疲れた君の支えになりたい


 自分が近侍を担う傍らで、鍛刀当番として打った刀がもうじき打ち上がりそうだと、別の雑務の合間に覗いた鍛錬所の電光掲示板に表示された残り時間を見て察する。審神者部屋へと戻る道中であった事もあり、そろそろ息抜きがてら一度声をかけるつもりだったから丁度良いやと、その足で彼女の元へと赴いた。
「八丁念仏、入室失礼しまーっす。お仕事の進捗は如何ですかぁ? 俺の方は、細かい仕事は全部片付いちゃって、後はおもに鍛刀が残るのみでして……。その鍛刀で打った二振り分の刀が、もうじき打ち上がりそうだから声かけに来たんだけど、大丈夫そう?」
 ひょこりと覗き見た室内は、少し前に見た時と変わらぬ光景が広がっており、くだんの審神者は仕事机の前から動いていなかった。現在進行形で今期初めて催された催物『戦術強化訓練〜ちよこ大作戦〜』なる物が絶賛開催中であり、また、イベント終了間近且つもう少しで最高報酬額へ到達可能なところにまで漕ぎ着けたのもあっての事だろう。
 経験値と乱舞レベルアップが美味しいからと小判を溶かしまくりながら周回に勤しむ事、早二週間弱。今まで経験してきたどのイベントとも形式が異なるから、始めの内は慣れなかったようだが、其れも周回を続けていけばあっという間に慣れるもので。ちよこポイントなるものを稼ぐべく、せっせと周回回数を重ねていた。まぁ、錬度が既にカンストして前線から退き、今や後方支援側へとお役目を回された自分にしてみれば、ただ出陣していく面々のフォローに努めるだけが仕事な為、あまり直接的には関係が無かったが。
 未だ此方に何の反応も返さない彼女にハタ、と思ったところで再度声をかける。
「あれ……もしかして仕事に集中するあまり、俺の存在に気が付いてないっぽい? おーい、雇い主〜っ。俺だよ、八丁念仏ですよー! もうじき鍛刀終わりそうだから呼びに来たんだけど、聞こえてるーっ?」
 今一度近くに寄ってまで声をかけ直すも全くの無反応。可笑しいなと思って審神者の座る斜め横まで来て、端末に齧り付くように俯く顔を覗き込んで、ぱちりと目を瞬かせた。
(寝てる……。何だ……仕事に集中するあまりに俺の声に気が付いてなかった、とかって訳じゃなくって、単純に周回疲れで寝落ちちゃってただけなのね。……っはぁー、一瞬変に嫌な方に考えちゃったから焦ったぁ! イベント期間終了日まで残り日数少ないのもあるし、ここ連日徹夜気味だったから、その疲れが出ちゃったのかな……?)
 一見パッと見ただけでは、仕事に集中している時の姿勢そのものにしか見えない事もあって、すぐには気が付かなかったが。直ぐ側まで近付いてよくよく観察してみれば、端末へと落とされていた視線は常より下方へと俯き、首もいつもよりガクリと落ちて、眼鏡越しに見える筈の両目も閉ざされていた。しかし、手元は端末を握ったままで居るのを見るに、出陣部隊への次の采配を指示しようと構えていた……という事だけは理解出来た。だが、其れも体力と眠気の限界を迎えてなのか、途中で力尽きてしまったらしい。何ともお疲れ感漂う力の尽き方であった。
 イベント周回中の審神者界ではよく見られる光景で、且つ我が本丸でも定期で見掛ける光景で既に見慣れたものだが……。それにしても、大層無防備に緩み切った光景である。警戒心を何処ぞに置き去りにしてしまったかという程に無警戒な状態。正直、此処本丸では唯一の紅一点という立場を思えば、些か緊張感の足らない姿だと思ってしまう。逆を言えば、うっかり仕事途中にも関わらず寝転けてしまえる程の心を許された信頼の証とも取れなくもない。――が、其れは其れ、此れは此れとして、男心的には大変複雑なところだった。
