関の孫六、繋ぐは縁と栞と
……その後は。

 時は年の瀬。気候はすっかり冬らしい季節となり、日々寒さが厳しくなる折の事である。散らかり気味になっていた部屋で物の整理を行っていると、ふと出て来た代物に審神者はパッと顔を明るくした。
「あっ、此れこんな処に仕舞ってたっけかぁ〜。そういえば、ずっと鑑賞用に飾っとくのも埃が被るからって事で他の大事な物と併せて仕舞い込んでたの、すっかり忘れてたなぁ……っ」
 部屋の隅に積み重ねるように置かれていた段ボール箱から出て来たのは、此れまた箱に入った品物であった。何処からどう見ても中に入っているのは上等品なのだろうと分かる、贈答用にきらびやかな装飾の施された箱を開けば、姿を現すは美しい細工で作られた一つの栞だった。審神者が万屋街で数多の店を見て回っている際に偶々店先で見掛けた物で、一目惚れで気に入るまま即購入した物である。手作りである為、同じ物はこの世に一つとして無い其れは、買った時と変わらず美しさを保っていて、見る度に惚れ惚れとする緻密で精巧な細工であった。
 しかし、其処で審神者は一つ思った。このまま仕舞い込むばかりで使われぬままでは、折角せっかく使われるべくして作られたという栞その物に申し訳が立たなくはないか。物は使ってなんぼだ。
 ふと何気無く向けた視界に映った卓上カレンダーの示すとある日付が目に留まるや否や、審神者は或る事を思い付いた。どうせなら、誰かへ贈り物として譲るのはどうだろうか。審神者のお下がりを、果たして貰う側が喜ぶかはその者の反応次第だが、悪い案ではないように思える。
 審神者は頷きを一つ零して、早速小物を仕舞った引き出しを漁り、贈答用にピッタリなリボンを引っ張り出した。今しがた発掘した栞の箱をラッピングする為である。不器用ながらに店で見掛けるような様式に合わせた形へ、見様見真似でクルクルと巻き付けていく。満足の行く出来に仕上がると、少し日付には早いが、忘れない内に渡しておく方が良いと考え、思い立ったが吉日の如く頭に思い浮かべた相手の元を訪れた。
「頼もうーっ!」
 道場破りか何かのつもりか。母屋の一角、とある刀剣の生活圏である私室の障子を勢い良く開け放つなり言い放った。威勢の良い審神者の掛け声に、部屋の中に居た主は刀の手入れをしていたところの訪問者へその顔を向ける。見れば、彼の口元には懐紙が咥えられており、また両の手が本体の手入れ作業中で塞がっているのを察した審神者は、スンッ……と真顔になり、訪ねるタイミングを誤ったと理解した。刀の手入れ中、刀身に唾が飛んだりする事を避ける為、基本喋る事は控えるものとされる。その事を分かっているからこそ、審神者は彼が懐紙を咥えたまま口元をもごもごと動かそうとしたのを察して、先手を打って口を開いた。
「大丈夫、何も言わなくて良いよ。作業中にお邪魔した俺が悪かった。どうぞ、手入れ続けちゃってください。いきなり突撃かましてすんませんっした。お邪魔なようなら、出直してきますんで……っ」
 先手打って彼が何言かを喋ろうとしたのを制した審神者は、そう告げて今来たばかりの道を引き返そうとクルリ身を翻そうとした。しかし、その寸でで彼が「ん゙……っ!」と一音発し、“行くな!”とばかりの視線で引き留めてきたので、引き返しかけて捻った半身を元に戻した。引き留められたのならと改めて中へと入り、開けっ放していた戸を閉める。そして、作業の邪魔にならないよう入口側でちょこんと正座で座り込み、手入れが終わるまでを大人しく待機した。
 あまりじっくりと見る事の無い刀を分解しての丁寧な手入れ作業は、見ているだけで発見があって、此れは此れで愉しいものだった。成り行きで審神者の見世物となった刀の持ち主は、見事に磨き上げた本体の仕上がりを確認すると、最後にカチンッと鞘へと綺麗に刀身を納めて漸く審神者へと向き合った。
「すまんすまん。まさか手入れ中にやって来るとは思っていなかったんでな。雑な引き留め方をして悪かった。一音しか発しなかったのに、よく此方の意図が分かったな? まぁ、察してもらえた側は助かったが」
