八丁念仏と夢語り(上)


 夢を見た。
 最初の内は何て事は無い、よくあるような話の夢だった。嘗て同じ学び舎で青春を謳歌した同級生と再会する、的な流れのものだ。其処までは何処か懐かしさを覚える程度で、別段可笑しな点は見られなかった。けれども、問題はその後だ。
 何をどうしてそんな流れになったのか、場面が飛んで謎の肝試し大会が開催される展開に変わっていた。最初の流れから何故そんな展開になったのか、夢を見た本人自身が一番疑問を抱いている事については一旦他所に置いておくとして……。
 兎も角、ただの同級生との再会話から、たぶん少人数での同窓会的流れに転じての肝試し大会となったのだろう――と、無理矢理納得する事にした。
 肝試し大会と言っても、昔からよくある感じのもので、二人一組でペアを作り、順番に建物の側へ行くもしくは中へと入り、“此処に来ましたよ”と分かりやすく証拠を残す為に色を付けた石等を置いて合流地点まで戻ってくる……という流れの簡単なものだった。

 “肝試し”というワードを切っ掛けに、ふと子供の頃に実体験した、学校のレクリエーションか何かで夜の学校に集まった流れで開催された肝試しを思い出した。
 あの時も確か似たような感じでペアを作って、指定された教室の黒板に各自自分の名前の書かれた磁石を貼り付け戻ってくる……というものだったか。夜の真っ暗な校舎内を懐中電灯と非常灯を頼りに歩くのは、非日常感を味わえて、良い感じに興奮と恐怖感が入り混じってドキドキワクワクしたのを覚えている。
 ちなみに、当時ペアになったのは、仲の良い女友達であったと思う。指定場所に辿り着くまでの道中、薄暗い中を怖怖としつつも、肝試しの醍醐味である七不思議ネタを口にしながら進んだ記憶がある。
 リアル肝試しの思い出はそんな程度で、結果何事も起きる事無く平穏無事に終わった。昔の田舎の地方ではあるあるネタだったのではないかと思っているが、思い出話はさておくとして。

 ――今回夢に見た話は、実体験とは異なり、少し変わっていた。
 開催場所は、見るからにやばそうな曰く付きの廃墟だし、向かう途中の道は明らかに空気が悪く息が詰まりそうな程に淀んでいた。此れは、踏み込むべき場所ではないと本能が警鐘を鳴らす。しかし、もうすぐ自分達の順番が来てしまう。
 けれど、本来であれば既に先行した者達が戻って来ている筈である。だが、自分達の前にスタートした一番直近の一組を除いたとしても、遅過ぎるくらいに誰も戻って来ていない。
 その事に気付いた瞬間、何故か気分が悪くなり、その場へと蹲った。目に見えて明らかに具合を悪そうにする様子に、ペアとなった男子A君(仮称)が慌てた様子で寄り添い心配する声をかけてくる。過呼吸までも起こしてしんどそうにする己の状態に、初めて事態の異常性に気が付いたのだろう。先行した筈の者達が、誰一人戻って来ていないという事実も含めて……。
 突然の異変事態に動揺しつつも心配し寄り添ってくれたA君は、矢鱈やたらと無駄に大丈夫との言葉を繰り返し口にし、まともな呼吸すら出来ていない己の背中を擦る。だが、その間も向かうべき場所と指定された先から絶えず嫌な空気が漂ってきていて。其れが恐ろしくて、首元がゾワゾワと落ち着かない、そんな気がした。
 行ってはならない、行ったら最後戻れなくなる。酷く荒い呼吸で意識も朦朧としてきた矢先で、其れだけを考えていた。遠い意識の端で、心配する友の声が聞こえる。他は、自分の喘鳴を上げる喉と耳元にまで五月蝿うるさく響く心音だけが頭の中で木霊する。どうにかなってしまいそうだと思った時であった。
