世界を救うべく、在るべき世界を取り戻す為に奔走してきた彼女が、体調を崩して、一時的に寝込む事になった。
原因は、これまで休み無く駆け抜けてきた、過労によるものだった。
体を酷使し続けてきた事も大いなる原因なのだろう。
切っ掛けは、ほんの些細な事だった。
元より頭痛持ちだったらしい彼女の其れが、過労によって酷く出てしまったらしい。
 初めは、いつもの軽い片頭痛くらいに思っていたのだそうだ。
此れくらいなら、動くのに支障は無いと、予定していたスケジュールの通りに周回へ出た。
自分も編成に組まれていたから、同行した故に、よく気にかけ、体調の変化を見ていた。
其れなのにも関わらず、僕は止められなかった。
周回中に体調が悪化したのだろう、段々と顔色を悪くしていき、次第に口数が減り、必要最低限の指示しか出せぬようになっていたのを。
 結果的、彼女は押し通して、何とか無事に周回を終える。
しかし、カルデアへと戻った瞬間、彼女は限界を訴え、休みを申し出た。
当然の顔色であった。
 僕達周回組は急いで医務室へと運んで、容態を診てもらった。
診断は、過労による神経頭痛の悪化という事だった。
ただの頭痛であっただけに、一先ずは命に別状は無いと安堵し、胸を撫で下ろしたけれども。
一時的とは言え、彼女が動けなくなってしまえば、進む事も儘ならないと、もどかしく厳しい現実を突き付けられた。
世界の命運は、全て、一人のうら若き女の子に託されていたから。
 彼女は、そんな重荷を背負っていても、体調を崩しても、皆の前だからと気丈に振る舞って、いつもの笑顔を浮かべていた。
きっと、本心はそんな余裕すら無いであろうに。
「此れくらい平気だよ……っ。私は大丈夫だって!お薬しっかり飲んで、ちょっと休んでたらすぐ善くなるから!そんな心配しないで!」
 最早、“慣れている”が口癖の彼女の事だ。
辛かろうが何だろうが、皆に余計な心配はかけさせまいと気を張って、強がって、笑って、誤魔化して。
そんなんで平気で居られる訳が無いだろう。
 取り敢えず、暫くは自室で休養を取ると言ってマイルームへと籠った彼女が気掛かりで、僕はこっそり霊体化して後を付けていった。
其処で見たものは、誰にも話せない、己だけの胸の内に留め置くべき事だろう……。


 マスターは、あんまりにも頭が痛かったせいか、今日のところは大人しくベッドに横になっていた。
ただ、其れだけだったならば、見逃しただろう。
一人でゆっくり休む時間も必要だと、様子だけを見て、スッと居なくなるつもりだった。
だけど、其れが出来なかった。
 頭が割れる程痛むらしい彼女は、呻き声を上げて苦しんでいた。
薬がまだ効かないのか、なかなか酷い頭痛が和らがぬらしい。
あまりに辛そうなのが可哀想に思えて、代わってやる事が出来たならば代わってやりたいと、彼女の側へ行き、霊体化を解いた。
 腕で顔を覆われていて、表情は窺えなかったが、きっと、物凄く顰めっ面になりながら痛みが引くまでを耐えているのだろうと枕元へ屈み込む。
そして、耳にしてしまった。
嗚咽混じりに呟く、譫言のような懺悔の言葉を。
 彼女は、自身の痛みにじっと耐えながら、誰に――否、何に対して、懺悔しているのだろう……?
きっと、あまりにも頭痛が辛過ぎるから、零れ出てしまった彼女の心なのではないか。
そうとしか思えぬ程に痛々しい光景であった。
 嗚呼、彼女は、ずっとそうして己の内だけに留め続けていたのだな……。
弱音すら吐き出せる立場に無いと思って、誰にも言い出せずに、ずっとずっと、自分の心の中に押し留めて……。
 たった一人のか弱き女の子に背負わされた命運は、あまりにも重いものだったのだ。
其れ故に、彼女の心は摩耗し、擦り切れ、ボロボロになっていったのだろう。
 どうして、誰も、彼女を救ってやらなかったんだ。
どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。
誰が悪いとか、そんな次元の話ではないのは理解していた。
けれど、一人の女の子が犠牲になってまで手に入れるべき希望なのか……?
