六月の花嫁にあやかりまして
其れは、一ヶ月前の事であった。何やら現世で発行されたのだろう、きらびやかな表紙の雑誌を手に和気藹々と賑やかにしていた部屋の前を通りがかった時だ。話の中心となって盛り上がっていた筈の乱藤四郎が、不意に己の元へとやって来てこう言ったのだ。
「大包平さん! 来月は主さんにとって特別な意味のある月となるけど、さて其れは何ででしょう! この本丸に顕現して三年もの月日が経ってる大包平さんなら、分かるよね?」
「ふんっ……当然だ。来月の六月と言えば、主の審神者就任日の月だろう! この大包平がそんな大事で特別な記念日の事などを忘れる訳が無かろう!」
「う〜ん、確かに其れはそうなんだけど、そうじゃないんだよ大包平さぁん!!」
「何っ……!? 違うだと!? 審神者就任日という記念日以外に他に何があると言うんだ!?」
「もうっ、大包平さんったら鈍いんだからぁ! 六月と言ったら、“ジューンブライド”の月でしょう!! カップルとなった二人にとって特別な意味となる素敵な月だと思うんだけど……大包平さんは、“ジューンブライド”で主さんに何かサプライズしたりしないの? 例えば、指輪だとか! 定番で言えば、プロポーズとか結婚式を挙げたりが一般的だけど、大包平さんの場合は、既にプロポーズ紛いの事してる訳だからなぁ〜。結婚式は百夜通いが終わってからだろう事は分かるけども、その他は? まだ考えてないの?」
言われて初めて自覚した事に、俺はその時何も言えなくなって二の句を告げれなかった。どうやら、現世では六月の“ジューンブライド”とやらに合わせて結納の儀式を執り行うらしい。所謂、披露宴の事だろう。“ジューンブライド”は西洋の習わしというか、行事のようなものとばかりに思っていたが……そうか、そういえばそんな事もあったのだったかと改めて気付かされた。流石は短刀、常に主人の懐に帯びられている分、そういった事にも聡く詳しい。勉強になる反面、己の不足部分に気付けて有難い。
「乱、その話……もう少し詳しく教えてもらっても良いか? 是非とも今後の参考にしたい」
「もっちろん! 僕達がビシバシ叩き込んであげるから、しっかり覚えてってね!!」
そう言われて、主から任された雑務をこなす合間に、乱藤四郎を筆頭に粟田口の短刀達に色々と叩き込まれたのが先月末の事だった。
其れから幾らか時が経ち、六月も半ばを過ぎようとしている頃、俺は乱藤四郎から教わった諸々を思い出し、主へと贈る婚約指輪とやらの寸法を測る事にした。しかし、そのタイミングを図り兼ねていた。単刀直入に事を告げて素直に公然と測らせてもらっても良いのだろうが、せっかくの機会だ、どうせならばサプライズで贈りたい。……が、初めての事になかなかの壁にぶち当たっていた。
(主の左手薬指のサイズを知りたいんだが……どうしたら良いものか)
然り気無く彼女の手を取り測っても良いが、意外と彼女は聡かったりもする。故に、下手な事は出来なかった。初めての事だからと慎重を期過ぎていたせいもあったかもしれなかったが。
思うようになかなか事が運べずにいれば、兄弟としての縁を持つ鶯丸が口を挟んできた。
「定期的に様子を見ては挑戦しているようだったが、その後進捗の程はどうだ? 主の左薬指の寸法は測れたか?」
「いや……其れが、なかなか思うように上手く行かなくてな……っ。彼奴も変に聡かったり鋭かったりする時がある故、タイミングを見計らってはいるものの、未だ測れていない……」
「お前にしては珍しく手こずっているようだなぁ。いっその事、本人に直接訊いてみてはどうなんだ? その方が確実だろう」
「しかし、其れではサプライズの意味が無いではないか……っ! 俺は、彼奴に気付かれない形でこっそり用意したいんだ!」
「だが、其れで準備段階でまごついていては、其れこそ意味が無く本末転倒だろう。この際、主本人に話を通して直接測らせてもらった方が早くないか?」
「ぐぬぬっ……! どうしても上手く行かぬようなら、最終手段としてそうする他無いか……!」
「下手な意地を張らずに居た方が、スムーズに事が進む事もある。まぁ、なるようになるさ。……嗚呼、でも、今回ばかりは今月中に済まさねば意味が無かったのだったか。西洋の“六月の花嫁”にあやかっての事ならば」
そう意味深に呟かれた言葉に、俺は神妙な顔を作って頷いた。
「嗚呼……一応、正式な婚約は百夜迎えてからという約束だが、既に正式な契りを結んだ仲ならば、せめて形だけでもと思ってな……。彼奴も女の端くれだろう、こういう事はきちんとしておいた方が良かろう! 何より、俺とて男だ! 惚れた女には可能な限り幸せで居て欲しいと思っている!! 故の、サプライズを贈ろうと考えているのだ!! 六月も残り少ない、だからなるべく急ぎたいところなのだが……怪異騒動などで此処のところ色々と忙しかっただろう。おまけに、戦力拡充の周回もあったしな」