「いやいや、此方こそいきなり押し掛けてすまなんだや。何で意図が分かったかについては、何となくかな……? 似たような遣り取りは、よくお姉やんとしとるから、其れで培われた察知能力かもしれん。お知らせ無く突撃訪問かましたのは申し訳なかったけど、図らずとも孫六さんの本体手入れしてるところ見れて良かったよ。俺が普段手入れする時は、君達が負傷した時だからね。早く直して(治して)あげたいばかりで、あんまりじっくりと拝む余裕無いもんだから、貴重な機会となったにゃん」
「ははっ、そりゃあ何よりだ。主人の頼みとあらば、好きなだけ見せてやらん事もないが?」
「じゃあ、また今度手入れする時は一から見ても良いかい?」
「あぁ、勿論だとも。主人に見られて悪い気はしないんでね。その際は存分に観察してくれ」
「やったね。有難う〜っ」
「そういえば、俺に何か用があってわざわざ部屋まで訪ねてきたんじゃなかったのか……?」
「おう、そうだったそうだった……っ」
 手入れの終わった本体を傍らへ安置するなり用件を問うてきた彼に、本来の目的を思い出した審神者が自身の背後へ隠すように置いていた代物を手前へと持ち出して差し出した。
「此れを君に渡したくて来たんだよ。嫌じゃなかったら受け取ってもらえたら有難いかな」
「此れは……?」
「ちょっとどころか、だいぶフライングしてるくらい早い気がするけど、まぁ細かい事はこの際気にしない方向で……っ! クリスマスプレゼントって事で受け取ってくれると嬉しいです!」
「“ぷれぜんと”っていうと、確か……外つ国の言葉で言うところの、“贈答品”を指す意味だったか……。此れを、俺にくれると?」
「うんっ。皆には後でちゃんと配布する予定なんだけどね。其れとは別に、孫六さんにだけ特別に別個先にあげちゃいます……! にゃので、皆にはどうかご内密におなしゃす……っ!」
「其れはまた、何と返すべきか返答に迷うもんだな……っ。まぁ、くれるモンは有難く貰っておくがね。開けてみても?」
「どうぞどうぞ」
 貰った手前の許可を得るなり、早速封を開封するべく浅葱色をしたリボンの結び目を解き、明らかに高価そうな物の入った縦に細長い箱を開く。蓋を開けば、中に眠っていたのは、大層美しい細工で作られた一つの栞であった。その美しさと中身を知って驚いた彼は、目を瞠って言葉を零した。
「こいつぁ、何とまぁ見事なモンじゃないか……! 何処で手に入れたんだ、こんな代物?」
「今はもうその店無くなっちゃったんだけど、万屋街に在ったとあるお店で買った物でね。偶々、気分転換に万屋街をぶらついてた時に、店先で見掛けて一目見た瞬間に一目惚れしちゃって……っ。自分用に即買いして、買って暫くは鑑賞用として眺めてたんだけど……埃被るのが勿体なくって、その後今まで他の物と纏めて大事こんこんと仕舞い込んでたんだよね〜。で、時季的にもう年の瀬だし、散らかり気味になってた物の整理でもしようか〜って部屋片付けてる最中に偶々発掘しまして。折角せっかくなら使ってくれそうな子に譲ろうと思い付いて、思い立ったが吉日をそのまま素で行動に移す事にし、此処まで参った所存なる……!」
「はぁ〜……っ。こんな上等な物を貰う程の事をアンタに施した覚えはないが……」
「うん? 別にそういう意図は何も無いから、深く考えずに受け取ってくれたら良いかな。仮に理由付けするならば、君が読書好き仲間だって事で。本読む時、自分専用の栞があった方が嬉しいじゃない? そんな訳で、此れは君に贈呈致します! 俺が使うには勿体なさ過ぎて使えないから……っ。良かったら使ってやってくだせぇな」
「そうは言うが……此れ、元は主人の物なんだろう? アンタが大層大事に仕舞い込む程の物を、俺なんぞが貰い受けても本当に良いのか……?」
「良いから、クリスマス当日まで滅茶苦茶日付あるのに待てずに忘れない内にって渡しに来たんだぜ? 要らなければ其れまでだけど、不要でなければ受け取って欲しいな」
