彼は何よりも強さと戦を求める刀だったから。
私とは正反対の、真逆の精神を持っていた。
だから、勝手に引け目を感じていたのかもしれない。
憧れこそはあれど、彼の横に立つのは私の様な弱い人間では釣り合わない、もっとしっかりとした確実な強さを兼ね備えた人でないと駄目だと決め付けて。
私は、彼の様に強く在れなかったから。
何時も己の成り立ちに引け目を感じ、自信が持てなかった。
というか、私なんて人間が自信なんて立派なものを持てる筈が無かった。
何を成そうとしても失敗するばかりの踏んだり蹴ったり。
自分が何かを得意としていても、其れを他人が成す様に誇れる程ではなくて、何時も何時も何かに引け目を感じ、誰かの目に怯えて過ごしてきた。
故に、彼の力強い目の耀きに怖じ気付いたのだと思う。
そうやっておどおどと日々を過ごしていたら、或る日、とうとう彼に指摘されてしまった。
「なぁ、何でアンタは何時もそんなにビク付いてんだ?何がそんなに怖ェんだよ?」
『え…いや、別に怖いとかって訳ではないんだけど……、』
「じゃあ、何に怯えてんだよ?」
『えっと………強いて言うなら、他人の目、かな…。』
「他人の目が怖ェのか?」
『う、うん…っ。だって、何時誰が見てるか分からないから…また何時誰かに怒られるかも分からないから、自分以外の人間が居る時は気を張ってないと落ち着かないんだよ…。ほら、私ってば要領悪くて気も利かない駄目人間だから、その場凌ぎは出来ても後が続かないからね。何時も注意されてばっかだったんだ。誰かに目を付けられる度に何かと怒られ叱られ続けてたら、自分は今何を成せば自己を主張出来るんだろう、何を成したら認められるんだろうって思う様になってさ。気付いた時には、其れまで出来てた何もかもに自信が持てなくなって、何に付けても誰かの指標が無いと不安になった…。そしたら、もう全てにおいててんで駄目になっちゃってたんだよね…っ。……自分では、もうどうにも出来ないよ…この自信の無さと弱さは。以前の自分が何をどうしてきたのかも忘れちゃったし…今も変わらず何かに怯えて暮らしてる訳だし、よく分かんなくなっちゃったや。』
彼が話を聞くのに押し黙ったのを良い事に、私は更に言葉を言い募る事にした。
『私には…何も無いよ。他人に誇れる様な勲章も証も、自信も、何も無い。全部、失っちゃった。何をどうしたら良いのかも分からなくなった…。唯一己に残ったのは、不安と他人への恐怖心だけ。戦う事から逃げる様な腰抜け野郎を嫌うたぬさんからしたら、私みたいなのは嫌いな対象でしょ…?この際、はっきり言ってくれても良いよ。私の事嫌いだって。その方が、たぶんヘコんだとしても気が楽だから。』
最早一方的な会話の終わらせ方だった。
こんなの、返答に困る問いかけでしかないというのに、何でこんな言い方しか出来ないのか。
本当、自分は捻くれてしまったなァ、と改めて思う自分が何処かに居た。
たぶん、無言という無回答しか返ってこないだろうと思って、据えていた腰を上げて立ち上がった。
このままこの場に居続けても、無様に泣き出してしまいそうになったから、制御が下手になった感情を必死に抑えて部屋から立ち去ろうとした。
戸を開けて縁側に出かけたところで、彼より再び呼びかけられて、首のみを振り返らせて見つめる。
すると、彼は真摯な目を向けて私の事を真っ直ぐと見据えていた。
「自信が持てねぇってんなら、俺がアンタの自信になってやるよ。」
『―――は…?』
「アンタが自分に自信を持てねぇ事を気にしてんだったら、その自信の無さの代わりに、俺がアンタの自信になってやるって言ってんだよ。」
突然の申し出に、訳が分からなくなった。
混乱に頭が付いていけていないと、彼は続けて私に言葉を紡いで言った。
「アンタが何も無いと嘆くんなら、俺がその代わりになってやる。アンタが支えが無いとこの先立って進んで行けないと言うなら、俺がアンタの支えになってやる。アンタが他人の目に触れる事を恐れるなら、その全部を俺が斬ってやるよ。俺はアンタの刀だ。アンタを守る為なら、何だってやってやるよ。」
『……………、ぇ?』
「俺は武器だ。俺の強さと折れにくさを誇りとしてくれんなら、代わりに俺がアンタの誇りになってやる。アンタが折れそうになってんなら、俺が支えてやるさ。俺はアンタの刀…自分の主人を嫌ってたら、何も立ち行かなくなるだろ。…つーか、俺がアンタを嫌ってるかどうかとかは、アンタが勝手に決め付けて見た事だろ…?別に、俺自身はアンタの事を嫌っちゃいねェーよ。好きかどうか問われたら、そりゃどっちか分かんねぇが…少なくとも、嫌いという訳ではねぇよ。其れでアンタが納得するかは別だけどさ。」
…励まされたのだろうか。
其れとも、慰められたのだろうか。
あんまりにも自分を否定的に捉えるから、臣下として、部下として気遣ってくれたのだろうか。
もし、そうであったなら申し訳ない事をした。
軽い世間話でもしようとしたつもりで話しかけたら、こんな重たい話になってしまったのだから。
責任を感じて、気遣われたのかもしれない。
そう思って言葉を紡ごうと口を開けば、途端に眉を寄せた彼に先に言葉を発され遮られてしまった。
「アンタさァ…今も何か勝手に決め付けて物言おうとしただろ。そうやって何事も悪い方向に捉えっから、悪い方向悪い方向に考えちまうんだろうが…っ。もっと周りをよく見てから物考えてみろよな?」
『え…あ、ご、御免……っ。』
