歪な覚悟の証明方法

※尚、作中の一部にて、水心子正秀と孫六兼元の回想・其の137『新々刀の推し事』及び、肥前忠広と孫六兼元の回想・其の139『咆哮、遠く』の内容をガッツリ含む構成となっておりますので、まだ未回収でネタバレ回避したい方はご注意くださいませ。


 彼が爆速の早さで顕現してみせたのは、関の義兄弟という事で、やはり所縁のある縁があったからかと頷けた。本丸にやって来たばかりの新刃刀こと孫六兼元を、鍛刀する際に近侍を任せた人間無骨と共に編成を組んで出陣させた矢先で、通信機越しに聞こえてきた二振りの会話に耳を傾けて思う。
 これまでに幾度と期間限定鍛刀キャンペーンとやらに参加し、その都度霊力を消費し新たなる刀を喚んできたが、孫六兼元という刀程実装間もなく最速で来てくれた刀は他に居ないだろう。早くても、鍛刀キャンペーン期間中の半ばか最終日ギリギリのラインを行くか。遅くても、鍛刀キャンペーン実施三度目辺りでのお迎えという感じだ。其れが、彼に至っては、鍛刀キャンペーンが開始された知らせを受けて初めて打ち始めた初日の二十連目で来てくれたのだ。こんな事は本丸設立上初めての事で大層驚いたのを、今でも脳裏に鮮明に呼び起こせるくらい記憶に新しく、また強く印象付いている。人間本当に驚き過ぎるとあんなはっきりと息を飲むものなんだと、改めて感じ入る程には心底驚いた。
 縁とは、時に絶大な効力を発揮するものだ。しみじみとそんな事を考えながら、モニター越しに出陣部隊のその後を見守る。すると、共に編成に組んでいた水心子正秀が興奮気味に新刃刀へ絡みに行く会話を聞く。南海太郎朝尊とも違うが、あれも刀工の影響を強く受けての顕現を果たしている刀だ。其れ故に興味が惹かれて止まないのだろう。あまりの強い好奇の目に新刃が軽く引き気味であるのが、会話の端に見て取れた。最終的には、次代の継ぎ目が目の前でイキイキと語るのを傍目から見守る後方支援面みたいな図に思えて、ちょっと微笑ましく思う。此れは此れで、新刃相手には良い経験になったかもしれない。
 そんなこんな、出陣先の部隊の会話を音声のみ通信機で拾いながらホログラム投影された戦場のデータを確認していると、不意にとある会話がなされているのを音として拾ってしまった。聞こえてきた声に、新刃たる彼と対話しているのは此れまた似た者同士故の因縁を持つであろう肥前忠広であると分かった。モニタリングを続けながら会話に耳を澄ませていれば、何やら不穏な会話が交わされているのを聞く。
『――ふむ。敵を倒せとほっぽり出されたは良いが、あんなものを幾ら斬ったところで満たされる事はない。……俺も、アンタも、そうだろう?』
『ごちゃごちゃうるせえ』
 やれ、殺気が足らないだの何だのと言い募って煽るは、まさかの新刃である孫六の方だ。其れを、飽く迄も先に顕現している先輩刀として努めて冷静に対応する声が続けて聞こえてくる。如何にもな風貌に血の気の多さは、喧嘩っ早そうな刀である事を示唆していた為、其れなりの喧嘩が起きる予感は覚悟していたが……まさかのまさかな展開である。努めて此方も冷静に耳を傾け続けていたらば、新刃の口からまさかの真実をもたらされる事となった。
『――ああ、それなら孫六兼元にはこんな話がある。慶応三年、冬の京都だ。土佐脱藩、坂本龍馬の……』
『……! 首輪してんのはどっちだ、ええ!?』
 とある偉人の名前が話に上った瞬間、即時会話を打ち切らんと制止するべく声を荒げた肥前。正直、肥前が止めてくれて内心助かったと思った。今しがた語られかけた内容は、漏れ無く審神者のハートにも刺さる内容だったからだ。嫌な音を立てて軋んだ胸に、心臓が嫌に速い鼓動でバクバクと脈を刻む。ついでに、動揺からちょっぴりの冷や汗も掌の内に滲ませた事に気付き、冷静で居なければと強く握り込んで誤魔化した。僅かな仕草にも関わらず、此方の小さな変化を読み取った近侍の刀が心配の声をかけてくる。
「大丈夫か、主よ? 少し顔色が優れんように見えるが」
「ん……大丈夫、ちょっと動揺しちゃっただけ。此れくらいは大した事無いから、平気だよ。変に心配かけるみたく態度に出しちゃって御免ね。俺なら大丈夫だよ」
「君がそう言うのならば、僕も余計な口は挟まないが……無理だけはするなよ」