 不意に、此処に居る者ではない、第三者の声が聴こえた。脳に直接響くような、そんな感覚を覚えたのだ。よく耳にする声が自身の存在を呼ばう。


 ――途端、意識が引き寄せられるみたいに目が覚めた。
 ぱちり、開いた目蓋を瞬かせて、視界が明瞭となるのを待つ。すると、横向きに寝ていた視界に濃い青色が映り込んできた。
 今年本丸へ参入した、新刃ながらも顕現歴半年目を過ぎたばかりの、八丁念仏であった。
 青色の目が此方を覗き込むようにして見つめている。
「雇い主……っ、」
 夢の淵で聴いた声が、再度己を呼ばう。己の意識を確立させんと引き寄せる。
 その凛とした呼び声に、未だ寝惚け頭な感覚を引き摺ったまま、寝起きの喉を震わせた。
「は……ちょう、くん…………?」
「はいっ、そうです! 雇い主の刀の八丁念仏ですよ〜っと! おはようございまーすっ! 朝です、起きてくださぁ〜っい!」
「ぇ……お、おぅ……お、はよう…………?? え、ちょっと待って。意味分からんのだけど……何で八丁君が此処に????」
「朝餉出来たんで、厨当番の方々から雇い主に声かけるようにって頼まれたんで、起こしに来ました! ……何か夢見てるっぽかったけど、大丈夫そうっ?」
 控えめながらも心配そうな気持ちを全面に押し出した風な顔付きと声で問われ、突然の事に気持ちの整理が追い付かないが、一先ず肯定の返事を返すべくコクリと頷く。其れに彼はニコリと安堵した様子の笑みを浮かべて笑う。
「それじゃあ、これからお着替えとか身支度整えるだろうし、邪魔にならないように俺は先に行って待ってますね〜! 部屋の外で待たれても、変に急がせちゃいそうで気まずいしっ」
「あぁ、うん……。有難う、近侍でもないのに起こしに来てくれて……っ」
「いえいえ〜! 偶々暇そうで近くに居たのが自分だっただけなんで、お気に為さらず〜っ! じゃっ、今度こそ失礼しまーっす!!」
 元気良くそう言って、彼はそそくさと部屋を後にしようとした。
 しかし、何かが引っ掛かって、咄嗟に起き上がり、出て行こうとする彼の服の裾を掴んで引き留めた。当然、驚いた彼が戸惑った風に此方を見る。
「え〜っと……どうしたの、雇い主? まだ何か俺に用でもあった……??」
「…………さっき、」
「うん??」
「……さっき、怖い夢っていうか、変な夢見てたら、ふと君の呼ぶ声が聴こえた気がしたんだ……っ。“雇い主”って独特な呼び方するのは君だけだから、聴き間違える筈は無いと思って……。其れで、さっきのアレは君の声だと思ったんだけど……もし勘違いだったら御免ね? その……夢ん中の俺、何か如何にもやばそうな場所に居て、やばそうな状況に陥ってたっぽいから……正直、運良く目覚める事が出来て助かったと思ってる……っ。ので、その御礼を言っておきたくて、引き留めました! ……迷惑だったら本当に御免ね?」
「あ〜っとぉ……よく分かんないけども、俺が声かけた事で雇い主が助かったんでしたら、何よりですっ……! 特に魘されてるような様子無かったように思えたんだけど……そんなにやばい夢見てたの? あっ、勿論言いたくなかったら言わなくて結構ですんで! 寧ろ、出過ぎた真似しちゃってすみませんって感じなんで……!! というか……短刀の子等でもないのに、起こす為とは言え、許可無く部屋に立ち入った俺の方こそ申し訳ないというかぁ……っ」
「えっ? 其れくらい、全然気にしないけども……」
「いや、雇い主は歴とした女性なんだから、ちゃんと気にしないと、めっ! ですっ!!」
「(八丁君の口から“めっ!”なんて台詞が出て来るとか可愛いか……??)な、何かすんませんっした……」
