とある男の家に、女が居た。其処へ、第三者の者がやって来る。
女は来訪者を軽く一瞥した後、一つ会釈を垂れ、「どうも」と短く挨拶を告げただけで、視線を手元へと移した。
 来訪者は、男の親戚であった。
見知った仲だと思って家を訪ねたら、自身の見知らぬ顔の者が居た事に気付き、こう訊ねる。
「なぁ、お前……あの女は誰だ?」
 男の部屋に平然と居座っている様から、気になってしょうがなかったのだろう。
 男は、のんびりとお茶を飲みながら答える。
「ただの友人だ。茶飲み仲間のな」
 年寄りみたいな趣味をした彼と似た趣味の者が、他にも居たのか。
 驚いた赤髪の大柄な男は、更に訊ねた。
「もしかして、付き合っているのか?」
「フッ……無粋な質問だな」
「違ったのか」
「彼女とは、恋仲でも何でもないさ」
「そうか……。もし、お前に春が来たという事だったならば、祝いの品一つでも用意してやろうと思っていたところだったんだがな…早とちりだったか」
「大包平、お前はいつも早合点し過ぎなんだ。もっと周りをゆっくり観察してみろ。そうすれば、自ずと答えは見えてくるものだ」
「しかし、鶯丸、お前だって良い歳だろう?好いた女の一人や二人、居たって可笑しくはないだろ」
「人の恋路に年齢なんてものは関係無いのさ。其れに、俺は別に恋人が居ようが居なかろうが焦る必要性も無いからな。何も問題は無い」
「そういうものか……」
「そういうものだ」
 鶯丸と呼ばれた、この家の家主は、のんびりとした口調でお茶を啜っていた。
どうやら、彼女は、“彼の女”という括りでは無いらしい。
ならば、下手な横槍、余計な詮索はせぬ方が無難だろう。
 実家からの差し入れだと言う、土産物の入った紙袋を置いて、大包平は帰っていった。

 鶯丸と大包平は、所謂従兄弟同士という間柄で、お互い近所に住んでいる為か、実家から何か送られてきた時は、消費の為だと言ってよく訪ねては持ってくるような仲であった。
 今回も其れだったらしく、差し入れだと受け取った紙袋の中身を見てみたら、何処ぞに出掛けた時の土産物だろう、贈答用に綺麗に包装されたお菓子の箱が入っていた。鶯丸が好むタイプの物である。
 彼は、嬉しそうに笑みを浮かべて、向かい側に座って黙々と本を読んでいた女へ向かって口を開いた。
「見ろ、琥珀。茶によく合う茶菓子を貰ったぞ」
「おや、良かったねぇ」
「早速新しい茶を淹れてこよう。お前も飲むだろう?」
「丁度、お茶休憩挟むにゃ良い頃合いの時だったから、頂こうかな」
 読んでいた頁に栞を挟んで本を閉じた女が、此処に来て初めて顔を上げた。
なかなかの顔立ちの整った女である。彼と並んで立てば、さぞお似合いな雰囲気となろう。
其れ故に、先程訪ねてきた大包平は勘違いしてしまったのだ。
彼の家に訪ねてくるくらい、気を許された、仲良しで懇ろな関係なのかと……。
しかし、現実は違ったらしく、彼は否定した。彼女は悪まで友人であり、茶飲み仲間なだけだと。
 女の名は、琥珀といった。
鶯丸とは、偶々大学が同じで、同じゼミに通っていた事で知り合った程度の仲だ。
だが、何が切っ掛けとなったのか、いつの間にか彼の家に平然と居座れるくらいの仲に落ち着いている。
 いやはや、世の中不可思議で面白い事だらけである。
「茶を持ってきたぞ」
「有難う」
「せっかく貰った茶菓子なんだ、お前も一緒に食べよう」
「わぁ〜い」
「どうだ、美味いか?」
「……うんっ、美味いよ。うぐの淹れてくれたお茶によく合うね」
「そうか、美味いか…!」
「うん。ウマウマ…うまんいっ」
