あんなに熾烈を極めていた戦の世が終わった。

戦乱が鎮まり、戦が終われば、必然的に世は平和となるのが摂理だった。

無論、戦が終わるという事は、使われていた武器共は必要とされなくなるという事…。

即ち、刀剣男士達がこの世に降ろされていた使命は果たされたという事になる。

其れは、また、彼等が元なる姿へと戻る事を示唆していた。

だがしかし、時の政府は、長い戦いの中、審神者に仕えていた彼等の存在を、我等人間が身勝手な考えでこの世に降ろし縛り付けていたものと捉えていた。

故に、ただ此方の事情が片付いたから「はい、今までご苦労様でした、左様なら。」とはいかなかったのだ。

人間とは何処までも愚かならば、変に慈悲深さも持ち得ている生き物だ。

ただの武器で刀だった彼等に人の身の器を与えた業の償いとでも言うのか。

彼等を人と等しく扱う者も少なくなかった。

だからなのだろう。

まるで、彼等が未だ人と同じように刃生を謳歌したいと願っている事を許したのは。

そして、戦が終わると同時に、審神者を勤めていた者達の任が解かれる事も、また必然であった。

審神者でなくなったとしても、本丸の主として慕ってきた彼等彼女等と共に居たいと思う者達は多かった。

中には、元居た地に戻る者も居れば、美術品に戻るとする者も居た。

だが、多くが武器でなくなったとしても、主と慕った者に付いていきたいと願ったのだった。

とある本丸に勤めていた彼女の刀達もまた、其れは同じだった。

武器としてでなくとも良い、彼女の平穏を見守る事が出来るのなら、彼女の家を守る為の守り刀としてでも良い。

彼女の側に居たいと懇願した。

彼等の存在を心の拠り所としていた彼女自身も、其れを望んだ。

何せ、一つの本丸にあんなにも多くの刀達が集っていたのだ。

そんな皆が、揃って一同に消えて居なくなるなんて、とても寂しくて辛い事に思えた。

故に、ただの武器に戻って本霊に還るとした幾つかの刀達を除き、主だった者に付いていくと決めた者だけを引き取り、自ら己の家の守り刀として迎え入れる事にしたのだった。

姿形はただの刀に戻りはしても、其処に彼等の器は残っている。

そんな形で、彼女の側に付く事を決めた彼等は、今、彼女の家の守り刀となって存在していた。

ただの守り刀にしては少しばかり数が多いようにも見えるが、其れは其れとしてあまり気にしない事としている。

守り刀となった彼等は、床の間に整然と並べられ、その身を鞘に納めた状態で鎮座していた。

中には、刀以外にも槍が一本立て掛けられていたが、彼は大本の還るべき場所を既に失っているが故に残った者の一振りであった。

刀剣男士としてこの世に降ろされていた者達の中に、嘗ての歴史の中にて本体を失い実物が現存していない者は少なくなかった。

よって、戦が終わって後は消えるだけか本霊へと還るだけとなった今、この世に残る事を選んだ。

そんな者達が、現在彼女の家に居る。

余談として、此処には居ない、彼女の元に残るとしなかった者達の多くは、彼女の負担になりたくないとの意思で彼女の元より去り、本霊へと還っていった。

ただの武器ではなくなったと言えども、この世に留まる為の霊力は必要とする。

彼女の力により顕現した彼等の霊力は、彼女が側に居るという事が要であった。

よって、彼女の側に付いている事で器をこの世に引き留めているのだった。

一方、審神者でなくなった彼女は、元の現世へと戻され、平々凡々とした生活が日々の日常に戻っていた。

現世に戻った事で、再び普通の職業に就職し直すかとも考えたが…暫くは自由にのんびりゆっくりと時間を過ごしたいと思った彼女は、何を思ったか、一振りの刀だけを伴に連れて旅に出る事にした。

