「あんたって定期的な頻度で無精起こすよなぁ〜……っ」
食わず休まずの状態で仕事に缶詰めていたら、近侍役として部屋を訪れた彼が口を開くなり開口一番に告げた言葉だった。事実なので否定はしない。黙って彼が後ろ手に障子戸を閉め、部屋へと入ってくるのを見つめる。
すると、座卓の空いたスペースへ持ってきたお盆を置き、再び口を開いてきた彼が言う。
「あんたは人間なんだから、ちゃんと食わなきゃ、いつか倒れちまうだろ……? そうなったら、俺、哀しくなるだろうから……せめて、ちょっとだけでも良い、何かしら腹に入れてくれよ」
そう言って、彼は厨番から持っていくように言われたのだろう、お握りとお味噌汁のよそわれた膳の乗るお盆を私の方へ寄せる。
作り立てなのだろう、何方ともホカホカと温かそうな湯気を立てていた。見た目から美味しそうである。匂いに誘われたのか、其れまで忘れていたような空腹が刺激されて、きゅるる……っ、と情けない腹の虫を鳴らして訴える。
私は、一瞬、物を口にする事を躊躇った。其れは、未だ現在山積みの仕事を片付けている真っ最中で、まだ区切りの付かなさそうなところを見るに、今中途半端に中断するのも気が引けたからだ。どうせなら、キリの良いところまで終わらせてからにしてしまいたい。ついでに白状すると、食べた後暫くはどうしても眠気に襲われてしまい、思考が鈍って仕事の進みが遅くなるから食べたくない……というのが本音であった。けれど、其れを口にして言う事は憚られた。
私は口籠り、無駄にもごもごとさせてから、小さく返事を返した。
「今、仕事中断するのはキリが悪いから……せめて、もうちょいキリの良いところまで行ってからでも良いかな?」
「じゃあ、五分後……いや、其れだと流石に短いか、十分経ったらちゃんと食えよ」
「え…あ、うん……努力します……っ。あの…、ぎねはこのまま此処に居るの?」
「あんたが其れ食い終わるまで待ってるよ。食い終わった食器は、俺が下げてやるからさ。なるだけ早く食べてくれよ。じゃないと、せっかく歌仙や燭台切が作ってくれたのが冷めちまうしな」
「あ……うん、えと…頑張って仕事のスピード上げるね。だから、もうちょっとだけ待ってて……っ」
言い終わるが否や、視線を目の前の画面へと移し、忙しなくキーボードを打ち込んだ。
斜め後ろに座り込んだ気配は動く事無く、じっと視線を仕事に勤しんでばかりの私の横顔へと注いでくる。まるで、急かされているような、咎められているような心地に陥り、変な焦りからか、無駄に文字を打ち間違えては打ち直す頻度が増えた。集中を欠いている事は分かっていた。けれども、私は仕事を進める手を止めなかった。次第に、じっとりとした嫌な汗が掌に滲んできさえした。自然と眉間の皺が寄り、顰めっ面を作って画面を睨み、苛立たしげにキーボードを叩いていた。
その様子に気付いたのか、斜め後ろの背後に居座る彼が口を開く。
「見つめ過ぎちまったかな……? 悪い。仕事の妨げになるようなら、控えるよ」
「いや…別にそういうつもりは無かったのだけれど……でも、ちょっとだけ気になっちゃったから、そうしてもらえると助かる、かな……っ。あんまりジッと見つめられるの、慣れてないから…何だか気まずくなってきちゃって……」
「御免な。じゃあ、俺、暫く目ぇ瞑っとくから…キリの良いところまで行ったら声かけてくれよ」
「えっ……」
思わず、背後を振り返って見たら、律儀にもしっかりと目を瞑って体育座りで待機する御手杵の姿があった。数秒間、ぱちくりと瞬きを繰り返し、彼の事を見つめた。そしたら、キーボードを叩く音が聞こえないからか、仕事を再開せぬ様子に気付いたらしい彼が目を瞑ったまま声をかけてきた。
「仕事の手、止まってるみたいだけど……良いのか?」
「あっ……御免、ちょっとボーッとしてた…。今続きやるから……っ」
「仕事頑張るのは、あんたにしか出来ない事だから応援はするけど……あんま無理はするなよな? あんた、見てて思うけど、頑張り過ぎる嫌いがあるみたいだからさぁ…見てて心配になるんだ。線も細いし、マジでどっかでポッキリ折れちまいそうなくらい脆そうだから……しっかり食べて、ちゃんと休んでくれよな。……俺、あんたが死にそうな顔したら、たぶん泣いちまいそうだからさ。頼むから、俺の知らないところで倒れたりなんてしないでくれよ」