 己が仕える主人に其処まで言われてしまったなら仕方がない。素直に厚意を受け取る事にした孫六兼元は、丁重に掲げ、礼を述べた。
 改めて、箱の中身を取り出し、日に翳して見てみれば、なんと美しき事かな。此れは確かに惚れ惚れとする程の腕利きの者が生み出した作品であった。光の当たり具合で輝きを変える加工のしてある其れに、ホゥ……と溜め息が零れた。気に入ってもらえたらしき事を彼の表情で読み取った審神者は、嬉しそうな顔を浮かべて微笑む。
「良かった、気に入ってもらえたみたいで」
「こりゃあ棄てるには惜しい代物だぞ、主人。其れをあっさり簡単に譲るって言うんだから驚きだ。俺が貰うにゃ勿体ない物だと思うが……本当に良いのかい?」
「物は使ってなんぼだし。ずっと仕舞い込んだままよりかは、誰か使ってくれる人の元へあげた方が、その子も喜ぶんじゃないかと思って」
「そういう事なら、有難く頂戴つかまつる。丁度読みかけの本があってな……早速使わせてもらおう」
「ふふふっ。早くも早速活躍の場が出来てその子も喜んてくれると良いねぇ」
 徐ろに腰を上げた彼は、手入れを終えた本体を刀掛けへと戻し、読みかけで隅へと置いていた本を手に取る。栞となる物が手元に無かったからと、適当に卓上に置いてあった耳かきを挟み込んでいたのだ。正直、耳かきを栞代わりに使うと、本来の用途で耳かきを使いたい時に使えずに困っていたのだ。かと言って、読み途中の頁を開いたまま伏せて置いておくのも憚られる。よって、苦肉の策として耳かきを採用していたのだが、無事ちゃんとした栞が手に入って、孫六は密かに歓喜した。
「そういやぁ、“ぷれぜんと”の意味は理解出来たが、“くりすます”ってやらは初めて聞く言葉だな……。贈り物をするくらいだ、何かの記念日って事だけは分かるんだが、その肝心な何かの部分がさっぱり分からん。ぶっちゃけ何の日を記念した日の事なんだ?」
「クリスマスってのは、外つ国の文化の一つで、キリスト教に纏わる一種の催事イベントになるんだけど……。その日は、通称“サンタ”と呼ばれる真っ白なお髭を蓄えたお爺さんが、真っ赤な衣装に身を包んでトナカイの引くソリに乗ってプレゼントを配って回る日とされているんだよ。基本的には、良い子にしていたらサンタさんからプレゼントが届くよって話。逆に悪い子には、通称“ブラックサンタ”と呼ばれる真っ黒な衣装に身を包んだ怖いお爺さんが、プレゼントの代わりにお仕置きをしに来るって話だったかな……? 発祥は西洋の欧州ヨーロッパ方面の話で、ぶっちゃけ仏教メインの日本にはあんまり関係無い話なんだけど……日本人て兎に角お祭り事好きだし、何かと記念日作りたがるし? そんなこんなでかなり昔から浸透してる催事だよ」
「話を聞くだけなら奇っ怪な催事だな……。身も知らぬ爺さんから物を貰うなんて、警戒しろと言ってるようなもんだが」
「昔の人的思考で言うと、そういう意見になるの分かるよ。でも、実際そうなんだから受け入れるしかないのだ……。だって、大人だって偶には子供みたくはしゃぎたい時あるんだもの。プレゼントだ何だって浮かれたって良いじゃない。まぁ、審神者にとってのその時期は、冬の連隊戦という一年を通じて一番繁忙期の中でこなさねばならない催物イベントの最中だけどね……っ!! 良いのよ!! 報酬は美味いし!! 新刀剣男士が確定報酬で手に入るんですから安いもんよ……!! 但し、時間と労力の消耗との兼ね合いとなるけど……っ!! 何なら、繁忙期且つ年越し跨ぐが故に漏れ無く精神も持って行かれますがね!!!!」
「念が込もってるぞ、主人……っ。そんなに大変なのか、その催物とやらは」