何も考える事無く一つの場所に留まり続けるのではない、自由気ままな旅だ。

この者、実は審神者でなくなる前から、自由に好きな処を巡って自然の空気や景色を眺め、色んな文化に触れ、静かに豊かな土地を回ってみたかったのだ。

其れを或る親しみある彼の刀と過ごしてみたかったのである。


―沢山の荷物を詰め込んだトランクを持って、期待に膨らむ胸を踊らせつつ駅のホームで列車を待つ。

私達が此れから乗り込むは、自然豊かな各地を巡る寝台列車である。


「今日は、どちらへ向かわれる予定なのですか?」
『んーっとねぇ…一先ず、ゆっくりのんびり出来そうな自然豊かな処を巡りたいからね。今から乗る列車で五つ先の駅まで揺られたら、一度其処で降りてみようかなって思ってる。で、次の出発時間までは、其処で少しぶらっと町を見て回ったり美味しい物でも食べて過ごそうかなって。』
「其れは良いですね…っ!素敵だと思います。」
『ついでに、いっぱい写真も撮ったりして、色んな景色を記録に残したいよね。写真に残したら、其れが後で家でお留守番してくれてる皆へのお土産にもなるしね。』
「はい、そうですね!沢山写真を撮って、色んな思い出を作りましょう!」


小さな子供の姿をした短刀の彼が、そう楽しそうに口にした。

汽笛が鳴り響いて、駅のホームに長く大きな寝台列車が入ってくる。

私達は此れに乗り込んで、泊まり込む部屋に荷物を下ろしたら、車窓から流れて見える美しき景色を眺めるのだ。

偶には、外つ国の…外国の景色を眺めてみたくなっても良いだろう。

自分の生まれ育った故郷が在る国を見て回るのも、きっと楽しく、知らなかった文化や景色に出会えるのかもしれなかったが…単純に、日本には無い景色がある外国の世界を見て回りたかったのだ。

何故、子供の姿をした短刀の彼をお伴にしたのかと言うと、其れは、彼が初めて鍛刀して打たれた刀だったからである。

初めの内からずっと共に居た刀だったからこそ、一緒に居たい気持ちがあった。

だから、一緒に世界の景色を見て回りたいと思ったのだ。

ただ其れだけの事。

ガタンゴトン、と列車に揺られながら、外国らしい雰囲気で賑やかな空気を満喫する。

時折、耳に飛び込んでくる言葉が外国の言葉ばかりであるというのは、日本に居ては味わえない空気だ。

ちょっとだけ開けた窓から入ってくる風が澄んでいて爽やかなのも、山の上を走ったりするから味わえるもの。

色鮮やかに流れていく風景は、日本の国では見られない景色だ。

異国情緒とは、まこと素晴らしいものである。


「主君、あれは何なのでしょう?」
『ん…?あれは、きっと、大きな牧場か何かじゃないかなぁ。ほら、彼処に牛や馬が放牧されているでしょう?たぶん、彼処で放牧されてる牛達からミルクを取ってるんじゃないかな。』
「成程、だからあんなに広くて沢山居るんですね…!」
『自然豊かな土地で育てられた牛から取れたミルクはとっても美味しいし、そんなミルクから作られたチーズやヨーグルトはもっと美味しいよ。地図で見たら、この辺りの地域は牧場が多く在る地域みたいだから、その美味しいチーズやミルクなんかを扱ったお店があるかもしれないね。もう少し先に在る駅で一度停車するみたいだから、一旦其処で降りて探索してみようか?』
「はい、是非とも行ってみましょう…っ!何処か美味しいお店が見付かると良いですね!」
『丁度、もうすぐお昼時だしね。ここいらで一度降りて、適当にぶらっと食べ物屋さんを探してみるのが良さそう。この辺りには、どんな食べ物があるんだろうね?楽しみだなぁ…!』
「牛乳を扱ったメニューならば、スープやシチューといった感じの物がメインになるのでしょうか…?」
『んー、でもチーズが主流かもしれないから…ピザとかパンだとかのメニューがメインかもしれないよ?』
「どちらにせよ、美味しそうな物がある予感がします…!」
『ふふふ…っ。じゃあ、列車を降りたら、駅に居る人に何処か美味しいお店がないか聞いてみようね。そんで、教えてもらったお店で美味しいチーズの料理でも食べようか!ついでに、其処で美味しいミルクも堪能しちゃおう…っ!』