「ふふっ……まぁ頑張れよ、大包平。俺は見守るぐらいの応援しか出来ないが」
「十分だ。俺は池田輝政に見出だされた刀なんだ、出来る男だと見せ付けてやるさ……!」
そんな風に堂々と言い放ったは良かったものの、実際のところは少し焦っていた。指輪を作るにも其れ相応の時間が掛かる。故に、作るならば早めにサイズを専門の業者、もしくは技術者に伝えねばならなかった。なのだが……肝心の左薬指のサイズを未だ測れずのままで居た。鶯丸には見栄を切ってああ言ったが、やはり直接本人へ話して測らせてもらった方が早くはある。だが、サプライズでこっそり用意して贈る予定で考えていた為、暫し悩んだ。
熟考の末、彼奴が寝ている隙を狙って朝晩の数回、日を跨いで何度か測ってみる事にした。
**********
とある日の翌日の事である。
意識が浮上しかけた寝起き、何やら手を弄られているような感触を拾った。ふにふににぎにぎと触られる掌と指先に、次第にムズムズとしてきて、擽ったさのあまりに目を覚ました。すると、目の前にはやたら真剣な顔をして自身の手と私のとを見比べる大包平が居た。
朝から何だどうしたんだと思ったものの、頭は寝起きで寝惚けていて上手く働かず、暫く呆然と眺めるだけに留まった。そしたらば、此方が目覚めた事に気が付いたのか、いつもの調子で朝の挨拶を告げてくる。
「む……起こしてしまったか。おはよう」
「ん……おはよう、大包平……。何か擽ったくて目が覚めたんだけど……何してたの?」
「起きてすぐお前の掌が目に入ったのでな。お前が起きるまでと手遊びに触れてみたらば、意外と小さく華奢で線の細い手をしていたから、思わず……。気に障ったか?」
「んにゃ……別に嫌ではないから全然良いんだけど、ちょっと擽ったかったかなぁ〜って……。そんな興味惹く程珍しいか? 俺の手って……」
「これまであまり積極的に触れてきた訳では無かったからな。まぁ、今となっては、触れたければ[[rb:何時 > いつ]]でも触れられる仲ではあるが……。こうして改めて触れてみると、お前と俺との差が分かって面白いな。俺のものは、お前の掌がすっぽり収まるくらいに大きいぞ」
「そうだねぇ〜……」
何かやたら嬉しげというか誇らしげにしてる訳が分からなかったけれども、まぁ彼が良いならいっかと思う事にした。
そんな事があって以降、毎朝毎晩恋刀からの謎のスキンシップを受けた。寝る前と起きる前に、何でか彼に手を握られて眠ると目覚めるというのを繰り返して数日。不意に、やたら左薬指辺りを集中的に触れてきているらしい事に気付いた。普通、左手の薬指と言って思い浮かぶは、婚約中または人妻となった方々が付けている例の幸せの象徴たる物だが……。私に限って其れは無いだろうと思って全く除外視して考えていたが、以前までと違い、今や恋仲の相手が居るのだ。しかも、絶賛結婚前提同然のお付き合い中である。まさかな……とは思うものの、日を重ねる毎に意識は強くなっていった。
彼からの毎朝毎晩のスキンシップが始まって三日、四日経っての事である。彼と閨にて眠る前、とうとう気になり過ぎて問うてしまった。
「ねぇ、大包平……ここ最近、何でかやたら左手集中的に触ってくるけど、何か意味あるの?」
その問いかけに、一瞬答えるのを躊躇うかのような素振りを見せたが、彼は意を決したのか真面目な顔を作って真摯な姿勢で伝えてきた。
「その……本当は、お前に黙って用意するつもりだったのだが……疑問に思われたのなら仕方あるまい。此れ以上お前に隠し通せそうも無い故に、正直に話そう。……その、今月はお前にとって、特別な月となるだろう?」
「嗚呼……まぁ、審神者就任記念日の月だったからね。そういう意味では、確かに特別な意味合いは含まれただろうけども……其れについての御祝いなら既に頂いてるから、今更では?」
「否、俺が言いたいのはそういう意味合いでは無くてだな……。六月には、別の意味も含まれるだろう……? 本来は、西洋での話であるが故、俺達には無関係と思っていたが……現世の方では、その西洋の文化を取り入れ、“ジューンブライド”なるものにあやかって結婚式などの披露宴を催したりするのだろう? だから、俺達も其れに倣って何かした方が良いのかと思って……他への牽制にもなるかと思い、指輪を贈ろうと考えていたのだが……。考えるのは簡単だが、実際其れを実行に移すとなったら案外難しいものなのだな……。作るには相手の指のサイズを知らねばならんのは当然だが、其れを測るに当たって数日に渡って正確な寸法を測らねばならぬとは……っ。サイズが判れば後は業者に指輪作成の依頼を申し込めば良いだけと思っていただけに、意外だった。まぁ、全て乱藤四郎達に教わった事だったがな。“ジューンブライド”の件も含め、乱達から聞いた。あまり詳しくは無いが、六月に式を挙げる事には“幸せになる”と言うジンクスがあるんだろう? 俺達は百夜通いが済んでから式を執り行う予定だが、せっかくならば“ジューンブライド”にあやかって指輪を贈るかと思い至ったのだ。このところお前の手に触れていたのは、その確認作業も含む。まぁ、ただ触れたいから触れていたのも事実だが。敢えて伏せていたのは以上が理由だ……。隠していてすまなかった」
