春もたけなわの季節の事であった。大侵寇という大きな危機を乗り越え、無事に元の穏やかさを取り戻した本丸は掃討戦を終え、平穏な日々を過ごしていた。
先の大戦は、終わりの見えぬ戦の渦中で起こった、大きな作戦であった。その名も『対大侵寇防人作戦』というもので、青野原の戦場での異常なまでの敵の動きを切っ掛けに、三日月宗近の「本丸を守れ」との言葉から、どの本丸も一斉に本丸防衛戦に
突如消えて居なくなった三日月の事は、初期刀の加州清光が連れ戻してきてくれたが、巨大なる敵が攻め込んできた時ばかりは、皆心の底から戦慄したものだ。しかし、三日月と加州の働きにより、各本丸を襲った巨大な敵をも退ける事に成功。大きな危機から脱した事で防人作戦は掃討戦に切り替えられ、時の政府は甚大な被害を被ったが、その被害は最小限に抑えられ、各本丸は無事生き残る事が出来た。此れ程までに骨の折れる事は無かったと、作戦終了後に皆揃って疲労の蓄積した体を伸ばした事は記憶に新しい。
そんな大層な出来事を経て、また一段と強く大きくなった本丸の皆を束ねる指揮官の座に就く審神者は、離れの間の前に広がる桜の景色の中に居た。先の大戦を乗り越えねば見る事の叶わなかった景色だ。再び見る事が出来た桜に喜びを隠せぬ様子で、彼女はただ一人静かに桜の木の下に佇んでいた。
灯りに照らされて夜風に揺らめき舞い散る桜の花弁は、何とも儚く、また風情があって美しかった。ほぅ……っ、と溜め息すらも零れ落ちる美しさをじっと眺めていたらば、背後より大地を踏み締める足音が聞こえてきて振り返る。
「こんな処で何やってんだ……?」
「おや、たぬさん」
足音のぬしは、同田貫正国……その人であった。彼は審神者へと歩み寄ると、隣へ並ぶようにして立ち、先の彼女がしていたみたく大木の桜を見上げた。其れを喜ぶように嬉しげに顔を綻ばせた審神者は、彼の投げた問いに答える。
「ちょいとじっくりのんびり桜を眺めたくなりまして」
「其れで、一人黄昏れるみてぇに此処に立ってたって訳ねぇ……」
「別に、黄昏れてたつもりは無いのだけれど……」
「あんたはそのつもりでも、端から見たら黄昏れてた風にしか見えなかったぜ」
「あれまぁ。そいつはすまなんだや。またも変な心配かけさせちまったかえ?」
「まぁ、気付いた大抵の奴等が、ここ最近ずっと缶詰めで忙しかったのもあるし、偶には一人になりたい時間もあるだろう……って、離れたとこで見守る感じではあったがな」
「たぬさん個刃は、そうではなかったと……?」
「そりゃあ、あんた一人っきりにしてっと、まぁーた変な事考え出し兼ねねぇからなァ……。見張りついでの様子見だよ」
「ふふふっ……そうかい。まっ、好きにしなや」
再び桜の舞う様を眺め始めた彼女を横目に見つめながら、かの刀は問う。
「で……? 本当のところはどうなんだよ」
「うん? 何がだい?」
「あんたが此処で一人こんな時間に花見してた理由」
「あー……っははは、別に大した理由も無いよ?」
「どうだかなァ……。あんた、あの爺さんに似て食えねぇとこあるから」
「みかちの事言ってんの? いや、流石に私はお爺ちゃんみたくはなれないよ〜っ。まぁ、あんな立派な人になれたら良いけれどねぇ」
「回りくどい事してねぇで、さっさと吐いちまえよ」
「ハイハイ、ではご希望にお応えして白状させて頂きますよぅ」
ざわざわ、夜風に揺れる木々に舞い散る桜吹雪を視界に映しながら、彼女は心根を吐露した。
「皆が一生懸命に戦って守ってくれたから、誰一振りとして欠ける事無く此処に居て、私も本丸も歴史も無事だった。一時は、本気でどうなる事やらと気を揉んだけれどね……っ。結果としては、丸く収まる形で事を終える事が出来たし、問題はまだまだ片付いてない事ばかりだけども、また次の壁が現れるのなら皆と一緒に乗り越えてやるって俄然やる気に満ちてるんだ。でも、流石に今回の事は骨が折れたねぇ〜……! 専用の通行手形仕入れる為に小判大量消費したし、何より疲労が凄まじ過ぎた…っ!」