二人揃って、此れから待っている楽しい予感を前にして微笑む。

何時だって一緒に居たい人とその場の事を共有出来る事は、どんな小さな事でも幸せだ。

今日のお昼は、辿り着いた駅の町に在る美味しいミルクを扱った料理に決定だ。

そうして着いた駅で教えてもらったお店に行き、美味しいミルクとチーズたっぷりのサンドイッチに濃厚なバニラアイスクリームをデザートに食べた。

列車は、暫くこの辺りの地域を走るという事で、今夜の食事も美味しい御馳走になる事が決定となった。

次に列車が止まる駅は、この町の数十キロ先を行った処になる。

夜になる頃には、其れよりももっと先の駅に進んでいる頃だろう。

其れまでは何をして過ごそうか。

途中、列車が止まる駅にて下車して町をぶらついてみるのも良し。

列車に乗ったまま、緩やかな時間を過ごしながら異国情緒を感じつつ読書に勤しむのも良し。

爽やかな風を感じながら、ただお昼寝を楽しむのも良いだろう。

時間はたっぷりとある。

自由に好きな事をするのが一番だろう。

向かいの席に座る彼は、持ってきたスケッチブックに見た景色を描いて記録しておく事にしたようだ。

絵の上手い彼が描いた絵は全て見せてもらったが、何れも此れも素敵で、その時感じたものをそのまま切り取ったかの様な景色が描かれていた。

今は、先程食べたランチの絵を描いている様だった。

余程気に入ったのだろう、とても美味しかったという記憶を思い出として、また記録として残しておく事で、後から思い返した時に皆に語れる様に。

実に穏やかで緩やかな時間が流れていた。

私は結局何をするでもなく彼の向かいに座ったまま景色を眺め、時には彼の事を眺め、次第に微睡んできた意識を傾け午睡に身を委ねた。


―数刻経って、幾つかの駅を過ぎた頃、彼に揺り起こされて目を覚ました。

どうやら、描いていた絵が出来上がったらしい。

寝惚け眼を擦りつつスケッチブックを受け取ると、すっかり色塗りまでされて完成した絵が描かれていた。

持参してきた色鉛筆で塗られた繊細な絵には、彼の優しく温かな性格が滲み出ている感じがした。

とても温かで優しい絵に、私は笑みを漏らしながら「よく描けてるよ。」と返した。

彼は、其れにはにかみながらも嬉しそうに笑った。

嬉しそうに笑う彼にスケッチブックを返し、「また絵を描いた時は見せてね。」と言って頭を撫でる。

淡い茶色の毛色をした彼の頭はふわりと柔らかくて温かかった。

その温もりが、今もこうして私の側で息衝いているんだという事を認識させてくれた。

戦が終わった今、彼等刀剣男士が何時までこうして姿を保っていられるか分からない。

何時まで私の側に居続けられるのか分からない。

私が死んでしまう時までか、其れとも、彼等に残された霊力が尽きてしまうまでか。

どちらにせよ、少しでも長い間であれば良いなと願う。


―日も沈み、辺りがすっかり夜色に染まってしまった頃。

晩御飯も済ませた私達は、寝台部屋の車両に移ってベッドに入っていた。

明かりは小さなランプの照明だけを点けて、静かに窓からの景色を眺める。

夜になると、皆揃って寝静まるせいか、まだ起きている者達が集まる車両を除いて静かになる。

私達が居る部屋も例外ではなく、既に床に入って眠りに就いた彼も寝てしまって静かだった。

私はというと、まだ何となく眠れる気がしなくて、小さな明かりを頼りに本を片手に過ごしていた。

小さな彼と一緒に一つのベッドを使っているので、すぐ隣に眠る彼の体温が引っ付いていた。

その温もりが、とても心地好く、まだ来ない眠気も次第に蕩けてくるだろうと思った。

時折、窓から夜の景色を眺めながら、本の頁を捲って読む。

