自称用心棒は暴きたい
孫六兼元は、数日前に起きた(またの言い方を自ら引き起こした)出来事を内心引き摺っていた。
丸腰で訪れた筈のところに主人の首元へ刃を向けたのは、ほんの脅しのつもりだった。あまりにも此方を嘗めたような、侮った言葉を投げかけられた事でついカッとなって、気付けば衝動的に刃を向けてしまっていたのだ。今に至っては反省すべき事として区切りを付けた過去の事だが……其れでも、あの時の彼女の対応の仕方は人にしては異常に思えた。
『――僕達の可愛い姫君に、なんて真似してくれとるんだお前さんは。其れでも新参者か。よもや、本気で主に仇なすつもりであった訳ではあるまいな? そんな事は、一つ足りとて僕達が許さんぞ。……次は無いと思えよ。次、同じ事をやらかした暁には、単なる咎めだけで済むと思うな。主に対し刃を向ける事は謀反を起こすも同義。其れを知らない幼稚な頭ではあるまい……? 精々反省しておけ。念の為言い含めておくが、アレで僕等の主はか弱いんだ。戯れでもあのように試すような脅す真似は控えてもらおう』
『嗚呼、其れから……此れはお前さんに渡しておく。
あの一件の直後、部屋を出てすぐ追っ駆けてきた刀が言ってきた言葉が脳裏に再生される。あんな啖呵の切り方をしておいて、か弱いだなんて言い表すには少しちぐはぐに思えるが。其れよりも……。
何処からどう見ても捨て身の覚悟表明の如し振る舞いであった事が引っ掛かる。恐らく、あの場を遣り過ごす為に嘯かれた脅し文句に過ぎぬ事と思われるが、其れにしても“自殺志願者”等といった言葉をわざわざ用いようとは不可解でならない。何故、新刃風情の己を
顎下を撫でながら考え事に耽っている内に、目的地へと辿り着いていたようで。目の前に映る審神者部屋の入口となる障子戸を前に一度足を止めて、一呼吸挟んだのちに気持ちを入れ替え、一声発する。
「主人、居るかい? 居るのなら返事をしてくれ。少し話があって来たんだが……」
障子越しに問うも、中からの返事は無く。改めて室内の気配を探るも、誰の気配すら感じない事を訝しげに思った孫六は、言葉短めに「御免」と断りを挟んで勢い良く戸を引いた。すると、居ると踏んでいた筈の人物が居らずもぬけの殻である事に焦りを抱いた彼は、戸を閉める事も忘れてその場を引き返した。その足で離れから母屋へ移ると、目先に映った
「すまないが、主人が何処へ行ったか知らないか? 部屋に行ったんだが、もぬけの殻でな……っ」
「主君でしたら、恐らくお散歩という名の巡回に出られたんだと思いますよ」
「散歩ならまだしも、巡回とは……?」
「主君は、執務の息抜きに本丸内のお散歩へ出掛けられる事が度々あるんです。ずっと机に齧り付いてばかりだと息が詰まるからだそうで……。本丸中に張り巡らされた結界に綻びが無いか、確認する意も込めてふらりと出て行かれる事があるんですよ」
「伴も付けずに一人でか……?」
「はい。主君は元々あまり人気の多い空気を苦手とされる方でして、定期的にお一人となる時間を作られます。僕達も初めの内、心配で一緒に付いて行こうとしたのですが、断られてしまって……。気丈に振る舞われて見えますが、ああ見えて主君は繊細な御方なんです。なので、偶に誰も伴に付けない一人の時間を過ごされる事を、どうか許してあげてくださいね。人間は一人の時間を好む方も居られますし、主君もそういった人種に含まれますので」
「……アンタ達は、其れで良いのか?」
「護衛的な意味の事でしょうか? 其れでしたら、心配ご無用です! 此処本丸は滅多な事が無い限りは敵が入って来れない仕組みになってます。その他に、常に見張り番も付いていますしね。何かあったらすぐに駆け付けれるよう、万事態勢は整っています。ですから、本丸敷地内のみでしたら、主君お一人でも大丈夫ですよ。流石に、敷地外となるとそうも行きませんがね。主君も其れは重々承知されていらっしゃるようなので、心配するのも余計なお世話かな、と」