「確かに、前線回されてた奴等の疲労はやばかったなァ。俺は錬度調整もあって、おもに後方支援組だったがよ」
「でも、消耗戦となったらああいう事になるんだってのは身を以て学ぶ事が出来て、色々と収穫は多かったかな? まぁ、改善点とかも多く見付かりはしたけれども、お陰で皆また一段と逞しさを増した訳ですし、結界オーライってヤツ? 取り敢えず、我が本丸にもちゃんと警備・防衛システム搭載されてて、其れがきちんと機能する事が分かっただけでも収穫でしょ……っ!」
「あー、まぁ、そりゃ一番大事だわな。そうでなきゃ困るっての…」
「まっ……個人的に一番良かったと思うのは、またこうして皆とこの桜の景色を拝む事が出来た事かなぁ〜……。防人作戦が始まったの、丁度白木蓮の景趣の時だったからさ……作戦が成功しなきゃ、この景色も二度と見る事叶わなかったんだなぁって思うと、何だか感慨深くなっちゃって……っ」
しみっぽい空気で笑った審神者の表情をつぶさに見つめる彼は、口を噤んだ。その間に、彼女は言葉を続けて想いを吐露していく。
「本当に、皆無事で良かった……。私が主で居る内は、絶対に誰一振りとして欠けさせるものかって思ってたけど……突然の強制的単騎出陣の命を受けた時は、本気で心配したんだから……っ。結果として、みかちも清光も無事生還して帰ってきてくれたけどもね? 私は、今だってお爺ちゃんが勝手に消えて居なくなった事、許してないんだからな…! 二十四時間遠征の部隊長として帰還してくるなり、報告の後すぐに“野暮用が出来たからちょっと出て来る”とか言って居なくなりやがって……! しかも、本丸を守る為の囮になって、一人勝手に折れようとしてただ? そんなの、私が絶対に許す訳が無かろうがい……っ!! んで? 事が終わったら今度は修行に行きたいだ?? どんだけ審神者の神経磨り減らしゃ気が済むんだってぇーのォッッッ!! この件だけは腹に据え兼ねてっからな……ッ。一生許してやんねーから、覚悟しやがれ……!」
「おーおー、くわばらくわばら……っ」
そう言って茶化しの相槌を返した同田貫は笑みを浮かべる。彼女は、勢い良く溜め込んでいたものを吐露し終えると、鼻息荒く「ふんすっ」と息を吐いて言葉を締め括った。
感動的に続くと思いきや、この審神者の事である……シリアス展開と思わせてシリアルで落ちるのだ。
大声で喚き散らしたお陰でスッキリしたのか、彼女は晴れやかな顔を上げて、隣に立つ同田貫の方を見つめた。
「しんみりした空気で終わると思った……?」
「いや、あんたの事だから、シリアルな展開で終わらすんじゃねーかと思ってたぜ」
「まぁ〜、途中までは事実ちょっと真面目にしんみりしてたんですけどねぇ〜っ。いやはや、溜まりに溜まってた鬱憤とか諸々も吐き出してたら、いつの間にかしんみりしてた空気もどっか行っちゃったね!!」
「しょうがねぇさ。あんた、此処んとこずっと忙しかったからな。大侵寇が終わったかと思いきや、今度は資金集めの為の大阪城だしよ」
「遠征での資金集めは雀の涙レベルで、ほぼほぼ焼き石に水状態だったからメチャクソ有難いけどね! でも、本音言うと一週間くらいのお休みは欲しかったよ!! 疲労回復アイテムも馬鹿にゃならないんだよ、審神者泣かせかコンニャローッッッ!!」
「もう泣いただろあんた……加州の単騎出陣ん時と、巨大な敵との決戦終えた直後に」
「アレは泣くなという方が無理だ!! 初代OP流すとか反則だろ!? しかも其れをクレジットに使うとか、審神者限界化して語彙力無くすし漏れ無く泣く。涙ちょちょ切れるわ」
思い出した影響か、涙を浮かべた目を向けて訴えてくる彼女に、どうどうと宥める。些かメタい話まで出て来た事には目を瞑ろう。取り敢えず、情緒がジェットコースター並みに激しく乱高下する審神者を宥めて背中をさする。
「今この場で泣くなよ……。俺が泣かしたみてぇだし、他の奴等に見付かったら確実に殺される……っ」