「あっ、そうか。そういや孫六さんが来たのは今年の秋だったから、夏の連隊戦も参加してないから知らないんだっけ。夏は、特攻武器なる“水砲兵”なる物が装備可能だから攻略及び完走するの比較的楽だし愉しいイベントなんだけどね〜。冬は、そういうの未だ実装しないままだから、毎年その時期の審神者は地獄の日々よ……。其れはもう目を血走らせながら死ぬ気で周回周回の毎日でね。周回組も揃って脳死の鬼周回する事になるよ。今年は第五部隊が実装された分、何か改修あるのか期待してるんだけど……出来る事なら冬って事で“水砲兵”の対となる“投雪兵”なる物が欲しい……。皆で雪玉作って投げようぜ……雪だるま作ろうよ、某鼠作品で有名な歌でも歌いながらさ。節分イベでも“投豆兵”という立派な特攻武器あるんだから、冬の連隊戦にも何か其れらしい特攻武器くれよ。夏と違って特攻無い冬は周回ものごっつキツイんぞ……頼むから時の政府ちゃん、もしくは運営ちゃん、夏と同じく楽しめる要素をお恵みください。いい加減マンネリ化して来てて正直周回辛たん過ぎるのよ。確定報酬で釣れるのは事実だけど、もっと審神者に優しくあっても良いと思うの…………ッ」
「すまん、俺が迂闊に聞いたのが悪かった。悪かったから、その薄暗い闇の覇気オーラを引っ込めろ。周回がしんどい催物である事は分かったから……っ!」
「御免。冬の連隊戦のしんどさを思ったらうっかり精神病みかけたわ。もぉ〜っ、俺ってば駄目な子ッ☆」
 可愛くテヘペロ☆ポーズで額をコツんこして誤魔化した審神者。しかし、自分でやっといて痛過ぎると思い直し、直ぐ様止めた。可愛いポーズを決めて同じ事を完璧にこなせるのは、自分のような人間ではなくもっと可愛らしい人間相手がやらねば成立しない。よって、自分がやるには不向きであると判断して即止めたのである。
「でも、まぁ、今年は弱小回線本丸から脱却して以前と比べて回線強くなったから多少周回は楽になると踏んでいるよ……ッ!! あの鬼の如く何度も何度も回線落ちの処理落ちという忌々しき最悪な日々から、我々はおさらばしたのだ!! 時の運は我等に味方せし……ッ!!」
「取り敢えず、大変な苦労を重ねて此処まで来たんだなって事は把握した。一先ず、落ち着け主人……っ」
「ちなみに、昨年の確定報酬は無骨さんだったんだよ〜」
「まさかの関の義兄弟たる人間無骨が催物の報酬となっていたとは初耳だ……っ」
「あれ。無骨さん喋ってないんかな? まぁ、来てすぐの頃に八丁君も顕現したから、二人揃って暫く遠征マラソンが続いたりもあって目まぐるしい日々を送ってた事だろうから、あんまり記憶に留めてなかったのかな……? 仮にそうだったのなら、何か申し訳ねぇな……っ。幾ら育成の為とは言え、戦ではなく遠征ばかりをお願いしたの……。でも、本丸に来て初期は皆が通る恒例行事と化してる事だし、遠征も大事な任務だから疎かにしたくないしなぁ。まぁ、今はカンストしてから内番以外は基本非番扱いにしてたから、累積経験値積む為にも偶には遠征その他演練にも出してあげようかな」
 つらつらと思い至った事に今後の方針を考えていると、すっかり自分の世界にトリップしてしまっていたらしい。完全空気と放置されていた部屋の主である彼が「おーいっ」と手を振って此方の注意を引き寄せる。其れに弾かれるようにしてハッと我に返り、一言詫びを挟んでから居直った。
「御免御免……っ。つい考え事に耽っちまいやしたわ」
「考え事に耽るのも良いが、俺を放置してくれるなよ?」
「んふふっ、誠にすんまっせんでした。俺の用件は其れだけだよ」
「そうかい。なら、この後はまた部屋に戻ったらお勤め再開だろう。近侍でもない俺が邪魔するのは忍びないが、何か俺に用向きがあれば遠慮無く声をかけてくれ。近くで控えていよう」
「有難う、孫六さん。じゃあ、何か用があったらまた声かけさしてもらいますわ」
 用が済むなり彼の私室から退室しようと腰を上げ、障子戸を開けて去ろうとした。すると、出て行く手前で不意に「主人」と呼び止められて、後ろを振り返る。そしたら、いつの間にやらすぐ後ろの位置に近付いてきていたらしい彼に、所謂海外式壁ドンなるものをされながら問われた。
「なあ、主人や。先の贈り物への封に使われていたこの紐も、主人が選んで結んだ物かい……?」
