ヲタク女子は見た
※当該作品のみ完全番外編枠として、終始モブ審神者から見た第二視点での物語構成となっております。
時の政府陸奥国支部管轄区域の万屋街の一角へお遣いに繰り出している時である。連れの買い物が済むまで店先で待つよう言い含められ、ポツネンと辺りを見渡し、同様に一人で別店舗の店先に佇む審神者らしき人の姿を見付けて、勝手に親近感を抱いた。あの人も、誰かの買い物が終わるのを待っているのだろうか。丁度自分も手持ち無沙汰で人待ちしているところだったのもあり、何とはなしに眺めてみる事にした。通りを行き交う人間を観察するのは、暇人の暇潰しにはもってこいの暇潰し方法だ。
向けた視線の先に映るその人は、和服を着ている事から、何処かの本丸付きの審神者さんなのではないかと推測した。政府付きの人は、大抵黒服か制服に準じた服装をしていて、更には所属部署を示す腕章なりバッジなどの証を身に付けているから、そうでないという事は恐らく本丸付きの審神者さんで間違いないのだろう。
此処は、場所的に時の政府陸奥国支部本部の施設が在る処から然程離れていない、謂わば時の政府のお足下とも言える、大通りに面した場所だ。本部側にある転送ゲートからも近い事を考えると、御上からの呼び出しで出向してきた帰りだろうか。だとしたらお疲れ様ですと労いの声をおかけしたい気持ちに駆られた。実際は、突然見知らぬ人から通りすがりに変に声をかけられたら不審者認定されてしまうのでしないでおくが。
観察は続け、装いの次はそれぞれのパーツを眺める事にした。髪は肩に付くか付かないかくらいの長さで、上半分のみを一つに結われている事から所謂ハーフアップヘアに整えられている。前髪はあまり顔に掛かるのが苦手なタイプなのか、綺麗に分けて邪魔な分は耳に掛けていらっしゃるようだった。髪の長さだけで言うと女性に取りがちだが、けれど、今時男も女も伸ばす人は多い故に何方とも言い難い。審神者といった業界では髪は長い方が術に使えるという利点もあるから、性別問わず伸ばす傾向にあるし、女性の人は特に伸ばしている人が多く見受けられる。あの人は、どっちだろう。色は黒味を帯びた自然な色をしているから、染めてはいないのかな。だとしたら、天然記念物指定枠だ。今時染色していない地毛は逆に珍しい。是非ともお近付きになって色々とお話してみたい限りである。
顔は、女性らしく見えるけれども、何処となく中性的に見えなくもない顔付きをしていて、性別を判断するにはどっち付かずだ。目元に朱を引いているし、赤めの紅を唇に引く化粧をなされていらっしゃるから、女性だろうか。でも、今時性別問わずに化粧を施す風潮があるから、やっぱり判別が付かない。他の特徴を探してみよう。
それとなくこっそり観察してみて、目元へ注目してみた。すると、目の色が刀剣男士の方みたく色鮮やかな色彩で彩られている事に気付く。つまり、あの人は刀剣男士の何方かと
気を取り直して再び例の審神者さんを見遣るが、変わらずその人はその場に佇んでいた。腕組みをして片方に重心を傾けて佇む立ち姿は、歴戦の猛者のような風格を帯びていてちょっと格好良い。纏う空気を察するに、自分よりも大層格上の審神者さんなのだろう。離れた場所からも感じ取れる霊力の強さに、余程の腕っぷしの持ち主なのだろうと予測した。
そうこう眺めている内に、待ち人が来たのだろう。ぱっと顔を上げた審神者さんが、くるりと身を翻して店の入口の方側を振り向く。そして、審神者さんの待ち人たる刀剣男士が店先から姿を現した。
「お待たせして悪かったね。誰の虫も付けたりしていないな……?」
