Wearing cigarette perfume.
(※意訳:纏う香り)




 其れは、ほんの些細な事が切っ掛けだった。
「あ……煙草切らしてもうたわ」
「あら。なら、私が買ってこようか? 丁度、飲み物欲しいなって思ってたところだし。ついでに買ってきてあげるよ」
「すまんなぁ、ルツ。おおきにな」
「此れくらいお安い御用だって」
 気安く安請け合いして、簡単なお遣いを引き受け、煙草屋までやって来たところで遅れて気付く。
(あっ……そういや、銘柄何吸ってるのか訊くの忘れてた……)
 ショップの棚に陳列された数多もの銘柄を前にして今更な事に思い至り、さてどうしたものかと逡巡した。自分の買い物を済ませた後に戻って銘柄を聞き出すのもアリだが、其れでは結局二度手間となるし、そうなった場合は恐らく彼が自分で買いに行くと言い出す事だろう。そうなると、お遣いを頼まれた意味が無い気がした。再び、どうしたものかと小首を傾げて眺めていたら、気を利かせた店の店主が声をかけてきた。
「やぁ、いらっしゃいお嬢さん。何かお探しかい?」
「連れに煙草買うのを頼まれたまでは良かったんだけど、肝心な銘柄の部分を聞くのを忘れちゃって」
「ふむふむ、成程ね。其れなら心配は要らねぇよ」
「え、どういう事……?」
「だって、アンタに染み付いた匂いがどの銘柄を好むか教えてくれてるからなぁ。アンタのお連れさんは、分かりやすくヘビースモーカーだな。何せ、連れのアンタに其れだけ強い匂いを染み付ける程煙草吸ってるんだもんよ」
 煙草屋の店主に指摘されて初めて気が付いた。そんなに匂う程煙草の匂いを纏わせていたのか。これまで全く気にする事もなかったから自覚が無かった。改めて自分の服の匂いを嗅いでみると、確かに彼の吸う煙草の匂いと同じ匂いがする。基本的にいつも一緒に居たから気が付かなかった。
 今まで触れられる事も無かった事柄だからか、キョトンとした顔で袖口の匂いを嗅いでいたら、店主の方からニヤニヤとした意味深な笑みを向けられる。
「気が付かなかったのかい? 無意識に連れの匂いを引っ付け歩いてるだなんて、アンタも罪作りな御人だね」
「そんなに分かりやすい程匂い引っ付けてたの……?」
「おやおや、自覚無かったとは。もしかして、アンタの連れってのは男かい?」
「そうだけど……何で?」
「此処まで重いヤツを吸ってる奴は、大概野郎が多いからな。おまけにお節介で口を挟むと……連れの女に匂いを移す程の奴は、其れだけ周りの奴を牽制したいという嫉妬深い奴か、単に口寂しさを埋めるのに煙草が手放せねぇ重度の喫煙者ヘビースモーカーな奴なのさ」
「へぇ……。それにしても、よく分かったね。私、旅の連れで喫煙者二人居るから、匂い移ってるとしたらどっちの匂いもすると思うんだけど。まぁ、今回お遣い頼んで来たのは、いつも一緒に居る奴の方だから重度のニコチン中毒者ヘビースモーカーってのは当たってるかな」
「そりゃ分かるさ。お嬢さんからは確かに二種類の匂いがするが、重いヤツの匂い程強く染み付いてるみたいだからなぁ。まっ、偶には飴でも食わしてやりなよ。お連れさんを長生きさせたきゃな。ほれ、此れはオマケだ」
「有難う、お陰で助かったよ。それじゃあね」
「おう、毎度あり〜。また近くに寄る事あったらウチをご贔屓に〜っ!」
 気前の良い店主から目的の煙草一箱とオマケに個包装された飴の粒を二つ・三つと受け取り、戻る道中で本来の目的であった飲み物を人数分購入してから戻る。
 停めた車の元へ戻れば、お留守番組の喫煙者二人が各々好きにしながら待っていた。其れを視界に入れながら、先程煙草屋の店主に言われた事を思い出す。
「おぉ、戻ったんか。頼んどったモンは買えたか?」
「うん。煙草屋の前まで来て銘柄訊くの忘れてたなって思い出したんだけど、店主のおじさんが気を利かせてくれたお陰で無事買えたよ。ハイ、この銘柄で合ってたよね?」