 まるで、自身が買ってきた物のように喜ぶ鶯丸は、美味しそうに食べる彼女の顔を見て、綻ぶ。
「お前の喜ぶ顔が見れたんだ……此れをくれた大包平には感謝しないとな」
「そんなに嬉しい事……?」
「嗚呼、嬉しいさ。お前の表情が変化する様は、見ていて飽きない」
「ふぅん…」
 然して興味は無いとばかりな気の無い返事を返した琥珀。しかし、鶯丸は気にしなかった。
 彼も、彼女と同様に菓子を口に運び、再び笑みを浮かべる。
「うん…確かに美味いな。此れは茶がよく進みそうだ」
 差し入れと称して貰った土産物は、抹茶を使ったお饅頭であった。
本物のお茶の葉を生地にも餡にも混ぜて作った、正真正銘の抹茶饅頭とあって、「此れは美味い」と揃って満足げに頷き合う。
 普段からお茶を嗜む二人であった故に、抹茶味の物には五月蝿い質であった。
つまり、今回食べたお饅頭は合格という事である。
 まぁ、彼の好みを熟知している大包平からの差し入れだ、外れなどある訳が無いのだが。


 また別の日の事であった。
 その日も例に漏れず、実家から送られてきた段ボール箱に大量の蜜柑が入っていたからと、半分程お裾分けに来たらしい大包平が訪ねてきた。
そして、彼女もまた先日と同じポジションに同じように居座っていた。
「今日も先客が来ていたのか。悪い」
「お前は、いつも突然やって来るからなぁ。……して、今日は何の用なんだ?」
「毎度の事ながら、また実家から大量の蜜柑が届いてな……。一人では消費が間に合わんと思って、お裾分けに来た」
「食べ物を無駄にしないというのは、良い心掛けだな。其れにしても、お前の処の親はいつまでもお前の大食らいなところを勘違いしたままだなぁ。幾ら沢山食べるからといっても、限度があるだろうに……。まぁ、見ていて面白いから良いが」
「他人事と割り切るなよ…」
「事実、他人事なんだから当然の話だろう?……にしても、やけに多いな。今回は、何れだけの量を送り付けられて来たんだ?」
「大きめの段ボール箱に入るだけいっぱい詰め込まれていた、と言えば分かるか…?」
「うん。流石のその量じゃ、大包平一人では食べ切れんだろうな。分かった。丁度、琥珀も来ている事だ、彼女にも分けてやる事にしよう。そしたら、一人で消費し切れぬ量でも何とかなるだろう」
「恩に着る」
「何、従兄弟であるよしみだ。細かい事は気にするな」
 半分程と言うが、その量は一人で食べるにはやはり多過ぎる気がする。
まぁ、丁度友人も来ている事だし、其れでも余るようなら同じゼミの奴にでも配ってしまえば良い。
 そう楽観的に考えた彼は、従兄弟をほっぽって、未だ黙々と読書に夢中になっている友へと大量の蜜柑が入った袋を掲げて見せた。
「琥珀、見てくれ。また大包平から大量の蜜柑を貰ったぞ。冬に炬燵と蜜柑は風物詩だ、お前も食べるだろう?」
「おぉ…こりゃまた沢山貰ったねぇ。まぁ、くれる物は有難く頂くよ」
「なら、早速茶を淹れて食べよう。大包平、お前もこの後用が無ければ、偶には俺の茶を飲んでいけ」
「いや、俺も居ては邪魔になるだろう……っ」
「遠慮するな。此処は俺の家だ。俺が良しと言えば、琥珀も納得するさ。さぁ、上がってくれ。茶を淹れてやろう」
 半ば強引に家まで上げられた大包平は、渋々茶をご馳走になる為、居間の部屋の隅の方へ座った。
あまり面識の無い人と同じ空間で二人きりで居るというのは、何とも気まずい事であるからだ。
故に、互いに無言で居たらば、お茶を淹れて戻ってきた鶯丸が、大包平の事を紹介し始めた。