「分かってる。ご忠告有難うね」
 モニターを確認すれば、無事何事も無く戦闘が終了した事を見届ける。大将首を討ち取った部隊は、間もなく本丸へと帰城するだろう。ねぎらいついでに出迎えに行くかと、審神者は近侍を部屋に待機させたまま外界とを繋ぐゲート門の在る外まで出て行った。
 程無くして、開門したゲート門から出陣部隊が帰城し、凱旋する姿を見せる。其れを出迎えた審神者は、努めていつも通りを装って明るく振る舞いながら声をかけた。
「おかえり、皆。出陣お疲れ様でした……! 何処も怪我はしていないようで安心したよ」
「主人自ら出迎えてくれるとは手厚い事この上ないなぁ。孫六兼元、並びに以下出陣していた第一部隊、只今無事に帰還した」
「うん、ご苦労様。隊長として初めて部隊の皆を率いた感想は、如何でした?」
「悪くはなかったが、ちと刃選にある種の意図を感じなくもなかった。采配はアンタが決めたんだろう? どういう意図を以てしてこの編成に組んだかを訊いても……?」
「一番最初に組むのは、君に所縁のある子達であった方が何かと遣り易いかと思っての判断で、其れ以上でも其れ以下でもないよ。無事無傷での帰城おめでとう。しっかりお役目を果たしてきてくれたようで俺も嬉しい」
 ニコリ、愛想笑いを浮かべて無事の帰城と相成った事を喜び、今しがた帰城したばかりの者達を引き連れながら本丸の敷地内へ先導する如く歩き始める。そんな審神者へ真っ先に飛び付く勢いで横並びに付いてきたのは、興奮冷めやらぬ様子の水心子である。口を開くなり、彼は興奮気味で言葉を発した。
「聞いてくれ、主……!! 孫六兼元が、出陣先で僕に刀を見せてくれたんだが、その素晴らしさと言ったらもうっ……!!」
「おぉう、熱意が凄い……っ。そんな食い気味なテンションでぶち上がってるの、刀好きで有名な某新撰組浪士しか知らないんだけど……っ。括弧、おもに二次創作から得た知識に過ぎないけれども」
「此れは興奮するなという方が可笑しい……っ!! 孫六兼元はとても凄い刀なんだ!! “折れず、曲がらず、よく斬れる”は当然の事ながら、刃紋に映っているとされる三本杉が本当にあって、思い切ってなかごの方まで見せてもらったんだが此れがなかなか……っ!」
「うん、うん……っ。取り敢えず、君がよく識る清麿と同じ状態に陥っている事だけは分かったから落ち着け餅付け? そもそも此処まだゲート門前だし、玄関にすら辿り着いてないんだが? 大好きな刀の事が見て知れた上に触らせてももらえてテンション爆上げしてんのは分かったから一旦落ち着こう。普段の新々刀の祖としての振る舞いが遥か彼方の後方に霞んどるぞ」
「すまない、今は兎に角推しについてを語りたくてしょうがなくて……ッ」
「推し事への欲望が忠実なのは分かるし、俺も大概ヲタクで似たような事やらかすから気持ちは分からんでもないが、一旦深呼吸しような。君、此処までずっと怒涛の勢いで弾丸トークぶちかましとるぞ。新刃君に関しては俺も興味があるから、後で時間出来た時にでも今日見て聞いて知った事とか教えてよ。まぁ、本丸に帰ってまず先に遣る事は、武装解除からの手洗いうがいね? 戦闘で汗もかいてきた事だろうから、お風呂行って汗流して着替えてきな。話は其れからでも出来るよ」
「清麿にも報告したいから、今すぐ手洗い嗽してくる……ッ!!」
「そんな勢い良く駆け出さんでも良かろうに……せっかちやなぁ」
 怒涛の勢いで熱量をぶつけてきていた水心子は、普段の祖としての振る舞いを何処かへ置き忘れたかの如くただのヲタクムーブをかまして食い気味に迫って来た。其れを受け止めた審神者は、堂々となだめながら先に遣るべき事を促せば、素直な彼はその催促に嵐の勢いで去って行った。ヲタクの推しへの感情って、偶に暴走する事あるけど、傍から見るとこんな感じなのか――と、布教したくて堪らないといった様子の水心子の背中を見送りつつ、半ば反面教師として気を付けようと思う。
 彼の凄まじい勢いに対して、落ち着き払っている残りの面子達を振り返って苦笑を漏らした。