其処まで言わせてしまっては、もう此れ以上仕事を続けるどころの気分では無かった。
少しだけ文字を打ち込んだ後、作りかけのデータを保存し、画面をスリープに落として端末を閉じた。そして、改めて背後を振り返り言う。
「待たせて御免ね、ぎね」
「もう良いのか……?」
「本当は、もう少し進める予定だったけども…ぎねの言う事も尤もだったから。一旦、御飯食べる為にも、休憩挟む事にしたの」
「そっか…。何か、急かしたみたいで悪かったな」
「ううん。気にしないで。食事そっちのけでずっと仕事してたのは事実だから」
そう言って、仕事に使っていた資料の束や広げていたファイルの類を他所に退け、ついでに端末も少しだけ横へずらして御飯を食べるスペースを空けた。
背後に居た御手杵が動いて、お盆の上の急須を取る。
「俺、お茶淹れるな」
「うん、有難う、ぎね」
「どういたしまして」
私が御飯を食べる意思を見せたからか、途端にいそいそと動き始めた彼が、部屋に据え置きの電気ケトルからお湯を注ぎ、空っぽで放置していた湯呑みへとお茶を淹れてくれた。温かな其れを受け取り、暫し冷えていた指先を温めた。その様子を彼が静かに見つめる。
「寒いなら、暖房入れるか? まだ火鉢直してないし、火を
「いや、其処までじゃないから大丈夫」
「じゃあ、上着か何か羽織るか? あんた、女だし、体冷やしたら風邪引いちまうかもだろ。ちょっと待ってろ。確かそこら辺に、前に俺が来て脱ぎ捨てたままの内番着の上着置いてってたのがある筈だから……おっ、あったあった! はいよ、此れでも羽織ってな。あんたの身には、ちょっとデカ過ぎるかもしんないけど、何も無いよりはマシだろう?」
「……何で、ぎねは其処まで優しくしてくれるの…?」
自然と零れ出てしまっていた言葉だった。口にした後でハッとし、口許を覆うような仕草を取る。今更誤魔化したとしても、もう遅い事だろう。私は、罰が悪いように目線を逸らして俯き、彼から何か言われる事を待った。
沈黙が恐ろしかった。嫌われてしまうんじゃないか、軽蔑されてしまうんじゃないかと恐れて、気が気じゃ無かった。
けれど、実際に口を開いた彼の言葉は、予想に反してあっけらかんとしたものだった。
「俺があんたに優しくするのはさ……あんたが放っとけないからだよ」
「え……っ」
「見るからに細っこくて、触れたら壊れちまいそうなくらい弱いあんたの事、放っておいたら…何だか俺の知らないところで倒れてそうな気がしてさぁ。いや、其れも何か違うな……うーん…えっと、たぶん、俺、主が自分の知らない内に自分の手の届かないところに行ってしまいやしないか、怖いんだよ……っ。此れが、人で言うところの不安ってヤツなんだろうなぁ。兎に角、目の届く範囲に居るなら目を離さずに居たいなって…そんな風に思うんだ。情けない事言ってるかもしんないけど……でも、あんたの事が心配なんだって気持ちは伝わってると嬉しい……っ。あんただって、いつも戦に出て行く俺達を心配してくれるだろう…? 根っこは其れと
憚る事も無く、そう素直に告げてくれた彼の言葉は、すとんっと真っ直ぐに私の心へと響いて落ちた。
そうか……。私は、其れだけの存在に成れていたのか。未だ皆の主という立場になってから日の浅い故に、実感の湧かぬ感覚であったが、彼に改まるように言われて漸く自覚を持てたような気がした。
そうだ、今や私は本丸の主で皆を束ねるお役目に就いている。そんな立場に居る者が、食事や睡眠を疎かにして倒れてしまっては元も子も無かろう。私は密かに反省し、今までを省みる事にした。
「有難う、ぎね……。其れと、御免ね。心配かけるような真似しちゃって…。これからは、少し改める事にするよ。指摘してくれて、有難う」
「あ、いや、俺は特別な事は何も言ってないって……!」
「其れでも、今の言葉は嬉しかったから、その御礼だよ。ありがとね、ぎね」
「……まぁ、そういう事なら、いっかぁ〜」
穏やかにそう呟いた彼の綻んだ顔が嬉しそうにニヤついていたのを、今でも鮮明に覚えている。
――あれから数年の時が経ち、本丸は設立してから三年目を過ぎ、もうじき四年目となる記念すべき日が近付いている頃だった。
