感☆染→からの初日が散々とか聞いてない。


 本日、02/22……通称“猫の日”とされる日、事件は発生した。
 なんと、猫好きの誰かが怪人化し、ラブ猫ウイルスなるものがばら撒かれてしまったのだ。此れにより、世に存在するありとあらゆる猫好きな人間達が半猫化する事態が起きた。
 幸い、怪人はヒーローランクCのレディー・キャッツによって倒されたが、戦闘による影響を受けた彼女自身も半猫化するという事態に。一先ず、現状況にヒーロー協会は“三日もすれば元に戻るであろう”との見解を示し、警戒レベル・虎の規制を解除した。但し、半猫化した人達の影響とは凄まじいもので、世の中はプチパニックに陥り、協会のコールセンターは一時パンクしてしまったとの事である。
 其れ等の情報を、偶々点けていた報道番組より拾い、互いに顔を見合わせた師弟二人組は、背後に居る人間に対し改めて視線を向ける。
「成程、そういう事だったかぁ〜……っ」
「現状は把握出来ましたが、結局のところ、具体的な解決策は見付かりませんでしたね……」
「うーん……まぁ、協会の方が一応“三日で元に戻る”って言ってんだし、暫くは様子見するしか無くね?」
「其れは、そうなんでしょうが…………コレ、一体どうするのが正解なんでしょう」
 師弟二人が見遣った先には、今しがた報道番組でも名が挙げられていたレディー・キャッツことレオが、すっかり寛いだ様子で毛繕いをする姿があった。報道にある通り、完全に意識や行動が猫化してしまっている為だ。こうなるに至った原因は、恐らく例の怪人に最も近い距離で奴の攻撃“ニャンニャン・ラブビーム”を食らったせいだと思われる。その結果、世の猫好きの者達の中で一番強い影響を受けたのだろう――と、協会側は見解を示している。
 現状どうする事も出来ず、取り敢えずは様子見する事にしようとの意見で纏まったは良いものの、実際現実にぶち当たると何をどうしたら良いのか分からないものだ。よって、現場に居た彼女を一時的保護した二人は、途方に暮れたような複雑な表情を浮かべた。
「どうするも何も、此奴一人放っとく訳にも行かねぇだろ? こんな状態のレオほたってたら、絶対ェ変な輩に拐われてエロ本みたいな事されちまうのがオチだぜ」
「確かに、今回の影響で誰よりも猫らしくなってしまいましたし、ヒーローとは言え、彼女は女性の身ですからね……。何かあっては遅いです。其れを見越して真っ先に彼女を保護し、自宅に連れ帰った先生は流石です!」
「オイ待て今の台詞だと語弊があるし凄ェ誤解招く言い方だから。飽く迄、ヒーロー仲間で且つ其れなりの仲ある知り合いで居なくなられたら困るから保護したんだっつの。変な言い掛かり付けんのヤメロ」
「すみません先生。でも、事実ですよね?」
「まぁ、ぶっちゃけ事実だから何とも言えねぇーのが現状だけど……。にしても、マジで精神猫になっちゃってるっぽいなー。毛繕いしてるとことか、マジで猫っぽい」
「人間の姿に猫の耳と尻尾が生えただけなら、然程私生活に影響は無かったんでしょうが。彼女の場合、意識そのものまで猫化してしまっている様なので、先ず普通に考えていつも通りの生活を送るのは無理そうですね」
「意識まで猫化してるって事はさ、言語まで猫化してんのかな? となると、今此奴喋ったらニャーしか言わなかったり……? ははっ、何か漫画みてぇーで面白そ。なぁ、レオー、何でも良いから一回鳴いてみてくれ」
「ぅにゃ……?」
「おーっ、マジで猫じゃん! 頭撫でたりとかしてみても大丈夫かな? あっ、でも下手に触って怒らせたら引っ掻かれたり、最悪噛み付かれたりとかするかぁー……まっ、一遍試してみっか。レオー、変な事したりしないから頭撫でてみても良いか?」
「にゃー」
「おぉっ……普通に頭撫でさせてくれたぞ、ジェノス! 何かこうして見ると段々可愛く思えてくるなぁ〜、あはははっ」
