気紛れ魔法使いは微笑みと共に告いで去る




※尚、当作の夢主は、プラント兄弟と近い時期に生まれた自立種インディペンデンツ女主で、見た目性別不明なノンバイナリーという設定です。
※加えて、一人称『俺』と喋る俺っ娘設定ですので、苦手な方はご注意くださいませ。
※また、作中にて、造語っぽいオリジナルの創作言語がちょろっと呪文詠唱ターンにて出て来ますが、細かい事は気にしない精神でサラッと読み流して頂ければと思います。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


『――通りすがりの旅人、其れは、“花降らしの魔女”、或いは、“花嵐フラワー・ストーム”と呼ばれる者であった。』

 寂れた砂っぽい土塊つちくればかりが目立つ小さな町に、其れは現れた。
 哀れな迷える仔羊宜しく、野生のグランドワムズに襲われそうになっていた幼き少年の前に、前触れ無く突然姿を見せた其れは、枯れ果てた砂漠の地に降り立った、天使の如し輝きを纏っていた。
 実際は、ただ色素の薄い絹の如しプラチナに近しい金の髪色が、太陽の光を反射させてキラキラと輝いて見えた事が、そのような錯覚を覚えさせただけに過ぎないのだが。窮地に陥ってあわや恐ろしき生命体に喰われそうになっていたところ、救うべく現れた天使のように幼き少年の目には映ったのだ。
 よって、思わずといった風に、少年は場違いにも感想を零した。
「天使……様……?」
 少年の呟きに、其れは半身を捻って振り返り、こう返す。
「うーん……。何方かと言うと……この場合、天使って言うよりかは、ただ偶然にも現場に通り掛かったお人好しな旅人——と、言い表した方が適切かなっ?」
「えっ——?」
「嗚呼、怖かったら目を瞑っていると良い。君を害そうと牙を剥く脅威を一瞬で消し去ってあげるから。そうだね……俺の合図と共に、この目の前の脅威的存在を君の視界から無くしてしまおうか。其れこそ、手品みたいにね。気になるなら、勇気を出して見ていてご覧。大丈夫、俺が来たからには君に手出しはさせないさ。指一本足りともね」
 そう言って、巨大な底無し穴のような空洞の如し口をがっぱり開けたグランドワムズを前に、臆する事無く正面へ向き直り、其れは対峙した。
「さて……無駄な被害は防がなきゃね。まだか弱き小さな命が失われるには惜しい。だから、お前には悪いけれど、消えてもらうよ」
 突如、纏う空気を剣呑なものに変えた其れは、目標の敵へスラリと片腕を伸ばすと、静かに掌を向けるように開き、言葉短く口遊んだ・・・・
「——auraアウラ, hellヘル, ga, montモント, frauフラウ。……砂漠に根差す哀れな魂よ、血よ、瞬きののちに花と散れ」
 途端、其れの目の前で小さな旋風が巻き起こった。その勢いは凄まじく、巨大な獲物を忽ち飲み込んでしまったかと思うと、激しい上昇気流に乗せて上空高く舞い上げてしまった。直後、嘘みたいに小さな砂嵐は掻き消え、代わりに花吹雪の嵐がブワリと辺りを覆い尽くすように舞い落ちる。