そう言って頭を下げてきた彼は何処までも大真面目である。慌てて頭を上げさせれば、再び真摯な視線を真っ直ぐに向けられ、思わず照れてしまった。取り敢えず、ここ数日の謎のスキンシップの訳が分かった事に、私は笑みを浮かべて向き合った。
「なぁんだ、そういう事だったのねぇ……っ! 其れならそうと最初から言ってくれれば良いのに〜」
「サプライズでこっそり用意して贈る予定だったんだ……! だが、その間で怪しまれては意味が無いではないか!」
「いや、あんなあからさまな態度取られた上で、左薬指中心的に弄られてたら嫌でも気付くって。女の勘は案外鋭いんだぞ?」
「はぁ……っ、其れは現在進行形で思い知ったさ。お前という奴は変な時は鈍い癖、こういう時ばかりは聡いからな……っ」
「ふふふっ……でも、俺の為に何かしてくれようとしてたんだなって事は純粋に嬉しいよ! まさか、其れがマジで婚約指輪だとは思わなかったけども。……ちなみに、大包平とお揃いで用意するの?」
「そのつもりで考えていた。だが、お前はあまり華美な装飾は好まんだろう? 普段からあまり装飾品の類は身に付けぬしな」
「あー……まぁ、俺、金属アレルギー持ちだからなぁ〜。十年前とかの学生の頃とかはお洒落で偶に付けてる時もあったんだけど。直接肌に触れる形で長時間ネックレスとか付けてると、かぶれて痒くなるのよ。だから、ネックレスとかアクセサリーはなるべく服の上から付けるようにして、極力夏場は付けないようにしてんの。ただでさえ汗でかぶれちゃうからね。俺、肌弱いから」
「ならば、其れも考慮した形で作らねばな。作る前にその話が聞けて良かった。金属アレルギーとなると、迂闊に安物の物は身に付けられんという事だな……。とすると、指輪に使用するのも、金属アレルギーの心配の無い金属にするか……」
「な、何か今更なんだけど、俺の知らんところでめっちゃ考えてたんやね……?」
「当たり前だろう。俺の花嫁となる者に対し初めて贈る物なんだからな。きちんとした物を贈りたいと考えるのは、当たり前の事だろう。この俺が贈るからには、美しくなくてはならん。しかし、華美になり過ぎてもお前が嫌うだろう、其れでは意味が無い。だから、作るならば、なるべくシンプルめのデザインで、耐久性にも優れた物にしなければ……。俺が常に身に付けるとなれば、丈夫で壊れにくくせねばすぐに破損してしまうからな。其れも頭に入れて考えるとして……あとは何だ、お前がまた変な輩に襲われんよう魔除けの印でも彫ってもらった方が良いか?」
ブツブツと色々と考えながら呟く彼の呟きを拾ってみれば、何だか本格的に胸の内が擽ったくなってしまって、堪え切れずに「ふはっ、」という笑いが零れた。其れに気付いた彼が、腕組みをして考え込んでいたのから顔を上げて此方を見る。その「何が可笑しい?」と言う風な視線を受けて、思わず私は笑いながら言った。
「まさか指輪一つで其処まで真剣に悩むとは思わなんだでやぁ……っ! 何か、不思議と笑えてきて……はははっ、真剣に考えてくれてっとこごめっ……! っくくく……!」
「お前の為を想ってこっちは真剣に悩んでいるというに、お前という奴は……っ!」
「御免ってば……! あんまそんな真剣考えた事無かったけど、そっか……改めて考えたら、俺、お前と結婚する前提でお付き合いしてたんだなぁ〜……っ」
「何を今更な事を……。もしや、今まで自覚無かったのか? 既に何夜と共に過ごしていて……?」
「うんっ。実のところを言えば、今初めて自覚した。いやぁ、改めて自覚すると何だ……何か無性に恥ずかしくなってくるというか、実感湧いてきちゃってむず痒くなるねぇ……っ。そっかぁ〜……俺、
なんて含み笑いを零しつつ呟けば、何を思ったのか、彼は突然顔を覆って深い溜め息を
「すまん……何か、胸に来るものがあったというか……お前を抱き締めたい衝動に駆られて……その、良いか?」
「えっ……」
「駄目か?」
駄目押しとばかりに顔を上げた彼に熱い視線を送られてしまい、ついしょうがないと折れてしまった。
「あ゛ー、や、まぁ…其れくらいなら別に良いけども……っ」