「……先生、もう少し事態を重く捉えてください。仮にも、元々はただの人間である彼女に失礼ですよ」
「いやぁ〜何か御免。でも、ぶっちゃけいつものレオより感情ストレートに表現してるっぽいから、素直で可愛く見えるぞ。次は顎の下撫でてみよー」
「先生……今の先生を見ていると、現在進行形で先生自体が危ない人みたくなってますよ。控えめに言って、端から見てもヤバイです」
「え゛っ、嘘マジで?」
 弟子の一言に、一先ず我に返ったサイタマは、彼女へ触れていた手を一旦引っ込めた。
 そして、改めて、此れから元に戻るまでの三日間をどうするかを話し始める事に。
「取り敢えずさぁー、どうするも何も、此奴が元に戻るまではウチに置いて様子見するしか無くね?」
「そうですね。ワンルームに男二人に加えて、彼女が一時的とは言え暮らすとなると、元々手狭なところが更に窮屈になるのは必至ですが……かと言って、彼女の自宅に我々がお邪魔するのも些か問題があるかと。しかし、彼女の自宅をそのまま放置する事もお勧め出来ません。何故ならば、彼女は猫を飼っている為、定期的なお世話をしに行く必要があります。ですが、現状の彼女をそのまま自宅に連れていくのも大いに問題が……。万が一、飼い猫のボスが警戒を抱いた場合、即時引き離さなければ大変なる被害が出る可能性が。リアルキャットファイトが起こる可能性が非常に高いです、先生」
「え、何、リアルキャットファイトって……。つかさぁ、一つ気になった事があるんだけど」
「はいっ、何でしょう先生!」
「何でお前、レオが飼ってる猫の名前まで知ってんの……? 俺でも知らなかったのに……」
 唐突に沸き上がった問題にストレートに問い質せば、彼は至極キョトンとした顔で答えた。
「え……以前、レオ本人の口から直接聞きましたが、其れが何か……?」
「あっ、そうなんだ……へぇー……。あー、あともう一個疑問に思った事あんだけどさぁ」
「はいっ! 何なりとどうぞ!」
「お前、何でそんなマジなの……? 確かに、レオ本人の事思うと色々大変そうだなぁーとかって心配になる気持ちは分かるけど。お前、普段俺意外には素っ気ない癖に、今回の件に関しちゃ、やたらマジになってる気がすんだけど。もしかしてお前、実はレオに気があったりとかするの……?」
 元気な返事を返す弟子に再び率直な疑問を呈せば、今度は虚を突かれたような表情が返ってきて、しどろもどろな言葉で回答が返された。
「え…………そんな、事は無い、と思います、が…………っ」
「いやいや物凄い動揺してんじゃん!? 別に隠す事でも何でも無いんだから素直になれよ!!」
「いえ、俺は、復讐の為にも一刻も早く強さを極めなければなりません。俺は、まだ先生のように強くはありません。よって、俺は強くなる事以外の事に関しては、ぶっちゃけどうでも良いと思っています。ので、惚れた腫れただの恋愛事にうつつを抜かしている場合ではないと考えています」
 此れまた至極淡々と事実のみを述べるように語ってみせたジェノスに、師匠のサイタマは複雑そうな顔を浮かべてこう返した。
「其れは、何か違う気がすると思うぞ……」
「えっ? すみません、先生。今、何と仰ったのかよく聞き取れなかったので、もう一度お願いしても……、」
 そうこう彼女に対する事も含めて話し合っていたらば。自分一人だけ除け者な蚊帳の外にされていた事が気に食わなかったのか、構ってちゃん攻撃を仕掛けてきたものと見られるレオより甘噛み攻撃を食らった。その攻撃を食らったのは、サイタマの見事に美しい球を描く後頭部であった。
 不意打ちとは言え、己の大事な師匠の頭部を攻撃された衝撃に、雷に打たれたかのような素早さでジェノスは彼女をサイタマから引き剥がす。
「貴っ様ァ! 先生に何て事を!! 先生頭は大丈夫ですか!? 幾ら今は精神が猫化しているとは言え、先生に危害を加えたらただじゃ済まさんぞレオッ!!」
