八丁念仏と夢語り(下)


 朝餉を食べ終えた後、日課のノルマをこなしつつ、ふと今朝は半一方的に喋ってしまったな……と振り返ってみて、反省した。自分の意見は言ったが、彼の意見を聞きそびれていた事に気付いたからだ。
 忘れない内にと、午前の部を片す合間の休憩時に、彼の元へ訪ねに行った。幸い、今日は非番組だったので、何も無ければ古備前部屋に居る筈である。
 ひょこり、顔を覗かせて見れば、予想通り暇を持て余した三振りが揃ってご在宅であった。
「やほーぅっ、皆さん。ちょいとお邪魔してもヨロシ……?」
「此れは此れは、主じゃないか。仕事の方は良いのか?」
「おうっ、サボらずちゃんとやってるよー。今は休憩時間なんでな、部屋から出ても差し支えないのだ。近侍にも一言断り挟んでから来てるからね。安心おし」
「其れは何よりだ。折角せっかく来てくれたからには、茶を淹れてやらねばな。麦茶で良いか?」
「アザーッス。お言葉に甘えて一杯だけ頂きます〜」
「一杯と言わず好きなだけ飲め。ただでさえ、お前は普段から水分量が足りていないんだ。この間、重度の脱水症状で運ばれる羽目になったのを忘れたのか?」
「おっとー? 当時近侍担当だったひとから言われたら耳の痛い話ですなぁ〜っ」
「冗談抜きで肝が冷えたんだが……?」
「ハイッ、その節は多大なるご迷惑とご心配をお掛けして大変誠に申し訳御座いませんでした」
「分かれば良し。今後は、きちんと一日三食食べ、適度な水分を補給する事を心掛けるように……! あと、睡眠も最低限の時間取るようにな!」
「ご指摘はごもっともで……っ。その件につきましては、誠に反省しておりますれば、肝に銘じて日々努めております故……っ! 何卒、何卒〜……っ!」
「わあ、何とも見事な土下座ァ……っ、じゃないや。えっと……取り敢えず、雇い主は顔上げて? 包平の兄さんもその辺にしといてあげて。でないと、雇い主の立場が逆転しちゃうよ……っ! 鶯の兄さんも傍観してないで止めたげて! 観察するのも日記書くのも後からにしよう!?」
 現在の行政が敷かれて、早八年目が経った事を祝して実装を許された八丁念仏。我が本丸の設立は発布されてからの三年後な為、五年目にしてという事からあまり其処まで重きは置いていないのだが。古備前の末っ子ポジションでやって来た故か、自由奔放でマイペースな長男・鶯丸と声のデカさは誰にも負けない生真面目な次男・大包平に囲まれ、良い意味で揉まれているようで何よりだ。
 そうこうのほほんと茶を啜っていると、改まった姿勢でこの場へやって来た理由を問われた。
「ところで、雇い主は何か用があって俺達の部屋に来たんだよね? 誰に用だったの?」
「あぁ、うっかり場の流れに流されて用事そのものを忘れるところだったわ。今朝の事と言い、有難う八丁君」
「いえ、お気に為さらず〜っ」
「ほう。何やら俺達の知らぬところで八丁が世話を焼いた様だな。是非ともお聞かせ願おうじゃないか」
「其れ、最早お願いするって目じゃないんよ、兄さん方ァ……ッ」
「いやはや、お宅の末っ子さんには感謝してばっかですわ〜っ。寧ろ、“良くぞ聞いてくれた!”ってくらいな感じでぇ。というのもですね……今朝、例の如く微妙に夢見悪い感じやってんけど、最悪の事態に陥る前に八丁君の声で目が覚めやして。目覚め悪くなる前に防げて良かったね〜って話をしてたんですわ。ホンマ感謝感激雨あられ! お陰で、今日は体調も良い方やで!」
「まさかの今の流れに雇い主もノッてきた、だ、と……っ!?」
「諦めろ、主は元からこんなだ」
 先に実装及び顕現されて長い所為か、審神者のノリを分かっている二人は敢えて突っ込まなかったが、苦労気質を隠し切れていない八丁はツッコミたい気持ちを抑え切れなかったようだ。良いぞ、今のは実に良いツッコミだった。これからもその調子で頼みたい(どの目線で言っているのか)。
 率直に事実だけを述べた審神者は、何処と無くスッキリした面持ちで再び茶を啜った。いっそ愉快ですらある。
 初っ端から話が脱線したので、軌道修正して話を戻した彼は、改めて部屋を訪ねた理由を問うた。
「其れで、話を元に戻すけどさ……っ。雇い主は結局誰に用があって来たの?」
「八丁君に用があって来たんだお〜」
「えっ、俺に?」
「うん。今朝は、ほぼ一方的に俺が喋って自己完結させただけだったからね。八丁君が聞いて思った事はどうだったのか、気になったから改めて伺いに来たってところだったんよ。まぁ、すぐに目的を見失う馬鹿なんで、出だしうぐの茶ァと大包平の指摘でうっかり忘れるところやったがな!」
「まるで出鼻を挫いた俺達が悪いみたいな言い方だな」
「わしゃ事実しか言っとらんよ?」
「俺も事実しか述べていないが? そもが、主が寝食を疎かにするから先程のように釘を刺すんだぞ……! 人間は!! ただでさえ!! 脆くてか弱い生き物なのだ!! 其れを分かっていながらやらかす大馬鹿者が此処に居るから、声も大に口を酸っぱくして言うんだ!! 分かったならもう少し反省の意を示せ馬鹿者ォッ!!!!」