審神者さんの待ち人は誰かと思えば、まさかの孫六兼元様であった事に驚きを隠せず、思わず固唾を呑んでその後を観察する。そういえば、彼の目の色も青系統であった事を失念していた。ウチにはまだいらっしゃらない刀剣男士だった事もあって、すっかり勘定から抜けてしまっていたらしい。今は、連隊戦報酬で後家兼光様が実装された為、新刀剣男士扱いではなくなったが、前述した彼を抜きにしても、まだ顕現個体数の少ない刀剣男士として引く手数多である故に、こうしてお目にかかれた事は光栄でしかない。此れは、新たな境地が開かれそうな、そんな予感を感じる。
初めこそこっそりであったつもりが、いつの間にかガッツリ凝視していた審神者さんが、此処に来て初めて口を開く。
「俺相手にナンパ吹っ掛ける奴なんざ、余っ程の物好きな奴くらいだろう? 早々居やしないから、そう毎度心配せずとも大丈夫だよ」
「そうは言っても、俺の主人が女である事に変わりはないからな。用心するに越した事は無い」
「相変わらず用心深いこって」
「用心棒たる者、当然の事さね」
またもや度肝を抜かれた。審神者さんの口から発せられた声音と孫六様の言葉から総合して、どうやら審神者さんの性別が女性であると判明した。しかも、その口調がまさかの『俺』。何とも勇ましい事この上ないが、その上で
こっそりどころか、最早堂々たる出で立ちでソワソワと視線の先に映るお二方の観察を続けていれば、審神者さんの方が再び口を開かれ、恋仲にあるのだろう孫六様へ向けて発せられる。
「ところで、欲しい物は買えたのかい?」
「あぁ、其れは抜かりなく…………っと、」
「うん……? どうした?」
「いや……ちょっと、熱い視線が、ね……」
「えっ、視線? そんなもの感じるかな……。まぁ、此処は往来の多い場所だし、孫六兼元はまだ顕現個体数が少ない、実装されてから比較的新しめの刀だからな。孫六さん連れてるのが物珍しいってんで、通りすがりのすれ違いに見ちゃってるだけじゃない? まだまだ個体数が少ない子にはよくある話だよ。害がない限りは放っておけば良いさね。気にするだけ無駄だろう。まっ、俺達人間と違って、君達刀は人に鑑賞される事には慣れちゃいるだろうが」
「其れはそうなんだが……此れは主人が思っているようなものとは、少し違うような……。はて、何処から送られてきているのやら…………」
そう呟いて、孫六様はきょろきょろと辺り一帯を見回す仕草を見せた。其れに、あからさまに「拙い、バレちゃう……っ!」と危惧した私は、体を跳ねさせて、近くの物陰に身を潜めた。審神者さんのすぐ周辺のみに留めて首を巡らせたらしき孫六様は、此方の存在には気付かなかったのか、気が済んだようで警戒するような素振りをやめる。そうして、態度を改めて恋人に見せるような甘い表情をなされた後、審神者さんの方へと徐ろに顔を近付けた。
「主人、少し良いかい……?」
「ん? にゃに……っ、」
忽ち、お二方の顔がくっ付いたように見えて、キャッと思わず声が漏れそうになった口を押さえ込んだ。其れでも尚、お二方の様子が気になってこそ……っと物陰の隅から覗いたままでいれば、不意に審神者さんが近付いていた孫六様のお顔を勢い良く押し退けるのが見えた。次いで、顔に朱が上った乙女の顔付きで以て怒った口調で窘める言葉が聞こえてくる。
「ちょっと、此処往来がある場所だぞ……っ。そういう事は、本丸に帰り着くまではお預けだって最初に約束した筈だろうが! まさか、用心棒ともあろう奴が俺との約束を反故にするとは言うまいな?」
「ははっ、まさか。今のはほんのちょっとした気付けだろう? 約束通り、政府までの行きと帰りの護衛役は最後まできちんと果たすさ」
「……だと良いがな」
「ふふっ。ほんの少し口先を食んだくらいで今更そんな
「うるっさいよ、このお馬鹿助平が……っ!」
ペシンッと肘を