「紹介しよう、琥珀。此奴は、俺の従兄弟且つ兄弟みたいに一緒に育った、幼馴染みの大包平だ。住んでいるのが近所でな、度々こうして色々とお裾分けに来てくれる、良い奴なんだ」
「紹介にあずかった、大包平だ。宜しく頼む」
「んで、こっちは俺と同じ大学で同じゼミに通う琥珀だ。話してみたら、なかなか気の合う奴でな、すぐに意気投合して、今じゃ立派な茶飲み仲間だ。故に、良い茶が手に入るなり話し相手が欲しくなったら、こうして家に招いているんだ」
「どうも、初めまして。宜しくお願いします……」
「琥珀は大包平と違って気の小さい奴だから、初めの内はこんな感じで人見知りを発揮する奴だが、まぁその内馴染めば打ち解けるさ。仲良くしてやってくれ」
「ウチの鶯丸が迷惑を掛けていないか…?」
「いえいえ、飛んでもない……っ。寧ろ、毎度厄介になってるのは私な方なので…彼が友人になってくれて、助かってます……」
「鶯丸は結構強引な奴だからな。迷惑な時は迷惑とはっきり言ってやってくれ。じゃないと、此奴は此方の用件も聞かずに突っ走る事があるからな」
「大包平、余計な一言だぞ。あと、強引なのはお前も似たようなもんだろう?」
「お前程自由奔放じゃない」
 彼に差し出されたお茶を受け取って飲む大包平は否定する。
其れに対し、彼はただ澄ました笑みを浮かべて受け流した。
「そういえば、琥珀…さんは、この間も鶯丸の家に来ていたな。此奴と付き合うのは疲れるだろう?嫌なら嫌と言って良いんだからな」
「あぁ、いえ……彼のところにお世話になりに来るのは、まぁちょっとした複雑な理由がありまして…」
「うん…?“お世話になりに来る”とは……?」
「お前は、相変わらず馬鹿でプライバシーやら何やらに欠ける奴だな……。彼女が言う複雑な理由ってのは、まぁよくある事さ。実は、琥珀は実家住みの実家通いで大学まで来てる者なんだがな、家族と上手く行っていないそうで、家に居づらくて、よく俺の処まで避難しに来てるんだ」
「おまっ…!そんなサラッと平気で言って良い事か!?」
「全然構いませんので、お気になさらず…」
「いや構うだろう!?」
「声がデカイぞ大包平〜、少し声を落とせ。そんなに興奮するような事でも無いだろう?」
「少なくとも、今の話を聞いて平然として居られるお前とは違うわ!!」
「まぁ、所詮俺には他人事に過ぎないからな。人様の家庭の事情に対して、根掘り葉掘り詮索し首を突っ込むのも気が引ける。だから、俺は変わらずに接しているだけだ。愚痴なり話なりは、茶を飲みながらだって聞いてやれるしな」
「そういう事だったのか……。しかし、男の家に嫁入り前の女が泊まり込むのは、些か問題にならないか?」
「さぁ?少なくとも、俺は気にしていないし、迷惑とも思っていない。お互いに干渉し合う時だけ干渉するという具合だ。問題にもならんという話さ」
「いや、お前は良くても……琥珀さんのご両親は良く思っていないかもしれんだろう?」
「其れこそ無粋な話というもんさ。互いが口に出さぬ事に、部外者の他人が口を挟む事ではない。……そうだろう?琥珀」
 此処に来て初めて真面目な顔を作った彼に問われた彼女は、一つ分の瞬きを挟んだのちにコクリと頷く。そして、控えめに口を開いて言葉を返した。
「親が放っておいたまま、向こうから何も追及してくる事が無いままである内は、此方も何も告げずに居ます……。子供という歳でもないですし。…其れに、鶯丸が良いって言ってくれたから、私は此処に居座ってるだけです。もし、仮に駄目だと言われた時は、素直に出て行きますよ。私とて、あまり人様に迷惑かけたくないタイプの人間ですから……。其れくらいの弁えはあります」
