嫁に侍らせ候


 あんなにも厳しかった暑さも、台風が過ぎ去れば漸く落ち着くというものか。季節は移ろい、秋の入口へ差し掛かるように日が暮れるのが早くなり、晩の外気温がだいぶ下がって涼しく寝付きやすい気候となった。秋は夜長と言われる季節だ。次第に夜が明けるまでの刻も遅くなっていくのだろう。
 陽の暑さが和らいで過ごしやすくなるのは、良い事だと思った。特に、暑さに弱い審神者にとっては――と、脳裏に浮かべた人の子の身を案じるかのような世話好きのする笑みを浮かべたところで、ハタと気付いた。離れの間の障子戸が半開きのままになっている。明かりは落とされているのか、はたまた、初めから点けていないだけか。
 兎に角、真っ暗な部屋の中が障子戸の隙間からぽっかりと穴を開けたように闇色を覗かせている事が引っ掛かって。母屋との間を渡す渡り廊下の手前付近で気付いたその事に、ふと厭な胸騒ぎがして自然と歩を進める足が早足となっていた。さながら競歩の如し急ぎ足で半開きになっていた審神者部屋へと駆け付けるなり、中の様子を確認すべく鋭く視線を投げた。すれば、厭な予感が当たったとでも言えば良いのか。道半ばという中途半端な位置で審神者が畳の上を這いずるような形で崩折れていた。
 咄嗟に、無意識下で声を発していた。
「主人――ッ!」
 慌てて側まで駆け寄り、呼吸はしているか口元へ耳を寄せる。すると、通常の其れとは違う、苦しそうに藻掻くような荒々しい呼吸音が鼓膜を通じて聞こえた。持病の発作と言えば聞こえは良いが、難儀な体質を持ってしまった事が哀れでならない。
「また例の過換気症候群とやらか。大丈夫……じゃあないよな。兎も角、無理に焦って落ち着こうとしなくて良い。あんたのペースでゆっくりと呼吸を落ち着かせろ。なるべく息を吸う事よりも吐く方に意識した方が良い。腹式呼吸を意識して、深く長く息を吐き出せ。今のあんたは、呼吸が苦しいからと息を吸う事ばかりに集中してしまっている。人間は息を吐き切らないと新しい空気をまともに吸い込めないらしいぞ。酸素を取り込むよりも、二酸化炭素を取り込む事を意識して深呼吸してみろ」
 下手な刺激を与えぬように、けれど審神者の助けとなるように、声音を和らげ努めて優しい態度で接する事を心掛けた上で声をかけた。すれば、苦しげながらも呼吸の合間に頷きを返す。一先ず、生きてはいるという事を再確認して、少しばかり胸を撫で下ろした。まだ状態は落ち着いた訳ではなかったが、其れでも主人と仰ぐこの娘御を目の前で失うかもしれないというラインは過ぎたようで安堵した。
 現場に居合わせて数分から数十分程が経過したか。其れぐらいには体勢を整える余裕も取り戻すくらいに回復したらしかった。苦しげにダランと伸ばしていた四肢を折り曲げ、軽く動作を確認したのちに起き上がる様子を見せたところで問う。
「其れで? 今回のは一体何が発端で起こったんだ……? ――あぁ、まだ喋るのも苦しければ無理に答えなくて良い。呼吸が落ち着くまでを待とう」
「……たぶん、動き過ぎたのが原因かと……っ」
「その言い分だと、発作を起こした要因に心当たりがある言い方だな」
「ッ…………十中八九、就寝前となる刻までほぼ休み無く体を動かし続けた所為……だろうにゃぁ……っ。このところずっとせわしなかったし……胸の苦しさに喘息でも起こしたんかって感じの息苦しさを抱えて、早一月ひとつき経ってしもうたしのぉ…………っ。風呂入った後が一番苦しゅうてな……其れが落ち着かん内に飯食ったり何たりとしてしもうたきに、どうも悪化して過呼吸起こしてしもうたみたいやんなぁ…………っ」
