お色気要素は担当外だと言った筈だ。


 ――翌日、二日目の朝。
 眠るサイタマの脇辺りを寝床に丸まって寝ていた彼女が起床し、ぐみょ〜んと気伸びをしてストレッチをする。そして、腹が減ったと御飯催促に起こしに掛かる。
「にゃーぉ。ぅなぁーう、にゃーん」
「コラ、レオ。先生はまだお休み中なんだから、無暗に起こすな。御飯なら俺が用意してやる。少し待っていろ」
「にゃーぅ」
 猫化しているせいか、移動は四つん這いで付いてくるレオに、師匠が起きるより早く家事をこなす為起床していたジェノスが宥め、御飯を用意する。
 猫化してまだ一日目だった昨日は散々な結果に終えたかと思ったが、餌をくれる人という印象から、どうやら初期状態よりかは警戒を解いてくれたらしい。
 大人しくお座り状態で待っていれば、美味しい御飯を目の前へ差し出され、待ってましたと言わんばかりにがっつく。
 その様子に、一先ずは安堵の溜め息をいたジェノスは一人ごちた。
「ただ餌をやるだけでこうも態度が変わるとは……お前の将来が些か心配になってくるな」
「ぐるるるる……っ」
 美味しい御飯にすっかりご機嫌モードなレオは、喉を鳴らして彼の呟きに反応を示すのだった。
 其れから数時間後、起床したサイタマと共に朝食を済ませたジェノスは、テキパキと食器を片しながら本日の予定を確認する。
「サイタマ先生、本日の予定はどうされますか? 幸いにも、今日は俺もフリーですし、怪人が出たりなどの騒ぎが起きない限りは先生も暇ですよね?」
「まぁ、確かにそうだわな」
「でしたら、一度彼女の自宅へ行ってみませんか? 一応、自動AI機能を搭載した機械で、逐一飼い猫の様子を携帯から確認出来たり、餌遣りも出来る様ではありますが。念の為、レオが家を空けている間の様子見くらいはしておいた方が良さげでしょう」
「其れもそうだな。でも、飼い主本人がこんなんじゃ、俺達も下手に外出出来なくねぇーか?」
「俺達の何方かが残って見ていれば良いと思うので、大丈夫ですよ。昨日の今日である事も踏まえて、本日のお留守番役は先生にお願いしても良いですか? 代わりに、俺がボスの様子を見てきます。たぶん、何も無いと思いますので、すぐに戻ります。ご安心ください」
「おー。じゃあ、俺はジェノスが昨日買ってきた“猿でも分かるネコのススメ”ってのを見ながら待っとくわ」
「レオの事、くれぐれも目を離さないで居てくださいね。では、行ってきます」
「おう、行ってら〜」
 バタンッと閉まった扉を見つめながら、サイタマは一人呟いた。
「そんな心配せずとも、何も起きないって。なっ、レオー?」
「にゃうん……?」