「おん、コレで合うてんで。頼んどきながらすまんかったな。ワイもうっかり伝え忘れとったわ」
「いや、私も聞き忘れてたし。お互い様だよ」
「にしたかて、ワイが吸うてる銘柄よう分かったな?」
 待たせていた彼の元へ戻るなり、買ってきた飲み物へ早速口を付けていたらば、隣で自分と同じように車を背凭れに立っていた彼が問う。其れに飲み口から口を離して、ついさっきまで店主と遣り取りしていた内容をありのまま話した。
「店主のおじさん曰く、私に匂いが染み付いてたから分かりやすかったんだって。連れで喫煙者はロベルトも合わせて二人居るのに何で分かったのって重ねて訊いたら、ウルフウッドのが重いの且つ匂いが濃く染み付いてたからだとさ」
「あー……そらすまへんかったなぁ」
「別に、気にしてないから良いよ。匂い移ってるのも、たぶんいつも一緒に行動してるからだし、車乗る時もいつも隣に座ってるしね。ただ、口寂しさのあまりに煙草ばっか吸うのはちょっと控えな? 普通に体に悪いし。飴チャンだったら、煙草屋の店主からオマケで貰ったのがあるから、此れでも舐めてなよ」
「おーおー、何から何まで大っきなお世話や。まぁ、貰えるモンは有難う貰うとくけど」
 頼まれていた煙草と一緒にオマケで貰った飴も手渡すと、毎度の如く余計な一言と共に受け取られる。最早慣れた事だが、偶には意趣返しでもしてやるかと気紛れに思い付いた事を口にしてみた。
「……あんまりにも口寂しくてしょうがないんだったら、キスでもしとく?」
 ――なんて言ってみた直後、吸い込んだ煙に噎せた風に咳き込み、涙目で勢い良く此方を振り返る。
「ぶッッッ!? ゲッホ、ゲホゲホ……ッ!! おまっ、おんっっっま、ええ加減にせえや!? 誰がおんどれなんかとキスするかいッッッ!!」
「いやぁ〜、まぁ冗談で言ってみただけなんだけどさ。よく言うじゃない? ヘビースモーカーの口寂しさを埋めるネタで使われるヤツで、飴か口付けでも与えてろって感じの話!」
「其れやったら代わりに酒でも飲んどった方がマシや!!」
「ふふっ、だから冗談だって。それとも何か……? 本当にキスされてみたかった? なぁ〜んて……」
 ほんの出来心から抱いた悪戯心だった。彼は見た目こそ大人だが、中身は子供そのものである事を踏まえた上での揶揄いである。そのつもりだったのだが……どうやら、齢5歳児というお子様には少々刺激が強過ぎたらしい。返事として、分かりやすく無言であからさまに顔を真っ赤にしてパクパクと口を開閉させて肩を戦慄わななかせるというリアクションが返ってきた。思わず、口元に手を当てて「あらあら、まぁまぁ」といった感じのポーズを取った。随分と可愛い反応を返してくれたものだ。此れは弄り甲斐がありそうだと、内心ほくそ笑んでいたらば、車を挟んだ反対側で同様に車を背凭れに立っていたロベルトがウイスキーの瓶を片手に此方を振り返り見て口を挟む。
「そういう話は周りに誰も居ねぇ所でやってくれや」
「あら、御免なさいロベルト。別にそんなつもり無かったんだけれど、気を悪くしたのなら謝るわ」
「はぁ……お前さんも苦労するなぁ」
「喧しいわ。オッサンは黙って酒でも飲んどれや」
 喧嘩腰で言葉を吐き捨て返した後、舐め終わった飴の棒を投げ捨て、新品の煙草の箱を開封するなり早くも一本目を吸い始める。ニコチン中毒者らしい事だった。
 会話は其処で区切れ、その後は会話という会話も無く、各々好きにしながら他の二人の買い出しが終わるのを待った。