 まだ通常通りの呼吸に戻るには程遠いのか。辛そうに肩で繰り返し息をする審神者は、弱々しくか細い掠れ声で其れだけを何とか絞り出して答えた。もう少し待ってから会話に持ち込めば良かったか。少しばかり気が急いて、無理をさせてしまったようだ。未だ呼吸が落ち着き切っていないというのに、あまり間を置かずに質問攻めにしてしまった事を悔いた。
 一先ず、審神者が道半ばという状態で倒れていた現状は把握した。過呼吸の対処法として此方が遣れる事と言えば、審神者がこれ以上無理をしないよう見張りつつ楽な体勢を取らせたり、移動の際の支え役及び運び役となるくらいだ。幸い、審神者がする事と言えば、後は就寝する為にとこの準備を整えるくらいで、その後は大人しく床に入って寝るだけであった。流石に着替えは自分でするだろうが、移動だけでも手助けしてやった方が無難だろう。
 起き上がった審神者へ早速肩を貸してやるべく、線の細い彼女の背中へと腕を回して、一緒に立ち上がろうとした時である。顔を上げた彼女の眦から頬を伝ったであろう光の筋の跡を見留て、半ば脊髄反射で覗き込んでいた。
「主人よ、あんた泣いたのか……? 目尻から頬にかけて涙で濡れた跡がある」
「ん……あぁ……、此れな。……一回、呼吸が落ち着きかけたところで、メンタルに来てしもうてやな……其れで、また過呼吸ぶり返して、身動き取れんようになってたところで、君が来たという次第さね……っ」
「ただでさえ苦しかっただろうに、すぐに駆け付けてやれずにすまない……」
「いんにゃ……別に構わんよ……。厭な慣れじゃが、もう慣れたしの」
「そういうものは慣れなくて良いんだよ、全く……。ただ呼吸をするだけでも辛い思いをしているところに苦しい事が重なれば、そりゃ精神面も弱ってしまうというものだよ。恥じる事でもないさ。寧ろ、あんたは辛い時程我慢するという悪い癖があるからな。辛い時は“辛い”と口に出すのだって重要な事だぞ。特に、こういう時こそ口に出して欲しいところだがね」
「はは……前処しとくよ…………っ」
 心身共に強く負荷が掛かってしんどいのだろう。何とも弱々しい声音でボソリと吐き出すような返事が返ってきた。其れを聞きつつ、よろりと軸をふらつかせる審神者の体を支えてやりながら奥の間の私室兼寝室へと連れて行ってやった。
 間接照明だけを点けて僅かながらも部屋に明かりを灯し、襖戸へ背中を凭れ掛からせるように腰を下ろさせてから他の物に手を付けていく。明かりすら点けていなかったところから察するに、これから寝る準備を整えるところだったらしい。今の状態から動かすのは、まだ呼吸が落ち着き始めたばかりで体に酷だろう。ならばと思い付いた事を実行するべく、後ろ背で休んでいる審神者へ向けて言葉を投げかけた。
「主人が普段寝るのに使ってる寝具は、確かこの押入れの中に仕舞っていたよな? 収納場所が合っていて、且つ俺が触って問題無ければ、このまま布団を敷いて寝る準備を整えてやるが良いかい?」
「ぇ……何も其処までしてくれなくっても自分でするのに……」
「先の今で無理しなさんな。あんたは大人しく其処で休んどきな。布団が敷けたらとこまで運んでやるから、其れまで良い子で待っていてくれ」
「動けない程じゃないから、別に大丈夫なのに……過保護だなぁ」
「過保護にもなるだろ。ここ直近で何度過呼吸を起こしたか、自分の胸に手ェ当ててよくよく考えてみるんだな」
「……確かに……ずっと過呼吸気味で息苦しいとは言ってたけれども…………っ」
「分かったなら、俺の言う事が聞けるな? なあ、主人や」
 わざと含みのある圧を感じる言い方で言い含めれば、渋々ながらも言う事を聞く気になったらしい審神者は、そのまま背後の襖戸に体を預けてだらりと力を抜いた。脱力して四肢を投げ出す様は、如実に体のしんどさを表しているようで何とも言い難い気持ちになった。出来る事なら、その辛さを代わってやりたいところだが、そんな事が出来ていれば端から願ったりなどしない。手入では治らないのが人間の不便なところであった。