夜は静かに過ごせる時間だから好きだ。

別に、誰かと一緒に賑やかに過ごす昼間の時間も嫌いではないが、夜の静けさの中一人過ごす時間というのも乙なものなのだ。

其れに、夜という時間は、その日一日を思い返したり何かを考え思い更けるのに丁度良いのである。

眠るまでの間、寝付くまでの間、静かに己と向き合う。

そうして、私は本を読みながら、明日明後日の予定を考えていた。

今日は彼と何処何処に行ったから、今度はこんな感じの処へ行ってみたいなとか。

明日は何処何処の駅に停車するから、花を見て回ろうだとか。

終いには必ず、彼とは何時まで一緒に居られるのだろうかという事までも考えていた。

そんなの、幾ら考えたって詮無き事なのに。

物事を考え過ぎてしまうきらいのある私の思考は、本を読む傍ら、深く暗い処へと落ちようとしていた。

そんな時、隣に居る彼が大丈夫と言う様に身動ぎ、私へと擦り寄ってきた。

その彼の温もりに不安を過らせていた気持ちは溶かされ、落ち着きを取り戻す。

寝返りを打った事で出てしまった肩にしっかりと布団を被せてやりながら、そろそろ自分も眠らなければと本に栞を挟んでから閉じる。

ランプの明かりを消して、開いたままだったカーテンを引き、布団の中へと潜り込む。

布団の中は、彼が既に居た事で温かかった。

規則正しい寝息を立てる彼の様子に安らかな心地を抱き、眠りを妨げない程度に気を遣いながら彼の頭を撫でる。

この穏やかで温かな時間は、あと何れくらい過ごせるのだろうか。

先程まで眺めていた車窓からの夜の景色を思い出しながら思う。

私は、まだ大事な彼等と離れられる勇気は無い。

でも、何れは彼等と別れる日が来る事は分かっている。

ならば、今は、その日が来てしまうまでに、残っている日々をどんな風に彼等と一緒に過ごすかを大切にしよう。

薄く開いたカーテンから僅かな月明かりが射し込み、頭の上を照らす。

明日は、何処へ行って何をしようか。

夢は尽きない。

重くなっていく目蓋の先で、星の耀く綺麗な夜空を覗かせる窓の外の景色を映したのを最後に、私は目を閉じた。

明日もきっと彼と楽しく過ごせます様に。

そう、心に願って。


執筆日:2020.05.24

【後書き】
当作品は、「夜の旅」というのをテーマにしたお話でしたが、そういうテーマは今まで一度も書いた事が無かったので、とても新鮮な気持ちで書く事が出来ました。
初めて書いた内容だった故に、序盤が色々とごちゃごちゃしている感じが否めない上に、何だか「夜の旅」というテーマから少し外れてしまったと言いますか…あんまり上手く表現出来なかった気がして悔しいです。
しかし、今の自分が書くに至っては此れが限界です…っ。どうか生温かい目で読んで頂けると幸いです〜(>_<)
取り敢えず、今後はもっと良い感じの文が書けるよう、精進致しますね…!
個人的な事ではありますが、私、何時か外国へ旅をしてみたいと夢見ておりまして、そんな思いをほんのちょっぴり理想としてお話の中に盛り込んでみました(笑)。
異国情緒な空気に包まれた中での列車旅…憧れますよね。
何時もTVなんかで見てますが、ヨーロッパ辺りの自然豊かな土地へ行って列車旅とか素敵過ぎませんか?
私も何処かでそんな処へ行ってみたいです…今のところ理想だけですけど(まぁ、行くならまずは国内旅行から始めますけどね!いきなり外国は怖い…!)。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画をご用意してくださった二階様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。