「何か、水心子君が迷惑かけたみたいになってて御免ね〜。あの子、普段はもうちょい落ち着いてて新々刀の祖として大人な雰囲気纏ってる感じなんだけど、今日は特別ヲタクモードの方に振り切っちゃったみたいで……っ。あれでも、特命調査で先行調査員として政府から派遣されてた個体だから、根は真面目で良い子なのよ。ヲタクモードに入っちゃうと、ちょっとその勢いとギャップに慣れない内は驚いたり引いたりするかもしんないけども……あれはあれで可愛いから許してやってね」
「確かに、ちょっと驚いたのは事実だが、気分を害したとかではないから別段気にも留めていないさ。気遣ってもらっておいて何だがね。……まぁ、強いて述べるなら……諸先輩方と出陣したは良いが、全てを持って行かれちまった上に、隊長としては単なるお飾りみたいになっちまって少々物足りなさを感じたぐらいかと」
「……おい、」
「ふふっ、そう怒るなよ。俺は事実を述べたまで。其れ以上でも其れ以下でもないよ」
「その点につきましては、お試しで組んでみた感じだったんで、敢えて最も敵が弱く数も少ないポイントを選んで出陣させたが故の事だな。けど、新刃君が先輩方に美味しいところ全部持ってかれるのは最早洗礼というか、通過儀礼みたいなもんだからね。本格的な肩慣らしはこれから頼むよ。一先ず、今詰まってる任務スケジュール上、君は特が付くまでは遠征任務に専念してもらうけども。采配に文句があるなら、今の内に聞かなくもないが……何かあるかい?」
「いや。今のところは、主人の采配に大人しく従っとくさ」
「そう。先に行っちゃった水心子君も含めて、無骨さん肥前君等は錬度頭打ちのカンストしてからは久々の出陣だったろう? 調子はどうでしたかいね?」
「う厶……此レも少々暴れ足りなかったが、後は演練なり手合せで発散すれば済むので、問題は無い」
「そうかい。肥前君の方はどうでしたかね?」
「あ? 別に……何も問題は無ェよ。斬れと言われた敵を斬っただけだ」
「其れは重畳。その調子で牙を研いどいてくれや。また“大侵寇”みたいな事が起きないとも限らんからな。カンストして一時前線から退いたとは言え、君達は本丸の立派な戦力だ。これからも活躍期待してるよ」
 いつもより微妙に険の薄い、気落ちした風に大人しげな肥前の肩を叩いて、然り気無く励ましの鼓舞を送っておく。出陣先で何があったかなど、通信機を通して全て聞いていたが故に、後々の事を思えばこそフォローはしておいて損は無いだろう。
「では、此レは先に失礼させてもらう。部屋に戻って、先の出陣の事を改めて記録しておきたい故……」
「おう。どうぞお構い無く行ってら」
 筆がまめな無骨は、何かしらある度、その都度書面へと記して記録するのが好きらしい。元の主である森長可の影響を強く受けた為と思うが、紙に直接文字を書いて記録を付ける行為は脳の働きへも非常に良い事なので、引き続き続けて行って欲しい限りだ。そして、機会があれば、その記録を見返しながら思い出話に花を咲かせれたら良いだろう。
 自然と戦場で不穏な会話をしていた二人組がその場に残され、忽ち審神者以外のクッション役が居なくなって少しぎこちない空気が流れた。こういう時、下手な会話を投げるのは得失ではないが、己の口下手さ加減をよく理解していた審神者は、思い切って単刀直入に切り込んだ。
「勿体振るのも何だかアレだからこの際ぶっちゃけちゃうけどさァ。――さっきの出陣先での会話……アレ、漏れ無く全部通信機越しに俺の耳に入ってたからね。通すのは基本声のみに設定してるから、その場の状況は音声とモニターに映る戦場の様子のみでしか確認してないけど……。君達が交わしたであろう不穏な会話は、全て筒抜けだったんで。今後俺に会話聞かれたくない時は、是非とも通信機能を切ってから会話する事をお勧めするよ」
「はっ? 嘘だろう? …………あ゙ーっ、だから此奴がやけに大人しかった訳か……! 参ったな……まさかあの会話全てが主人に筒抜けになっているとは思ってもみなくて、だな……っ。すまない、気を悪くしただろう? 別に、謀反起こそうっていうつもりは一切無いから、其処だけは安心してくれ……!」
「うん。俺もその心配はしてないから、そっち方面の心配は全く問題無い。……ただ、一点だけ言わせてもらうと、坂本龍馬の件については、漏れ無く俺もダメージ食らっちゃうので……出来れば、控えて頂かると精神衛生上助かるかな〜と……っ」