「……要するに、触れるな、という事だったんだな…。すまん……っ」
「いえ、構いませんよ…。鶯丸の知り合いという事に免じて、水に流します」
「だから、お前は馬鹿だと言ったんだ、バァーカ」
「むっ……馬鹿と言った奴が馬鹿なんだ!」
「他人には他人の事情というものがある。其れに対して、迂闊に踏み込むもんじゃない。……また一つ学べて良かったじゃないか」
 話が終わるなり、真面目な顔付きだったのを崩して、今しがた大包平より貰った蜜柑を差し出して笑う。
「まぁ、細かい話は此処までにして……。冷めない内に茶でも飲みながら蜜柑でも食おうじゃないか。ほら」
 卓上に転がして渡された蜜柑を手に取り、琥珀は静かに大人しく皮を剥き始める。
「そら、大包平、お前も食え。炬燵で食べる蜜柑は美味いぞ」
「別に、炬燵の時季じゃなくとも、お前は食いたい時に食ってるだろう…?」
「まぁな。俺は自由にするのが好きだからな、故に細かい事は気にしない質なんだ」
 そう言って、彼も蜜柑を剥き始め、ぱくりと身を口に運ぶ。倣うように皮を剥き始めた大包平も、白い繊維も気にせず豪快に三つ四つ纏めてぱくりと口に入れ、咀嚼した。
 蜜柑の甘い果汁が口の中いっぱいに弾けて、忽ち顔の表情が綻んだ。
 やはり、旬な物を旬な時季に食べるのが一番美味い。
「一先ず、事情は理解したが……お前達本当に付き合っていないのか?」
「どうしてもお前は其処に行き着くんだなぁ〜」
「一時的とは言え、端から見て同棲してるのと変わらなく思えるんだから…気になっても仕方ない事だろう?ましてや、片や自分の従兄弟相手の話なんだ、当然だろう」
「清々しいまでの肯定っぷりッスね……」
「此れが大包平という奴だ」
「おい、有耶無耶にするな。質問した事に答えろ」
「そうだな…。この間も言ったが、はっきり言って、琥珀とは恋人でも何でも無い関係だ。悪まで友人の域を出ない、良識のある親しき仲の者だと思っている。まぁ、此れでも納得しないと言うならば補足しよう。彼女は、俺の家に居着いた同居人だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
 寸の間、三人の間に沈黙が降りた。其れを破ったのは、顰めっ面を作った大包平であった。
「そんな犬猫みたいな言い方は無いだろう……っ」
「お前が言えと言うから言ったまでだが?」
「仮に、“同居人”という言い分は良しとしよう。だが、“居着いた”なんて言い方は、あまりに酷くないか?」
「事実なんだから間違ってはいないぞ」
「えっ、そうなのか……?」
「え?あー…はい、まぁ、そうですねぇ…」
「嘘だろう…?」
「いいや、本当の話だ」
 彼女は、何と言われようと気にもせず、モヒモヒと小動物のように蜜柑を咀嚼していた。
 大包平は彼女と鶯丸とを交互に見つめて、驚きを露わにする。次いで、こんな事を言い出した。
「お前……まさかとは思うが、彼女の事を野良猫を拾ってきた感覚と同じに捉えていないだろうなぁ?」
「実際問題、似たようなものだろう?」
「全然違うわ、阿呆…っ!!相手は自分と同じ人間で、犬猫やら家畜とは違う生き物なんだぞ!其れをちゃんと理解しているのか、お前は!?」
「理解しているから、置いてやっているんだろうが。帰るべき家無くした奴を放ってはおけないだろう…?だから、俺は仮宿代わりに住まいを提供しているだけだ。ただ其れだけに過ぎない」
 蜜柑を食べながらお茶をしながら話す話ではないと思うのだが……。
しかし、彼等当事者にとっては、茶請け話程度の事なのだろう。其れはもう呑気なものであった。
