【番外編】メンタルリセット
少々野暮用で単身にて外出していた主が本丸へ帰還した。その時、近侍であった小豆長光は、帰還するなり真っ先に審神者部屋へと戻った彼女へ無事な帰還に対する言葉をかけた。
「やぁ、おかえりあるじ。おやつのじかんにまにあってよかったのだぞ」
「あぁ、うん……ただいま、あつき」
「どうしたのかな……? なんだか、ほんまるをでていくときとちがって、げんきがないようにみえるけれど……」
「あー……まぁ、ちょっと……ね。大した事じゃあないから、気にしないで。あ、あと……昨日近侍変わってもらったばっかのとこ悪いんだけど、残りの分は大包平に引き継いでもらっても良いかなぁ……?」
「きんじのこうたい、ということだね……? わかったよ。では、こうたいのはなしを大包平さんに伝えてくるから、ちょっとまっていてくれ。ついでに、おちゃときょうのおやつをもってくるんだぞ……! きょうのおやつは、きみのすきなあまいすいーつなのだぞ! なにかいやなことやおちこむようなことがあってへこんだときは、あまいものをたべてげんきをだすのだぞ……!」
「ははは……っ、有難うあつき。……ちなみに、今日の御八ツって何?」
「ふふふっ、きみのすきなあんどーなつだ!」
「へへへっ……やったぁ、楽しみにしてる」
「うむ! 大包平さんのぶんもいっしょにもっていくから、ふたりなかよくたべるんだぞ!」
そう言って優しい言葉をかけてから部屋を出て行った小豆を見送って、暫しぽつねんと一人きりの時間を過ごす。
外出前に片していた途中の書類の続きをしようと文机の上に仕事道具を広げていると、交代の旨を伝え聞いた大包平が部屋へと訪れた。
「近侍交代の任、拝命したぞ。小豆長光より話は聞いたが、何やら外出先から帰ってからの主の元気が無いと聞き及んだのだが……どうした? 何があった? 小豆長光の話では、詳しく訊こうとするもはぐらかされてしまったと言われたんだが」
「あぁ……うん。何となく、本当の事言うのは憚られて……っ。だって、本当に大した事あった訳じゃなくて、単に俺のメンタルが弱々だっただけってな感じの話だったからさ……」
「何があったか話せ」
そう真面目な声音で迫られ、一瞬だけ口を開く事を躊躇ったものの、彼になら打ち明けても良いかと思い直して、改めて口を開いた。
「その、ね……偶々、俺が外出先で通り掛かった通りすがりに、いきなり文句というか愚痴というか、兎に角苛立った様子で感情をぶちまけてくる人が居たの。其れまで特にその人とは何も会話してなくて、お互いの間でいざこざとか何も無かった筈なのに……其処に用があってその人の前を通り掛かったらね、突然脈略無くキレ散らかしてきたのよ……。其れまで何も会話とかしてなかったのによ? 急に何か思い出したみたいな感じで他人に対する不満をぶちまけてきて、俺も内心“えっ、いきなり何?”とかって思ったんだけど、下手な口利いて火に油注ぐような真似したくなかったからさ……結局何も言い返さず黙ってその場を後にしたんだけど……。俺、直前まで何もしてなかったのにな……何でいきなりあんな事言われたんだろ……。いや、まぁ、世の中一定数脈略無くいきなりキレ散らかす人って居るとは思うけどもね? 突然通りすがりの其れはあまりに理不尽というか……せめて前段階とか、ちゃんとした会話の流れが欲しかったなぁ……と。たぶん、キレ散らかしてきた人の方は、何か苛々する事があったとか云々で偶々通り掛かった俺に対して不満ぶつけたくなっての事なのだろうとは思う。でも、あまりに突然の理不尽な出来事に、ただでさえちょっとした事で落ち込むような豆腐メンタルだから、絶賛精神的ダメージを負ってるという感じです……。以上、報告終わり」
「其れは、何と言うか、御愁傷様としか言い様が無いな……。世の中本当に理不尽な奴も居るもんなんだな」
「ふふ……っ、世の中不満だらけだと、人間という生き物は愚かだからね……互いに傷付け合うような馬鹿な真似に走り出すのだよ。マイナスの感情をただぶつけ合ったって、マイナスな輪が広がるだけであんま良い事無いのにね……。まぁ、だからと言って溜め込めとは言わないけれど、誰も彼も構わず怒りや不満をぶちまけるのは間違ってると思うんだよなぁ……。つって、数多の人間で溢れてる分、その人の思考や感じ取る感覚でそれぞれ異なるんだから、仕方のない事だとは思うけれど。……理不尽に物言われた側の気持ちも少しは考えてくれたら、世の中もう少し上手く回るんじゃないかって思うわ」
「取り敢えず、内心お前がご立腹且つ傷心モードに入っている事は分かった……っ。お前は精神的弱いものな……だからこそ、この大包平を側に置こうと思ったのだろう?」
「……うん……お前なら、色々思いつつも全肯定して受け入れてくれるかなって思って……」
「まぁな。己の主が傷付けられたんだ、理不尽な事の上での結果ならば当然怒りもする」
「うん、だからお前を呼んだんだ……。俺は、あんまり人に強く言い返せる質じゃないから、理不尽な目に遭って怒れなくても、お前が代わりに怒ってくれるかなって。勿論、お前がただ怒るんじゃなくて、理性的に怒ってくれるだろう事を分かってるから、敢えてお前を近侍役に指名したんだよ」