 巨大な存在が居なくなった刹那、はらはらと沢山の赤い花弁がまるで祝福のシャワーのように天から少年の頭へ落ちてきた。何が起きたのか分からないままに、恐る恐る宙へと手を差し出してみれば、ふわり、降ってきた一輪の赤い花に触れる。美しくも蠱惑的で何処か恐ろしさをも含んだ其れの行いに、少年はすっかり怯え切っていた先とは違い、興奮した様子で目を輝かせた。
「す、凄い……っ!! ねぇねぇっ、今のどうやったの、お姉さん!?」
「ふふふっ……其れは、企業秘密だから教えてあげられないかな? でも、さっきまで居たデカくて怖い奴は居なくなって、怖くなくなったでしょう?」
「うんっ! さっきまであんなに怖かったのが、今じゃ嘘みたいだ……! ねぇ、お姉さんって、もしかして魔女なの? この間、読んだ絵本で見たのにそっくりだったけど」
「う〜ん……。その、“魔女”って言い方……個人的には、あまり好ましく思わないかなぁ……っ。せめて、“魔法使い”とかって言ってくれない? 君の読んだ絵本に描かれてたのが魔術師だか奇術師だかなのかは知らないけれど、俺の事は通りすがりの魔法使いとでも思っておくれ。それじゃあ、用も済んだし、俺はもう行くね。今度外へ出る際は気を付けなよーっ」
「うん、分かった! 助けてくれて有難う! 天使みたいに綺麗な旅人で魔法使いのお姉さん……っ!! もし、また会えたら、いっぱい旅のお話聞かせてねーっ!!」
「その次の機会が来たら、の話だけれどねーっ。それまでパパとママと一緒に元気に息災にやって行きなよーっ」
 そう言って、其れは少年と別れるべく踵を返して、数歩先を行った。が、何かを思い出したのか、「あっ」という呟きと共に歩みを止め、その場で振り返るなり、少年へ向かって少しだけ大きな声を張り上げて告げる。
「言い忘れてたけど、さっきの不思議現象を見た事も、巨大なグランドワムズに襲われそうになった事も、他の人には内緒ねーっ!」
 後付けに添えられた言葉が意外な意味を孕んでいて、思わず少年は吃驚した風に不満気な声を漏らして不服を訴えた。
「えーっ! どうしてー!? 折角せっかくとびきりデカイビッグニュースだと思ったのにぃーっ!」
「何でもぉーっ! だって、本当の事を何もかも話しちゃったら、つまらないし、何より君のご両親が心配しちゃって外に出してもらえなくなるかもしれないでしょーっ?」
「えっ!? そ、其れは嫌だ……!!」
「でしょーっ? よぉーく考えてみたら、君だって困るでしょぉーっ? だから、今さっき起こった出来事は、俺と君の二人だけの秘密にしておいてねーっ! お姉さんとの約束ーっ! 分かったなら、良い子のお返事はぁーっ?」
「分かったぁー! お姉さんと僕の間だけの内緒だね!! 絶対誰にも喋らないって約束するー!! だから、きっと、また何処かで会おうねぇーっ!!」
「おーっ! それまで元気でな、名も知らぬ少年よーっ!」
 今度こそ、本当のお別れなのか、其れは振り返らなかった。
 少年は、その後ろ姿が遠い遠い視界の向こう側へと消えてしまうまで大きく手を振って見送った。次第に、砂塵を多く含む風が一陣吹いて、視界に映っていた筈の小さな背中を霞ませ、徐々に掻き消していった。