「うん。分かってくれたんなら、オッケですんで……っ。えっと……其れで、変な夢見たって事で俺に話して落ち着くんなら聞くけど、どうする? 雇い主的には、どうしたい……?」
「んっと……八丁君が迷惑でないのなら、ちょっとだけお話聞いてもらっても……良い?」
「んっ! 全然迷惑だなんて思ってないから、話聞かせてくーっださい!」
 ちょっとおどけた風に返事を返してくれた彼に背中を押されて、胸の内で蟠っていた気持ちを吐露した。その間、彼は布団の上で膝を立てて座る自分の両手を握ってくれた。
「細かいところは端折はしょるけど……。夢ん中での俺はさ、再会した同級生の男子と他複数人と一緒に、どっかの廃墟で肝試しする流れになってたんだよね。何でそうなったんかは、全く意味分からんのだけども……」
「うんうん、其れで?」
「肝試し中は、二人一組のペアを組まなきゃいけなくって、俺は再会したって男子とペア組む事になったんだけど……。もうすぐ自分達の番だって話してた時に、ふと先に行ったメンバー達が一向に戻って来てない事に気付いたんよね。んで、そうこうしてたら、俺、気分悪くなっちゃって、その場に蹲ったんよ」
「え゙ッ、大丈夫なのソレ!? 明らかにやばい流れじゃん……っ!」
「うん、夢ん中の俺も同じ事考えてた。というのもさ、肝試しで指定された場所がどう考えても曰く付きのやっべぇー処でさ。もう見るからに危ねぇって分かるくらいにはボロッボロの廃墟の家な訳よ。外観は、昔の田舎によくあるタイプの木造建築で、崩れかけてんのか、トタンの一部とかモロ剥がれ落ちてる感じでさァ。普通に考えてやべぇと思ったわ……っ。しかも、まだ其処に行く前の順番待機してる段階で具合悪くしてんのよ? 過呼吸まで起こして意識保つのがやっとってくらいで……。アレ……十中八九、体が本能的に拒否反応起こしてたんだろうなぁ〜」
「え゙ぇ゙ーっ……思ったよりも深刻な内容で吃驚〜っ! ところで、雇い主とペアだったっていうそのご友人はどうしてたの?」
「俺が具合悪くなって蹲ってる横で、何か必死に声かけてくれてたっぽいけど、完全に右から入って左に抜けてる状態やったね……。つまり、簡潔に述べると、何の役にも立ってなかったっつーね」
「其れ一番拙(まず)いヤツじゃん」
「でしょ。ので、俺はただただ必死に呼吸を整えようとするのに手一杯で、其れ以外はもう兎に角こんな場所から離れたい一心だったのよ」
 ポツリポツリと今しがた見た夢の内容を語ってみせれば、彼は相槌を打ちながら続きを催促する。其れに従って、何故か夢に出て来た友人の役に立たなさ加減をチラリと零せば、自分が思っていた事を真顔で代弁してくれた。有難う、その優しさが今は何よりもの薬だ。
「其れで、結局最後はどうなったの……?」
「不意に八丁君の呼ぶ声がした気がして、目が覚めた」
「えっ……?」
「以上、解説終わり。ご清聴有難うございました」
「えっ!? ちょちょっ、ちょっと待って……!! え、今ので終わりなの??」
「うん、マジで終わり」
「他に何か怖いのが出て来て襲って来る〜とかいう展開も無く……?」
「そんな展開は一切御座いませんでした。ご期待に添えず申し訳ないね。まぁ、お陰様で、目覚めは良い方だったんだけどね。此れが悪い方だったら、今頃べそかくだけじゃ終わらんくて、最悪過呼吸起こして苦しい思いしてる頃やったろうねぇ〜。アッハッハァ」
「良い方で良かったね、本っっっ当!! ていうか、今の全然笑い事じゃないし!? 笑って片付けようとしないで……!!」
 夢見の悪さ故に漂う気まずい空気を適当に笑って誤魔化そうとしたら、怒られてしまった。まぁ、当然の成り行きといえば、そうであるが。
 にしても、やんわりと怒る彼も可愛らしいと思った。全く関係の無い話だけれども。