偶々目に入った相手であった秋田藤四郎は、そう言って穏やかな笑みを浮かべて笑った。どうやら、古参刀からしてみれば、こういった事は常習的に起こっている事で、敢えて目を瞑って見逃しているようである。仕事を途中で投げ出し放棄するような人ではないと分かっているが、用心棒としての此方の性分を理解した上で煙に巻かれたような気がして、何処となく据わりが悪い心地がした。
一先ず、いきなり肩へ掴み掛かって問い質したにも関わらず人の良い笑みを浮かべて快く答えてくれた秋田とは其処で別れ、手当たり次第に主人を探す事にした。
出会う刀全てに主人の姿を見なかったかを聞いて回り、息咳切って駆け回って本丸敷地内の端の方まで辿り着いて、ようやっと目的の人物の後ろ姿を目に入れる事が叶う。其処で漸くホッと安堵の息を
「用心棒を撒くとは一体どういう了見だ、主人よ……?」
「おや……孫六さんじゃないか。こんな処までどうしたのかね?」
「其れはこっちの台詞だよ……。一体どれだけ探し回ったと思ってる……っ」
「おやまぁ。そんな必死に探し回る程の事が何か起きたかね?」
「アンタ、俺の気持ちも知らず呑気だな……ッ」
「はははっ。よう分からんが、君がそんなになる程俺を探させてしまったかね。其れはすまなんだや。俺は定期的に一人になりたがる質なんでな……今までもこうして気紛れに部屋を抜け出て、本丸内を散歩がてら結界の綻びが無いかチェックして回ってたんだが。来たばかりで知らぬ君には心配をおかけしたようだね。すまんね。一言伝えておくか、一筆置き手紙でも残してから出るべきだったか」
自分の至らなさに気付いたらしき彼女が淡く苦笑を浮かべて反省の意を示した。どうやら、初めに会った秋田が言っていた事は本当だったらしい。今一度深々とした溜め息を吐き出して、改めて口を開き直した孫六は言う。
「全く……本丸の要ともあろう大将が、少しは要人である自覚を持ってくれ。現世と違って、此方の世界はそう甘く出来てないんだぞ? 散歩だろうと何だろうと、伴の一振りくらいは付けておけ。何か遭ってからじゃ遅いんだ」
「ふふっ……心配性だね。仮に、寝首を掻かれる事があろうと、その時は其れだけの人間だったというだけさ。君が気にする必要は無い」
「アンタはそうでも、俺はそう割り切れないからな。今この時俺が仕えるべきは主人であるアンタのみだ。其れを忘れてくれるなよ」
「ふふ。今のは忠告の内かね……?」
「其れ以外に何があると?」
「ふふふっ、そう怒らんでくれよ。今回の事は、俺の性分が引き起こした日常の一幕に過ぎん。一定ライン以上の馴れ合いを好まんが故の事さ。悪く思わんどくれや」
そう言って含み笑む彼女の纏う空気は、常とは少し違った気がした。今しがた言われた事等は、強ち間違いではないのだろう。一人になりたくて敢えて人気の無い本丸敷地内でも端の方なんて場所を選んで居たのに、其処へわざわざ特別呼び止め引っ張って行く用も持たぬ自称用心棒を名乗る刀が来たのだ。少しばかり、此方の扱いをどうすべきか迷うような節が見て取れた。此れに、短く小さく溜め息を吐き出して改めて口を開く。
「……次に巡回に出る時は俺を呼んでくれ。一人になりたいという理由で伴を付けたくないのならば、其れでも構わん。が、一言くらい告げてからにして欲しい」
「そうでないと、俺が勝手に一人で居なくなってしまいそうで不安……という事かな?」
「ッ、……否、決してそういう訳では……いや、結局はそういう事に行き着くのか。あ゙ー……っ、すまない。俺もこういう事は初めてで何とも…………」
「まぁ、君は人間初めてまだ
そう言って、彼女は視線を明後日の方角へ向けた。その先には、ただ自然の景色が広がるばかりで特に何も無く見えるが。ふと此方を振り向いた彼女が何を考えているのか読めない表情でこう言った。