「感謝する。今、何故か無性にお前の事を抱き締めたいと思ったのだ……」
言葉を漏らすと同時にぎゅっと懐へと抱き締められて、途端に脈拍数と体温が急上昇する。好きな人に抱き締められるのは嫌じゃない、寧ろ嬉しい事だと思う。だが、相手が相手なだけに、未だ慣れずに居た。初期の頃に比べればだいぶ慣れた方だとは思うが、こう今のようにあからさまな態度で以て求められてしまうと、途端に意識しまってガチガチに固まってしまいがちである。其れすらも愛おしいと言って抱き締めてくるのだから、羞恥は簡単に振り切れるのだが。
そういえば、指輪は何処で作るのだろうか。ふと思い至った事に疑問に思い、そのまま口を開いた。
「ねぇ、大包平、指輪作るって言ってたけど……何処で作るつもりだったの? まさかだけど、自分で作るなんて事は言い出さないよね……?」
「指輪などの装飾品を専門に扱った店が政府施設敷地の近くにあって、其処で作ろうと思っていた。流石に、繊細な技術が要る代物だ……作ろうと思えば自分でも作れなくはないらしいが、俺は専門の業者のような技術を持っていない。故に、今回は専門の技術者を頼る事にした。今回、ペアの婚約指輪の依頼をしたのは、怪異や妖に対しての魔除けなどの装飾品も扱っている店だ。現世などにもある一般的な装飾品の店とは異なる故、力を有さぬ者はまず立ち入れぬどころかその店に辿り着く事すら叶わん……そんな店になっている」
「うわ、斜め上な方向でガチなタイプのとこだったわ。鶴さんじゃないけど驚くわ……っ」
「ただの普通の物では、お前を護れぬだろうが。其れでは意味が無い。どうせ贈るのならば、魔除けの力もあるような物にせねば……っ」
「何か、某ファンタジー漫画みたいな話ね」
「魔法使いの花嫁になる話の物の事か?」
「知っとるんかい!」
「お前が暇時間に読んでいただろう。お前の愛読書と聞くし、
成程、だから“魔除け付き”に拘るのか……。確かに、人外相手と縁を結ぶ事に関しては似通った点を感じる。だからこそなのだろう。一般的な装飾店ではなく、
「ねぇねぇ、その流れで言うと、これから作るっていう指輪には、互いに何かあった時も気付けるようにとの意味も込めたりするのかい?」
「無論、そのつもりだ。ただの牽制の為の指輪で済ます気は無いぞ」
「より一層“ま●嫁”味が増してきたなぁ〜」
「何だ、不満か?」
片眉を跳ね上げて問うてきた彼へ満面の笑みを向けて答える。
「んふふっ、その真逆……! めちゃんこ嬉しいです!」
「そうか……ならば、改めてお前の左手薬指のサイズを測っても良いか? 人は生きている限り、その時その時で指のサイズが変わったりするらしいからな。誤差も頭に入れながら正確なサイズを調べたかったのだ」
「どうぞどうぞ。お好きなだけ測ってくださいな!」
そう言って左手を差し出せば、彼は優しく受け取って愛しげに口付けてきた。うーん、気が早い気がしなくもないが……まいっか! 細かい事は気にしない方向で受け入れ、指輪のサイズ計測器とやららしいサイズゲージなる物を左薬指に付けられてサイズの記録を付けられた。
既に記録した分も含め、大体のサイズは把握出来た為、早くても明日以降に店に行くとの事らしい。もし可能ならば、私も其れに同行出来ないだろうか。デザインや使用する金属についての相談ならば、贈られる本人も一緒の方が何かと都合が良いだろう。
指のサイズを測り終えてサイズゲージを専用の箱へ仕舞う彼に、明日時間を作って共に行こうとの旨を伝えよう。そうして、振り返った彼へ私は口を開いて想いを伝え、いつもの如く夜を共にしたのだった。
翌日の午後、大包平と目的の店へ向かう為、時間を作って出掛けた。昨晩聞いた通り、目的地は政府施設敷地のすぐ近くにあるそうなので、転送装置を使って其方まで飛んでから歩いて行く事になった。出向要請等があった訳でも無い為、政府施設その物自体に用は無かったが、指定座標のコードを政府施設へと設定して向かう。
転送装置で予定通り政府施設前へと飛べば、其処から徒歩で少し歩いた処に目的の店はあった。一見何処にでもあるような普通の個人が運営する店……という風に見えたが、実際のところは、霊力などごく普通の人は持たぬ力を有する人にしか入れぬし見付けられぬと聞く。そんな店の事を、大包平は
「あのさぁ、ふと疑問に思ったのだけど、大包平はこのお店の事何処で知ったの?」
「お前の本丸へ配属となる前、まだ政府所属の刀として働いている時の頃の話だ。政府での仕事の際、職員に連れられて数回訪れた事がある……。故に、魔除けの類の装飾品を作るなら此処が良いだろうと真っ先に思い付いたんだ」