(近侍が俺で、信頼を預けるに足るまでの関係を築けているからこその気の緩みと解釈するのは、何だか都合良過ぎる気がするけど……。ともあれ、やっぱり一人の男としては複雑なんだよなぁ〜。何か、俺ばっかり変に気にして、雇い主にはちっとも意識されてない感じがして……っ。俺だって、狼な一面を持つ一人の男なんだぞ!――って今更忠告したところで、この人には響かなそうだよなぁ、たぶん。雇い主ってば、自分自身の事となると途端に鈍くなるし。……さて、どうしたもんか。参ったなぁ……っ)
 明らかに無自覚の無意識でうっかり寝落ちてしまったであろう審神者の状態に、今すぐ起こしてやるべきか否か。一寸の間だけ迷った。けれども、下手に仕事途中のままの変な姿勢で本気でガチ寝されても困るし、彼女の体を思うのなら早急に起こしてやるのが出来る男としての流れなのだろう。このまま少しの間寝落ちてしまった彼女の寝顔を眺めていようかなどと、少しばかり欲目が出て来て逡巡しなくもなかったが、やはり起こさないという手段を選ぶ事はなくて。控えめな力で彼女の肩を掴み、軽く意識を揺さぶり起こす事にした。
「雇い主……っ、起きて」
「…………ッ、ん゙ん……」
 ほんのちょっとトントン、と叩くような素振りで起こせば、呼びかけにフッと意識を浮上させた審神者がゆるりと頭を持ち上げる。其れに小さな苦笑を漏らして、再び喉に舌に声を乗せた。
「おはよう、雇い主。少しは眠気飛んだ……?」
「……あ゙ーっ、すまん……寝落ちてたな……」
「そんだけ体力も眠気も限界だったって事でしょ?」
「ゔぅ゙っ……こんな情けない主で御免よぉ〜ッ」
「其れこそ今更じゃない? 変に遠慮されるよりも、今みたいにストレートに信頼感表してくれてる方がコッチも気安くて分かりやすい分、気が楽で良いし。何より……うっかり寝落ちちゃえる程俺を頼りにしてくれてるんだなって自惚れなくもなかったり……っ? なぁ〜んてね!」
「持つべきものは頼りになる部下やんなァ〜〜〜。はぁ〜っ、ウチの子達が尊い……ッ。其れはそうと、現在の状況がどうあるかを窺っても……?」
「ん。端末見るからに、出陣してた部隊は難無く見事勝利を収めノルマクリア! 今こなしてたパネルの最後の穴埋めピースが解放出来たから、後は帰城指示を出すか、引き続き周回を続けて専用手形の更新を行うかの指示待ちってところみたい。雇い主の限界加減を見る限り、今日のところはもう引き上げて休息を取るのが優先かなっ?」
「現状把握アザマッス。ほなら、今日のところは素直に切り上げて、残りは明日へ回すという事にしましょかね……。流石に目がだいぶキテてやばい事なってるし…………って、うぉわッ!?」
 寝落ちから再起動したばかりで体が完全に起きていなかったようだ。机に付いていた肘を机の端からガクリと落とし、体勢を崩す。其れを、体幹をぶらす事無く受け止め、体力の限界を訴えてフラフラとした様子の彼女へ告ぐ。
「ほぉら、体の芯がフラフラしちゃう程お疲れじゃんっ? 片付けは俺の方でやっといてあげるから、雇い主は奥の寝室に行って寝る事! 今の雇い主に必要なのは良質な睡眠と休息!! イベント終了間近で早くノルマこなしきりたい気持ちも分かるけれども、雇い主がダウンしてちゃ元も子もないからね……っ! 分かったなら、お返事は?」
「アッ、ハイ……何から何まですいやせんっした……」
「んっ! 素直で宜しい! さっ、また変な姿勢で寝落ちちゃう前に布団に移動しちゃお!」
「わぁ……完全に介護される図の其れやん、草ァ」
「ハイハイ、御託は良いから雇い主は寝て! 其れとも、一人で寝るのは寂しい? 俺が添い寝してあげよっか……?」
「えっ……?」
 寝落ちから回復したばかりの彼女を立ち上がらせるなり、奥の間の寝室へと背中を押して促す最中、落とされた呟きを拾い、ちょっとした戯れのつもりで放った言葉。其れを聞き漏らす事の無かったらしい審神者が背後を振り返り、目をパチクリとさせて此方の真意を窺おうと見た。その純粋な目にいじらしくなった訳ではないが、ちょっとばかし揶揄ってみたくなり、悪戯を企む子供のような目をしてニヤリと笑ってみせる。そして、至近距離なのを良い事に、彼女の耳元へと口を寄せ、それっぽい事を囁いた。