 そんなこんな思考が明後日な方向へ脱線しかけていると、徐ろに彼が口を開いた。
「それにしても、そっかぁ〜。まさか、そんな夢見てたとは。雇い主夢見悪い事多いとは話に聞いてたけども、マジで悪かったんだね……。何か、軽い気持ちで聞いちゃって御免なさい!」
「いやいや。此方としては、八丁君に話聞いてもらえたって事がプラスになってるから、寧ろ助かったよ。有難う」
「今のくらいで役に立てたんなら、幾らでも……っ?」
 そう言ってチャームポイントの八重歯を見せて笑った彼に、此方も笑顔を返して此れにて夢語りは終了と見切りを付けた。
 そして、今度こそ彼は先に大広間の方へ向かおうと障子戸に手を掛ける。其れを見送る体で立ち上がったところで、ふと思い至った事を口に出していた。
「そういえばなんだけどさ……」
「うん?」
「夢ん中で本気マジの冗談抜きで拒否反応起こしてる最中に、夢から覚めるような声がして起きたの……単なる偶然じゃないと思うんだよね」
「……どうしてそんな風に思うの?」
「この世に偶然というものは無いから」
「へっ……?」
 真面目そうな空気から一変、虚を突かれたみたくぱちくりと目を瞬かせて彼はポカン……ッ、とした。其れを気に留める事も無く、続きを述べる。
「されど偶然なる故に、甘く見るべからず……と言ったところかな? この世は必然で溢れているからこそ、偶然と思った事も見逃さずに居よ――という忠告でもあるという事さね。まぁ、今言った言葉は、とある漫画の受け売りみたいなものなんだけれども」
「えっと……つまり?」
「夢で君の声を聴いて、夢から覚めたのは偶然であり必然でもあるって事。八丁君からしたら、起こしに来たのもあって当然の事のように思えたかもしれない。でも、俺からしてみたら、八丁君が居たからこそ目覚め良く起きれたって事になるのさ。……だって、八丁君の声しなかったら、あのまま眠り続けて夢の先を見て、やばい処にまで進んでしまってたかもしれないもん。仮にそうなってたら、目覚め悪いだけじゃ済まなかったかもね。俺、そういうのの勘だけは良いみたいだから。夢ん中の事とは言え、先へ進まなくて正解だったね! もし、他の人達みたく指定場所まで向かってたら、たぶん確実に正気度失ってただろうから。直感だけど……行ったら色々とやばかったと思う。敢えて何がとは言わないけれども」
 そう告げると、彼は髪色に近いような顔色をしてゴクリと生唾を飲み込んだ。八丁念仏、SANチェックのお時間です。
 一先ず、彼の正気度回復の為にもフォローを入れておくかと、改めて御礼を述べておく事にした。
「とりま、そういう事でしたんで。お世話掛けましてすんませんっした。改めて、有難うな〜っ!」
「アッ、うん……! 雇い主がオッケなら、大丈夫ですー! それじゃあ、今度こそ俺行くねっ!! お邪魔しましたぁーっ!!」
「変に引き留めちゃって御免ねぇ〜っ。“起こしに声かけ行くだけやに遅い”とかって厨組の子等に言われたら、素直に白状すればお咎め無いやろうき、ちゃんと言いなや〜!」
 今度こそ本当に退室していった彼の背にそう声がけだけして、自分は部屋へと戻り服を着替えたり何たりと身支度を整えていく。全てが済んだら、彼を追うように大広間へと向かい始める。
 さて、今朝の献立は何だろうか。しがない日常を噛み締めて、今日も平和でありますようにと願って、道中すれ違った面々と挨拶を交わして笑い合う。


執筆日:2023.07.27
公開日:2023.07.28
加筆修正日:2024.01.17

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