「私だって泣くつもりなんか無かったんだぁい……! でも、思い出したら何か感極まってきちゃって…おまけに、そんな優しく背中さすられたら余計に涙腺刺激されて涙出ちゃうんだもん……っ!!」
「あーあー、だから泣くなって……っ」
「うえぇ〜無理ィ……ッ。一度決壊すると落ち着くまでは無理ですぅ〜……っ! ぐすんっ」
「ったく、あんたは泣き虫なまんまだなァ……っ」
必死に涙を堪えようとして鼻をグスグス言わせながら啜り泣く審神者の事を懐に抱き寄せた彼は、ぽんぽんっ、と優しい手付きで背中を叩く。まるで、愚図付いて泣き出した幼子をあやす如し光景である。そんな風に例えたところで、審神者の実年齢を思えば完全なる間違った子供扱いであったが、器物の付喪神として顕現する彼等にとっては、人の子など赤子も同然であるからして、やはり変わらぬ事になるのだった。
泣いた事で息苦しくなった審神者は、着けていたマスクを外した。実はこの審神者、花粉症を患っており、スギだけでなくヒノキにも反応してしまう為、花粉の季節である約半年間はマスクとティッシュが手放せなくなるのである。おまけに、ゴミ箱も側に有れば尚の事良し。涙ですっかりびしょ濡れになってしまったマスクを見つめ、彼女は鼻声で呟いた。
「うぇ……マスクぐっちょぐちょなった……気持ち悪ッ」
「そりゃそんだけ泣きゃあな」
「みぃーっ、鼻詰まって口呼吸しか出来んくて苦ちぃ……っ」
「おらよ、ちり紙で鼻噛んじまえ」
「あざっす……」
ぶびーっと勢い良く鼻を噛む審神者に、女らしさなど欠片も見られない。……が、そんな彼女の姿など見慣れてしまっている同田貫は、呆れはするが気にしない。
そうこうしていれば、ぶわりと強い風が吹いて、一気に桜の花弁が舞い散った。ついでに、勢い良く髪を浚われて、二人揃って髪を乱す。
「うおっ……今の凄ェ風だったな……」
「春は風が強いものねぇ〜。お陰ですっかり髪がぐっちゃらぐっちゃだわ。ふははっ……! ふぇ、……っくし!!」
「ほら……もう気が済んだなら部屋戻んぞ。これ以上夜風に当たってたら、確実に風邪引くぜ」
「ん……っ、大丈夫だよ。今のは、偶々ちょっとくしゃみ出ちゃっただけで」
「花冷えの季節は体調崩しやしぃんだから、油断は禁物だろ。ただでさえ、あんたは季節の変わり目弱ェんだからさ」
そう言って、同田貫は首に巻いていた長い長い襟巻きの余った部分を彼女の首に巻いてやった。途端、あったかな温もりに包まれて、審神者は擽ったそうに笑った。
「ふふっ……そんな心配せんでもえいのに〜」
「うっせぇ。良いから、早く部屋戻んぞ」
「はぁ〜いっ」
身を離すなり審神者の手を引いて歩き出した彼の後を大人しく付いていく。握られた掌は武骨で固かったけれど、とても温かかった。この手で、自分と本丸と歴史を守る為に、時には刀を
「有難うね、たぬさん」
「あ……? 何が?」
「ううん、何でもない…!」
彼と二人一つの襟巻きを巻いて、手を繋いだまま、離れの間にある審神者部屋へと戻っていく。手前の執務室の方の戸を引くと、修行から帰ってきて間もない三日月が主が戻るのを待っていたとばかりに出迎える。
「お帰り、主や。夜に拝む花見はどうだった……?」
「んふふっ、楽しかったよぉ〜! 偶には息抜きに花見するのも良いもんだねぇ!」
「花見というのも乙なものだろう。特に、今年は特別に感じる事だろうなぁ」
「本当にね。今年もまた美しい桜を見る事が出来て良かった」
「其れも此れも、本丸と共に我等皆が無事であったからだな! うむ、此れ程に喜ばしい事は無い……っ。して、主や……? 花見をしていただけなのに、何故目蓋を赤く腫らしておるのだ? 其処な狸に泣かされでもしたのか? 悩みがあるのならば聞くぞ! 爺は主の味方だからな!」
「おいコラ、何勝手に人が泣かしたみてぇに言ってんだ。誤解招く言い方やめろ!」
「おぉ、可哀想に……っ。ほれ、近う寄れ。爺が慰めてやろうなぁ」