「えっ……あぁ、うん……そうだけど、何か?」
「この色を選んだ意図を訊いても……?」
「えっ…………偶然にも孫六さんカラーのリボンが引き出しに眠ってたから、丁度良いやと思って使った物で……。其れ自体は、前に贈答品で貰った物の装飾として付属してた物に過ぎないんだけど……何か拙かった?」
 どろりとした不穏なオーラ漂う空気にヒクリと引き気味で聞き返せば、にこりと笑みを浮かべた彼はこう返した。
「いや? 何も拙い事は無いさ。ただ、この色を選んだ意図が知りたくて訊いただけだ。深い意味は無いんだって事は分かったよ……。まぁ、無意識に選んだとしたなら、此れ程嬉しい事は無いが」
「えーっと……?」
「あぁ、すまんすまん。特に意味は無いから気にしないでくれ。――嗚呼、言い忘れる前に言っておくが、今回の贈り物に対しての返礼についてはきっちり返させてもらうから、そのつもりで期待していてくれよ……? 主人」
 意味深な笑みと共にもたらされた米神こめかみへの口付けに、一瞬驚きのあまりに時が止まりかけたが、心臓は止まる事無く活動を続けていたので九死に一生を得たのであった。その後、審神者は自室へと歩いて戻った筈だが、一部記憶が飛んでいる。

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 あれから少しばかりが経過した頃。関の孫六こと孫六兼元は、審神者の元を目指していた。
 道中、すれ違った刀達には柔らかな揶揄からかいの色を帯びた視線を受けるも、平然と受け流し、時には真っ向から言葉を受け止め返していた。
「あれ、孫六……どうしたの、そのリボン?」
「あぁ、此れか? 先日、主人から貰ったんだ。贈答品として貰った品の装飾にあしらわれていた付属品なんだと。折角せっかく主人に貰った物だからな。有効活用させてもらったまでさ」
「ははっ、可愛いじゃん。色味も相俟ってよく似合ってんよ。さっすが俺の主、センス抜群のチョイスだね」
「ふふっ。だろう?」
「えッ。……俺、ちょっとした揶揄からかい混じりのつもりだったから、まさかそんな肯定的に取られると思ってなかったんだけど」
「主人が俺へと見繕ってくれたのは確かだからな。主人は見る目があって大変よろしい」
 彼の肯定的な物言いに、皮肉のてい揶揄からかうつもりで居た者達は皆一様に呆気に取られた顔をして去り行く彼の背を見送った。出会う仲間達に口々に褒めそやされるからか、孫六は大層ご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみながら目的地へと目指した。
 本丸内を少し練り歩いて、当初からの目的であった審神者部屋の前までやって来た彼は、入室前に一言断りを挟む。
「主人の用心棒こと孫六兼元が来たぞ。入っても良いか?」
「どうぞーっ」
 言葉短く入室を許す応答が中から聞こえ、其れに従った孫六は静かに執務室の戸を開けた。
 既に本日のノルマは終了した審神者は、自由時間を満喫中だったようで、いつもの机の前で座椅子の背凭れへ背中を預けて音楽を聴いている最中だった。イヤホンを片耳外して半身体を捻って入口側を振り返った彼女は笑いかける。
「いらっしゃい、孫六さん。今日は何の御用で?」
「暇を潰すのに読書でもしようかと。読む場所は書庫の書斎でも自室でも何処でも良かったんだが……出来る事なら主人の側が良いなと思った故、此処に」
「にゃるほど。別に、俺自身は構わないけれども? 好きなだけ居たら良いさね。ただ、俺も好きなようにして居るので、本読んでる隣でお歌歌い始めたりしても文句言わにゃいでね……?」
「読書も楽しめる上に主人の歌声も聴けるのか……其れは願ってもない事だな。気儘に好きに歌えば良いさ」
「あいやぁ。まさかの作業BGM代わりにされるとは思わなんだや……っ。鶴さんじゃないが、こいつぁ驚きだじぇ」
「本心から言った事だったんだが……ま、良いか」