やっぱり彼を選んで良かったと気持ち少しだけ和らいできていると、何かを察したのだろう。彼は彼女を懐に引き寄せて緩く抱き締めた。
「俺を指名したのは、其れだけが理由では無かろう……?」
「え……?」
「こういう慰めも含めての事だったのだろう……? 恋仲にある俺ならば、物理的接触や干渉をしても差し支え無いからな。……お前はもう少し上手く他人を頼れるようになれ。
「…………、あははっ……やっぱ大包平は優しいなぁ。頼れる男過ぎて、敵わないや……っ」
「ふんっ……当然だろう。この大包平なのだからな! お前のような主の元へ顕現したのだ……優しく出来ずしてどうする?」
こういう時ばかりは、かけられる言葉も、声音も、行動すらも優しいのだから、本当に敵わない。思わず、緩んでしまう涙腺から涙が溢れてしまっても仕方がないと言うものだ。
情けなく歪んでしまっている無様な顔を見られたくなくて、縋るように彼の胸元へ額を擦り寄せた。すると、尚優しく触れてこようとする彼が頭を撫でるから、余計に子供みたく縋りたくなる。実際、彼等刀剣男士から見たら、審神者など赤子と同然くらいに幼く弱い生き物に思えるだろう。だから、例え本当に子供のように縋ったところで、あまり変わらないように思えるのだが……まぁ、其れは其れだ。
「俺はお前の恋刀なのだから……弱さも全部晒け出して見せろ。俺が全て受け止めてやる。だから、辛いならば辛いと言え。泣きたくなれば、我慢せずに泣け。必要ならば、
「おい……此れ以上格好良くなるな。惚れて脱け出せなくなったらどうしてくれる……?」
「フッ……何を今更な事を。既にお前は俺の腕の中だぞ? 俺に落ちた以上、何処にも遣らんし、逃がすものか。俺という推しの泥沼から脱け出せなくなるだと……? 大いに結構! そのまま深みに嵌まって一生脱け出せぬように引き摺り込んでやるから覚悟しておけ。俺に惚れるという事はそういう事だ。分かったな……?」
「ハイ……此れでもかと言う程身を以て知りました。生言ってすんませんっした……」
「分かれば良いんだ」
改めて力を込められてぎゅむぎゅむと抱き締められる。カンストして長い故に、外出時以外は基本いつも内番着で過ごす為に、防具やベルトなどの装備に当たる事無く抱き締められているが、そのせいでより体が密着する事になるから羞恥心が働かない事も無い。でも、今は元気を無くしている時だった事もあり、此処ぞと甘える事にした。
そうして、いつもなら長時間抱き締め合う行為は恥ずかしがってすぐに離れていたところ、今日は離れずしがみ付いたままである。珍しい事に半ば嬉しみを隠せない大包平は、ちらほらと桜の花弁を舞わし始めた。
「な、何だ……っ、今日は珍しく積極的だな!」
「ん……何か、今日はこうしてると落ち着くので、差し支え無ければもう少しこのままで居たいのですが……」
「ん゛ッ……ま、まぁ、俺も満更では無い故に別に構わんが?」
「んじゃま……ちっとばかしこのままで宜しく頼むんだにゃ」
「あ、あぁ……っ。お前、普段から今と同様に甘えてくれれば、此処まで動揺しないんだが?」
「んぅ……っ。現在精神的に脆いのは、生理前後の情緒不安定時期であるからと、謙信君が修行中で本丸に居ないから寂しくて……ってのが重なった為なのです……。まぁ、そうじゃなくても、現状の俺はメンタル糞なくらいに弱々だけどなァ〜……っ。本当、マジで
「いや、俺とてそんな鋼程のメンタルでは無いと思うのだが……っ。俺だって繊細な心は持っているのだぞ?」
「大包平が繊細メンタルて……(笑)」
「おい。其れ以上余計な口を叩くのなら、その口塞いで喋れなくなるようにするぞ」
一瞬でも馬鹿にされた事が気に食わなかったのだろう。そう言って彼は、一度身を離して彼女の顎を掴み上向けた。さっきまでシュンとしていたが故、涙で潤んだ目に見上げられ、一瞬何かグッと詰まったような表情を浮かべるも、挑戦的に見つめてくる。其れを半ば呆然と見つめ返し、ぱちぱちと瞬きをした。
すると、眦に浮かんでいた涙の粒が頬を伝い落ちていった。其れが衣服へと伝い落ちる前に、宛がった親指で拭われる。その温かさが心地好くて目を伏せて擦り寄るように受け入れれば、其れを了承の合図と受け取った彼がまだ涙の跡の残る眦へと口付けてきた。優しいその口付けは、傷心気味な彼女を労るようで痛く柔らかで温かかった。其れが擽ったくて、より一層胸に込み上げてくる感情からまた新たな涙を作れば、啄むような口付けを降らせてきた。
そんな優しさを受け止めて、彼女はこう思った。
(嗚呼、とても大事にされているなぁ……っ)
其れが嬉しくて、堪らず笑みを零せば、今度は唇へと口付けを落としてくる。甘くて優しい感触が傷心気味の心に気持ち良くて、彼女はもっとと
その後、御八ツのあんどーなつを持ってきた小豆だったが、実は少し前に渡そうと持って行ったは良かったものの、タイミングがタイミングだった為に渡すタイミングを見計らっていたのだという事は内緒である。
ちなみに、小豆から見た時、大包平の大きな体で彼女の姿は見えなかったが、雰囲気から二人が何やら甘い空気な事をしている様子である事を察して、素早く離れの間から離れた上で人払いまでしてくれたのだった。陰からのフォローで成り立ち見守られている二人は、気付かぬ事であったが。
再掲載日:2023.04.15