「だぁから、違うつってんだろ! 人の話を聞きやがれ、このクソ爺ッ!!」
ホケホケと彼の手を避ける三日月の食えなさ加減たるや、何とも言えないものが込み上げてくる。しかし、そんな平和な光景が見れるのも、先の大戦を無事乗り越える事が出来たからこその事であった。その事に、審神者はクスクスと笑む表情の下で思った。嗚呼、またこうして笑い合える日々が戻ってきて良かった、と……。開けていた戸から舞い込んできた桜の花弁を掬い取り、心底安堵した表情を浮かべ、夜空を見上げて微笑んだ。
執筆日:2022.04.24
公開日:2022.04.30
公開日:2022.04.30
【後書き】
春の季節は何かと忙しく、また感情の浮き沈みも激しかったりして、創作の手が緩んだりしていたせいもあり、なかなか“春”をテーマにしたお話を書けずのまま居ました。けれど、今年こそはどうしても書きたいと思い、もう四月も末に近い頃ではありますが、“春”をテーマにお一つ書いてみました。
スランプを経験して以降、勢いがある時でないと一つのお話を書き切る事が出来なくなってしまった為、「書きたい!」と思う気持ちと創作意欲とが合致しづらくなっているのが今の私の現状です。其れでも、どうにかして滾る気持ちや想いを形にしたいとなって生まれたのが、今回のお話となります。まんま自本丸ネタ故に、自己投影色の濃い内容となってしまいましたが、此れもまた一つの本丸のお話なのだと受け入れてもらえたら幸いです。取り敢えず、しんみりとした空気を匂わせて、シリアルなオチです。“我が本丸は今日も平和です”を地で行くような本丸ですみません(笑)。
最後に、補足と致しまして……。タイトルの「またとなき」の部分は、こんなに壮絶で濃い春は二度と来ないだろう、という思いを込めた上での言葉になります。大侵寇を経た上での感情も大いに滲み出たものになるかと。再び本丸の皆と桜の景趣を拝む事が叶って何よりなのです。特に、お爺ちゃんと一緒に見る今年の桜は、特別なものになりました。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が指定された物でしたが、主催者側で公開される前に当サイトの方側で先行して作品公開しても良いとの許可を得ておりますので、ご安心を。
春の季節は何かと忙しく、また感情の浮き沈みも激しかったりして、創作の手が緩んだりしていたせいもあり、なかなか“春”をテーマにしたお話を書けずのまま居ました。けれど、今年こそはどうしても書きたいと思い、もう四月も末に近い頃ではありますが、“春”をテーマにお一つ書いてみました。
スランプを経験して以降、勢いがある時でないと一つのお話を書き切る事が出来なくなってしまった為、「書きたい!」と思う気持ちと創作意欲とが合致しづらくなっているのが今の私の現状です。其れでも、どうにかして滾る気持ちや想いを形にしたいとなって生まれたのが、今回のお話となります。まんま自本丸ネタ故に、自己投影色の濃い内容となってしまいましたが、此れもまた一つの本丸のお話なのだと受け入れてもらえたら幸いです。取り敢えず、しんみりとした空気を匂わせて、シリアルなオチです。“我が本丸は今日も平和です”を地で行くような本丸ですみません(笑)。
最後に、補足と致しまして……。タイトルの「またとなき」の部分は、こんなに壮絶で濃い春は二度と来ないだろう、という思いを込めた上での言葉になります。大侵寇を経た上での感情も大いに滲み出たものになるかと。再び本丸の皆と桜の景趣を拝む事が叶って何よりなのです。特に、お爺ちゃんと一緒に見る今年の桜は、特別なものになりました。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が指定された物でしたが、主催者側で公開される前に当サイトの方側で先行して作品公開しても良いとの許可を得ておりますので、ご安心を。