此れは何とも素敵なものが見れたと内心ホクホクして油断していると、観察していた刀さにカップルなお二方が往来の向こう側へ去って行く手前一瞬の事であった。ふと此方側へ流し目の一瞥を寄越した孫六様が、にやりと意味深な笑みを浮かべて見たのだ。途端、ハッとして時が止まったかのような錯覚を覚えた。
その後、彼はお連れの審神者さんの元へ並ぶように歩き去って行ったが、此方は気が気ではなかった。何故ならば、バレていないと思っていた自分の存在があちらにバレていたと分かったからだ。でも、刀さに好きな私にとって、大変美味しいものを見せて頂いた事には純粋に感謝である。我々の業界ではご褒美です、有難うございます。いつか近い内に孫さにネタで本を書くに当たって、お二方をモデルに書いても宜しいですか。返事は勿論聞いていないけれども。
そんなこんな、一人口元を両手で押さえて鼻息荒くフンスフンスと興奮していると、自身の待ち人であった方が戻ってきていた。
「おい、用は済んだから帰るぞ……って、アンタ何やってんだ?」
「肥前様……! お帰りなさいませ! いえ、あの、コレはちょっと今しがた素敵な刀さにカップル一組を見付けてしまいまして……! おまけに、お相手刀と思しき刀剣男士様にあからさまなファンサを頂きまして、コレはもう萌えるしかないと必死に悶え転がりたいのを堪えていた次第に御座いますっっっ!!」
「はぁ、そうかよ……。他所様のカップル眺めて待つとか、相変わらず良い趣味してるよな、アンタ……」
「えへへっ……今集中している行事に一区切り付いたら、本にしようかと思っている次第です! はぁ〜っ、早く今あるこの衝動と胸の高鳴りを本にしたためたい……っ! そうと決まれば、早く本丸に帰ってさっさと残りのお仕事を片付けちゃいましょう!!」
「ヘイヘイ……」
そうして、私はまた新たな境地に至り、新たな刀さに枠への道を開拓するのであった。刀さにモグモグうんっまい……!
後日、有言実行を果たした事で、先日お見かけした孫さにカップルネタは一冊の
それにしても、あの時出会ったお二方はあの後どうなったんだろうか。次のネタも考えなくてはならないのも相俟って、非常に気になる所存だ。
「先日お見かけした刀さにカップルなあのお二方どうなったかな……。あまりの幸せムードに
「おんしが最近作ったち言う本は、今梱包しちゅうこの本の事やねや? となると、おんしがこの間のお遣い先で見たち言うがは、ウチにはまだ居らん孫六兼元とその審神者さんかえ?」
「そうです。まだまだ顕現個体数の少ない方と恋に落ちていらっしゃるなんて、燃え上がらない方が無理あるじゃないですか……っ! はぁ〜っ、新たな刀さにの扉を開かせてくれたあの孫六様には感謝なのですわ……!!」
初期刀の吉行様に手伝って頂きながら先日見たものについてを零していたら、同じく近侍で梱包作業を手伝ってくださっていた肥前様が露骨に顔を顰めて作業の手を止めてまで発言される。
「はあ……? アンタ、何処のどいつの事言ってやがんのかと思ったら、まさかのあの最上大業物で人斬りの先輩様の事だったのかよ」
「いけませんか?」
「……悪ィ事は言わねぇ。彼奴はやめとけ。清く正しく育てられた、まさしく箱入り娘なアンタにゃ手に余る相手だ。その内本丸に迎えたとしても、絶対ェ惚れんじゃねェーぞ」
「安心してください。私、此れでも公私混同はしない派ですの。趣味でちょっとばかし
「そうかよ……。其れ聞いて一安心したよ」
一先ずは納得してくださったらしい肥前様が作業の手を再開される横で、何やら意味深な笑みを浮かべられた吉行様が口を挟まれた。
「肥前の……おんしは相変わらず素直やないのぉ〜」
「うるっせぇ。余計な口挟むんじゃねえ。斬るぞ」
「ちょっ……今此処で喧嘩は御法度ですので、やるなら道場の方でお願いします……っ!!