「別に怒ったとかっていう訳じゃねェーから、そんなビク付くなって…。アンタが此れ迄どう過ごしてきたかとかの過去は敢えて訊いたりしねぇが、こうやって生きてられてんだけまだマシだと思ったら良いんでねェーの?もうちょい楽に物を考えた方が気も楽になるぜ。まぁ、俺の場合はそうやって物事割り切って考えてるだけさ。戦事か、そうじゃないか、ただ其れだけだ。簡単だろ…?」
黄金色の目が、初めて怖くないと思えた瞬間だった。
一見、粗暴でがさつそうに見えて、実のところは、愚直で優しい真面目そのものな男だったのだ。
私が勝手に彼は自分とは違う存在なのだと、自分は嫌われているのだと決め付け、近寄り難く思っていただけであった。
本当はそうではなくて、彼は何時も私と同じ立ち位置に立って対等に物事を見てくれていたのに。
其れを、自分が勝手に境界線を引き一歩離れて接し、世界を狭めて見ていただけの事である。
その境界線が崩れ、彼との間に築かれていた壁が瓦解した。
彼は、きっとどの誰よりも私の事を慮ってくれていたのだ。
近侍として、私の側に控えてくれていたから。
故に、私の支えになると言ってくれたのだ。
私が“誰の指標も無いと不安で自信を持てなくなった”と言ったから。
私が“何も無い”と宣ったから、何も無いのなら其れを埋める何かになってくれると言ってくれたのだ。
何て真っ直ぐに物を言ってくれる刀なのだろうか。
あまりに真っ直ぐだったから、すぐに捻くれて物事を考えてしまう私の胸にも真っ直ぐに響いてしまった。
だから、堪えていた涙が、つい溢れてしまった。
一度流れてしまうのを許してしまったら、後はぼたぼたと溢れるばかりだった。
突然私が泣き出してしまったから、ぎょっと目を剥いた彼は慌てて腰を上げ、私に駆け寄ってきた。
そのあまりの必死さに、可笑しくて少しだけ笑ってしまいそうになってしまったけども、今はせり上がってくる嗚咽に掻き消されて口に出して笑う事は無かった。
「な、何で泣くんだよアンタ…っ。今の何が悪かったんだ?あ゙ー、クソ…ッ、戦しか分かんねぇ俺には女の扱いはよく分かんねェーよ…っ。」
『…べ、つに…っ、たぬさんが悪いって訳じゃないから、安心してよ…。』
「はぁ……?じゃあ、何でいきなり泣き出したんだよ…。」
『…嬉しかったから……、“私の誇りになってくれる”って言われたのが…嬉しかったから。……そんな事、生まれて初めて言われたから…つい、嬉しくて泣いちゃったんだ…っ。驚かせて御免ね。』
そう言って泣きながら笑んだら、何とも複雑そうな表情に顔を歪めた後に、ぎこちない動きで私の身を抱き寄せてきた。
その事に驚いて、一瞬涙も止まりかけたが、ぎこちなく抱き寄せられた後に優しく優しく背中を擦られたから…そのあまりの優しい手付きにまた涙腺が刺激されて、新しい嗚咽が生まれて溢れてしまった。
特別何かを口にされる事は無かったけれども、その温かい掌の手付きに、“今までよく頑張ったね”“よく堪えたね、偉いね”って言われてるみたいに思えて、余計に涙が溢れて仕方がなかった。
―其れ以来、私を見つめる時の彼の眼差しが少し和らいだ気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。
彼の黄金色の瞳は、真っ直ぐと私を見据える。
何処までも私の事を見透かす様に。
でも、怖くないと思えるのは…彼の存在そのものが私の支えになったから。
私の誇りとなったから、もう怖じ気付く事も引け目に思う事も無い。
彼の瞳は、私の生きる道だ。
だから、もう恐れる事は無い。
其れは、きっと彼の目と真っ直ぐと目を合わせたとしても口に出来る事だろう。
執筆日:2020.07.10
【後書き】
今回の作品は、テーマが「瞳」という事でしたので、真っ先に思い付いたのが推しの瞳についてでした。
なので、推しの瞳について思った事をとにかく掘り下げていってみました。
今回お話として書いた事のほとんどが、彼の瞳に対して思った私の感想染みてます(笑)。
好きなキャラクターの瞳について語れる場が出来て、書き手として、またヲタクとして大変嬉しかったです。
たぬさんの大きく鋭い三白眼…スッキ!!(魂の叫び)
極めてからより格好良くなった彼の瞳ですが、僅かに以前の瞳よりかは少し優し気というか、柔らかみを感じますよね。なので、極める直前までは何となく直視出来なかった目も、今では真っ直ぐ見つめる事が出来る気がします。単に私の気持ちの問題か、信頼度がグッと上がったからですかね?
まぁ、ウチの子談義はこの辺にしておきますw
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
今回の作品は、テーマが「瞳」という事でしたので、真っ先に思い付いたのが推しの瞳についてでした。
なので、推しの瞳について思った事をとにかく掘り下げていってみました。
今回お話として書いた事のほとんどが、彼の瞳に対して思った私の感想染みてます(笑)。
好きなキャラクターの瞳について語れる場が出来て、書き手として、またヲタクとして大変嬉しかったです。
たぬさんの大きく鋭い三白眼…スッキ!!(魂の叫び)
極めてからより格好良くなった彼の瞳ですが、僅かに以前の瞳よりかは少し優し気というか、柔らかみを感じますよね。なので、極める直前までは何となく直視出来なかった目も、今では真っ直ぐ見つめる事が出来る気がします。単に私の気持ちの問題か、信頼度がグッと上がったからですかね?
まぁ、ウチの子談義はこの辺にしておきますw
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。