「此処で会ったのも何かの縁だ。俺がこれから成す事の一部始終をお見せしてやろう。いつも大抵一人でこなしてる事だからな、此れを見れるのは貴重な機会とも言えるだろう。まぁ、やってる事自体は単なる結界の修復作業故に、見世物と言うには面白味に欠けるかもしれんが」
「へぇ。そんな貴重なものを来たばかりの俺に見せてくれると?」
「応ともさ。見て楽しいか否かは君の感性次第だが……これから遣る事の見る機会に当たった運の良い子等は、個人的に見た感想としては決まって良い顔をしてたかな。君がこの後どういう顔をするかは全く読めないけれども」
「ふぅん……。俺以外にも見た経験のある奴は居る、と……」
「そりゃあ、定期で行ってる作業だからな。本丸設立から五年も経ってりゃ見る機会もあらぁよ。別に隠してる事でもなし。見られて減るもんでもないしな。……まぁ、あまりにじっと観察されてると、気が散って作業に集中出来なくなる事はあるかもだが……っ」
「なら、少し離れて見ていた方が良さそうか……?」
「あぁ……うん、そうしてくれた方が俺的にも助かるかな。綻びを結び直すのって、其れなりに神経使うからさ。と言いつつ、一人でこなすだけの単純作業は嫌いじゃないんだけどね。俺、大概ワンマンタイプだし」
「わんまん……?」
「複数人と何かを一緒に協力してこなすよりかは、単独で黙々とこなす方が得意って事。俺は元々そういう性格で、昔から団体行動するよか単独行動する方が向いてたのよ。そういう意味では、審神者って役職はある種天職かな……。殆ど本丸に引き籠もってりゃ済むし。何事もソロが一番気楽で良い。誰かと一緒ってなると、何かと相手に気ィ遣わなきゃならなくなるから、無駄に神経擦り減ってしんどい」
「成程……そういう意味だったか」
単独を好むというのは、言い得て妙だった。でなければ、最初から己の存在を撒くような真似はしまい。恐らく、此れは確定事項だろうが、本人としては此方を撒いた気など一切無いのだろう。無自覚故に、何とも言い難いが……そもそもが、用心棒などと言う者が側に付く経験すら審神者になるまで無かったのだろう。彼女は一般家庭の出だと、本丸内を案内される傍らで初期刀の加州清光から聞いていたし、そうであれば度々このように単独行動を起こす理由も頷ける。
であれば、返って自分が起こした行動は彼女の負担と成り得るのかもしれない。他の刀達は敢えて遠目から見守るに留めて審神者の単独行動を許していた。其れを新参者故に知らなかった事とは言え、知らず知らず踏み込み過ぎていたと知れば、少なからず罪悪感を抱く。踏み込むべき一線を超えてしまったのではないかと、自然と顔は足元へと俯いていた。其れを知ってか知らずか、一瞬此方へ横目に流し目をくれた彼女が、結界との狭間に佇んだまま再び言葉を紡ぐ。
「見て面白いかは分からんが……まぁ、暇で手が空いてるってんなら、暇潰しに見て行くと良い。結界の修復作業と一口に言っても、遣り方は何通りもあって、俺は俺なりに遣りやすいと思った方法を取ってるだけだけど……。端的に述べて、俺のは言霊を用いた方法を取ってるんだ」
「そういえば、アンタこの間も言霊がどうのと言っていたな……」
「審神者にも色んな人種が居て、その分色んな霊力の扱い方があるんだが、俺はその中でも言霊を扱うのに長けた人種らしい。審神者成り立ての頃にこんのすけのこんちゃんから言われた」
「こんのすけ……っていうと、時の政府から度々遣わされてるっていう、あの管狐の事か」