「雇い主がその気なら、俺も応えてあげなくもないよっ? だって、俺は雇い主の恋人だもん。恋人が寂しがってるなら、寂しくなくなるまで隙間無くぎゅっと抱き締めてあげないとね! 何なら……チューもしちゃう? 最近イベント続きでお仕事疲れ半端無かったっしょ? ここいらで一度たっぷり充電しときます?」
「ひょえっ……!? な、にゃにを仰って……!?」
「ん? 俺の雇い主且つ恋人がお疲れモードみたいだから、癒やしてあげようかなって思っただけだよ。必要無いんだったら、余計な真似して御免ねって離れるけど」
 自分から言い出しておいて、ちょっと卑怯な事を言った罪悪感に駆られて、内心自分に引いてしまった。勿体振らせるような事を言うなんて、らしくなかったかな。流石に今のはいきなり攻め過ぎたかな〜なんて思わなくもなく、掴んでいた彼女の両肩をパッと離し、一歩身を引く。あまり距離を詰め過ぎるのも、彼女に引かれるかもだし、嫌われる原因を作りたくもない。表面上は笑顔を取り繕って気安い感じを気取った。
 すると、今の自分の発言に何を思ったのか、一瞬ポカン……ッ、とした顔をした後、キュッと唇を噛み締めて何かを堪えるような顔付きになり、控えめな力で以て服の裾を掴まれる。あっ、今の流れで其れは心臓に来る。キュンッと高鳴ったと同時に締め付けられた心臓が痛い。ぶっちゃけ、仮初の物だからあるようで無い筈の物だけども。
「今の……言い方は卑怯ッ……というか、仕事ばっかで構ってあげられなくて御免ね!! 寂しがらせて御免ね……ッッッ!!」
「えっ…………何で??」
「え……今の、そういう流れだったんじゃないの? 俺が仕事に缶詰めなってたから、戒める為のアレかと思ったんだけど……。あんまりにも構ってあげられてなかったから、遠回しの寂しかった宣言なのかと…………え、アレ? 違った?」
「え…………俺、今の、そんな風に見えた……?」
「てっきり放置した報いの寂しんぼムーヴ起こされてんのかとばかり……??」
「ひょわぁっ……」
 今の発言を受けた本人からの分析結果を語られて、じわじわと来た恥ずかしさに堪らず顔を覆い隠した。うわ、完全に放置されて寂しがってる恋人の其れじゃん。自覚無かったけども、自分の成した行動が彼女の言う“寂しんぼムーヴ”とやらに当て嵌まり過ぎていて、穴があったなら埋まりたい衝動に駆られた。思わず、口から情けない声が漏れてしまったのには目を瞑ってもらいたい。
 実は、寂しがっていたのは自分の方なのか。彼女からの指摘を受けて初めて理解した自分の気持ちに恥ずかしくなって居た堪れない。羞恥のあまりに顔は見せられないけれども、指の隙間から審神者の反応を窺う。そしたら、彼女は彼女で口元を押さえて何やら悶えていた。いや、何で。視線で問えば、眼鏡越しに寄越された視線と合って返事が返ってくる。
「俺の恋人が可愛過ぎて悶えてた。御免ね、気持ち悪いヲタクみたいなムーヴ起こして。頼むから引かないでぇ゙……っ」
「引かないし、今ので嫌いになったりもしないし、何なら俺の無自覚発言すら受け入れて堂々としてた雇い主格好良過ぎて惚れ直してたところだから……っ!」
「んっふ、俺の八丁君が可愛い、スキ……」
「あ゙ーっもう! 分かってるから其れ以上言わないで!!」
「さっきの脳内リフレインさせたら、攻めてる風に見せかけた誘い受じゃないですか、やだぁ〜っ! 其れだけで萌えるし寿命が延びました有難う。流石は俺の刀、分かってるじゃねーか」
「別にそういうつもりで言ったんじゃないからぁ!!」
「んふふっ、ごめっ……あんまりにも可愛かったから性癖に刺さってしまったんよ、御免な」
「もぉ……っ、雇い主の馬鹿!」
「あはっ、照れ隠しの罵倒というテンプレな流れが愛しさ倍増してますわよ、奥様!」
