君の奏でる鎮魂歌




※尚、当作の夢主は、プラント兄弟と近い時期に生まれた自立種インディペンデンツ女主で、見た目性別不明なノンバイナリーという設定です。具体的な外見の描写は一切ありませんが、ノンバイナリー設定で一人称『俺』と喋ってるので、苦手な方はご注意くださいませ。
※また、補足として、ザジ・ザ・ビーストの対ナイヴズへの口調を覚えてなかったので、うろ覚えの記憶で書いております。故に、間違っていたとしてもスルーする方向でお願い致します……っ。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 退廃的なこの星で一際美しく音色を響かせる旋律が聴こえてきていた。双子の片割れの兄が奏でるピアノの音だ。正確には、此処にあるのはパイプオルガンであり、ピアノではないが。
 薄暗い建物内を歩み進めて辿り着いた先で、独特のシルエットをした男が忙しなく鍵盤を弾いている背中が視界に入った。白鍵盤と黒鍵盤の色が逆転した、古くも立派なパイプオルガンの目の前に立ったまま力強い音色を鳴り響かせる姿を目に映しながら、押し開くようにして入って来た出入口の扉を静かに閉める。美しい音色の邪魔をしないよう極力音を立てないよう努めたつもりだったが、しかし、建付けの悪くなった扉はギィ……ッ、と耳障りな音を立てて閉まった。思わず咎めるような視線を古びた扉へと向けたが、鼓膜に響く旋律が止む事は無かったので、気に留まらぬ程度だったのならば幸いと内心で胸を撫で下ろした。
 男の打ち鳴らす旋律は、とても心地の良いものだ。其れこそ、何時いつまでも聴いていたいような、幾度聴いても飽きないような、そんな響きを提供してくれている。女は、男の弾くピアノの音が好きだ。其れはもう、百年よりもずっと昔から好きな音である。
 女は、夢中で鍵盤を叩き鳴らす男の斜め背後に忍び寄るように近付いて、ふわりと言葉を投げかける。
「また弾いてるの、ナイ……?」
 その声に反応を示した独特のシルエットを背負う男が、鍵盤を弾くのは止めぬまま、目深に被ったフードの下で口角を吊り上げて言葉を返した。
「――ルツか。お前は本当に俺の弾くピアノが好きだな」
「ナイの奏でる音は、今も昔もずっと大好きだよ。音楽は好き。言葉という垣根を越えて想いを奏で届けられるから」
「ふふ。何なら、お前も一緒に弾くか?」
「良い。俺は、基本聴くの専門だから。いつも通り、ナイが弾いてるのを大人しく聴いてるよ」
「そうか。だが、弾きたくなったら何時いつでも言うと良い。俺が手取り足取り教えてやろう」
「気が向いたらね」
 そう言って、近寄った時同様に気紛れに男の側から離れると、壁沿いに放置され転がされていた瓦礫の一つに腰掛け、壁を背に膝を抱えて丸まる。そして、ルツと呼ばれた女は、そのまま男の奏でる音に聴き入るように目を閉じた。男は、彼女の其れにいつもの事と慣れた様子で特に何も言う事は無く、ただ笑みを深めるだけに留めた。
 暫く、その場には沈黙が降り、男の奏でる美しき旋律のみが響いた。退廃的なこの世界で何処までも響き渡るパイプオルガンの音は、彼女の心を満たした。
 ふと、女はその目を開いて、男の背中越しに見える元プラントの慟哭をそのまま形に表したような剥製を見上げる。見上げた先で目が合った、元プラントの彼女の目を見つめて思う。どうか、彼の奏でる音が少しでも彼女への鎮魂歌レクイエムとならん事を――。
 うっとりと恍惚の表情を浮かべて聴き入っていた女は、その内、場の空気の心地良さにくあり、と欠伸を漏らした。其れを微かに気配だけで感じ取っていた男が、鍵盤を鳴らす手を緩めながら背後の女へと投げかける。
「ルツ、眠いのなら部屋で寝ろよ。此処では風邪を引くぞ」
「ん゙ぅ……やだ。まだ聴いてたいから……起きてる」
「全く……仕方のない奴め」
 口では小言を吐きつつも、その実はユルユルと生温い感情を秘めた声音であった。