「わぁーってるから、手ェ動かせ。じゃねぇと
「すみません、頑張ってあと一時間くらいで終わらせますんでどうか見捨てないで……!」
「んな大袈裟な事言わなくても、此れくらいの事でアンタを見捨てたりとかするかよ……」
「有難うございます!! 恩に着ります……っ!! 次のイベントの売り子としてまで付き合って頂く身としては、本当感謝してもし切れない限りで……っ。勿論、沢山頑張ってくださる肥前様への報酬は弾みますんで、お好きなものを好きなだけお腹いっぱい召し上がってくださいね!」
そう言うと、心無しか肥前様は嬉しそうに桜の花弁を舞わされて大変心がほっこり致しました。ウチの子尊い。何にしても、やはり自分の本丸の子達が可愛いのは、
そうこう考えつつ手を動かし続け、自家通販で販売する注文分の梱包作業を終えて一息
明日周回予定の部隊の編成とその他諸々の日課の任務等を頭で思い浮かべながら、卓上カレンダーに必要事項を書き留めていると、休憩の為のお茶を淹れてくださった吉行様が徐ろに仰られた。
「そういうたら、さっきおんしが例の刀さにカップルさん等の行く末を気にしちょったが、同じサーバー国に所属しちゅう審神者さんやったら、演練先で会えるんやないか? 孫六兼元と恋仲らしいが言うその審神者さんも、陸奥国区画の万屋街に来ちょったんやろう? ほいたら、またその内会える機会もあるろう。意外と近い内に会えるかも
「ハッ……! その手があったか!! よし、明日から日課任務と周回及び配送作業をこなしつつ、演練会場に張り付きましょう。そうしましょう。配送は今時代理人でも受け渡し可能ですし、本丸に来る配送業者の方は漏れ無く政府お抱えのスペシャリスト。何も問題はありません……!」
「アカン……わし、要らん事言うてしもうたかもしらん……ッ」
「ただでさえ忙しいこの時期に主の変なスイッチ入るような事言うなよな……っ」
「すまんって〜! 悪気は無かったき、許いとうせ〜!」
「はぁー……ったく、面倒臭ェ。なぁ、おい、主。明日のその演練への護衛役、俺にしろ。どうせ近侍は俺なんだし、文句は無ェだろ?」
「願ってもないお申し出に感謝感激雨あられ……!! 是非お願い致します!! ついでに、帰りに万屋街へ寄って甘味処行きましょう! 今シーズンオススメの期間限定新作メニューが出たとの事で、某掲示板で話題になっておりましたので……っ! 肥前様は甘い物もお好きでいらっしゃいましたよね?」
「食い物ある処なら何処でも付いて行く、其れが俺だ」
「国広のまんばみたいな事言うやか……っ。まぁ、配送作業の方はわしが請け負うきに、二人は息抜き楽しんできたらえいぜよ」
「ふふふ……明日が楽しみです……!」
「そう都合良く行けばの話だけどな」
そう溜め息を
変な処で地面へ膝を付いていたからか、何も知らない通りすがりの他所本丸所属な燭台切の光忠様が心配して声をかけてくださったけれど、今は其れどころではない。傍らの肥前様のお手をお借りしながら立ち上がって当たり障りない言葉を返しつつ光忠様を躱して、審神者や刀剣男士等の往来多い人垣の先を見据えて気持ち競歩でも挑む勢いで歩き進んだ。目付きは完全に目標をロックオンしたヲタクの其れである。
そうして、ようやっとお目にかかれた憧れのアイドルを前にするファンかの如く震えそうになる声を絞り出して、声をかけた。
「あ、あああの……っ! 其処のお美しいお姉様な審神者さん!! ちょっとお話させて頂いても宜しいでしょうか!?」
「へっ……? え……君の言う“お姉様な審神者さん”て、もしかしなくとも
