乙女の秘密



「ねぇ、梨トさんは将来何処に就職するの…?」
『え…?』


昴の買い出しに付き合い、コナンと梨ト…そして、何故か変装を解いている赤井の三人で連れ立って歩いていたその道中。

唐突な思い付きの如く、彼女に対し、そんな質問をぶつけてきたコナン。

何の脈略があってそういう話になるんだ、という考えは彼には通じなさそうだったので、敢えて言わないでおく梨ト。

変わりに、別の言葉を投げ掛ける事にした。


『どうしたの?コナン君。急な質問だね?』
「うん。何か、唐突に気になっちゃって!」
『君の唐突には、いつも驚かされるんだけど…。何で、そんな事気になるの?』
「えー、だって梨トさん…お父さんが現BKA職員で、お母さんは元FBI捜査官なんでしょ…?両方の組織から、勧誘とか受けてるんじゃないかなぁ〜って。そう思ったから、思い切って訊いてみたんだ!梨トさんが良かったら、何処に就職したいとか教えて欲しいなぁ…?」
「ホォ…。それは、俺も興味があるところだ。是非とも教えてくれないか…?」
『わー。二人からまさかの爆弾投下ー。それ、リアルガチな話だね。』


何故か、やたら興味津々といった様子で此方の返答を待つ二人。

知りたがりのコナン君は何となく分かるが…何故に赤井さんまで?

少々気になる点はあったものの、取り敢えずスルーする事にし、小さな探偵からの質問に答える事にした。


『そうですねぇ…。今のところ、有力候補として上がってる就職先は…母が引退した後も何かと協力してるFBIでしょうか…?ドイツのBKAとも確かに関わりは深いんですが…FBIの方が、元捜査官である母との連携で親しみがありますし。赤井さんやジョディさんといった知り合いも多いですから…。なので、もしかしたら、近い将来FBIに入る可能性もあるかもしれませんねっ。』


今、用意出来る答えをしっかり考えつつ、口に出す。

納得したコナンは、すぐに「教えてくれて有難う!」と笑顔で返した。

その横で興味深げに聞いていた赤井が、口許に笑みを浮かべて言った。


「君なら、是非ともウチに欲しいな。君がもしウチに来る時は、大いに歓迎するよ。」


コナンの歩幅に合わせて歩く赤井は、そう嬉しそうに溢した。

すると、それを何処からか黙って聞いていた安室が突然現れ、俯き気味に「フ…ッ。」と笑うと、こう告げた。


「その必要はありません。なんたって彼女は、僕のところに永久就職する予定なんですから。」


突然現れたかと思えば、そう宣言した安室。

どうやら、彼への宣戦布告らしい。


(―え…っ!?安室さん、それって、まさか…?)
(―求婚…プロポーズのつもりか。)


彼の言葉の意味に即気が付いた二人は、驚きと同時に頭が追い付かずに呆然とする。

一方、不敵な笑みを浮かべた安室と打って変わって、彼女の反応はポカーン…。


『え…永久就職……?…ああっ!公安に、って意味ですね…!!』
「え…?」
『安室さん、本職は公安の人ですもんねぇ〜。確かに、一般職に就くより公安なら給料は良いですし、生活は安定ですよね!しかも、常に危険が伴うアメリカと違って、安全な日本国内で働けますし…っ。安室さんにはいつもお世話になってるのもあるんで、アリかもしれませんね!』


素敵な笑顔で、バッチリ間違った解答を返した梨ト。

思わず、安室も含めた男全員が、「あ、コレはダメかもしれない…。」と心の底で思ったのだった。

ガクッ、と少し肩を落とした安室は、苦笑混じりに言葉を返す。


「あ、いえ…そういう意味ではなくてですね…?」
『え……違うんですか…?』


先程まで彼女の真横に居たコナンは、現在、安室の真後ろである。

赤井と揃って歩く二人だが、その後ろに居る二人から哀れみの視線を感じた安室。

しかし、彼はめげずに彼女へのアプローチを続けた。

彼としては、「大嫌いな赤井が居るFBIに入られるより、自身と一緒に居て欲しいから…。」という意味で言った言葉だったのだが。

そういう事に関してはすこぶる鈍い彼女には伝わらなかったようで。

かなりの直球ドストレートなプロポーズ紛いの告白であったにも関わらず、華麗なる落としで振ったのだった。


「残念だったな、安室君…?君の直球なる想いは、彼女へは届かなかったようだ。」
「赤井ぃ…っ!!」
「今のような告白の仕方では、恋愛感情に疎い彼女には届かんよ。そんな直球的では、ムードもへったくれも無いな。」
「うっ、うるさい!黙れッッッ!!」