「え……? 気にするところそっちなのか? というか、何故坂本龍馬の件が主人と関係あるんだ……? 主人の初期刀は加州清光であって、陸奥守吉行ではないだろう? 血縁関係があるとかならまだしも、そういう話は全く聞かないし……どういう事だ?」
「ッ、其れ以上此奴に余計な事言うんじゃねぇ!! ぶった斬るぞ!?」
 新刃たる彼が至って普通に抱いたであろう疑問を口に出した途端、その横を歩いていた肥前が突如牙を剥いて審神者を庇うよう身を乗り出し、詰め寄った。思わず、其れに足を止め、新刃の胸倉を掴まんとする肥前の上着の羽織の裾を慌てて引っ張って止めに入る。何も其処までしてくれなくとも大丈夫なのだが、脇差故か世話焼きタイプの性質が過保護という面で顔を出したらしい。
 今にも抜刀し兼ねん空気で張り詰める現場に、努めて冷静さを装って言葉を紡いだ。
「肥前君、ストップ……!! 俺は大丈夫だから落ち着けっ!! 今お前が本気で其奴に殴りかかったら、錬度差で孫六さんギリ折れなくとも確実に重傷間違い無しの手入れ部屋行きだから踏み止まって……!!」
「けどっ……此奴の迂闊な発言の所為でテメェがまた精神病んじまったらどうする気だ!? そうなるくらいなら、先手打って先に思い知らせてやっといた方が、仮に頭足りなくとも身に沁みて分かんだろ……ッ!」
「良いから止まれ、馬鹿ッ!! 仲間内で無駄な事される方が、俺には堪える……! ――から、その手を下ろせ。今すぐにだ」
「ッはは! 良いね良いねぇ、その殺気……。さっきまであんなにつまらなそうな顔しやがってた癖に、主人が関わるとなった途端にコレとは驚いたが……もしかしてのお前達そういう仲なのか?」
「黙れクソがッ!!」
「堂々、肥前君……!! 新刃風情に煽られたくらいでそんなカッカしないの!! 孫六さんも、余計な喧嘩売らない。戦場で暴れ足りなかったからって、不満を八つ当たりとして周囲へぶつける事は間違ってるよ。そういうのは、手合せなり演練なりで発散してきなさい。其れでもイライラが収まんないって言うんだったら、花街なり何なり行ってストレス発散してこい。専用手形なら経費で落とせるし、御上からその分の資金は給与として配布されてるからね。必要なら、申請書書いて俺に出してくれ。受理しといてやっから」
 今にも殴りかからんとして一歩距離を詰めた肥前を後ろから羽交い締めする形で止めようとするも、体格差から上手く行かずに、仕方なく口での攻撃に転じる。わざと煽るような発言をするのは敢えての事なんだろうが、無駄な争いは避けるべきだ。其れを伝える為に語気を強めて努めて冷静に口を開けば、意外な事を言われたのか、一瞬驚いたような顔をした後におどけた口調で返された。
「はははははっ! まさか今の切り返しとして花街なんて言葉を選ぶとは……アンタなかなか面白い神経してるな? 俄然興味が湧いた」
「言っとくが、俺にその手の気は一切無ェから、お相手探してんなら其れこそ遊廓のお姉様方に相手してもらってきな」
「主人こそ、俺が他所のお嬢さん方を抱く事に嫌悪感は無いのかね……?」
「部下の下事情にまで一々首突っ込む方が過干渉だろう……。ぶっちゃけ其処まで面倒見切れん。どう足掻こうとも俺は女なんでな、男の詳しい事情なんか知ったこっちゃねーよ。なもんで、俺はその辺割り切って考えてっから、遊廓使いたきゃ好きにしな。……肥前君も、一々此奴の挑発に乗らない……っ。全部相手してたらキリ無いよ? 偶には無視して流すくらいの余裕持ちな。メンチ切るだけなら俺の専売特許でしょ? 身内ヤンキーな治安の悪さと喧嘩っ早さは持ち主である俺に似たんだろうが……無駄な喧嘩は労力無駄に消耗するだけだからやめなさい」
 未だ目の前の彼を怒突どつくき満々な構えを解かない肥前の後頭部を軽くペシンッと叩いて、トドメとする。此れを切っ掛けに戦意を削がれたか、漸く構えを解いた彼が最後に盛大な舌打ちを零して此方を振り返った。
「悪ィ……頭に血が上ってた。もう何もしねぇから、アンタも手ェ離せ」
「本当にもう何もしないな? 絶対??」
「しねぇーって……ッ。悪かったよ、過剰な威嚇して……」
「うん、分かればヨロシ。俺は聞き分けの良い子は好きよ。ちゃんと俺の言う事聞けた肥前君は偉いぞ。誉も取って帰ってきて、久々に出陣出来た事がそんなに嬉しかったかい?」