 お世辞でもそんなストレートに言われぬような事を言われた審神者は、ポカンとした間抜けな顔を曝して彼を見た。そんな視線を貰った孫六自身は、宣言した通りに審神者のすぐ後ろの位置に腰を下ろして、胡座をかいて座るとその手に部屋から持ってきた本を置く。一連の様子を観察していた審神者は、彼の黒髪に揺らめく浅葱色を見付けた途端、淡く目を瞠って驚いた調子で声を上げた。
「えッ……!! ちょっと待って!? 孫六さん、こないだあげたリボン髪留めに使ってんの!?」
「うん? そうだが、何か可笑しい事でもあったか?」
「いや……確かにリボンを髪結うのに使ってる子何振りか居るけども……孫六さんが髪紐代わりに使うとは思ってもみなかったもので、つい……っ」
「ははっ、別に気を悪くしたとかじゃないからそう気にしないでくれ。先日の頂き物に添える形で頂いた物だったんでね。折角せっかくなら使おうと思ったまでだ。特に深い意味は無いぞ?」
「あ、そうなの……? まさか孫六さんがそんな風に使ってくれるとは思わなかったから、変な驚き方しちゃったや。いや、あげた側としては、貰った相手の好きに使ってもらえたら其れがベストだと思ってんのよ? にゃので、孫六さんが好きで髪留めとして使う事に対しての異論は全く無く。寧ろ、ドンドン使ってくれた方が嬉しいかな。使い道無くて仕舞ってただけの代物だけど、お役に立てるのなら好きなだけ使っちゃってくれ」
「そういう事なら、明日も此れを髪紐代わりに使うとしようかね」
「えっ……マジすか……? そんな事なら、ちゃんとした物贈れば良かったな……っ」
「おいおい、先日の返礼もまだだってのにもう次の貢ぎ物か? 少し気が早過ぎやしないかね」
「いや……単なるやっすい包装紙か何かに付いてたおまけのリボン如きにそんな喜ばれるとは思ってなかったから、今ちょっと軽く衝撃受けてて……。うわ、マジかぁー……っ。そうかそうか…………うん、よし。孫六さん、今度万屋街にちゃんとした髪紐見に行こう。ねっ? 何かそんままそのリボン使わせんの申し訳なくなってきたわ……っ。だからさ、俺と一緒に専門ショップ見に行こ? んで、ちゃんとしたヤツ見繕わせてください、お願いします」
「俺としては、別にこのままでも全然構わなかったんだが……主人と出掛ける口実が出来たという事で、喜んでその話受けるとしようか」
「アザッス……!! 孫六さんにピッタリ合うようなヤツ見付けてみせるね!!」
「ははっ……参ったな……。先日の貰い物だけでも十分貰い過ぎてるっていうのに、何を返すべきか……」
「別に、俺からあげたのは単なるお下がりみたいなだけやし、そんな気にせんでええんやで? そもそも前提として、最初から見返り求めて贈った訳でないし。本当に気にせんでええのよ?」
「いや、あんなに見事で立派な品物を譲り受けたんだ。何も返さないままじゃあ、俺の矜持が許さんな」
「そういうもんかね?」
「そういうものだよ、男ってのは。好いた人には少しでもよく見られようと見栄を張るもんさね」
「な〜る〜……っ」
 どさくさに紛れて然り気無さを装って混ぜられた言葉に気付く事もなく、普通に納得した事を示す相槌を返した彼女はふむふむと頷いていた。其れに、気付いてもらえなかった側の孫六は、一瞬だけ「やっぱ鈍いな……」という呟きをボソリ落としてすぐに飄々とした顔で取り繕った。鈍ちんな相手を攻略しようとしたらば、その先は苦労の連続だ。だがしかし、“諦める”という三文字は彼の脳内には無かったので、絶対に粘り勝ちしてみせると内心決意に燃えていた。
 他愛無い会話をしつつ、読書に勤しもうと読みかけの本を開けば、その途中の頁へ挟まれた存在を目にした審神者が、再び何かに気付いたらしき声を発して座椅子の背凭れから身を乗り出す。
「あっ……其れ、使ってくれてるんだ……!」
「あぁ、勿論。こうして大切に使わせてもらってるよ。主人から貰い受けた大事なモンなんでね。失くさないようにしっかり本の隙間に挟み込んで持ち歩いているのさ」