 ――人型の姿をした女は、砂嵐を物ともせず、当てもなく彷徨い歩いていた。
 呼吸器官に害を為す砂塵を吸い込まないよう、防塵マスク代わりに分厚い布で目以外を覆うように隠していたが、布の下から覗く絹のように煌めく色素の薄い金髪は、隠していても尚目を引く程に美しく。ゴーグル越しに覗く瞳の深海の如し青色は、宝石のラピスラズリのような輝きを宿して、見る人を魅了しそうな魅惑を孕んでいた。
 女は、一人、孤独にポツンと砂漠のド真ん中を歩き続ける。嘗て昔会った、親しい友人のような、或いは、家族のように近しい、そんな人を探して。最後に会ったのは、数十年と記憶を遡らねばならない程の時が経っているが、彼女はその姿を殆ど変えずに存在していた。其れは、人の姿をしているように見えて、その実、人ではない存在だからである。
 女には、生まれながら特殊な力が備わっていた。天より授かりし贈り物ギフトとでも呼べば良いのか、兎に角、不思議な能力を持って生まれた存在であった。その力は、風を巻き起こすと共に花を撒き散らし、その場辺り一面を花畑へ変えてしまうものだった。まともな植物さえ育たない何もかも枯れ果てた、砂漠と些か黄砂で霞んだ青空の境界が際限無く何処までも続くだけの惑星に、唯一の希望をもたらすかのように。
 彼女は、争いを好まない。けれど、少しだけ子供っぽく負けず嫌いで、何処かあどけなさを残す顔立ちで笑ったり泣いたり怒ったり憂いたりする、人間らしさを持っていた。その反面、僅かばかり好戦的な性質を隠し持つ。
 しかし、希代稀に見る不思議な力で奇術を操る所以ゆえんか、人々は彼女の存在に恐れを抱き、“花降らしの魔女”、或いは、“花嵐フラワー・ストーム”と呼び、恐れた。悲しい事だが、力を持たぬか弱き儚い人間達から見れば、当然として抱くものであった。故に、彼女は、何も悪い事はしていなくとも、理不尽に後ろ指を差されようとも、苦く笑ってその場から静かに跡形も無く去って行くのみである。
 そう、女は、真に人そのものではなかったのだ。その正体を暴けば、本来目覚める筈の無かった、残機としてこの世界から消えて居なくなるだけの存在の筈であった。けれども、どうしてか、彼女は目覚め、この世に存在する一生命体としての活動を始める事となった。
 女は、所謂“自立種インディペンデンツ”と呼ばれる、自立型プラントだった。だが、其れを多くの人間達に知られては困る為、何処にも居着く事はなく、彼方此方あちこちを転々としながら旅を続けていた。時には物乞いをし、見返りにその土地に在るプラントの整備を買って出て調整し町に潤いを戻したり、人助けをしてみたりを繰り返していた。一人旅は、時に寂しさを覚えたが、世界の均衡を保つ為、彼女はただ当てもなく彷徨い続ける。
 彼女は、良くも悪くも、世界の外側に立ち、中立な立場から物事を観察し、均衡を崩す勢力の抑止力としての役割を果たしていた。例え、誰の記憶に残らなくとも構わない。寧ろ、誰の記憶にも残らず忘れ去られる程度の方が良い。何故ならば、本来の世界線的に言えば、存在してはいけない存在であるから。だからこそ、彼女は事ある毎に出会った人々へ、“自分と会って起こった事は誰にも内緒にするように”と口々に告げて回った。その甲斐もあってか、今のところ、世界軸から見て、派手な動きをしている者とは捉えられていない模様で、人知れぬところで安堵する。
 其れでも、尚、己の存在を捉えんとして血眼になって、噂の立った瞬間から後を付け回すように探して回る存在が居る。一応、彼女の立場から言えば、同胞と言える存在であった。安穏とした生活を送る人々からして見れば、大いなる脅威を孕む恐ろしき存在に成り果てた、悲しき同胞。同情こそすれども、中立な立場を貫く彼女は決して振り向かない。世界の均衡を守るべく、密かに暗躍するに徹するのみだ。
「あ゙ー……っ、いい加減この景色も見飽きたなぁ……。かと言って、下手に力使うと、近くのプラントが共鳴反応起こしちゃうから、返って状況が悪くなるし…………うーん……っ。特別な事は成し得ない、こんな無駄な能力、あっても困るだけなんだけどなぁ〜……。つって、そんな事言ってるトコ、あの子に見付かったらどやされちゃうか……。はぁ〜あ……っ。取り敢えず、次の町が見えてくるまで歩こう。幸い、時間だけは沢山あるしね。……皮肉な事だけども」
 女は、砂漠のド真ん中を突っ切り横断しながら、一人旅という事も相俟って、何処の誰にも憚らずに独り言ちた。聞き届ける者は誰一人として居なかったが。――否、今、彼女の顔横を小さな砂蟲ワムズが一匹、掠めゆくように飛び去って行った。蟲嫌いな彼女は、其れに一瞬小さな驚き声を上げたのち、控えめにだが、煩わしげに羽根先の掠めた片頬を拭う仕草を取る。そして、ボソリ、愚痴を零した。
「うげっ、あんの野郎……ヒトの顔掠めて行きやがった。クッソ、最悪……っ。うぇ〜、無性に気色悪いから今すぐ綺麗な水で顔洗い流したい〜! でも、肝心なその水の在り処なるオアシスも町のひとっつも見当たらなぁ〜い! うわぁ〜、詰んだぁ〜っ。え〜ん、流石にそろそろ疲れてきたからどっかで休みたいよぉう……っ」
 防塵マスク代わりの分厚い布越しに不明瞭な声音が泣き言のような事を呟く。かと思えば、すぐ後には、またとなく風と静かに息衝くだけの静寂がその場を支配した。無駄に体力を消耗しないよう、女は出来る限り体力を温存するべく、その後暫くは一言も口を開かずにただ只管ひたすらに歩き続けた。
 其れは、当て所あてどない、長い長い旅路の途中なのであった。


執筆日:2025.04.02
加筆修正日:2025.04.03
公開日:2025.04.03


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