「……まぁ、主に必要とされるという点においては、悪い気はしねぇよ」
「ふふっ、そりゃ何よりだな! さっ、体動かして腹減ってるだろうから、汗流して服着替えたら厨に寄りな。菜切君が御八つ用意してくれてるから。今日の御八つはサーターアンダギーだって。山盛りの量作ってたから、たんとお食べ」
「急いで風呂ってくる……!」
 食べ物に釣られたか、一気に表情が華やいだ彼は目の色を変えて駆け出した。細い見た目の割に毎食大盛り丼の御飯を何杯もおかわりする大食漢であるが、その細っこい体の何処に収まっているのやら。まぁ、ブラックホールな胃袋を持ちし刀剣男士は他にも数多の数程存在するが……さて。
 問題児な新刃と二人きりとなって、審神者は小さく息を吐くと、クッション役が居なくなったお陰で真正面から真っ直ぐに見る事の出来る顔を見上げた。
「ほら、君も早く戻るよ。何時いつまでもこんな処で油売ってる訳にも行かないんでね」
「なぁ、主人や……アンタ等、やっぱり出来てるだろう?」
「寝言は寝てから言ってくださいね〜。さもなくば、しばく」
「おぉ、怖っ……美人が怒ると怖いとは聞いちゃいたが、本当なんだな……」
「お世辞どうも有難う。お前、後で審神者部屋な」
「説教か……」
「逆に其れ以外に何があるとお思いで……?」
「いや……さっきチラリと花街だの遊廓だのという話題が上ったんでな。ワンチャンお相手してもらえるのかと……」
「今此処で沈められたいのならその減らず口聞いてやらん事もないが、どうする? おん??」
「……アンタ、どっからそんなドスの利いた声出してるんだ?」
「今君の目の前で喋ってるこの喉からしか有り得ませんが何か??」
「分かった……俺が悪かったから、そうメンチ切らないでくれ。折角せっかくの美人が台無しだぞ?」
「誰の所為でだよ、誰の」
 努めて冷静に静かにおこなモードに入っていた審神者は不貞腐れたような顔付きで先を行く。そのすぐ後ろを、気まずそうな顔をして頭を掻く孫六が続く。そのまま、二人は揃って玄関まで向かい、其処でそれぞれ向かうべき場所へと別れた。審神者は仕事を再開させるべくして執務室へ、孫六は武装解除と着替えの為に自室にと割り当てられた部屋へ。それぞれの目的の為に動き、自分のこなすべき仕事を片付けた。
 その後、少しの時間が空いたのちに、審神者部屋をおとなう者が一振り。先程の一件で暗に反省を促された孫六兼元、そのひとであった。彼が来たと分かるや否や、審神者は近侍に人払いを頼み、二人きりだけの空間を作らせた。此れに、意外と思っていた孫六は口を開く。
「てっきり、近侍殿も同席するのだとばかりに思っていたが……違うのか」
「今日のノルマは片付け終わったし、必要業務以上に侍るのはどうかと思ってね。この後はフリーの自由時間とするつもりだったから、御前には退席してもらったんだ。返って二人きりの方が俺も話しやすいと踏んだまでさね。深い意味は無い」
「そうかい。其れで……話とやらってのは?」
「俺が何故坂本龍馬の名を出したかの事について、一度触れときたくてな。まぁ、これから話すのは、一個人の私情込みだから、話半分程度に聞いといてもらえると嬉しい……」
「それじゃ、お聞かせ願おうかな」
 話を聞く態度となった孫六が、大人しく審神者の向かいの席へ腰を下ろして落ち着く。そんな彼の目の前へ、話のお供に用意したお茶と茶菓子を差し出してから、審神者は口火を切った。
「あの……前置きしておくけど、これから話すのはマジで超絶個人的な話だから、本当は戦に関係無い事だし君にわざわざ話す事でもないと思ったんだけど……。肥前君の過剰なリアクションの所為で疑問に思っただろうから、下手な軋轢生まない為にも俺の口から喋るだけであって、其れ以外の意図は含まないから、そういうつもりで聞いて欲しい……っ」
「分かった」
「其れで……何で俺が坂本龍馬の名に反応したかって言うとな……率直に言うと、俺が坂本龍馬を推してるからです」
「はっ……?」