 買い出しに出ていたメリルとヴァッシュ二人が戻ってくれば、補給目的で寄っただけのこの町に留まる理由は無い。宿泊施設も無い小さな町では、旅に必要な物資を調達するのみだ。用が済めば、車に荷物を詰め込み、また次の場所まで走るだけ。いつもの流れに身を投じるべく、助手席側の後部座席にヴァッシュが乗り込み、真ん中へ自分が乗り込み、最後に運転席側の後部座席へ彼が乗り込む。皆が乗り込んだと分かると、運転席へと乗ったメリルがアクセルを踏み込んだ。
 暫くは、また砂漠風景のみが車窓の外を占めるだろう。そんな事を何となく頭で考えつつ、大人しく座席の背凭れに頭と背中を預けて鼻息を漏らしていると、ふと右隣から小さな呟きを拾った。
「…………おどれがエエんやったら、次に口寂しなった時考えとくわ」
「うん……? ウルフウッド、何か言ったかい?」
「別におんどれには何も言うてへんわボケェ」
「えぇ……酷い……っ。僕まだ何もしてないのに……」
 彼が何か言ったのだろうという事だけを理解したらしいヴァッシュが反対側から問うたが、受け取る相手が違ったからか、無駄にキレ散らかした言葉を投げる。何も悪い事などしていないのにキレられた側のヴァッシュはあからさまにしょぼくれた様子で凹んだ。完全に八つ当たりである。哀れ、ヴァッシュ。
 取り敢えず、何も悪くないのにキレられたヴァッシュを慰めるついで、キレた張本人である左隣の長くて邪魔な脚へ向かって一つ蹴りをお見舞いしておく。
「イ゙ッ!! いきなり何すんねん!? こんダボ!!」
「さぁ、何ででしょうねぇ? 自分の胸に手を当てて考えてご覧なさいな」
「何やとゴルァ!?」
「二人共、喧嘩は駄目だよ……っ」
「トンガリは黙っとれ!!」
「えぇ……何で僕だけそんなに当たり強いの……っ」
「ウチの馬鹿が何か御免ね、ヴァッシュ」
「何でおんどれが謝るんや!!」
「お前ェが変に喧嘩売るからだよド阿呆。お子ちゃまは大人しく飴でもしゃぶってなさい」
「何やt――んぐッッッ」
 ただでさえ狭い車内で五月蝿うるさく騒ぐ彼を黙らせる手段として、既に短くなっていた咥え煙草を口から奪い取り、代わりにマウストゥーマウス・・・・・・・・・で触れるだけの口付けを施してやった。途端、呆けたように静かになった彼に、今度こそ煙草の代わりに棒付きキャンディーを口の中へ放り込み物理的に黙らせる。此れで良し。
 体の向きを正面へと戻すべく座り直せば、右隣と前方の三人から何やら物言いたげな視線を貰った。その視線へそれぞれ見つめ返して「何か?」と首を傾げたら、助手席へと座るロベルトからバックミラー越しに呆れた視線を頂いた。
「だからよぉ、そういうのは他所でやってくれっての……。頼むから俺達も居る場ではやめろ」
「分かった。今度からは別の方法で黙らせるわ」
「あぁ、頼むからそうしてくれ……」
「私からもお願いしますわ……」
「えっと……何か御免なさい」
「うん……いや、君が良いのなら僕は構わないんだけどね。ただ、ウルフウッドの意識が飛んでっちゃってるみたいだから、後で回収してあげて」
「あら本当。何て耐性の無さかしら……まぁいっか。放っておいても大丈夫でしょ。たぶん、その内復活するだろうから」
「えぇっ、適当だなぁ……。というか、君達って付き合ってたっけ?」
「いんや。まだ何も始まってすらいない、ただの仕事仲間ですが」
「嘘でしょ……?」
「しょーもない嘘付いてどうすんの」
「あ、そうなの……っ」
 結局、彼の意識が戻ったのは次の町に着いてからだった。
 町に着くなり今夜の寝床確保で、小さなものだが宿泊施設を見付け、人数分の部屋を取った。時間も時間だからと近くのダイナーで食事を摂り、部屋へ戻ったら入浴を済ませてさっさと寝ようと宿へと戻るも。道中、前置き無く彼に捕まり、彼の泊まる部屋へ連れ込まれて逆襲に遭う話は、また別の話である。


執筆日:2024.03.27
公開日:2024.03.28


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