「わぁ、そんなお気に召して頂けて、あげた側の俺も何だか誇らしいね……! だって、其れ、俺のお気に入りだったんだもん。其れを自分の同じく大事にしてる刀に気に入ってもらえて、嬉しくない訳がないよね〜っ! んふふっ、良かったねぇ栞さん、孫六さんに大事にしてもらえて」
「何だったら、俺は主人の事も大事にしたいと思っているが……?」
「おや。既に大事にして頂いておりますとも。こうして何も用が無くっても俺の側に来て俺と他愛無い遣り取りをしてくれるだけで、十分さね。俺の許してる範囲で適度な距離感で以て歩み寄ってくれるのは、嬉しい事だよ? 下手に距離詰められるのは苦手だけど、その点孫六さんは俺との距離感適切な距離を保ってくれてるから、凄く有難い。俺ってば、変に神経質なところあるから……っ。俺が嫌がらない距離感を保ってもらえるのは、精神衛生上にも非常に助かってます。いつも気遣ってくれて有難うね」
「自分の主人が遣りやすいようにと気遣うのは、主従としては当然の事だろう。……まぁ、アンタに対しては、特別そうなのかもしれんがな」
 クツリ、含み笑みを漏らして半身捩って此方を振り向き見る彼女の顔横に垂れていた横髪を一房掬い取って、自然な手付きで耳へと掛けてやった。あまりにもスマートな其れに一瞬ぎこちなく固まった審神者の様子を見逃しはしなかった。してやったりと愉悦感を顔に出してにんまり笑った彼は、何処となくふてぶてしい。けれど、審神者は其れを咎めるでもなく。ドヤる彼が愛しいと言わんばかりに小さく吹き出すように笑いを零してから、自分より少し高い位置にある頭に向かって手を伸ばしてゆるゆると撫ぜた。瞬間、キョトンとしたのは彼の方だ。瞬く間に立場逆転である。
 心地良い温度が頭を撫でていくのが気持ち良くて、離れていくのが惜しく思えた孫六は、思わずその手に擦り寄ってしまった。此れに、殊更嬉しくなった様子の彼女が気を良くした空気でわしゃわしゃと犬可愛がりするみたく両手で乱した。ついでに、両頬を包むように挟むと、もちもちとほっぺたの感触を楽しむように弄くり回す。最早、読書どころではなくなっていたが、彼女との戯れ合うほんの一時ですら愛しくて、どんなに髪を乱されようが頬で遊ばれようが好きにさせた。最後には屹度きっと、自ら乱した髪を梳いて整えようと手を掛けてくれると信じているから。好きなだけ触れさせたままでいる。少しでも多く貰った分を返せるのなら。彼は何処までも審神者へと付き合う。何故ならば、彼女という人の子にすっかり惚れ込んでしまっていたからである。


▼以下、各表現への彼是あれこれについて解説。
※米神(おでこ)へのキスの意味……米神=広い意味でのおでこと位置付け、今回はおでこへのキスに相当するとしました。おでこにするキスには、『友情』の意味合いも含まれているそう。友達から恋人同士に発展したカップルでは、おでこにキスする事が多いのだとか。また、おでこへのキスは、『祝福』や『賞賛』という意味もあるそう。作中では、後者の意味合いでの表現として使わせて頂きました。
※リボンの意味……リボンには、スピリチュアルな意味として、『縁を結ぶ』の他、『絆』や『約束』という意味があります。大切なものがバラバラにならないよう結んだ形を表している事から、恋人や友人、家族との絆や想いが離れないように結び留めてくれるモチーフだと言われているそう。風水でもリボンはラッキーモチーフの一つであり、“長いものは縁を引き寄せて結ぶ”と言われ、更にリボンは結び繋げる道具である事から、”縁結びの御守りとしても親しまれているんだとか。(尚、今回のお話に限り、リボンの色に関しては、孫六さんの瞳と同じ色という事以外に特に意味はありません。)(また、補足として、髪の毛をリボンで結ぶ事で強い願いの成就、魔除け、恋愛運アップ、出会い運アップの効果が期待出来るんだそう。←つまりガチじゃん(笑))


執筆日:2023.12.02
公開日:2023.12.06