 今の彼女は、きっと、か細い、今にも千切れてしまいそうな儚い糸で辛うじてこの世に繋ぎ止められているに過ぎない。
今、己が手を伸ばさなかったら、断崖絶壁の崖からスルリと真っ逆さまに落ちていってしまいそうな、そんな危うさすら感じられた。
 堪らず、僕は、彼女に声をかけた。
このまま彼女を放ってはおけない。
「マスター……ッ、マスター!しっかりしろ……!!」
「ぅ゙…あ…………?ぁ、れ……はじめ、ちゃ………っ?」
「ハイハイ、そうよ〜。マスターちゃんの自慢のセイバー、斎藤一ちゃんですよ…っと。御免ね、無断で女の子の部屋に失礼しちゃって。アンタの事が心配だったから、勝手に来ちゃった。大丈夫じゃないんだろうなのは見りゃ分かるけども、大丈夫……?無理して喋ろうとしなくて良いから、そのまま大人しく寝てな。今辛いのも、薬が効いてくりゃ次第に楽になってくからね」
「御免、なさい……っ、私、こんな、休んでて良い立場じゃないのに……っ。ご、ごめ、御免なさっ…………」
「何で謝るの?僕はなぁーんにも怒ってないよ。だから、無理して喋んなって。頭に響くんだろ?」
「御免なさい…御免、なさい………っ」
「大丈夫、大丈夫よ、マスターちゃん。今は休むのがお仕事なんだから…っ。きっちり休んで、体調快復したら、また地道でも良いから一緒に頑張って行こうじゃないの。だぁーれも急かしたりなんてしてないから、今は兎に角ゆっくり養生しな」
「っひ、……ッぅ゙、…ごめ、なさ……御免なさ、ぃ………っ」
 ただただ繰り返される“御免なさい”の懺悔の言葉。
此れが、彼女の心に巣食っていた本心なのではないだろうか。
誰に対するでもなく繰り返される譫言のような懺悔は、彼女の心が既に戻れないところにまで壊れかけている証拠であろう。
正直言って、これ以上見ていられなかった。
 だから、俺は言った。
「ねぇ、マスターちゃん。無理して返事なんかしなくて良いから、寝物語にでも僕の話聞いててよ」
 今、彼女の目の前にある現実から、少しでも良い、寸の間目を瞑って逃げるくらいの希望を与えるくらいは、許されたって良いだろう?