「いや、全然痛くも痒くも無かったし。ちょっとじゃれ付いてきただけに大袈裟過ぎんだろ……っ。そんなんじゃレオに怖がられちゃうぞ? 良い証拠に、いきなり大声上げて怒鳴ってきたお前にビビっちまったっぽいぞ」
「あ゛っっっ……」
 すっかり吃驚してしまったらしいレオは、しなやかに伸びていた筈の尻尾をくるんと股の間に挟めて大人しく首根っこを掴まれていた。サイタマの一言に気付いた彼は、一先ず地面へ彼女の身を降ろす事にし、先程とは打って変わってしおらしい声で謝罪の言葉を紡いだ。
「すっ、すまない……つい、いつもの調子で怒鳴り付けてしまった。だが、お前だって悪いんだからな? 気安く先生の頭に噛み付いたりだなんて……っ。幾ら先生の頭が綺麗なボール状に見えたとしても、先生の頭はボールでも玩具でもないんだ。じゃれ付くのなら、もっとマシな場所にしろ」
「おいジェノス。お前、今俺の事馬鹿にしたろ」
「えっ!? そんなっ、俺が尊敬する先生の事を馬鹿にしたりだなんて、絶対にしません!!」
「嘘けェッ!! 今、俺の頭について、はっきり“ボール”みてぇーだとかどぉーとか言ったの聞こえてたからな!? 俺だって好きで禿げたんじゃねぇんだ!! ハゲ馬鹿にしたら承知しねぇーぞゴルァッ!!」
「その件につきましては、本当にすみませんでした!! しかし、現状は出来る限り声のボリュームを落としてもらえないかと……っ! でないと、猫化してしまったレオを怖がらせてしまいます!」
 そうやって言い合っている内に部屋の隅へとピュッと逃げてしまったレオは、あからさま怯えた様子でイカ耳モードを発揮。其れに遅れて気付いた二人は慌ててご機嫌取りに動く。
「だ、大丈夫だぞレオ! 俺達怖くないからな!」
「安心しろ、レオ。先生は無害だ。だから、そう怯えずとも良い」
「さっきは吃驚させて御免なぁ〜っ。ほら、そんな隅っこじゃなくてコッチのが広くて快適だぞ〜!」
「こんなにも先生が呼び掛けているのに来ないとは……生意気な奴め」
「いや、今のはしょうがないと思うぞ。だって、ついさっきジェノスので怖がらせちまったばっかだし。たぶん、アレで信用失ったのかもなー」
「すみません、先生……俺のせいで先生の御手を煩わせる事になるとは……っ。不覚でした」
「いや、そんな落ち込むなよ……っ。取り敢えず、猫のオヤツとか何かで気を引けばどうにかなるだろ」
「そうですね! では、早速俺が猫化したレオに必要な物資を調達してきますので、サイタマ先生にはその間のレオの面倒をお願いします!」
「おー、任せとけ!」
 自信満々に親指を突き立てイケボでキメ顔を決めたサイタマに、一先ずその場は一番の適任者たる師匠に任せ、自身は一時買い出しの為との建前を立て、体良くその場からの離脱を謀ったジェノス。
 猫化の症状は、最低でも三日だけとの事も加味し、買う物は最低限に留め、買い出しが終わるなり即行で帰宅してみせた。
「只今帰宅しました、先生っ……!! そして、色々とお待たせしてしまってすみません! 俺も先生も猫を飼った経験が無かったので、今回の事態を踏まえて必要な知識を仕入れるべく、急ぎ近場の本屋へと走ってきました!」
「おー。何か色々と走り回ってくれたみたいでお疲れさん。レオの事なら、お前が外出してる短時間でも何とか信頼を回復出来たみたいで、意外と何とかなったわ」
「そうですか……。あっ、其れはそうと……っ。さっき先生がオヤツで気を引いたらどうかと仰られていたので、取り敢えずテレビの広告でよく見掛ける某有名メーカーの“●ゅ〜る”なる物を買ってきました! コレで、レオもイチコロですね!」
「いや、言い方ァ……っ」
 帰宅するなり弟子の物言いに若干の引きを見せたサイタマは、自身の胡座あぐらの上でじゃれ付く彼女からのちょっかいを往なしつつ言う。
 何はともあれ、此れで暫くはどうにかなるであろう。必要最低限の物資も揃ったところで、ジェノスは買ってきたばかりの●ゅ〜るを手に彼女を引き剥がしに掛かった。