「は、はい! 貴女様でお間違いないです……っ!! 突然お声がけしてしまって、戸惑われるのも無理ないかもしれませんが……っ! えと、その……っ!」
「うん……?」
初対面の人間相手だからだろうか、先日万屋街でお見かけしたような気さくな砕けた口調ではなく、一人称も『私』といった敬語口調が返ってきた。相手によって口調や一人称を使い分けているタイプの人なのかな。兎にも角にも、明らかに格上の先輩審神者さんを相手に緊張し過ぎて礼節を欠かないようにするのでいっぱいいっぱいになってしまい、言葉を紡ごうとして変に
たぶん、憧れのアイドルを前にしたヲタクと一緒で変にテンパってしまった所為だろう。気付けば私は飛んでもない発言をぶちかましていた。
「私、貴女様のファンです!! 貴女様がこの世に存在してくれていた事に、私は心より感謝致します……!! 貴女は私の女神様です!! 最早心のオアシスです!! 有難うございますッッッ!!」
折り目正しく直角のお辞儀をして頭を下げたら、頭上で困惑気味の様子であるらしい声が降ってくる。
「………………えっ??」
「……どうやら、このお嬢さんは主人のファンらしく、何やら物凄い勢いと熱意を持っているらしいが……知り合いか?」
「いえ、全くの初対面且つ初めてお会いするお嬢様な筈だが……というか、俺に人間の知り合いが少ないの知ってて訊いたろう? 意地が悪い奴だな、お前さんという奴は」
「審神者会議の際に会った事がある訳でも無いという事か……。なら、この子は何用で主人に声をかけてきたのやら」
顔を上げた途端、警戒の色の滲む鋭い視線を前髪の隙間から覗かせてきた孫六様の視線が針のように突き刺さった。めっちゃ不審がられてる。そりゃそうでしょうとも……!
自分のやらかし加減を瞬時に理解した私は、「オワッタ……ッ」と笑顔で顔面蒼白になって固まった。直後、遅れて追い付いた近侍の肥前様が慌てた様子で駆け寄り、心配の声をかけてくださる。
「アンッッッタなぁ……っ!! 此れと頭で決めた事目の前にしたら見境無く突っ込む癖どうにかしろ……!! アンタの悪い癖だぞ、其れ……ッ!! つか、何でこの短期間に顔面蒼白なってんだ、オイ」
「肥前様……っ! どうしましょう、私初っ端からやらかしてしまいましたわ。もう私の人生終わったも同然です。死んでお詫びします、左様なら」
これまた綺麗な土下座をぶちかましたら、頭上から呆れ返った肥前様の声が降ってきた。
「何でアンタは事ある毎にそうなるんだよ、面倒臭ェ……っ。つか、近侍の俺を置いて勝手にどっか行くなっていつも言ってるよな? テメェのそのオツムは何の為にあるんだ、え゙え゙??」
「誠に申し訳御座いませんでした肥前様。お詫びの品は、帰りの万屋街に寄った暁の、『餡処豆辻』の薄皮饅頭で宜しいでしょうか……? 勿論、肥前様がお好きなだけ買って差し上げますので……!」
「チッ。……しょうがねぇから、其れで手を打ってやるよ。俺の事はどうでも良いから、さっさと本来の目的を果たせ。その為にわざわざ他の遣る事押してまで来たんだろ……?」
「盛大にやらかした直後の仕切り直し要求は酷くありませんか? 肥前様がスパルタ気味なのは存じておりましたが、今暫くは意気消沈どころ戦意喪失状態から這い上がって来れる状態にすらないのですが……っ」
「じゃあ、俺が代わりに言ってやるから、アンタは其処で見てろ」
「アッ! そんな殺生な事なさらないでくださいまし!! こ、心の準備がまだ……っ!!」
「うるせぇ。放置されて訳分かんねぇまま空気とされてる二人の身にもなりやがれや。おら、早く立て」
「待って、心の準備が間に合ってないッッッ!!」