「マスターちゃん……僕と一緒に、どっか遠くへ逃げちゃおっか」
 きっと、この問いを今の彼女に投げかける事は、禁断の一手だったろう。
だけども、俺はその手を選んだ。
 彼女を、この世に繋ぎ止めておく為に。
今にも消え失せてしまいそうな程にか細い糸を、手繰り寄せる為に。
彼女を、生かす為に。
 俺は禁断の一句を告げた。
「行き先は何処だって構わないよ?マスターちゃんの行きたいと望む場所へ、連れてってあげる。何処へでも何処までだっても、僕は付いてくよ。マスターの為なら、例え地獄だろうが地の果てだろうが…な」
 泪に濡れた、虚ろな瞳が、寸の間此方へと向けられる。
 ……そう、そのまま、そうやって俺の言う事に耳を傾けてな。
 熱冷ましのシートを額に貼り付け、氷枕を敷いて横になっている彼女の頬を優しく指の背で撫ぜながら言葉を続ける。
「なぁ、マスター……アンタは何処に行きたい?」
「………え…っと……強いて、言うなら…生まれ故郷の国に、帰りたい……かなぁ……」
「なら、日本だな……。うん…良い選択だと思うぜ。俺も、マスターの生まれ故郷である地元に、一度行ってみたいしな。何より、一番安全な国だし?治安が良い所のが一番でしょ」
 まだ酷く痛むのだろうが、少しずつ薬が効き始めたんだろう。
徐々に顔の険しさが和らぎ、うっすらと口許に笑みが上る。
 努めて優しい声を、力を、意識して、言葉に音を乗せ、紡ぐ。
「今回マスターちゃんが過労でダウンしちゃったのもさ、こんな殺風景な簡易的に休むだけのベッドしか無いような部屋で休んでるのが原因だと思うんだよねぇ〜。もっとこう、如何にも心が安らぎそうな癒しの空間が今のマスターちゃんには必要だと思う訳よ。その為には、やっぱこ〜んな息詰まる肩身狭い所じゃなくてさ、もっと開放的で空気の良い所行かなきゃ駄目っしょ…!例えば、日光で有名な観光地の彼処とか?中禅寺湖がすぐ側に見えて、秋は紅葉が滅茶苦茶綺麗な所よ。彼処なら、マスターちゃんにピッタリな場所じゃない?自然豊かな景色が見れて、静かにゆっくり時の流れを感じながら、心と体も休めんの。…ねっ、素敵なプランでしょ?ついでに温泉にも浸かったりしつつ湯治なんかも出来たら最高よね〜!……あー、でも、流石に其れは爺臭いかぁ?あはっ、ゴッメーンね!僕ってば、こう見えて歳食っちゃってるからさぁ!マスターちゃんが楽しむには、もっと若者らしいプランのが良いよね」
 痛ましくも泪の伝っていた跡を拭い去るように触れる。
壊れ物に触れるみたく、そっと、そっと、優しく力を加減して。
「別に……一ちゃんのプランも、悪かないと思うよ…?少なくとも、私は……そういう、静かにゆったり出来そうな場所に行ってみたいかな……」
「おっ?マスターちゃんったら、意外と渋い路線行くタイプ?なら、是非とも連れてってあげたいねぇ〜!一緒にのんびり観光しながら、美味しい物好きなだけ食べたり飲んだり飲み食いしようよ。食べ歩きなんてのも、乙なもんだよね〜っ。はははっ……マスターちゃんと一緒なら、何処へ行ったって飽きなさそう!」
「ふふふっ……一ちゃんと二人で慰安旅行かぁ……うん、凄く素敵なお話だと思う…。魅力的なお誘い過ぎて、断るの申し訳ないなぁ………っ」
「……俺は、いつだって本気だぜ、マスター。アンタが望むならば、今すぐにだって此処から連れ出してやるよ。…まぁ、今は体調が優れないから、体調が戻ってからが一番良いんだろうけど……マスターが望みさえすれば、構わずアンタを抱えて何処へだって連れて行ってやるさ」
「そっか……そう言ってくれるだけでも、嬉しいよ…。有難う、一ちゃん……」
「マスター、」
「でも……今は、ちょっと休んだら、其れだけで十分だし…大丈夫だから…………、御免ね」
 本当は大丈夫じゃないと、自分でも分かってるんだろう、なぁマスター?