 しかし、外出前のが根強く残っているのか、彼が近付こうとした途端、逸早く察知してぴゃっとカーテン際へと逃げてしまった。其れに、本心とは裏腹にちょっぴり傷付いたらしきジェノスが半ばシュンとした様子を見せる。
「先生……俺はどうやら、現状の彼女に嫌われてしまったみたいです……っ」
「あー……まぁ、猫は繊細な生き物って言うもんなぁ〜。けど、まだ希望はあるから、そんな落ち込むなってジェノス……! なっ!」
「ハイ……。一先ず、レオが怯えないように触れ合うところから始めてみようと思います」
「おうっ、頑張れジェノス! お前なら出来る!」
「はいっ、俺頑張ります!」
 意思も固まったところで、まずは始めの一歩を踏み出すべく身を屈めた彼は、窓際で小さく身を丸めて警戒心を剥き出す彼女にそっと控えめに手を差し出した。敢えて掌を曝す事で、此方から攻撃する意図は無いと認知してもらう為だ。
 なるべく優しくを努めながら穏やかに声をかけつつ、彼女の気を引こうとする弟子の様子を見つめ、サイタマは或る事を思い出す。
「あ、思い出した……この状況何か見覚えあんなぁーと思ったら、アレだっ。某有名アニメ映画●ブリの“風の谷の●ウシカ”のワンシーン……!」
「えっ……もしかして、例のワンシーンの事を仰ってられますか、先生?」
「うん。だって今の状況、本当そっくりじゃん。怖がって警戒してるレオに向かって優しく声かけながら手ェ伸ばすとことか、マジでそのまんまだろ?」
「先生……先程からちょいちょい思っていましたが、この状況を楽しむもしくは面白がっておられますか?」
「何か御免。でも、弟子が猫化したレオに翻弄されてあたふたしてるとこは、端から見ててちょっと微笑ましくなるっつーか、端的に言って面白ェとは思ってた」
「控えめに言って遺憾の意ですよ、先生……。俺はちっとも面白いとは思えません」
「あっ、そんな怖い顔してたら余計にレオが怯え……っ、」
 とか何とか言っている隙に、警戒心がMAX値に到達したのか、威嚇からシャッと爪攻撃を飛ばしたレオ。其れを諸に食らってしまった彼は、顔の中心辺りに綺麗な三本筋を作った。途端、フリーズする弟子に、戦慄するサイタマ。彼女はと言うと、唯一安心出来るサイタマの背後に飛んで逃げ、サイタマの存在を壁越しに「シャーッ!」と盛大に威嚇した。
 そんな現状に、早くもこの先の未来を悟ったジェノスは呟く。
「先生……俺、此れからの三日間を上手く遣り過ごせる自信がありません」
「ま、まだ初日だからな!? 元気出せよジェノス……! 今日の晩飯はお前の好物にしよう、なっ!!」
「有難うございます、先生……。ですが、今はその気遣いが逆に痛いです……っ」
 そんなこんな大変な初日を終えた師弟二人と一匹。
 その日の夕飯は、ジェノスの景気付けの為にも、彼の好物ばかりが並んだそうな。ちなみに、猫化したレオの御飯は、万が一を考慮し、完全猫用飯が用意された。
 この事に、猫の事をよく知らぬサイタマが、些か不憫そうな目で呟いた。
「なぁ、ジェノス……やっぱ猫缶とカリカリ飯だけってのは、ちょっと可哀想に見えるんだけど……。仮にも、元は普通の人間なんだし、幾ら猫化してるとは言え、体そのものは人間のままなんだからさ。飯くらいは人とおんなじ物でも良いんじゃ……」
「いえ、一応は猫化している事を踏まえて、其れ相応の御飯を用意した方が望ましいです。人間が食べる物の味付けは、猫にとって塩分の摂り過ぎ等様々な影響を及ぼす……、と本に書いてありました。なので、今日から三日間の間は、レオに猫用の御飯以外与えないでくださいね、先生。彼女の健康面を配慮するなら、絶対に与えないでください。特に葱類等は猫には毒となる為、絶対に駄目です」
「アッハイ……何か軽々しく口利いてすみませんでした……ッ」


執筆日:2023.02.21
加筆修正日:2023.02.23