赤井の喧嘩吹っ掛けにより、大人組がいがみ合いを始めた頃…。

再び、真横に並んできたコナンから、不意に話題を振られた。


「梨ト姉ちゃんは、もし安室さんと赤井さんのどちらかを選ぶとしたら…どっちを選ぶの?」
『あら、相変わらずの知りたがりね。小さな名探偵さん?』
「僕、誰にも言わないから、教えてくれる?」


こてんっ、と可愛らしく子供な仕草であざとく訊いてきたコナン。

明らかにわざとらしいが、彼の本性を知っているので、敢えて口にはせず答えてあげる。


『う〜ん、どうだろうねぇ…?』


すぐに答えるのも何かアレな気がして、わざと勿体振って間を空ける。

その間も、後ろの大人組は何やらいがみ合ったままだが、恐らく、此方の会話に聞き耳を立てているのだろう。


『んー…、敢えて答えるなら…。』


クスッ、と小さく笑んでから、ふっと思い浮かんだ言葉を口にする。


『“どちらでもない”かな…?』


低い位置にある少年へ視線を向け、「これで良い?」という意思を視線で伝えた。

小さな探偵は、その答えでは満足しなかったのか、不満げに頬を膨らませて見上げてくる。


「……梨ト姉ちゃん、それじゃ答えになってないよ。」
『えー?だって、そう簡単には決められないんだもん…。双方劣らず良いところたくさんあるし…何より、どっちとも好きなんだもん。…甲乙付けづらくなぁい?』
「それだと、二人とも可哀想だよ…?」
『あら、どうして?イケメン且つ仕事・収入共に安定、付き合ったら確実に大事にしてもらえそうな優良物件のお二人が、どうして可哀想そうになるのかにゃん?』
「そんな風に言ってるけど、本当は分かってるんじゃないの?」
『はぁ〜…っ、探偵さんは何処までも知りたがりね〜。…あんまり女性に対して根掘り葉掘り詮索してると、煙たがられちゃうし、嫌われちゃうよ…?』


ちろん、と胡乱気な目を向けて彼を見る。


『なら…、今の私に言える事は一つ。』


一度、言葉を切り、後ろに居る誰かさんの様子を窺いながら口にする。


『“A secret makes a woman woman.”(―女は、秘密を着飾って美しくなるんだよ。)』


黒の組織に属する彼の女が、よく口にしていた呪文のような言葉だ。

その言葉を知っている彼は、それを聞いた途端、驚きの表情に変わる。

次いで、悪戯めいた子供らしくのない笑みを浮かべて、彼女を見た。


「梨トさん…嘘が上手いね?」
『あれ。どうして、今の解答でそう思ったのかな…?』
「梨トさんは本心を隠すのが上手だね、って事だよ。」


ニヤリ、とした効果音が似合いそうな表情で不敵に笑ったコナン。

対する彼女も、彼を理解しているのか、敢えて何も言わず、ただ不敵に笑い返す。


「え…っ、ちょっ、コナン君!!さっきのどういう意味なんだい…っ!?」
「わ…っ!?安室さん、吃驚させないでよ〜…。」
「ボウヤ、先程の言葉の意味が分かるのなら、俺にも教えて欲しいのだが…。」
「え…!?赤井さん、今ので分かんなかったの…っ!?」
「あぁ。」
「ははっ!ざまぁないな、赤井…っ!!」
「言っておくが、分からなかった君も俺と同等だぞ…?」
「赤井ィイイイ…ッッッ!!!」
『あのー、どうでも良いんですが…スーパー、行くんじゃなかったんですか?あと、安室さん、何で付いて来てるんです…?』


しがない午後の一場面であった。


執筆日:2016.07.31
加筆修正日:2020.05.19

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