「所謂、推し事の一貫みたいなものって言えば分かるかな……。歴史的偉人の中で俺が個人的に推してるのが、偶々坂本龍馬だったという訳でして。んで、推してるからこそ、彼が歴史上どのようにして生きそして死んだかを一通り調べてたから知ってて……坂本龍馬が居たからこそ日本の夜明けがあるのだと思うと、感慨深くって。まぁ、早い話が感情移入しちゃった訳でしてね。或時、坂本龍馬を題材に取り扱ってた作品をテレビで見たんだけど、最終的に俺はむっちゃんこと陸奥守吉行繋がりで感情移入し過ぎた結果号泣してしまいやして……っ」
「何か流れが読めた気がするぞ……」
「其処に偶々通りすがりの肥前君が現場を目撃してしまい……おまけに、俺のメンタルがゴミクズレベルのカスだと知っておるので、余計に心配になった肥前君の中でどうも“坂本龍馬が死ぬイコール主泣く”の方程式が出来上がっちゃったみたいでして……。主泣かせる奴は何であれ誰であろうと許さんガチ勢バリの過保護と化しましてな…………。以来、俺が泣きそうになったりすると、どっからか駆け付けて来んのよね……脇差の子等は皆何かと世話焼きたがる方だけど、肥前君のはちょっと過剰反応起こしてるんだよなぁ。まぁ、肥前君の来歴遡ると、元々の持ち主って坂本家だったしね……気持ちは分からんでもないんだけど。君に伝えたかったお話は以上です」
「はぁ〜……だからあんな態度取ってた訳ね……」
「たぶん、肥前君の中じゃ、俺は泣き虫な幼女的な風に思われてて、守らなきゃ行けない庇護対象にされてるんちゃうかな……。実年齢成人済み人間でも、肥前君等からしてみれば俺達赤子みたいなもんやしなぁ。そう考えると、過保護化せんっつー事もないというか……」
「その話を踏まえて、俺は一体どうしろと……?」
「肥前君にとって、坂本龍馬は、元の主である岡田以蔵と切っても切れん縁で結ばれた人物であり、また、岡田以蔵の前の元々の持ち主でもある。つまり、馴染みのある刀のむっちゃんとも繋がる。……むっちゃんは既に修行を終えて過去を清算してきているとは言え、坂本龍馬はむっちゃんが顕現するに当たって必要となった逸話やから、下手に話題に出して根源が揺らがんとも分からん。故に、不安から過剰な反応してしまうんやないかと俺は思ってる……。でも、其れも含めての肥前君やから、どうか有りの儘の彼を受け入れてやって欲しいんよ。其れが伝えたくて、わざわざ話の場を設けやした。変に話長くなってしもうて御免ね。俺、口下手やし、説明すんのとかもあんま得意やないから、上手く伝わらんかったかもしれへんけど……っ」
「……いや、主人の言いたい事は大体理解したよ。アンタが、たかが刀如きに心砕いて本気で分かり合おうとしている事も」
 一通り審神者が話し終えるなり、出されたお茶に口を付けていた彼は湯呑みを卓に置いた。そうして、真面目な面差しで向き直って言う。
「アンタの其れ・・は、単なる武器に対する感情じゃないと思うんだが……少し入れ込み過ぎなんじゃないか? 俺達は飽く迄も武器で刀だ。アンタの其れ・・は、刃を曇らせ鈍らせるものなんじゃないのか? そうでなきゃ、あの番犬様が彼処まで大人しくならんだろう。首輪でも付けて飼い慣らす為なら下手な口出しも横槍も入れるつもりはないが、研ぐべき牙を腐らせ朽ちさせるつもりなら……分かっているだろうな?」
「詰まるところ……君も似た者同士なんじゃないか? 人と武器との境界線を上手い事線引きしてる。でも、何処か人間臭い。ただの武器だと言うなら、戦以外の事に突っ掛かりはしないと思うけど」
「何……?」
「人斬り仲間に会えたから死合うなんざ、狂気の沙汰だろう。目的を履き違えるなよ。お前が顕現したその使命は何だ。人の血肉をいたずらに斬り裂き愉悦を得る為か? 人斬りとして扱われたが故の渇きを満たさんとする為か? 違うだろう。テメェの仕事は飽く迄も在るが儘の歴史を守る事。そして、我々に仇なす者である歴史修正主義者共を屠る為に得た力だ。テメェの渇きを埋める為じゃない。そんな根本的な事も分からないようじゃあ、肥前にあだこだ難癖付けてウザ絡みする前に戦場で折れるぞ。半端な覚悟でやってんじゃねぇ。テメェは武器で刀なんだろう? なら、くだらん問答してないでその斬れ味を戦果として示しな。特も付く前から生意気な口叩いてっと、今に痛い目見るぞ……?」
「へぇ。謙遜しておきながら、アンタもなかなか口が立つじゃないか……。俺の斬れ味、その身で確かめてみるか?」
