悶絶絶倒



緩やかに流れる平和な時を沖矢昴の仮宿である、豪奢な洋館、工藤邸にて過ごしていた。

沖矢昴に化けて潜む彼…赤井秀一は、常に暇を持て余しているようで。

ここ最近は、暇さえあれば彼女を呼び付けて、料理を振る舞ったり話し相手になってもらうのだった。

しかし、彼女も大学生。

学生としての本分である勉強をしなくてはならない時は、配慮してか、静かに一人で読書を決め込んでいる模様。

意外にも“構ってちゃん”らしく、見た目に反して可愛いと思っている事は内緒だ。

現在の時刻は夜で、彼は「風呂に入ってくる」と言って、シャワーを浴びに部屋を出て行った。

その間、高い所にあった荷物を整理しておこうと、脚立を持ってきて作業をしていた梨トだったのだが…。

おっちょこちょいにもやらかし、足を滑らせて床へと落っこちたのだった。

その際、盛大な物音を立てて落ちたが、気にしたら負けだと思っている。

まぁ、落ちた彼女は、落ちた時に打ち付けた痛みと自分と共に降ってきた荷物が当たった痛みでそれどころではなく。

もんどり打って悶え苦しんでいた。


(―うぉおおお…ッ、イッテェ〜………ッッッ!!)


強打した後頭部と肩をそれぞれ手で押さえ、痛みに呻き踞っていると…風呂場の方向からドタバタと駆けてくる足音が聞こえた。


「何の音だ…ッ!!…って、梨ト!?大丈夫か…っ?しっかりしろ!」
『ッ…、ぅ゙ゔ……っ!』


痛みに悶え苦しんでいると、上から声が降ってきたので、涙目ながら目を開けた。

最初は、朧気に映る視界だったが、次第にはっきりとしてきて…。

焦点が合った途端、パチリと合った視線。

物凄く近い、至近距離。

赤井の顔。

一旦、頭の中を分析、整理する…。

現在の状況。

落ちた拍子に頭をぶつけて転がってたら、目を開けた瞬間、上半身裸の赤井さんが心配して名前を呼んでいた。


『もぎゃあああああッッッ!!!???なっ、なななっ、何で半裸ァ…ッ!!?』
「物凄い物音がしたから、慌ててシャワーを止めて出てきたんだ。そしたら、君が床に倒れ込んでいたから、焦ったぞ…。」
『わわわっ!それはすみませ…、ッッッ!?(って、よく見りゃタオル一枚ィイイイ!!?)』
「…どうした?打ったところが痛むのか?」


注:全裸+腰巻きタオル状態に、素顔or水も滴る良い男なスパダリ。

普通の人間なら、思考停止して可笑しくない現状である。

なので、当の彼女も勿論の事ながら固まった。


『……………、あ…ッ!?やっ、だ、だだ大丈夫です!ご心配有難うございます!!だからあの、何か服着てください!!免疫無さ過ぎて刺激強過ぎて目の遣り場に困りますぅわぁあああッッッ!!!!』


そして、あまりの衝撃に、普段の口調が吹っ飛び、敬語が入り混じってしまう始末。

焦る彼女とは反対に、キョトンとする彼。

一拍置いて状況を理解すると、安堵の溜め息を吐いて身体を離した。


「…そうか。何も無いなら良いんだ…。見たところ、大した怪我も無さそうだし、浴室に戻るよ。(そんなに必死にならなくても良かろうに…。)」


必死に目を覆い隠し、自身を見ないようにしている様子を見兼ねて、腰を上げる赤井。

アメリカ気質だから、日本人の乙女心が分からないのである。

取り敢えず、大した事なさそうだと判断し、頭をポンポンしてから去っていくイケメン。

この後、ひたすら悶え転がる羽目になるのである。


(―ぎゃひぃいいいい…っっっ!!赤井さん、何て事してくれたんだよアホォオオッッッ!!お陰で乙女な脳味噌が機能停止して頭から離れないじゃねーかぁあああ!!ひぎゃぁああああ…ッッッ!!!!)


赤井が風呂に戻った後。

暫くの間、その場でのたうち回っていた梨ト。

しかし、一度冷静になり、部屋へと戻った瞬間。

再び、先程の事がフラッシュバックしてしまい、頭を壁に打ち付けて落ち着けた後、ソファーに転がり、クッションに顔を押し付けてジタバタして沈没した。


―数十分後…。

風呂から上がった赤井が部屋へと戻ってくると、可笑しな光景に変な顔をして問われた。


「何やっているんだ…?そんなに押し付けていたら、窒息するぞ。」


いつの間にか、体育座りをしてソファーの端で鎮座する梨トは、その状態でクッションを抱き込み、顔を俯けていた。


『気にしないでください。放っておいてください。私は空気、影なる存在です。なので、暫くの間は触れないで上げてください。』
「すまん。もう触った。」
『ぎゃあああっっっ!!??何でまた裸ぁあああーっ!!』
「あぁ…、何だ。照れ隠しか…。(嫌われたのかと思った…。)」


不意に頭を触られて、全力で叫び声を上げる梨ト。

咄嗟に離れようとしても、頭の手はそのままに足を掴まれてしまって逃げられない。


「こら、逃げるな。先程打った箇所の具合を診るだけだ。」
『せせせせっ、せめて何か着てからにしてくださいぃい…っっっ!!』


盛大にどもりながら、顔を真っ赤にして必死に懇願する梨ト。

ぴたり、と動きを止めた赤井は、それを無言で見つめた後、小さく溜め息を吐いて、こう言った。


「…そんな純粋な態度を取られては、余計に構いたくなるのだが…分かってやっているのか?」
『ッ!!??』


今すぐ爆発したいと思った梨トなのであった。


執筆日:2016.08.02
加筆修正日:2020.05.19

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