「成程、其れでか……っ。そういや、ウチの大包平は引換所でのシール交換でGETした子だったからなぁ〜。そういう意味では、元は政府所属の政府出身の子だったって事になるのか」
「嗚呼。だから、本丸に来て初めの時、お前から初めてのシール交換とやらで俺を選んだと聞かされた時、なかなかの器質を持った奴だと思ったぞ。何故ならば、あの天下五剣の三日月が顕現するよりも前に俺は顕現したのだからな! 他にも、鍛刀不可で未入手の刀は何振りか居たのに、その中から真っ先に俺を選ぶとは、見る目がある奴だと思ったぞ……!」
「うん。まぁ、其れがお前の中での自慢で誇りになってるらしい事は分かったから、早よ店ん中入ろう?」
店入口前で仁王立ちして顕現エピソード話を語る彼を促して、初めて訪れる店内へと足を踏み入れる。店入口に掛けられた暖簾を掻き分けて、引き戸を横へスライドさせながら入店した店内は、外観と全く異なる様相で、思ったよりも広々とした空間となっていた。
客は自分達以外は居らず、店に居るのは店主らしき人の姿だけであった。何に使うかは分からぬが、処狭しと並べられた商品の道具達を横目へ視界に入れた店の奥先に、店主が居るカウンターと思しき場所があった。取り敢えず、其処を目指しながら進みつつ、控えめな小声で挨拶の言葉を告げる。
「こ、こんにちは〜……っ」
「おや、いらっしゃい。見掛けない顔だねぇ、お客さん。此処は初めてかい?」
「あっ、はい……っ。今回が初めての者になります……!」
「この間振りだな、道具屋の店主よ。此奴は俺の連れだ。先日頼んだ件の事で、本人も居た方が都合が良いだろうという事で連れてきた。本人たっての希望でもある。ちなみに、彼女は俺の主兼近々俺の伴侶として迎える相手だ、宜しく頼む」
「はぁーはぁー、この
「下世話な奴め……っ! 何故、貴様は来る度来る度いつもそういう話ばかり持ち掛けるんだ!!」
「だぁって〜あたしゃこの店から動けない身だからねぇ……外の事が気になってしょうがないのさ。まっ、動けないのは縛りがあるが故の事だがねぇ。……こないだ貸し出したサイズゲージ、ちゃんと持って来たかい?」
「嗚呼。大方のサイズは測り終えたからな。もう必要が無い故、返却も兼ねて来た。そら、渡された用紙にきちんと必要分の記録を記しておいたぞ」
「おぉ、どれどれ〜? ……ふむふむ、成程、このサイズだね。了解した。サイズが決まったお次はデザインと使う材料についてだが……どうする? 特別希望が無ければ、此方が適当に合わせて作成するが……?」
何やら慣れた風な調子で会話をし始めた彼と店主の様子に、半ば呆気に取られて驚いていたらば、店主の方から意味深な笑みを向けられてビシリと固まった。
「おんやぁ……? もしや、この娘……未だ
「え゛、っと…………、」
「オ゛イッ……他人の女を口説くな、
「おー怖ッ……! 此れだから刀は物騒でやだね! すーぐ力で物言わせようとすんだから……っ! そんなんじゃ、その娘に嫌われちまうよ!」
「其れこそ余計なお世話だ! 下らん御託を並べてないで、早くさっさと本題に入らんか……っ!」
「ハイハイ、分かったよ。せっかちさんだねぇ〜……っ」
そう言って店主は一度カウンター内の奥に引っ込んで、何やら必要となる道具を携えて戻ってきた。
「ほいっ、んじゃあ早速だが本題に入ると致しますかねぇ〜お客様。改めて訊くが、先日受けた依頼では、ペアでの婚約指輪を作って欲しいとの依頼内容となってたが……お間違え無いかい?」
「嗚呼」
「そしたら、今度はデザインと指輪に使う材料についての相談になるが……何か希望はあるかい?」
「指輪に使う材料については、なるべく金属アレルギーの心配の無い物を使用したい。デザインは比較的シンプルめで、魔除けの印を彫れないかと考えている。あと、互いに何かあった際に気付けるような細工を施せないか……?」
「ほぉほぉ、なかなかに慎重派と言うヤツだね貴殿は。ウチは大抵の事なら出来なくは無いよ。ただ、完全オーダーメイド製になるから、完成するまでに暫し時間を要すが……其れでも良いかい?」
「見積もって
「必要な材料とデザインによるねぇ。金属アレルギーを配慮した物となると、一般的ならプラチナやゴールドが相場になるが、どうだい?」
「うむ。確かにちゃんとした物で作るならば、金属アレルギーの心配も軽減するとは思うが……些か耐久性に不安が残るな……。俺も主も、置かれた環境が環境な故に、
「じゃあ、タンタルとかハフニウムとかの金属はどうだい? ゴールドやプラチナと違って、金属アレルギーの心配の無いタイプの種類に属する金属になるんだが」
「詳しく訊いても良いか?」
「あいよぉー。なら、説明も兼ねて、一応見本の実物も交えて話すとしますかねぇ〜。よっこらしょ、と……っ」