 刹那、一筋の風が前髪を浚った。つい今しがたまで腰を据えて話を聞いていた筈の彼が、刀を抜いたからだ。部屋を訪ねてきた時は丸腰だったのを見るに、本体は自室に置いてきていたものと思っていたが……どうやら彼の琴線に触れたらしい。某英雄王慢心王様が己の背後より宝物を取り出す如く、瞬きの一瞬の合間に異次元収納から顕現させていた。感覚としては、王の財宝ゲート・オブ・バビロンというよりは、某赤い弓兵が武器を投影して出す時の方に近いか。
 怒りを宿した浅葱の二ツ目が、ギラリと煌めき、審神者を射抜く。ついでに、その首元へと少しでも下手な動きを見せれば斬るという意思表示か、切っ先が突き付けられていた。しかし、尚も審神者は顔色を変えない。努めて冷静に、ただ目を眇めて見つめ返す。
「今のくらいで挑発に乗るとは……さては君、俺よりも気が短いな? まさかこんなやっすい挑発に煽られるとは、君もまだまだだな」
「俺が敵すらも斬れぬ鈍らだと思うのなら、その喉掻っ切ってやろうか? どうだ、恐れをなして身動きすら取れまい。ただの人間風情が、俺達を侮るなよ」
「侮りしは何方か、教えてやろうか? この身の程知らずめが」
「何、――ッ……!」
「――孫六兼元、そのまま動くな」
 緊迫した空気が部屋の中を支配していた。そんな中、謀反とも取れる審神者の首元へ抜き身の刃を突き付けた状態のまま、男は動けない。正確には、審神者の力により動きを封じられたのだ。微動だにも出来なくなった己の体に困惑を貼り付けた顔で睨み付ける。
「貴様ッ……俺に何をした……!?」
「特には何もしていないよ。俺は、ただ“動くな”と命じただけだ」
「なら、何故……ッ!!」
「ただの人間がこんな処で五年以上も人為らざる者達を率いて居を構えてる訳がないだろう……? そんな事も分からずして此処に来るとは……思考する為の脳味噌を本霊に置いてきたか? 嗚呼、違うな……端から君達武器なる者共に脳味噌なんて物は詰まってない。君等が今手にするその器は仮初に過ぎない。おのが手でその刃を振るわんとして齎された肉なだけだ。その器を動かす為に巡る霊力源は誰だと思う? 今、君の目の前に居るこの俺だよ。本当にただ・・の人間が君達を励起すら出来ると思うなよ?」
 一寸でも動けば、審神者の薄い皮などすぐに斬れてしまうだろう。だが、刃を突き付けられても尚、審神者は毅然とした態度で言葉を紡いでいた。
「俺は審神者だ。時の戦に勝つ為と招致を受けた、泰平の世より生まれし人の子だ。戦のいの字も知らんような小娘が何故この場に居るのか、少しはその足らん頭で考えてみろ新刃。お前が知らないだけで、俺はこの本丸と此処に生きる皆と生き延びて来たんだ。その歴史を嘲笑うなら、鉄屑に戻す事も厭わんぞ。お前が動けん理由は至極簡単よ。俺が言霊で以て“動くな”と命じたからだ。お陰で、指一本思い通りに動かせまい……? 錬度が特にもならん内から嘗めた口利くからこういう羽目に遭うんだぞ。敢えて貴様が吐いた言葉を借りて問おう。鈍らだと思った俺が思わぬ反撃に出て恐ろしいか? 俺がどのような覚悟を以て任務に当たっているかも知らずして侮った事、精々後悔させてやろう。せめてもの温情として声を奪わなかった事を有難く思うんだな」
 不意に、審神者の手指が動き、その意図を察した男は徐ろに制止をかける言葉を紡ぐ。
「ッ――やめろ、」
「さて、どうしてくれようなぁ……この刃。よく斬れる事を証明したがっていたが、このままでは俺の首すら斬れんものなぁ。其れは何とも哀れで可哀想だ」
「やめてくれ、」
 まるで、男の声が聞こえていないように喋る審神者は、閃いた考えに喜色を滲ませて笑みを湛えた。
「嗚呼、そうだ。俺が自ら押し当ててやれば良いだけか……! ふふ、実は俺は人間の中でも一際弱いタイプの人間らしくてなぁ……何かある度に死ぬ事ばかり考える自殺志願者なのよ。丁度良いところに、こんなよく斬れそうな刃物があるじゃないか。どれ、その斬れ味、本当に斬れるか試してみようじゃないか」
 一ミリとも動かせぬであろう刃の先端を摘み、つい……っ、と首筋へ押し当てる仕草を取った。途端、彼の口から獣のような咆哮が上げられた。
「やめろぉ゙ぉ゙ぉお゙ッッッ!!」