 恐らく、此処だけ時間の流れが違うのだ。
故に、のんびり穏やかな時間がゆるりと流れているのである。
 其れを理解したらしき大包平は、深い溜め息を吐き出して言う。
「彼女を一時的とは言え家に置く事を許したんだ……その責任は最後まで果たせよ」
「勿論、言われずとも分かっているさ」
「だと良いんだがな……」


 その後、大包平は“邪魔したな”との一言を告げて帰っていった。
ちゃっかり蜜柑は三個も平らげており、お茶も二杯は飲む程ゆっくり過ごしていった。
 鶯丸は、にこにこと微笑みながら大包平が使った分の湯呑みやら蜜柑の残骸を片す。
彼女は、定位置から動かぬまま、お茶を飲み、ゆっくりのんびり蜜柑を堪能していた。
「大包平から貰った蜜柑は美味いか?」
「うん、甘くて美味いよ」
「そうか、其れは良かったな。……して、大包平と話してみて、どうだった?」
「悪い人ではないと思った」
「そうだろう。彼奴は、思い遣りのある優しい、良い奴なんだ。お前とは、きっと良い友になれると思ったから紹介してみたんだ。今後とも是非仲良くしてやってくれ」
「うん。うぐの知り合いなら、安心して仲良く出来そう」
 二人きりの空間に戻ったからだろうか。
さっきまでとは異なり、するするとスムーズに言葉を話す彼女は、笑みを浮かべてすらいた。
人見知りというのは、どうやら本当の事だったらしい。
既に気を許し合う仲である彼の前では、取り繕う必要も無いのか、素直に感情を面に出していた。
彼への呼び方も、愛称だろうか、“うぐ”との呼び方に戻っている。
寛ぐ様子に終始変わりは無かったが……。
 最早、琥珀にとって、彼の家は我が家と代わりない空間であるようだ。
其れだけ彼女がずっと居座っているという証拠であった。
 鶯丸は、その事を気にした風も無く、最初から共にこの家に住んでいた住人に話す調子で話しかける。
「今晩の献立は、何にしようか?」
「寒いからねぇ〜……うーん、簡単に鍋とかにしちゃわない?」
「そうだな。鍋が一番手っ取り早いし、あったまる。よし、其れにしよう。種類はどうする?」
「私、胡麻豆乳鍋食べたぁ〜い!」
「お前は鍋と言えば其ればかりだなぁ」
「だって、好きなんだもん。ヘルシーだし、美味いし、冷えた体に染み渡る味だし……っ!」
「はははっ、分かった分かった。じゃあ、今夜は胡麻豆乳鍋にしよう。具材は、白菜と豚肉と大根と……あと何を入れたら良かったんだったか」
「人参とか肉団子とか…あとキノコ類も入れたら良いんじゃない?」
「キノコか……確か、冷蔵庫にエノキ辺りがあった筈だな。其れを入れるか」
「大根と人参は帯状にスライスしちゃえば、火の通り早くなるよね〜。私、その作業請け負うよ」
「役割分担というやつだな、助かる。じゃあ、俺は白菜でも切るか。時間的に、もう夕飯の支度を始めても良い時間帯だしな」
「肉団子は冷凍のヤツで良いんだよね?」
「嗚呼、合ってる。味付けは市販の物があるから心配するな。蜜柑を食べ終えたら、手伝い頼むぞ」
「まっかせろぃ…っ!」
 ただの同居人と家主にしては、やたら仲睦まじい空気であった。
恋仲と言われたら納得するくらいには、自然と共生し持ちつ持たれつの関係であるように思えた。
 本当に、彼女は“ただの同居人”というだけの括りなのだろうか……?甚だ疑問な光景であった。
 その疑問が解消されたのは、その後すぐの事だった。


 夜の事である。
 互いに寝床へと入って寝付こうとしていた頃――。
不意に、一つ同じ布団で寝ていた彼女の首筋を生温かな感触が触れた。