徐に傍らから重そうな箱を引き寄せてくると、店主はカウンターの卓上にその中身の一部を並べて見せてきた。
「今話した金属アレルギーの心配が無いって言う素材の金属は、この五種類になる。左からタンタル、ハフニウム、ジルコニウム、チタン、ニオブだ。一つずつ順を追って説明すると……タンタルは、100パーセント金属アレルギーの心配が無いと言われている金属素材だ。医療分野で人口心臓のパーツや人口骨なんかに用いられてたりするくらい、人体にとって適合性の高い安全な素材と言える。耐久性も、硬度がプラチナの2.5倍程あるから、キズや変形に強い上、メンテナンスをあまり気にする事無く毎日身に付ける事が出来る。但し、コイツは入手困難な材料且つ削り出しでしか指輪の形状に成形出来ないから高く付くぞ。おまけに、現在ウチに在庫が無いから完全取り寄せになる為にかなり時間が掛かる事になる。次に、ハフニウムだが、此方も同じく金属アレルギーの心配が無い素材の一つでな、最も白い銀色に輝く金属とされる。プラチナに近い白さがある上に、硬度はプラチナの3倍以上あるから耐久性には十分な強さがあるぞ。まぁ、入手困難率の高さで言えば、コイツも似たようなもんだからプラチナに比べて若干高くなるが……長い目で見りゃあ諸々な点でコストパフォーマンスはかなり良い素材だな。但し、デメリットとして、コイツはロウ付けや溶接が出来ないし、大きな石をツメ留めしたりする婚約指輪には向かん。その一方、ずっと着用し続けるだけのシンプルなペアリング素材としちゃあ最も優秀な素材と言えるぞ。次に、ジルコニウムだが、此方も同じく金属アレルギーの心配が無い素材の一つだ。特徴は、チタンよりも多彩で美しく発色する性質だな。コイツも硬くて丈夫な上に、普段使いで貴金属よりも扱いが楽でな、宝飾品に適した素材でもある。加えて、コイツはプラチナやタンタル・ハフニウムと比べて、とても軽く、鮮やかな色をデザインに組み入れたい場合なんかにお薦めのもんだ。ただ、デメリットとして、長年の着用で変色したりなどの性質がある。……が、其れは再研磨や再発色したりする事で元通りにはなるぞ。耐久性で言ったら、スペースシャトルの断熱材やF1カーのブレーキ、原子炉の容器等々過酷な環境で使われるくらい、軽くて丈夫なハイテク素材だ」
「今のだけで、何か凄いって事は分かりました……っ」
「ふふふっ、素直な娘さんだねぇ、横綱のお嬢さん」
「俺の女だからな」
「ハイハイ、惚気は別の機会に聞くから……話を戻すよ。続けて、チタンについてだが、コイツは軽い上に硬くて丈夫、且つ錆びないが故に金属アレルギーの心配が要らん素材だ。例で挙げると、航空機や宇宙ロケット何かの先端材料に使われていたりするな。さっき説明したジルコニウムと似た性質を持つ。よって、長年の着用で劣化はするが、整備次第で元通りに戻せる。最後に、ニオブについてだが、コイツは最初に説明したタンタルと同じ仲間だと思ってくれ。ジルコニウムなどと似たような性質があるから、発色する性質を持つ。後の詳しい説明は面倒だから省かせてもらうぞー」
「おい」
「変わって、今度は比較的一般で使用されやすい素材の説明に移るな〜。指輪とかの素材として挙げられる内の代表で知られるプラチナやゴールドだが、コイツ等は装飾の意味で加工する分には先程説明した物に比べて加工がしやすい事から、ごく一般的な素材として挙げられる。入手率や価格面で言っても、まだ良心的だしな。ただ、耐久性的に言うと、硬度が低く、曲がりやキズに弱い貴金属になる為、戦闘に出る刀剣男士が身に付ける物としてはあまり向かない素材と言えるだろう。ただのお洒落程度に付けるくらいなら全然構わないだろうが、刀握って暴れ回るとなると度重なる損傷で劣化が激しくなって早くに壊れる可能性が高いぞ。直接出陣先に赴くタイプの審神者でないのなら、彼女の分だけ此方の加工しやすい素材で作る事も可能だ。……さて、一通りの説明は以上だが、ご希望はお決まりかね?」
一通りの説明を受け、話を聞いている内に考えた希望を口にする為、小さく手を挙げて口を開いた。
「あの、私個人としては、金属アレルギーの心配の無い素材であるジルコニウムを希望したいのですが……可能ですか? あ、ペアリングなので、出来れば二人共同じ素材で作りたいです……っ」
「勿論可能ですとも! デザインの方で何かご希望はありますかな?」
「えーっと、物凄く個人的な希望を言っても宜しいでしょうか……?」
「どうぞどうぞ、何なりとお申し付けを……!」
「あの……出来ればなんですけど、ジルコニウムを素材元にした指輪で、
「おやまぁ、よくご存知で。他の素材を組み合わせて作る事にはなりますが、出来ない事も無いですよ。但し、元に使用する素材が素材ですんで、あまり華美な装飾や加工は出来ない物と考えてくださいまし。加えて、加工工程が増える分お渡しするまでに時間を要しますんで、その辺は予めご容赦を……!」