 瞬間、何処からともなく飛ばされてきた何かが刀の切っ先を摘んでいた審神者の手を弾き、畳の上へと転がる。反射的に手を弾いた物へと意識が移り、そちらを見遣った。ともすれば、其処に転がっていたのは、見覚えのある扇である。誰がこの場へ投擲してきたのか、犯人が分かった審神者は、面白くなさそうな面を下げて入口の方を見た。
「痛いじゃないか、御前」
「本物の刃物で斬られるよりかはマシな痛みだろう?」
「だからって、何も扇投げ付けて寄越さなくっても良いじゃんか……っ」
「そうでもせんと、お前さん……本気で死ぬ気だっただろう?」
 怖い顔をして佇んでいた一文字の祖たる男――こと人払いを頼まれ部屋を出て行った筈の本日の近侍殿が、ずるりとその身を開いた障子の隙間から滑り込ませて来た。次いで、うっそりと笑ってみせた女へ冷めた視線を送る。
「まっさかぁ。冗談で済ますつもりだったに決まってんじゃん。御前たら、俺の事買い被り過ぎじゃない?」
「果たして本当にそうか……?」
「……まぁ、ちょびっとくらい怪我しても教訓になって良かったかなぁ〜なんて事思わなくもなかったけども」
「ほれ見た事か。そんな事をしたって、この新刃がより付け上がるだけだぞ?」
 一文字則宗の視線を受けて、審神者は未だ自身の目の前から動けぬまま佇んでいた男の姿を見遣る。意識が他所へ逸れて集中力が乱れたからだろう、言霊が解けて体の動きを取り戻した孫六は、今回の一件を引き起こした自分の衝動に恐れをなしたのか、切っ先を下ろして己の顔を覆い俯いていた。心無しか、肩で息をする程に呼吸は荒く乱れ、その指の隙間から覗く浅葱の目には先とは異なる感情が宿っていた。そんなに怖がらせてしまったかと内面で反省した審神者は、改めて口を開く。
「まぁ、此れに懲りたら、今後は迂闊な言動は控える事だよ。俺も大概短気で沸点高い方だからね。今日のところは此れにて終了! そんで解散……! お疲れ様でした〜っ」
「………………」
 審神者の言葉に何も返さない男は、無言で納刀すると、そのまま部屋を後にしてしまった。何も言わずに退室した男の様子に、審神者は首を傾げつつもそういう気分な時もあるよなと楽観的に考え、其れ以上追及する事をやめた。代わりに、男が去った後の片付けに取り掛かった審神者は、男が飲んで空にした湯呑みを手に取って腰を上げる。
「まだ来たばっかなのにビビらしちゃったかな……。後で謝っとこう」
「今行くのはやめておいた方が身の為だぞ……?」
「いや、今すぐ行く気無いわそりゃ。ほとぼりが冷めたら、にするから」
「そうかい。では、僕も扇を回収したら自分の部屋に戻るとするかね」
「孫六さんが食べなかった茶菓子、代わりに御前が持ってく?」
「いや、僕はわざわざ主から貰わずとも…………否。やっぱり貰っておくとしようか。他人の厚意は有難く貰っておかんとな! でないと、折角せっかくの主からの施しだと言うのに勿体無いからなぁ! うはははっ!」
 カラカラとした笑みを浮かべて審神者の差し出す茶菓子を受け皿ごと受け取った則宗は、飄々とした態度のまま審神者部屋を後にした。そして、部屋を出るなりスンッ……と表情を削ぎ落として、彼の去った方へと向かう。彼が――孫六兼元が、自身の主に対して良からぬ感情を抱く、その前に。忠告を告げに行ってやる為に。
 則宗も去ってしまった後、一人部屋に残された審神者は、使った湯呑みを片そうと自身の使った湯呑みも纏めて回収してしまおうと手にしたところで、ピリリと走った痛みに顔を歪めて湯呑みを離す。次いで、くるりと掌を返して確認してみれば、先程彼の抜き身の本体の切っ先を摘んだとされる指先が一部切れてしまっている事に気付いた。
「ありゃ。気を付けて触ったつもりだったんだけど……切れちゃってたか。ふふっ……流石は関の孫六。折れず、曲がらず、よく斬れる、俺好みの良い刀だ。……ふふ、くはははははっ」
 一人、指先に出来た小さな赤い切り傷を見つめて、女は妖しくクツクツと喉奥を鳴らして笑った。まるで、自分の刀に付けられた傷さえも愛おしいと言わんばかりの笑みを口元に湛えさせた女は、絆創膏を貼り付けて傷を覆った後、至極悦に染まった瞳で指先へと口付けを落とすのだった。

執筆日:2023.12.07
公開日:2023.12.08