一人騒がしく喚く私の事などお構い無しに肥前様は未だ跪いたままの私の腕を引っ張って無理矢理立たせ、その挙げ句に思い切り背中へ一発問答無用の喝をバシンッと叩き込まれた。控えめに言わなくても分かる。今叩かれたところ無茶苦茶痛い……。脳内で思わずゆっくりボイス変換してしまったくらいにはあまりにも痛くて現実逃避しかけたけれども。確かに本来の目的を忘れてしまっては本末転倒である。後で鏡見たら絶対背中に真っ赤な紅葉跡が付いている事間違いなしの痛みから、現在進行形で涙目となってしまっているが。本来の目的を果たすべく猫背の前傾姿勢となりながらも、不本意にも放置してしまっていたお二方へ向き直った。
背中へと与えられた衝撃から戻って来れないでいる私の代わりに、先に口火を切られた肥前様が言う。
「突然意味分かんねぇ状況作って悪かったな。俺は、此奴の本丸に所属してる肥前忠広で近侍だ。アンタ等の事に関しては、先日陸奥国支部本部施設近くの大通りに面した万屋街で偶々見かけて、ウチの主曰く刀さにカップルだってんで。そん時主が見た出来事を元に刀さに本とやらを作っちまったらしいから、勝手にネタにしちまった詫びとネタ提供してくれた事についての礼がしたいんだとよ。同じく陸奥国サーバー所属なら、演練先で会えるんじゃないかって事で来てみたら、案の定で俺もビビっちまったけどな」
「陸奥国支部本部施設周辺に出掛けたのは……確か、召集という名の呼び出し食らった時のアレか」
「そういえば、あの時一度だけ主人を一人店先で待たせた瞬間があったな……。用を済ませてすぐに合流したが、その際に何やら水心子正秀のような熱心な視線を感じた気がしなくもなかったが……もしやあの時の視線は、其処なお嬢さんのかい?」
「はい、そうです……。その節は、不躾にも観察するような真似をしてしまい、申し訳御座いませんでした……ッ。あの、そのお詫びと言ってはアレなんですけど……御本にしたという現物を差し上げます。見たままの事についてだいぶ個人的な欲の脚色を付けてはおりますが、概ね理想の刀さにに仕上がっているものと自負しております……っ。審神者さんと孫六様を元ネタに描いた孫さに漫画です。どうぞ、お納めくださいませ」
「はぁ。此れはどうもご丁寧に……。では、お言葉に甘えて拝見させて頂きますが、凄いですね。きちんと製本化までされて、通販商品として売られている物と同じくビニール掛けまでされていて。もしかして、委託販売もしくは自家通販までされていらっしゃるとか……?」
「えっ、よく分かりましたね……! もしや、審神者さんもご同業者様でいらっしゃったり?」
「あぁ、いえ……っ。私の方は、
緊張して震える手で差し出した梱包済みの本は、優しく温かい手に受け取られた。良かった、拒絶されたらどうしようと思っていただけに凄く今安堵している。
本を受け取った審神者さんは、興味津々な様子で本を手に取られ、此方が苦労して時間を掛けて丁寧に施した外装にまで言葉をかけてくださった。その言葉が嬉し過ぎるあまり本気で感動から涙がポロリしそうになったけれども、これ以上の迷惑をおかけする訳にもいかないので必死に堪える。今回自分が作った本の元ネタのモデルとなるお二方を前にして、これ以上無いくらいの幸福度に今にも天に召される勢いで合掌したいところだけども。堪えろ私。肥前様にもだけれど、お相手の孫六様にまでご迷惑をおかけしちゃうでしょ。
そうこう緩みかけている涙腺を必死に堪えていたらば、本を受け取った審神者さんがふわりとはにかんだ笑みを浮かべて言った。
「この度は、偶々通りすがりに出会ったに過ぎない私達なんかに、精魂込めて作られたであろう御本をくださり有難うございます。此方は本丸に帰ってからゆっくりと読ませて頂きますね」