にっこり人の好い笑みを浮かべた店主へ、改めて頷いて控えめな笑みを返す。すると、隣で黙って話を聞いていた大包平が口を開いた。
「お前、何処でそんな知識仕入れて来たんだ……?」
「えっと……まぁ、趣味の延長線でちょっと資料探ししてる際に色々調べまして……? だから、此処に来る事前にジルコニウムで木目金加工した指輪の話とか知ってたんだよね。ジルコニウムのみしか知らんかったけど」
「俺達の主であるから故、刀についての事は多少知っている程度の認識ではあったが、お前は戦乱の世の出身ではないからあまり詳しくは知らないと以前言っていなかったか?」
「言った。でも、木目金ってのが、江戸時代の刀匠が刀の鍔などの装飾に用いてた伝統的技法らしい……って事だけは、個人的に調べて雑学として覚えてた。指輪の加工技術でも同じ事が出来るんなら、せっかくだし取り入れたいなぁ〜と思ったんだよね。だって、元々シンプルめなデザインにするつもりだったし。其れなら、装飾は控えめのシンプルなデザインで、且つ美しい発色を活かした物にしたいなと……! 大包平とお揃で付けるんだもん、半端な物にしたくないよね!」
「ぐッ……! 主、お前という奴はどうしてこういう時ばかり決めてくるんだ!?」
「お前の主だからな! 当然だろ?」
なんてドヤ顔を決め込んで言えば、彼は分かりやすく照れた様子で顔を赤らめて言葉を詰まらせた。咳払いをして誤魔化したつもりだったようだが、バレバレである。現に、店主からは見え透いた様子でにやついた表情を浮かべての感想を頂いた。
「おーおーっ、
「喧しいッ! 貴様は黙って客の言う事だけ聞いていれば良いのだ!!」
「おお、怖や怖や……っ。ちょっと揶揄っただけだろう? そう目くじらを立てるな。そんな怖い顔ばかりしていて、嫁さんに逃げられても知らんぞ?」
「よ・け・い・な・お・世・話・だっっっ!!」
「ふふふっ……嫁子となるお嬢さんの方がよっぽど落ち着いていると見える。
そう何とも微笑ましげに見てきた店主に、ちょっぴり照れ臭くなり、肩を竦めて愛想笑いを返した。
粗方のデザインの方針が決まると、其れをメモしている様子の店主が並行して問うてくる。
「ジルコニウムの発色を活かしたデザインをご希望との事だったが、色味はどうする?」
「俺はよく分からん故、主に全て任せよう」
「あの、見本用のカラーパレットとかってありますか? 参考の為に、一度拝見しときたいのですが……」
「ちょいとお待ちになってくださいねぇ〜っ。えーっと、ジルコニウムのカラーパレットは、と……あっ、あったあった! ハイ、どうぞ此方になります〜」
「有難うございます……っ!」
「ところで、その……今回指輪の素材として使う金属とやらの発色とは、何なんだ?」
「お客様として一応説明しておくと……ジルコニウム等一部の金属には、多色性という性質があるんだ。ちなみに、多色性とは、見る角度によって色が違って見える特別な性質を持つ色の事だ。多色性は、おもに宝石や鉱物の色の性質を表す用語で、結晶の方向によって光の吸収や伝達が異なる為起きる光学現象の事を指す。……ざっと説明するとこんな感じだ。まぁ、言葉で分かりづらければ、今しがたあんたの嫁さんに渡したカラーパレットを見てくれ。其れを見たら、何となくどういった事を意味するのかは分かるから」
「ほぉ……。成程、確かに光の当たり方で違った色味に見えるな。此れは美しい仕上がりになりそうだ」
「木目金の加工を施すなら、リングの外側を木目金用の素材で覆う形で、内側に発色を活かすような形が良いだろうね。見本の物を出すとこういう形に仕上がるが……どうだい?」
そう言って店主が見本用に描いたと思しき指輪のデザインの図式を見せてくれた。其れを見ながら二人で頷きつつ、細かいデザインの部分を相談していく。
「ふむ……となると、魔除けの印は何処に刻むか……」
「内側か、木目金加工する外側に施してもらう?」
「イニシャルはどうする? 指輪の注文を頼むお客さんの大抵が、リングの内側に互いのイニシャルを彫るのが一般的だけども」
「やってもらうか」
「まぁ、せっかくだしね。じゃあ、イニシャルの刻印もお願いします」
「畏まりました〜っ。ご希望のカラーはお決まりで……?」
「はいっ、この赤っぽいカラーの“パパラチア”でお願いしたいです……!」
「二つ共同じ色で宜しいので……? お客様によっては、デザインは同じでカラーだけは異なるようにする方もいらっしゃいますが」
「うーん、其れもある意味素敵だとは思ったんですが……せっかくなら、お揃いにしたいんです。元々ペアで作る用の指輪ですしね」