 目の前の現実から逃げたって良いじゃないか。
生きる為なら、逃げる事が恥だとは思わない。
 だけども、きっと、彼女は“どうにかなってしまった”としても、絶対に自分の手を取ってくれはしないのだろう。
彼女は、そういう人だから。
 不器用で、臆病で、脆い……けれども、無駄に忍耐力だけは強い、我慢強い人だから。
例え、此方が逃げ道を用意したとしても、其方へ逃げてくれる事は決して無いんだろう。
逃げて欲しくたっても、彼女は真っ直ぐに前へ進んで行くような人だから。
 これ以上、アンタが傷付かなくて良い……ッ。
その一言が言えたら、どんなに良かったか……。
 けれど、其れを言ったら最後、彼女の自我が壊れてしまうのではないかと恐れて、怖い。
彼女を失いたくはない。
大事な大事な人だから。
 ぶっちゃけ、人理なんかどうだって良い。
彼女さえ生きて笑っていてくれれば、其れだけで構わないんだ。
 なのに、どうして現実というのは、いつだって残酷でクソッタレな世界でしかないのだろうか。
たった一人の女の子救えずして、何が世界だ。
そんな世界、いっその事滅んでしまえば良い。
彼女が笑っていられる未来が望めぬ世界ならば、この世から消え去ってしまえ。
 嗚呼、所詮僕はお調子者だ。
だから、生きる為ならば平気で仲間を裏切り、一人のうのうと後世まで生き延びたんだ。
 彼女を失うくらいなら、カルデアなんて糞みたいな場所ぶっ壊れてしまえば良い。
彼女さえ、救えたならば、其れだけで構わないんだ。
 世界と股を架けてアンタを天秤に掛けるだなんて、他の奴等に聞かれたら笑われちゃうなぁ。
まぁ、自分でも既にどうしようもなく笑えてきてんだけどね。
 こんな世界で偉人とか英雄とかと同じような括りで現界させられて、また戦いに駆り出されて、女の子一人守れずして、何が剣士だ、何が誠だ。
んなもん糞食らえだ、バァーカ。
 こんなんじゃ、彼女だってきっと善くなるものも善くならないだろう。
「俺は、この自由の剣に誓って、アンタを全ての災厄から守ると決めた……その言葉に嘘偽りは無い。アンタを守る為ならば、例え世界を敵に回そうとも厭わない。どんな手を使ってでもアンタを生かす。…生き延びる事には長けてんだ、俺は必ずアンタを生かすぜ。生きてりゃどうにかなるんだ。生きて、生きて、生き延びて…幸福を掴んだ先で、アンタは笑っていてくれ……。アンタの災厄は、俺が貰い受けてやるから」
 漸く眠りに就けた彼女の傍らに寄り添いながら、呟く。
己の剣が、きっと、彼女を生かす為のつるぎとなるよう祈りを込めて。
 今ばかりは、安らかなる眠りを、マスター。


執筆日:2022.01.31

【後書き】
初めてのFGO夢専門企画という物に参加させて頂きました。
そして、今回作品を書くに当たって、今一度“斎藤一”というキャラクターについて学び直したり致しました。
何故かと申しますと……私、ゲーム未プレイ者のにわか知識、且つ漠然とした「書きたい!」という意欲(勢い)だけでお話を書こうと思った愚か者でして。
某動画サイトなどに上げられている、一ちゃんのボイス集動画やバレンタインイベの時の動画を見直したりなどをして、改めてキャラを落とし込み直す必要があった訳なのですなぁ…。
故に、早い段階でお話の構想は練れていたのですが、実際に文章に起こすとなる作業でなかなか上手いように事が運ばずに、結果“提出期限の締切近くになっての提出”という事に相成りました。
取り敢えず、今作を書くに当たって、おもにバレンタインイベのネタをベースに書いてみました。
いや、本当、アレ繰り返し見るたんび、“罪深い奴だァ……ッッッ”と内心思いつつ悶え転がるんですが。
何はともあれ、話の展開等を上手く纏めれずに難産でしたが、推しで書きたかったネタを何とか書き上げる事が出来て良かったです。
現実で逃げたい事なんて沢山ありますが、実際問題逃げたくても逃げれない事って山程転がってますよね。
そんな時、彼に“逃げても良いんじゃない?”って言われたいだけの人生でした(笑)。
一ちゃんに生きろなんて言われたら生きるしかないやんけ……っ。
生きる為ならば、“逃げる”という手段も厭わない彼の人間性が好きです。
この度、「いつか書きたい!」と思っていたお話を形にする機会を頂けて、とても嬉しかったです…!
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださったくわはら様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。