 師弟二人の自宅から然程離れていない場所にレオの自宅は存在し、いざ何かあった時すぐに駆け付けれる場所である事を改めて認識したジェノスは、彼女の自宅前で一応はと周囲一帯の生体反応を調べていた。
「女の一人暮らしというには、些か人気が無さ過ぎる場所だが……まぁ、サイタマ先生が近くに居る分には大丈夫なのか。其れにしても、もう少し都市部中心寄りに住んでいるとばかりに思っていたが……郊外からも少し外れた、ゴーストタウン区画寄りの閑散とした地区だったとは。彼奴の危機管理は大丈夫なんだろうか……」
 ぶつくさ呟きながら、無人区画内にある彼女の住居へお邪魔しつつ、飼い猫のボスの様子を確認する。
 特に問題は無さそうに、彼女が話していた風にのんびりいつも通りに寛いでいる様子の黒猫に、彼はホッと一息いて。一応はとの意識で、黒猫に向かって飼い主の状況を簡潔に伝え聞かせた。
「俺は、サイタマ先生の弟子であり、お前の飼い主の知り合いでもある、ジェノスと言う者だ。昨日、お前の飼い主であるレオは、猫好きが高じて怪人化した奴の攻撃を食らって、絶賛半猫化した状態にある。現状の彼女を、そのままお前の元に返すのは危険と判断した為、今はウチでその身を預かり保護している。ヒーロー協会より、恐らく三日もあれば症状は改善されるであろうとは言われたが、彼女は敵に最も近い場所で攻撃を食らった身だ。最悪、症状改善まで予定が長引く可能性もある。だがしかし、俺と先生が面倒を見るからには心配は無用だ。お前は、ご主人たるレオが帰宅するまで、しっかりと留守居役兼自宅内警備を頼んだぞ。話は以上だ。邪魔したな。また明日、様子見に来る」
「ぅな〜お」
 半ば一方的に淡々と状況説明を終えると、任務は完了したとばかりに彼女の自宅を後にする。
 その帰りのついでに、特売セールとの見出しが掛かっていたセール品を購入してから、帰路に着いた。
「先生、只今帰還しました。あれから、レオの様子は如何ですか? ちなみに、飼い猫ボスの方は異常無しでした。其れと、帰りに特売セールであったササミ肉を購入出来ましたので、昼は此れを使ったメニューにしましょう。ササミでしたら、蒸しただけの物を猫用の餌としても与えられますしね。先生が心配していた御飯事情も万事解決です……!」
「あーうん、お帰りジェノス。レオなら今はこんな感じで元気みたいだぞ」
 弟子の帰宅に、くるり振り返ったサイタマの頭には、やはりと言うべきか、初日にも見た光景が広がっていた。
「何か、今のレオには、他の玩具よりも俺の頭が一番気になるみたいでさぁ。一応、ジェノスが買ってきた玩具でも遊んでみたんだけど、結果的こうなった」
「先生ェーッ!! レオ、やはりお前は一度確実に灸を据えねばならんようだな……!!」
「落ち着けジェノス。コレ、単なるじゃれ合いだから。噛み付いて来てはいるけど、マジ噛みじゃないから全然痛くねぇし。何より、俺の頭は無事だから」
「いえ、先生……レオの顔をよく見てみてください。たぶん、ソレ、甘噛みなんかじゃなくて本気噛みのつもりですよ」
「えっ、そうなの? 噛まれてる側だから見えなくてよく分かんなかったや。でも、別にそんな気になんないし、頭皮マッサージ的に思うと何となく気持ち良いぞ〜」
「嗚呼、ハゲを気にするあまり先生が哀れな発言を……ッ! その原因を作ったレオ、許すまじ。やはり、一遍燃やすしか……っ」
「いや、何か怖い事言ってっけど、其れ動物愛護団体からクレーム来るヤツだから止めとけ。そもそも、んな簡単に何でも燃やそうとするな。お前の悪いところだぞ」
「ハッ……! すみません、先生。つい、苛立ちのあまりに短絡的な事を考えてしまいました。反省します……」
「うん。まぁ、反省したのは良いとして……ジェノス、悪いけど俺トイレ行きたいから、一旦レオの事引き離してくれると助かる。流石にトイレまで連れていくのはちょっと……」
「すみません今すぐ引き剥がします。ほら、レオ、今すぐ先生の頭を離せ。良い子に出来たら●ゅ〜るをやろう。だから即刻噛み付くのを止めろ。然もなくば、俺の焼却砲が火を噴くぞ」
「だからソレやめなさいってば」
 サイタマの事となると極端に煽り耐性が無くなるというか、兎に角頭に血が上りやすくなる質のようで、困る師匠。
 ●ゅ〜るの名に反応を示したレオは良い子に言う事を聞き、促されたままサイタマの頭を解放した。お陰様で、サイタマの後頭部には彼女の噛み跡がくっきりと付いているが。トイレから戻るなり、歯形の付けられた箇所には弟子がバッテン型にテープを貼り付け処置した。
「そういえば、本に“猫は、頭や背中以外にも尻尾の付け根辺りを撫でると喜びます”って書いてあったんだけど……半猫化しただけのレオにも適応すんのかな、コレって」
 弟子からの怪我の手当てをされたのち、猫の教本を片手に問うたサイタマ。此れに、二人分のお茶と彼女の分の水を用意していたジェノスが片手間に答える。
「さぁ……どうなんでしょうか? まだ一度も試した事が無いので、何とも言えませんね」
「じゃあ、物は試しって事で確かめてみようぜ! という訳で、レオ〜、ちょっとコッチ来てみ」
「んに? にゃうぅ」
 手招きされたのに対し、素直に寄ってきた彼女。何とも愛らしいその反応に和みつつ、呼んだらすぐに来てくれた事に対して褒めるついで、流れで撫でるという行為に繋げる事にし。手始めに、慣れた手付きで頭をなでなでしてみる。すると、褒められた事に加えて頭を撫でられた事が嬉しかったのか、ご機嫌そうに喉をゴロゴロと鳴らした。
 頭から徐々に背中へと撫でる位置をずらすも、彼女は尚も機嫌を損ねる様子無く自身へ触れる事を許してくれる様で。もっと撫でてと言わんばかりに擦り寄り、体を伏せて撫でやすいように体勢を変えた。
 ならばと、自然の流れで尻尾の付け根付近へ撫でる位置を変えると、途端に反応を変えたレオはビクリッと体を跳ねさせ、戸惑ったように鳴いた。
「にゃっ!? にゃあ、んにゃにゃっ……」
「あれ……? 何か思ってた反応と違うなぁー。本に書いてある通りなら、もっと気持ち良さげな感じの反応示すのかと思ったんだけど……」
「もう少し撫でてみたらまた違った反応を示すかもしれませんよ、先生。撫で方も、ただ毛並みを整えるように撫でるだけでなく、ポンポンと軽く叩くようにしてみると効果的かもしれません」
「軽く叩くようにポンポンすれば良いの? んじゃ、ポンポンっと……」
「ぅにゃ……なぉ〜んっ」
 弟子に言われるまま撫で方を変えてみれば、如実に彼女が反応する態度を変え、甘ったるい甘えたような鳴き声を上げながら臀部を突き出すようなポーズを取った。おまけに、その表情は何とも悩ましげで恍惚とし、色っぽさを放っていた。
 此れには、流石の二人も一時フリーズし、撫でる手を止めて固まった。
「……なぁ、ジェノス……俺、思ったんだけど……コレ、たぶん、レオにはやらない方が良いと思う。何となくだけど、何か色々とヤバイ気がする……っ。端的に言ってエロくね……!?」
「ハイ……流石の俺も何となく先生の言いたい気持ちは伝わりました。控えめに言って、コレは止めといた方が良さそうです」
「うわぁー……頼むから早く元に戻ってくれ、レオ……。じゃないと、俺達の理性が持たん……ッ」
「思ったよりは事は深刻だったという事ですね、先生……」
「マジで其れだよ……」
 悩ましげに頭を抱える師弟二人を他所に、急に撫でるのを止められて不満気なレオは“何で止めるの?”と言いたげに鳴いて催促する。そんな彼女に、複雑な顔を向けつつも、今は何となく誤魔化しながら遣り過ごすしかないと顎の下や猫耳の付け根辺りをマッサージするように撫でた。
 そうして、猫としての彼女の新たな一面と可能性を見出し、また一つ猫についての知識を知って、二日目は終了したのだった。


執筆日:2023.02.21
加筆修正日:2023.02.23