「あたしから見た個人的な意見を述べると、お嬢さんのような女性の方には、“ピンクサファイア”や“タンザナイト”なんかのカラーリングがお似合いかと思いますがねぇ。敢えて赤みを帯びたカラーをお選びになる、その理由をお訊きしても……?」
「えっと……出来れば、相手刀を彷彿とさせるカラーの方が良いかな、と……っ。恋刀と揃いで作る用の指輪ですから、敢えて別のカラーにして、お互いのイメージカラーで付け合っても良いかもですけど、何となくお揃いの方が良いかなって思ったんです」
「……だそうだよ、横綱の旦那? 大層愛されてるようで良かったねぇ〜」
「ぐッ……! 良いから、諸々決まったのなら、その通りで頼む……っ」
「承知致しましたぁ! 毎度あり……っ! 完成までは、急いでも見積もって大体二、三週間程度時間を頂く事になるが……其れで宜しいかな?」
「嗚呼、構わん。出来る限り今月中に頼みたい」
「はいよーっ。注文承った。依頼品は完成次第連絡しよう。受け取りはどうするんだい? 郵送も出来なくはないが?」
「いや、俺が直接受け取りに来よう」
「なら、お宅の所属先の連絡先を此方に書いてもらっても構わないかい? 嗚呼、機密情報はきちんと保管して外部に洩らさぬよう管理してるから安心しておくれよ」
「承知している。お前の店が信用出来る事は、既に知っているからな」
「ふふふっ……あんたみたいな客に御贔屓にしてもらって有難い限りだね。いっそ、あんたを広告塔にしてみるのも面白いかい?」
「ふんっ……冗談は程々にしておかぬと、その減らず口の舌先を切り落とされる事になるやもしれんぞ?」
「あな恐ろしや……っ! 舌が無くなっては商売上がったりじゃないか! 其れだけはご勘弁願うね!!」
またも慣れた風な言葉の応酬を交わして、店を後にする。二人して退店すると、後ろ背に店主の陽気な声がかけられた。
「またのご利用を〜!」
色々と気にはなったが、今回は用事だけを済ます事にし、余計な詮索や観察は止めにした。何とも不思議な雰囲気と人柄をした店主であった。感じ取った感覚と耳にした会話の流れより、何となく
「今のお店の店主さん……? たぶんだけど、人じゃないっぽく思えたんだが……」
「流石は俺の主、正解だ」
「やっぱり……。何か人外っぽい空気感じたから、何となくそうなんじゃないかなぁ〜って思ったんだよね。限り無く人に近い見た目ではあったけども。人外って事なら、性別とかの概念も無いのかな?」
「さぁな。そういった点については一切知らん。俺があの店の事で知っている事は、ただ確実に信用が出来て、大抵の道具は揃っているという事ぐらいだ。あとは、初めに言った通り、一般人には見えもせず辿り着けもしないという事だけだな」
「はぁ〜……っ。この職業に対しての浮世離れ感がより一層増した気がするわ……」
そんなこんな感想を漏らした二週間後、再び例の道具屋へ訪ね、完成した指輪を受け取る事になるのだった。
愛しの彼より贈られた指輪は、想像以上の美しさと輝きを放っていて、そんな代物が自身の左薬指に嵌められるだなんて、審神者になる前の自分に教えてやりたくなった。“お前、近い将来飛んでもなくイケメンの美丈夫から飛んでもねぇ贈り物されるから、覚悟して受け取れよ”……と。
指輪のついでに、籍も入れるかという話になり。結果元監査官だった御前より、刀剣男士と審神者カップル向けの専門部署があり、また専用の婚姻届の用紙まである事を教えられ、トントン拍子で入籍という流れにまで話が進んでしまった。己自身満更でも無かった故、断る事もしなかったが、やけにスムーズに事が進み過ぎている事に戸惑いを隠し切れず心の内を零すと、
「皆、主が幸せになる事を望んでいたからなぁ〜。おまけに、明らかな関係性にもなれば、皆揃って口にはせんかったが、裏では着実に盛り上げてやろうとそれぞれで画策しておったのだぞ? 今回は、そのほんの一部が成功したようで皆嬉しそうだったなぁ! 無論、この僕もその内の一人だがな……! 持てる権力全てを行使して盛り上げてやる故、期待しておけよ、主!」
斯くして、私は名実共に人妻の枠に納まったのである。
六月も末の話であった。
**********
※以下、箇条書きにて作中で出て来たジルコニウムという金属の多色性について改めて解説。
【パパラチア】……ピンクともオレンジとも言える、花のような温かく柔らかな色。
【ピンクサファイア】……鮮やかなピンク色だが、端の方は黄味を帯びて見える。鮮やかな花のようなイメージがある色。
【タンザナイト】……夕暮れを思わせる深いブルーと紫色。多色性によって、どこか神秘性を感じさせてくれる。
執筆日:2022.05.19
再掲載日:2023.04.15