「そっ。ウチではそんまま呼んだり、俺みたく“こんちゃん”って愛称付けて呼んだりもするな。ちなみに、色違いのくろのすけって奴も居るんだけど、其奴の事は個人的に“黒こんちゃん”って呼んでる。“くろちゃん”って呼ばないのは敢えてだよ。そう呼ぶと、脳内にどうしても某芸人の顔が過って複雑な気持ちになるからな。広報のもものすけに関しては、“ももちゃん”な。あの子だけ珍しく雌個体で江戸っ子口調なのが可愛くて仕方ないんだよねぇ。とか言ってたら、ウチの担当のこんちゃんにヤキモチ妬かれちゃうか。ふふっ、今度また美味しいお揚げ進呈してやろ。念の為言っておくが、別に賄賂のつもりであげてないからな。単なる心付けというヤツだよ。こんちゃんにはいつも世話んなってるからね。日頃の感謝を伝えるついでに好物のお揚げを、ねっ。コレ、なっきーのお供の狐や小狐とかには内緒な。狐同士、変に特別扱いとかすると
何気無い世間話が舞い込んできて、少しだけ心が軽くなった気がした。もしや、此方の心を読んでの事だったのだろうか。だとしたら、やはり審神者というのは
一先ず、何気無く零された内緒話とやらにコクリと頷いて、作業に集中しやすいように数歩後退って距離を空ければ、あからさまな距離を取られた事に苦笑を漏らした彼女が僅かに寂しそうに笑った。
「何も其処まで露骨に引き下がらなくとも良かったんだが……?」
「この方がアンタの気が散らなくて良いんだろう?」
「そうは言ったけども……まぁ、いっか。じゃあ、作業再開と行きますかね」
己が声をかけた事で中断していたらしい。少しばかり離れた場所から静かに黙って見守っていれば、綻びの出来ていると思しき宙へ手を翳し、綻びを修復せんと霊力を注ぎ始める。
「――光の束を編みし糸よ、紡げ紡げ、護りの環。繋げ繋げ、綻びの穴。闇より
彼女の口から紡がれし言の葉が、力を帯びて形となる。穴へと翳された手より解き放たれし霊力が、言葉の通りに光の糸となり束となり、シュルリシュルリと生き物のように伸びて穴を塞いでいく。目を凝らして視れば、糸のように思えた光の束の側に朧気だが空気の揺らぎのようなものが視えた。よくよく視ようとして尚も目を凝らそうとしていれば、不意に此方を見ずのままの彼女の口から咎めの言葉が飛んできた。
「其れ以上覗き視るのはやめた方が良い。
暗に人為らざる者が其処に居ると示した彼女に、一瞬ギョッとする。今の今まで何も言われなかっただけに、心底驚いた。取り敢えず、言われた通りに従ってよくよく凝らしていた目を元に戻した。
少しして、一旦作業に一区切り付いたのか、「ふぅ」と息を吐き出した彼女に向き直って問う。
「今のは……触れても良い事柄か?」
「俺が説明を必要としたならば大丈夫だ。君が今視たのは、この本丸が在る土地に根付く精霊みたいなものでね。俺は
「俺以外にこの事を知っている者は……?」
「古参の子達なら皆大抵は知ってるかな。比較的新しい子達は視てなければ知らないかも……。でも、別段難しい事でも何でもないし、接し方を間違わなければ何も問題は無いよ。普通に、敬意を以て接すれば向こうから危害を加えられる事も無い。まぁ、其れでも中には気難しい子達も居るから……接し方を間違えて頭丸焦げに焦がされた子とかも居るけど。鶴さんの場合は好奇心旺盛過ぎて怒られちゃうんだよね。で、鶴さんよりも厄介なのが、知的好奇心の塊みたいな朝尊さんなんだけど……アレは大抵の子等に嫌われてるから姿すら見せないみたいでいつも残念がってたなぁ」
「ちょっ……い、一旦待ってくれ。話を整理させてくれ」
「おっと、すまんすまん。一気に喋り過ぎたかね?」
「いや、そういう訳じゃなくて、頭が現状に追い付いてなくてだな……っ」
「あぁ、そういう事かい。ほな、君が頭整理し終わるまで待とうかね」
まるで世間話でもするみたく気軽に話された内容に、度肝を抜かれた孫六は頭を抱えて疑問符の散らかった脳内を整理した。その間、審神者は自分の手元や顔の側へ視線を向けて、何やら擽ったそうな笑みを零していた。急な出来事に心の準備が出来ていなかったとは言え、自分達以外の人外なる生き物が側に居て平気な顔をしている事に驚きを隠せなかった。
数拍程深呼吸をして心を落ち着けると、改めて口火を切る。
「その……主人は元々、そういったものの類に造詣が深いのかい……?」