「ちょっと! 聞き捨てならないんだけど、俺がそのポジションなの!? 其処はせめて“ダーリン”とかにしといてよ!!」
「ダーリン浮気は嫌だっちゃ!」
「浮気とかしないし、そもそもする気も起こらないくらい全力で愛してますからぁっ!? いい加減にしないと、マジで怒るよ!?」
「怒っちゃ嫌だっちゃ〜! 寂しがらせてたのは事実だから、お詫びに一緒におねんねしよ! ……駄目?」
「ッ〜〜〜良いに決まってるしっ! 何も断られなかったらそのつもりで居たし! 何なら雇い主が蕩けるまで甘やかしまくるつもりで居ましたけど何かっ!?」
「あはっ、恥ずかしさのあまり逆ギレ起こしてるとこ本当すこ」
 体が限界を訴える程全力で疲れていただろうに、戯れに乗っかって巫山戯ふざけたノリで返してくれるのが心地良かった。打てば返すテンポの良さというのか、気安い感じがまた気遣われてしまったと分かって、自己嫌悪に陥る。しかし、俯く寸でで疲れを顔に貼り付けながらも笑顔の彼女に覗き込まれて、ドキリと心臓が飛び跳ねた。
「本当に怒ってないなら、一緒に寝て俺が寝付くまでお手々握ってて欲しいんだけど……駄目だっちゃ?」
「ふふっ……其れ、まだ続くの?」
「八丁君が俺のダーリンポジだって言うから、流れ的に俺がラムちゃんなのかと思って。ぶっちゃけ、俺ラムちゃんみたく可愛くもお色気の欠片も無いですけど」
「俺にとってのラムちゃんは雇い主だから、ダーリンなところは変わりません〜っ」
「じゃあ、仲良く添い寝宜しくだっちゃ! 愛しのダーリン!」
「添い寝だけで良いの……? もっと恋人らしい事、しなくて足りなくなったりしない?」
 仕返しにちょっぴり色気混じりの流し目を向けてあげれば、彼女の性癖にクリティカルヒットしたのか、「ヴッッッ」という呻き声を漏らして胸を押さえ込んだ。分かりやすくて気分がスッとした。
「くッ……ヲタクのツボを分かった上での攻撃が的確に刺さって仕方ない……!」
「其れで? 俺とイチャイチャするの? したくないの?」
「したくない訳がなかろう!! 我、煩悩の塊ぞ!! 欲をチラつかせられたら食い付かぬ訳がねぇわ!! 据え膳食わぬはヲタクが廃るッ……!!」
「全力肯定なお返事有難う。でも、此処で俺が本気出しちゃうとマジで雇い主の体保たなくなっいゃいそうだから程々に、ねっ!」
「八丁君が本気を出したら、俺どうなっちゃうんです??」
 本当に理解していないという顔で不思議そうに問うてくる純粋無垢な瞳を見つめ返して、クツリと喉奥を鳴らした上で彼女の目の下の隈をなぞりながら告げる。
「其れは、勿論……雇い主の意識がとろとろになっちゃうまで俺の愛情を物理的に・・・・注ぎ込む流れになっちゃうけど……今の雇い主じゃ体力的にも堪えられないでしょ? だから、かなりセーブしつつの癒やしを提供って訳。分かった?」
「ぴゃぁッ……控えめに言ってセンシティブ……! 今そのセクシー成分は目に毒ですっ……! 目が潰れちゃうっっっ!!」
「あ〜、オッケです、分かりました。なら、ハグするくらいのレベルに抑えて対応するね。とりま、お布団まで運ぶがてら、ハイぎゅう〜っ」
「おぶっ。あぅ……八丁君の匂いパラダイス……脳味噌溶けそう……」
「何ならそのまま溶けちゃっても良いよ?」
「え……いや、流石に其処まではだらしなさ過ぎるんで……っ」
「俺の匂いで包むだけで脳味噌溶かしちゃうくらいお手軽且つお疲れモードなんだから遠慮しないのぉ〜っ。ハイ、このまま抱っこで移動しちゃおうね!」
「主、幼女になっちゃう……」
 変なところでしょも……っ、と気落ちする彼女に現実的対応としての回答を返すと、謎な迷いを見せられた。
「リアルに幼女になられたら、俺手が出せなくなっちゃうけど、良いの……?」
「え? ん゙ん゙……どっちが良いんだろ。小さい子お世話する的ムーヴを取るか、ムーディーで大人なムーヴを取るか……どっちも捨て難いな……」
「今のを悩む程思考回路までお疲れなんだなって事は分かった」