「大包平、そんなに声を大きくせずとも聞こえる距離に居るんだから抑えろ。主の鼓膜が破れる。あと、ついでに言うと、お前の大声に慣れていない八丁の耳も死ぬぞ」
「すまん、悪かったな」
「ちゃんと御免なさい出来る子は偉い子の証拠、故に許す。なので、我が耳が犠牲となった事は、尊い犠牲として扱う事にするなり……」
「だがしかし、主への咎めを無かった事にはせんぞ。決して忘れはせんからな……。俺が近侍を務めていながら、主が救急搬送される事になるなど……っ」
「其れは本当にすまんかったて……っ。無理に許せとは言わんさ。俺自身悪かったんは自覚しとるしの」
 再びの脱線に思わず空気が重たくなりかけるが、そんな空気を割ったのは話を切り出した審神者本人であった。
「――ほいで、今朝方、俺は夢の話をした直後に、君に偶然か必然かを説いたが……君の見解を聞かせてくれるかな? あの時、俺は君の声を聴いた……。其れが切っ掛けで俺はパッと夢から覚める事が出来た。よって、最悪な事態より免れる事が出来た訳だが……この件を君はどう思う?」
「どう、って……?」
「君が今のを聞いて思った事を、率直に応えてくれたら嬉しいかな」
「えっと……今朝も言った通り、雇い主が無事に済んだのなら、其れで安心だと思ったけど……其れじゃあ駄目?」
「んーっと、御免、言い方を変えよう。俺は、あのまま君の声を聴かなかったら、恐らく十中八九SAN値/Zeroの発狂コース入りするか、良くて目覚め最悪からの体調不良&寝不足コース行きになってたと思うんよね。其処で改めて君に問おう。君は、何故、あの時俺が先へ進まぬよう阻むが如く声を耳にしたと思う……?」
「もしかしたら、だけど……雇い主がまだ眠ってるのを見て、夢を見てる様子だったから……せめて、悪い夢なら早く覚めるようにって、願ったから…………?」
「たぶんだけども、そのお陰かな? 俺が悪い夢を見かけた直前に君の声を聴いたのは。早い話が、君の願いが加護となって働いたって訳だ! 少なくとも、俺はそう解釈させてもらったよ。だから、二重の意味も含めて有難うって言いに来たの。八丁君が居てくれて良かった。改めまして、我が本丸に来てくれて有難うね! つい飲食不精しちゃうような、なっさけない主が審神者勤めてる本丸だけども、どうか今後も見限らずに居てくれると嬉しいな!」
「まともな人間なら、飲食を不精したりなどせんのだがな」
「大包平の言う通りだ。ウチの主は、一度物事に集中すると事が片付くか区切りが付くまで他の事を疎かにするたちだからなぁ。主の悪い癖だぞ。人は飲み食いせねば忽ち弱ってすぐに死んでしまうのだから、ちゃんと食べて飲まねば駄目だ。生きるとは、そういう事なのだから。多少無理が利いたからと過信するのは止めておいた方が良い。現に、その無理が祟って体調を崩しているんだろう? 命は大事にしろ。親から貰った大切な命なんだ、粗末にしては罰が当たるぞ」
「ヘイ、すいやせんっしたァ。すかさず重ねて言ってくれる君達のそういうとこ、嫌いじゃないよ……」
「自分で用意して食べるのが面倒なら、握り飯を作って食べさせてやるから、ちゃんと食え。食わねば、無理矢理にでも食わすぞ」
「無理矢理はやめて!! 良くて咽せるし、最悪窒息しちゃうから!! お握りに対してだけ何でそんな強引なの、お前は!?」
「主は馬と違って握り飯なら食い気が増すと聞いたからだが?」
「ちょい待ち、其れ何処情報よ??」
「ネタの仕入れ先の事か? 其れなら、鶴丸や燭台切達からだぞ」
「伊達組かぁー……っ。そらしゃーないわ……。鶴さんは知らんけど、みっちゃんに至っては厨を握る番長の一柱だもの……っ。食事面に関して勝てる訳が無い」
「雇い主の中での光忠の立ち位置が垣間見えた気がした発言だったね、今の」
「ちなみに、燭台切光忠の次に名を連ねるのが歌仙兼定だ。彼奴は怒らせると面倒だから、気を付けておけ。俺も以前一度だけ怒らせた事があったが……生まれの時代や価値など関係無しに、正座の上で説教という名の長時間拘束を受けたぞ……。あの時の歌仙兼定は間違い無く鬼だった…………ッ」
「包平の兄さんに其処まで言わせる歌仙つよつよ過ぎない??」
「みっちゃんと歌仙さんは皆のママンなので! 今は其処にあつきと菜切君も居るよ!! 他にもバブみ持ち男士は大勢居るので、本丸のオカンとオトン問題は心配無いんだぜ!!」
「そっかぁ〜! その点については何も心配してなかったけど、厨に関する情報は取り敢えずお腹いっぱいだからもう良いかな〜っ!!」
 結局最後まで脱線で押し切って終わるのだから、最早突っ込むのを止めたらしい。まぁ、何はともあれである。
 苦労性の彼が、審神者や村雨江のように胃を痛める事の無いように、其れとなく薬研藤四郎や似た来歴を持つ実休光忠などにフォローを頼んでおこうと密かに心に誓うのであった。
 取り敢えず、今は静かに見守るに徹しておくが。


執筆日:2023.07.28
加筆修正日:2024.01.17

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