ありふれた幸せ

 偶々、匂いに引き寄せられるように立ち寄った厨での出来事である。
 ここ最近、孫六に限った話ではないのだけれど、何故か調理中・或いは準備中に審神者が顔を出すと、必ずと言って良い程、味見と称した料理一口分を差し出されて餌付けされているのだが……。「何か知っているか?」と問うも、此れを訊かれた者達は一様に何とも言い難い緩んだ顔をして。
「そりゃあ、見てるこっちが嬉しくなるくらい君が美味しそうな顔をして食べてくれるんだもの。そんな顔されちゃあ、ついつい食べ物を与えたくなっても仕方ないんじゃないかな? ほら、ただでさえ主は痩せっぽちだし、少しでも肥えさせようという気持ちが出ちゃうんだと思うよ」
 ――と、口を揃えて答えた。確かに、美味しい物を食べれば誰だって「ぱあ〜ッ!」という効果音が付きそうな感じの顔付きになっても可笑しくはないな、と思う。実際のところ、彼から何かしら餌付けもとい与えられる度に頬が緩み切った情けない顔をしている自覚は有る。でも、果たして其れだけが理由と成り得るだろうか……?
 いまいち腑に落ちなかった審神者は、直接本刃へと訊いてみる事にした。
「ねぇ、何で孫六さんは俺が厨覗きに来ると決まって作ってる料理味見させてくるの?」
「うん? もしかして、嫌だったか? いつも美味そうに食ってくれるから、嫌じゃないのかとばかりに思ってたんだが……違ったのか」
「いんにゃ。美味いモンくれる事自体は嬉しいし、孫六さんが作る料理はどれも文句の付け所が無いくらいべらぼうに美味しいから、餌付け行為そのものの事を言った訳じゃなくってね。純粋に、何でそんなに必ずと言って良い程くれるのかなぁ〜……と」
「そりゃあ……主人の喜ぶ顔見たさにやってるのもあるが、何よりはあんたの美味そうに食ってる顔見たさってのもあるかね」
「みっちゃんとか他の厨組にも訊いたけど、大体おんなじような事言ってたわ。そんなに変な顔してる? 俺……」
「変な顔じゃないさ。ただ、まぁ……何度見ても飽きない顔ではあるかな?」
「何やソレ」
「ふふっ……作る側になってみれば主人も分かるようになるさ」
「じゃあ、待てど暮らせどそんな時はやって来ねぇかもしれませんね! 何せ、俺は料理全般駄目駄目な野郎なんでっ!」
「そういう事は威張って言うもんじゃないよ、全く……」
 審神者のズレた堂々とした物言いに呆れを隠し切れなかった孫六は、溜め息混じりにそう返すも、興味津々な様子で焜炉コンロの前に立つ孫六の後ろで顔を覗かせる彼女に、童のようだなと内心で独り言ちた。
 次いで、彼はこうも考えた。
(でも、まぁ……俺が作った物を一生食して、食った物が血肉となり主人が動く為の糧となるのは、悪かないわな。現代にも受け継がれる孫六としての枝葉のお陰で、台所事情にも明るい訳だし。其れが返って主人の苦手分野を補っていると来れば、厨で腕を振るうのもやぶさかじゃあない。持ちつ持たれつ、得意不得意を補い合える関係性で在れるのは、此方としても良い事尽くめだ。主人が許してくれる限りは、このままの関係性を築いていきたいものだな)
 ふと、彼の視線に見つめられている事に気付いた審神者がきょとりと呟く。
「んみ? にゃにか……?」
「……いや、何も。そら、丁度一品出来上がったんで、味見頼んでも良いかい?」
「くれると言うのならば喜んで貰いまふっ!」
「はいよ。まだ出来立ての熱々だから、舌を火傷しないよう気をつけて食べな」
「あーい」
 ゆるっとした返事を返すなり、雛鳥の如くパカリと口を開けて大人しく餌を与えてもらえるのを待機している様子に。こうも無防備で構えられている事が擽ったくてならない孫六は、一瞬だけ「フッ、」と吹き出しそうになりかけるも、寸でで堪えて耐える。そうして、愛らしい様子で待っている口元へ一口分だけ差し出してやった。気分はすっかり親鳥のような感覚である。
 一言「美味いか?」と問えば、「うんまい!」と元気な言葉が打って返すように返ってくる。なんて平凡で平穏な一幕なのだろうか。こんな日常的な些細な出来事が、幸福でならない。

執筆日:2024.06.20
公開日:2024.06.27