「うーん、どっちだろうねぇ。現世の実家で暮らしてる時から何も
「アンタ……案外図太い神経してるって言われないか?」
「はははっ。審神者なるなら此れくらいでビビッてちゃ世話ないだろう? まぁ、何も言ってなかったから驚くのも無理はないか」
そう言って平気で笑う彼女に違和感を拭えなかった。審神者という役職に就いているものの、中身はただの人の子の筈だ。其れが、こんなにも人の理から外れた者と平然として居る。異常、或いは異質。そんな事を思わない訳がなかった。
「……そんなに人為らざる者共へ気安く心を許していて良いのか? その内、獲って喰われてしまうかもしれないぞ」
「そうなったら、そうなったまでさね。言ったろ? 俺は、自分の死に場所は自分で決めるって。味方と思っていた奴等に寝首を掻かれるなら其れまで。自分がそう在ると決めたなら、どうなろうと構わんってさ。ただ己の霊力で賄うだけなら、
「主人の言う爺さんとは、あの天下五剣の三日月宗近の事か……? あの刀が、本丸の防衛の要に組み込まれてるって、どういう事だ? というか、前々から少し気になっていたんだが、この本丸で過去に何が遭ったんだ……?」
「詳しく知りたければ、資料室の“対大侵寇防人作戦”について記した記録書ないし記録媒体を見てみると良い。元政府刀の面子が纏めてくれてるみたいでね。資料室の鍵は事務室で保管してるから、分からなければ長谷部かちょぎ君に聞いて。俺はまだ修復作業が残ってるんでな。今暫くは部屋に戻らんぞ」
「主人……っ!」
「そう心配せずとも、俺は勝手に死なんよ。死のうにも死ねないよう、呪いを掛けられたも同然な有り様なんでな。だから、敵の襲撃とか無い限り俺は死なんよ。
あしらわれたのだろう。追い縋ろうとした途端、素気無く躱され、伸ばした手は空を切る。掴もうと思ったものは、するりと抜けて行ってしまった。
だが、諦め悪くも、此方へ背中を向けた彼女へ尚も手を伸ばして肩を掴む。そして、彼女の目を覗き込みながら、一言絞り出したように告げる。
「用心棒を置いて行くなって、さっきも言ったぞ……!」
「……ありゃ。そういえばそうだったっけな。ははっ、そいつぁすまんね。俺、何かと忘れっぽいところあるから」
何が面白いのか、クツクツと喉奥を鳴らして笑う彼女に、女らしくないなと思ったが敢えて口には出さなかった。代わりに、一つ嘆息を零して横並びに付く。すると、彼女は不思議そうに此方を見て小首を傾げて問う。
「もしかして……この後も引き続き作業の様子を見てるつもりかいな?」
「見てても減るもんじゃないと言われたからな。邪魔にならない程度に離れて見てるよ」
「……そんなに俺ってば頼りなく見える?」
不意に、複雑そうにまたは拗ねた子供のように口先を尖らせた審神者は言った。その先程までとのギャップに瞬きを繰り返して見つめたのち、孫六は“参ったな”という風に頬を掻きながら言葉を紡いだ。
「いや……決してそういう意味で言ったんじゃなかったんだが……。そうだな、強いて言うなら……俺が新参者故にアンタを一人にするのが心配だから付いて行く、といったところかね」
「あぁ、にゃるほど……。孫六さんは用心棒の気質が強いものね。そういう意味では、主人たる俺が一人で勝手にどっか行くのは好まんか」
「そういう事だ。理解頂けたのなら、今後の作業にも付いて行っても良いよなあ、主人?」
敢えて圧を掛けて言い含めれば、キョトンとした顔で頷いた彼女に内心言質は取ったとガッツポーズを決める。そうと決まれば、彼女にしか出来ない彼女の仕事が終わるまでを待とう。
今日一日だけで、己の知らなかった一面を幾つも知れた。己の主人足る人物がどういった人間なのか。まだまだ知らない事ばかりだが、これからゆっくり知っていけば良いのだろう。幸い、時間は幾らでもある。自分の知らない彼女の事を暴いてみよう。そうすれば、自ずと分かる筈だ。主人足る彼女がどのような人間なのかが。