彼もすっかり逞しく強くなり、また極める為の修行から帰ってきてからより一層頼り甲斐のある男へと成長した。
そんな彼が、いつの日かみたいな台詞を吐きながら、呆れた表情を浮かべて溜め息を
「あんたさぁ〜……無精起こすのも大概にしろよなぁ?」
「御免……っ! けど、あともうちょいで終わらすから! 其れまで待って…!!」
「“あともうちょいで終わる”って言い出してから、
「本っ当御免て……! 今、やってるとこ終わったら絶対御飯にするからぁ……っ!!」
「その台詞、どう考えても信用ならないんだけど……もう五分だけだからな? 其れ以上経っても仕事辞めずに続けるようなら、強制的に休憩入れさせる措置取るからなぁー」
「えっ……強制的な措置って、一体何をされるのかな?」
「一先ず、あんたが今すぐ仕事切り上げれるように、端末の前から離れるよう、あんたの両脇掴んで持ち上げるかな。そんで、お仕置きにエッチな悪戯でもしてやろうか……? 要は仕事出来なくなるようにしちまえば良い訳なんだしな。ご所望とあらば、今すぐお仕置きしてやっても良いんだぞ〜?」
「ヒエッ……! すんませんっした!! 今すぐ仕事辞めますんで許して……!!」
「最初からそうしてれば良かったんだよぉ」
少しだけ不服そうに口先を尖らせた彼が傍らに座して言う。慌てて端末を片付ければ、作業は終わったと見て、此れ見よがしにと甘えの姿勢を見せてきて、背中から抱き付かれた。所謂、あすなろ抱きというヤツである。
仕事中構ってもらえなかった事に拗ねたのだろう、ぐりぐりと力強く頭を擦り寄せられた。髪の毛が首元に当たってこそばゆい。
込み上げてくる羞恥も相俟って擽ったさに音を上げようと口を開きかけたところで、不意に彼が無防備にしていた耳朶へと噛み付いてきた。甘噛みである。決して痛くは無かったが、或る意味で心臓に悪いからやめれとの意思を込めて背後の男を睨み付けてやった。
「ちょっと、ぎねぇ……?」
「すぐに仕事辞めなかったあんたが悪いんだぜ? 今のは、軽いお仕置きな」
「そういうのは心臓に悪いから、不意打ちにすんのはやめてって前にも言ったでしょ……っ」
「あんたが仕事ばっかにかまけて俺を放置した報いだぞ〜」
全く、なんて逞しくなってくれたんだか。私は小さく笑った。
「このまんまじゃ動けないし、御飯食べれないんすけど、御手杵さぁん?」
「……もうちょっとだけ待って…。俺も充電したい……」
「分かったよ、もう……っ。それじゃ、あと五分だけね。私もお腹空いてるし」
「ん〜……っ、なら、一回だけキスして。あんたからキスしてもらったら、俺、機嫌直るから」
「ハイハイ。一回だけよ」
仕方無しとばかりに、恋刀な彼へと待たせたお詫びの口付けを送ってやった。しかし、安易に許したのが間違いだった。一度許した口付けから、彼がそう簡単に引いてくれる訳も無かったのだ。
私から口付けたキスだったが、気付けば主導権は彼に握られていて、此方の意識が蕩けてしまうまで口付けられるのであった。此れでは御飯どころでは無いだろう。
すっかりペースを崩され、息荒く涙目になりながら恨めしげに彼の事を睨む。すれば、彼は構ってもらえる事自体が嬉しいのか、大層ユルユルとした表情を浮かべて桜の花弁を舞わせた。
「へへっ……俺が先にあんたの事食っちまったな!」
「企みが成功して嬉しいのは分かったから……飯食わせろ」
「はははっ! 悪かったって…! あんたの好きなおかず作ったから許してくれよ」
「ちなみに、おかずは何ですか?」
「えっと、若布と葱と麩の味噌汁と〜、塩昆布で作ったのともう一種類別に葱と鮭フレークで作った卵焼きだろ? あと、あんたの好きな奈良漬けがあるぞ〜! ちなみに、俺が作ったのは塩昆布の卵焼きな! どうだ…? 此れで機嫌直ったか?」
「許す」
「俺が言えた口じゃないけど…あんたも結構単純な奴だよなぁ〜」
「私は元より単純よ?」
「うん、そうだったな。俺相手に簡単に絆されちまうくらいには単純な奴だったよな」
「何か文句があってか?」
「うんにゃ。あんたが単純で居てくれて良かったなぁ〜って思っただけ」
「其れ褒めてんの…? ディスってるようにしか聞こえんのだけど」
「今のは褒め言葉だよ! ……俺の事、好きになってくれてありがとなぁ、主」