まさしく女神様がご降臨なされたのかと思った。実際は、ただ審神者さんが微笑まれただけなのだが。私から見た視点では確実に背景に後光と何か綺麗なお花がいっぱい舞っていた。お美しいお姉様な審神者さんの微笑みの爆弾を食らってフラリ、と後ろへよろけたら、傍らに居た肥前様に肩を支えられる。私、もう一生貴女のファンで良いです。そんな辞世の句ですらない感想を胸中で独り言ちて私は永眠する勢いでスンッ……と、魂を飛ばした。有難う、この世は地獄なだけではありませんでした。
その後、私が魂を飛ばして再起不能に陥ったので、適当な挨拶のみでお別れを告げる事しか出来ず。約束の帰り道の万屋街に在る甘味処へ辿り着いたところでハッと気が付いた。我に返った事を察した肥前様からは、ぶっきらぼうな口調で「漸く帰ってきたかよ。もう約束の甘味処着いてんぞ」との声をかけられる。うぅ……せめてお別れくらいちゃんとしたかった。此れではただのファンに過ぎないではないか。次の機会が
今しか食べられない期間限定の新メニューのパフェを食べた後は、さっきのお詫びとしてお土産にこれまた甘味処で美味しいと評判の『餡処豆辻』の薄皮饅頭を買って帰るのだ。肥前様が居てくれたお陰で、今日一日まともな体裁を保って居られた気がする。そうと分かれば、きちんと御礼の言葉を伝えておこう。
「今日は一日側に居てくれて有難うございます、肥前様……!」
「別に、一々礼なんざ要らねぇっての。俺はアンタの刀で近侍だ。側で仕えるのは当然のこったろ……っ」
「其れでも、嬉しいと思った時には伝えておかないと気が済まない者でして! ふふふっ、これからも宜しくお願いしますね! 肥前様!」
そう出来得る限りの精一杯な笑顔で述べた時の肥前様は、何故だか一瞬目を瞠られていたようだったけれど、何だったのだろう……?
まぁ、分からない事を
私達一行と別れた後、
「いやはや……其れにしてもいきなりで吃驚したね。こんな事ってあるもんなんだなぁ〜」
「主人が引く手数多なる立場にある事は、此れではっきりと分かったんじゃないか?」
「いやいや、さっきのはナンパとかの類じゃないからノーカンだろう?」
「其れはどうか分からないかもしれんだろう。向こう側のお伴の刀剣男士も居た事だし」
「あぁ、さっきの審神者のお嬢さんとこの……? いやぁ、あの個体こそたぶん俺に靡く可能性絶対的にゼロだろう」
「どうしてそう言い切れる……?」
「だって……たぶん、あの子、自分のご主人様以外眼中に無い感じだったもの」
「ほぉ……? 其れは、所謂女の勘ってヤツかね?」
「まだはっきりとした形ではなさそうだったけども、アレはその内くっ付きそうな雰囲気でしたわよ、旦那様」
「くくっ……なら、心配するだけ無駄という事か。……にしても、人斬り仲間の彼奴を手懐けるだけに飽き足らず、彼処までメロメロに落としちまうとは……一体全体どんな手段を使ったのやら」
「他人の恋路に下手な横槍入れるのも下手な詮索するのも野暮ってもんでしょうよ。まぁ、自分の後輩たる者達の事だ。成るように成るに任せるさ」
男前に胸を張ってそう言い切った審神者さんは、傍らに侍る恋刀へ向けてニヒルな笑みを浮かべて笑う。私がその場に居たら、確実に次の新刊のネタにしたであろう場面が広がっていた。そんな場面を見れなかった事は非常に悔しく歯噛みする程惜しくてならないが、他人の恋路に首を突っ込むのも野暮というもの。私は黙って遠くから壁と化しながら、或いは人伝にて耳にしたネタを本にするべく筆を動かし続けるのみである。