「だってぇ……どっちを取っても素敵な八丁君が拝める事に変わりはないんで……。出来れば全スチルの回収を望む……」
「疲れ果てた末に思考回路がゲームの其れになってるじゃん。ほら、もうお布団だから帰ってきてぇ〜っ」
 抱っこから敷きっぱなしの布団の上へ降ろし、背中をポンポンと叩く。すれば、控えめな力で懐へと抱き着かれてしまった。どうやら本気で脳が疲れてしまっているらしい。癒やしを求めるあまりに自分を離し難く思ったようだ。急に落としにかかってこないで欲しい、何をとは言わないけども。お陰でうっかり気を抜きかけて唸り声が漏れそうになったから。其れを寸でで飲み込んで、抱き着かれた胸元へ額ドリルをキメるみたく擦り付けられるのを抱き直して宥める。
「そんなに俺と離れるの嫌……?」
「ん゙ん゙ぅ……今はまだ離れるのヤァです……」
「でも、仕事着のままは寝辛くない?」
「あ゙ー……其れもそうか」
「ハイ、分かったなら万歳しよ。ハイ、ばんざぁーいっ」
「ぅんぶっ。ちょ……眼鏡外すから、一旦ちょい待って」
「あ、御免。忘れてた」
 彼女が眼鏡を外して踏まない場所に安置したら、服を着替えさせるのを再開して、んしょんしょと着込んだ服を剥いでいく。風邪を引かないように、下着だけとなったら即もこもこパジャマの寝間着を着せて。最後に乱れてボサボサになった髪を結ゴムを外して、櫛で梳かして整えれば完璧である。
 すっかり寝る準備の整った彼女を布団の中へと寝かせたら、自分も一緒に寝るのに邪魔な内番着の上着を脱いで隣のスペースへお邪魔した。着替えの最中に見た下着姿は恋人の特権という事で軽くスルー。あわよくば、今度彼女に似合いそうな可愛い下着を買いに出掛ける予定を組めたらな、と今後のスケジュールを考えたのは内緒の話だ。
 元々限界を訴えていた体を横たえた瞬間から眠そうに目をしぱしぱとさせていた彼女を懐へと抱き寄せて、お疲れ様でしたの意を込めてヨシヨシと頭を撫ぜる。すると、気持ち良さそうに目を伏せて擦り寄ってきたのを見て、「まんま猫みたい……」と思った。自分だけしか知らない、可愛い恋人のあどけない無防備な一面。恋人の座を掴み取った者故の優越感に浸らざるを得なかった。
「もう眠いなら、寝ちゃえば?」
「ん゙ぅ……もうちょっとだけ」
「俺は雇い主が寝付いてもそのまま側に居てあげるから、眠くなったら気にせず寝ちゃいなね」
「みぃ……お手々ぇ……」
「ハイハイ、ちゃんとぎゅっとしてるから」
「ん……あぃがと、はっちょーくん……すき……」
「俺も、雇い主の事大好きだよ」
「推しからのファンサが過ぎてキャパオーバーじゃあ……。はっちょくんの匂いに包まれて、しゃーわせぇ……はぁ……すき……」
 寝付くまでの暫くはムニャムニャと言葉を呟いていたが、其れもスヤピと眠りに就いたら大人しくなった。けれど、力の抜けた手はゆるりと自分の手と絡んでいて、愛しく思った。
「無防備にも安心しきった寝顔曝しちゃってさ……本当、可愛いんだから。他の刀に見せちゃ駄目だからね? 雇い主の可愛いところは、全部俺だけのもの。余所見したら、お仕置きだから……って、寝てるところに言っても聞こえてないか」
 今は眠っている為に閉じられている目蓋だが、起きていた先程までは疲れ目が覗いていた目元。その目元には、くっきりとした隈が黒く縁取ってしまっている。其れを優しく指先でなぞりながら、再度お疲れ様の意を込めて労る。
「お疲れ様、雇い主。どうか夢の中でくらい仕事抜きで幸せで居てねっ。良い夢を」
 眠る彼女の前髪を掻き上げて、額へと口付けを落とした。起きたら、また元気な彼女が見れますようにと祈って。自分の温もりが彼女の癒やしとなる事を願って微笑む。


執筆日:2024.03.04
公開日:2024.03.05
加筆修正日:2024.04.13

prev   next
back   home