「改めての感謝は良いから、飯食わせい」
「そう照れるなって!」
「照れてない!」
そう僅かに顔を赤らめながら意地を張ったみたく言い張り、彼の抱擁という包囲網から抜け出す。
そして、御飯を用意してくれてるんだろう大広間へと移動する為、彼を促した。
「ほーら、いつまで座り込んでんの? 早く行くよ」
「……おうっ!」
一瞬呆気に取られたみたくポカンと呆けた彼が、次の瞬間には嬉しそうに破顔して差し出す手を取った。
そうして、二人仲良く手を繋いで大広間へと向かうのであった。
執筆日:2022.03.21
公開日:2022.06.22
公開日:2022.06.22
【後書き】
テーマが食事とありましたので、初めは、厨番としてよく書かれている事の多い歌仙や燭台切をお相手に思い浮かべたのですが……其れだとテンプレ過ぎるかと、次に思い浮かべたキャラでお話の構想を練る事にしました。そのキャラというのが、他の刀より最も一番生きる事を優先する彼……鶯丸でした。
原作でも、馬当番などでお握りを作っている描写があったりと、食事は生きる上で大切な事だという意識が強そうな彼で当初はお話を書き始める予定でした。
けれども、やはり何となく納得が行かず、暫く悩み、別のお話のネタを書いている内にポンと御手杵お相手の案が浮かび。其処からはスラスラと筆が運び、仕上がるまで早かったです。
彼は特時代、兎に角武器で槍という意識が強そうな印象を受けましたが、其れ故に人というのは脆く壊れやすいものだといった認識を抱いていたんじゃないのかな……と思いました。
自本丸に居る彼を見ていて、個人的に思った解釈ですので、悪まで個人的に抱いた感想の一つと思って頂けましたら幸いです。
作中にて、「人はすぐに死ぬし、飯を食わなきゃ簡単に弱って死ぬ」という事を言いたかったんだろう御手杵ですが、顕現してすぐの頃は語彙力が足らずに、其れに近しい言葉でしか伝えれなかった……みたいな感じを表現したくて書きました。
健康優良児代表みたいに大きな体格で、よく食べよく働きよく寝るであろう彼の、成長記録の断片みたいなお話になってしまいましたかね?
武器らしくも優しい彼を上手く表現出来ていたら嬉しいです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった四畳半様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
テーマが食事とありましたので、初めは、厨番としてよく書かれている事の多い歌仙や燭台切をお相手に思い浮かべたのですが……其れだとテンプレ過ぎるかと、次に思い浮かべたキャラでお話の構想を練る事にしました。そのキャラというのが、他の刀より最も一番生きる事を優先する彼……鶯丸でした。
原作でも、馬当番などでお握りを作っている描写があったりと、食事は生きる上で大切な事だという意識が強そうな彼で当初はお話を書き始める予定でした。
けれども、やはり何となく納得が行かず、暫く悩み、別のお話のネタを書いている内にポンと御手杵お相手の案が浮かび。其処からはスラスラと筆が運び、仕上がるまで早かったです。
彼は特時代、兎に角武器で槍という意識が強そうな印象を受けましたが、其れ故に人というのは脆く壊れやすいものだといった認識を抱いていたんじゃないのかな……と思いました。
自本丸に居る彼を見ていて、個人的に思った解釈ですので、悪まで個人的に抱いた感想の一つと思って頂けましたら幸いです。
作中にて、「人はすぐに死ぬし、飯を食わなきゃ簡単に弱って死ぬ」という事を言いたかったんだろう御手杵ですが、顕現してすぐの頃は語彙力が足らずに、其れに近しい言葉でしか伝えれなかった……みたいな感じを表現したくて書きました。
健康優良児代表みたいに大きな体格で、よく食べよく働きよく寝るであろう彼の、成長記録の断片みたいなお話になってしまいましたかね?
武器らしくも優しい彼を上手く表現出来ていたら嬉しいです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった四畳半様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