共に寝そべっていた筈の鶯丸が、背後より口付けたのである。
 ゾワゾワと擽ったい感覚に目蓋を開いた琥珀が、体を捩って背後の鶯丸を振り返る。
「どしたの、うぐ……?寝るんじゃなかったの…?」
「……眠かったならば、起こしてすまない…と言ったところだったんだが。その、良いか……?」
「んん……明日が早くないんなら、良いよ」
「明日は揃って午後からしか入っていない。……だから、安心して寝坊が出来る」
「了解……じゃあ、しても良いよ」
 くるり、体の向きを変えた琥珀が、彼の正面を向いて微笑む。
愛らしさしか無かった筈のその笑みに、妖艶な色を見た気がした事に気付いた時には、彼女は鶯丸に口付けられていた。彼女は其れを大人しく享受している。
 幾度か柔らかな唇を重ね合わせてキスを堪能する最中、彼女の体をまさぐり出す鶯丸。
次第に、彼は、興奮を露わにと言った風に彼女の上へ覆い被さり、首筋へと吸い付いていく。
その内、服は乱されていき、唇は下へ下へと移動していく。
 所謂夜の営み……閨で恋人が行う行為を、両者合意の上で行っているのだった。
まんま、睦み合いである。二人は、“ただの同居人と家主”ではなかったのか。
 答えは、こうである。
同居人たる琥珀は、謂わば彼にとって、拾ってきた野良猫と変わりないものだった。
故に、この行為は、住み処を提供してくれている事への恩返し……つまりは奉仕であった。
 互いが互いを尊重し合うが、悪までも二人の関係性は“ただの同居人と家主”なのだ。
しかし、こういった事情が絡むようになるのは、良い歳をした男女が一つ同じ屋根の下で暮らしていれば当然の話であった。
共に成人している者同士、気を許し合っているが故に、欲の発散の仕方も心得ていた。
 冬は寒い。だから、生きとし人は、より一層人肌を求めるのだ。
僅かな明かりしか灯らぬ薄暗がりの中、二人の男女が布団の上で乱れ合っていた。互いに息は荒い。
 偶々相性が良かった、もしくは都合が良かった……というだけなのかもしれない。
ただ、二人の間には、二人にしか理解出来ぬ暗黙のルールというものが存在していた。
その内の一つが、今行われている行為であった、其れだけの話である。
例え恋仲でなかろうと、恋人のように睦み合う行為を行う事も、彼等二人にとっては然して問題ではなかったのだ。何故ならば、二人は細かい事は気にしない質であったから。
故に、二人は時折体を重ねては、互いが溜めていたであろう欲を発散し合うのだった。
 其れが、端から見て歪な関係に見えようとも、お構い無しなのである。


執筆日:2022.02.03
公開日:2022.02.08

【後書き】
今まで脇役としてや語り部みたいな役では書いた事があったのですが、鶯丸をメインにした単体夢は今回初めて執筆致しました。
140字SSといった感じでは一度書いた事はあっても、まともに丸々一本のお話で出す事は初めてだった故、新鮮な気持ちで書かせて頂きました。
鶯丸お相手夢に決めた理由は、お題タイトルとテーマを見た時の思い付きです。
何となく、“二人暮らし”というテーマを考えた際に、漠然と“同居人”というのが思い浮かび、次に誰がお相手が良いかな〜と考えて浮かんだのが鶯丸でして。
じゃあ、間を繋ぐ役は大包平で、と安直に決めました(笑)。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった鈴木様・四畳半様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。