 結局、男の言う事は受け入れず、我を通してその場に居座った女は、パイプオルガンの音色に眠気を誘われてコテリと抱えた膝の上に頭を付ける。程無くして満足した男が鍵盤を鳴らすのを止め、丁寧に蓋を下ろしたのち、くるりと踵を返して寝転ける女の元へと歩み寄る。
「予想通りの流れだな。此処で寝ては風邪を引くと忠告してやったにも関わらず聞く耳を持たないんだから、困った奴だ。こういうところは、昔から変わらないな……お前は」
 しかし、言葉とは裏腹にそのかんばせに浮かぶ表情は愛しげだ。まるで、家族以上親愛以上の恋人を慈しむかのような熱を帯びた視線を向けている。常にその目に浮かべるは冷徹な眼差しだが、こと女に対してはそうではないらしい。恐らく、ある種の特別枠に捉えられているのだろう。
 男は呆れた声を漏らしつつも、そうするのが当たり前の如く寝落ちた女をそっと起こさないように抱き上げる。そのまま横抱きにして抱えると、彼女の寝室目指してその場を後にした。
 目的地へ向かうまでの途中の通路にて、影より現れた者がひょこり、顔を覗かせた。
お姫様・・・の運搬かい? お姫様のお守りは大変だねぇ。まぁ、君はそんな風には捉えてないだろうけど」
「……ザジ・ザ・ビーストか」
「お姫様はおねんね中かぁ。ふふっ、安心しきった顔しちゃってさ。カンッワイイ〜」
「黙れ。ルツの眠りを妨げる気か? ルツの安眠を阻害するならば切り刻むぞ」
「おお、怖いっ。お楽しみ中なところ邪魔して悪かったよ。特に用も無かったし、お邪魔虫は消えるよ。近くに居るから、何かあったら声かけて〜」
 そう告げてヒラリと身を翻した者は、砂蟲ワムズの集合体へ紛れるように姿を消した。まるでイリュージョンの如く一瞬の合間に消えてしまった正体不明の者は、男の配下に付く者だった。それ以上掴みどころのない者の相手をする気は無かったのか、消えた者の行方は追わず、男は腕に抱えた女を抱え直して再び目的地までの道程みちのりを歩き始める。
 少しして見えてきた女の寝室へ躊躇無く立ち入ると、窓際へ置かれたベッドへと抱きかかえる彼女を降ろした。起こさないよう慎重且つ丁寧な手付きで横たわらせたのち、枕元に散らばった髪の毛を優しく撫で梳く。其れでも尚、触れずには居られなかったのか、男はそっと女の頬へと手を伸ばした。壊れ物を扱うが如く滑らかな肌をした頬へするりと指の背を添わせると、震えた女の目蓋。元々浅い眠りだったのだろう、薄っすらと両目の目蓋を持ち上げた女は緩慢な動きで瞬かせた。
「んっ……寝てたぁ?」
「眠くなったんだろう? 別に、今は何もする事は無いし、眠いのなら寝てしまえ。俺の事は気にするな。一人で眠るのが不安だと言うのなら、俺が側に付いていてやるから、安心して寝ろ」
「ん……。じゃあ、お言葉に甘えて……少しの間おやすみぃ〜……」
「あぁ、おやすみルツ。良い夢を見ろよ」
 ほぼほぼ夢の淵へ片足突っ込んだみたいな状態だったからか、男の言葉に促されるようにスゥ……ッ、と寝付く。眠かったのは事実だった模様で、すぐに深い眠りへと落ちた様子で規則正しい寝息が聞こえてきた。
 男は彼女が寝付いてもその場を離れる事はなく、慈しみの視線を絶えず注ぎ、眠る彼女へ寄り添い続けるのだった。
「フッ……変わらないな、この寝顔も。警戒心の欠片も無さそうな程緩み切って、いっそ壊したくなるな……。まぁ、ほんの戯れの冗談に過ぎんが。この愛しい存在を生涯離したくはないな。なぁ、ルツよ? 頼むから、お前は俺から離れてくれるなよ。お前まで離れてしまったら、俺はどうにかなってしまいそうだ」
 クツリ、喉奥を鳴らした男は、目深に被ったフードの下で笑う。目元を弓なりに細めて、妖しい色を宿して。


執筆日:2024.03.26


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