 取り敢えず、さっさと布団を敷いてしまって早くちゃんとした形で休ませてやった方が賢明だろう。手早くとこを整えてやってから、後ろを振り返り見つつ再度声をかける。
「敷けたぞ……っと、何やってるんだ?」
「……手の動作の再確認してただけさね」
「何処か動きの悪い箇所でもあるのか……?」
 見れば、何やら掌をぐっぱぐっぱと開いては閉じてを繰り返す動作を行っていて、不思議に思い首を傾げて問えば、次のような返事が返ってきた。
「いや……さっき過呼吸起こした際に、両手と顔の筋肉が強張る感じで硬直起こして痺れ感じとったから……痺れが取れたかなぁーとか、動作悪い感じとか無いかなぁーって確認したかっただけ……。一応、だいぶ痺れ取れてきたみたいやし……大丈夫かな」
「そういう事は真っ先に報告する事……! 審神者足る者、何事も報連相すべしって養成所で習った筈だろう!? まさか忘れたとは言わないよな!?」
「そもそもが俺、養成所出てないし……。俺、中堅どころの審神者だけども、古参勢寄りな立ち位置だから……初期の頃は養成所とかまだ無かったんよな……。有っても、まだ数が少なくて……田舎の方なら尚の事その恩恵は受けられない訳でして……。ので、前提から間違ってるんだよなぁ〜……」
「今そういう揚げ足取りは良いから! ……ったく、何で重要な事程後回しで小出ししてくるかね、この子は……っ!」
「呆れて物も言えない程なら、放っておいてくれても良いよ……? どうせ後は寝るだけだし……こっちの事はこっちでやっとくから、孫さんは用が済んで気も済んだなら部屋へ戻ってお休みよ」
「ああ言えばこう言うところが食えないね、本っ当に……っ。そう捻くれても俺の目には可愛いだけだぞ、主人や」
「好き者かな」
「人斬りの花形たる俺を近侍に据えといてよく言う。そっくりそのままお返しするよ」
「ふふ、……其れもそうか」
 軽口を利ける程には回復出来たという表れか。全く手の焼ける御仁だ事。けれども、自ら手をかけて世話を焼いてやる事そのものには優越感を覚えど、嫌悪感や忌避感なるものは感じなかった。全ては愛しい人の子が成す事だ。“可愛い”と称した事は、強ち間違いでもなく、見たままを告げたつもりであった。冗談で甘言を垂れる程軟派なタチでもなし。兎にも角にも、口元に笑みが戻るくらいには回復出来たと知れただけでも良しとしよう。
 審神者の言う通り、当初の目的である“とこを整える”という目的は果たした。寝る為に寝間着へと着替えたりなどがあるだろうから、この場に己が居座っていては邪魔になるだけだろう。用が済んだなら速やかに退室すべきだ。夜も深くなる頃合いに女人の寝室に居座る方が勘違いを起こさせてしまうに違いない。此処は、なる早で退室するが吉だ。
 言うが早いか、くるりと踵を返すなり出口を目指して進みながら端的に差し障りない口調で以て別れの挨拶を告げる。
「それじゃあ、主人の着替えのお邪魔にならん内に退散するとしようかね」
「おや、君の事だからてっきり居座るのかと思ったんだが……?」
「俺が着替えさせても良いが……そうすると、手を出さないままで居られるか怪しかったんでね。主人が望むのなら、俺が脱がせて着替えさせてやるのもやぶさかじゃないが、手を出さないという保証は出来かねる」
「流石は狂犬様……お盛んなご様子で結構な事だの。明らかに骨と皮みたいな痩せぎすの魅力/Zeroな野郎にも、そんな欲が湧くのか甚だ疑問だが……」
「うっかり気を抜いたら手を出しかねんという事は、そういう事だよ主人。流石の俺とて、血の気の薄い白けた顔色をしたところを襲う程飢えてもいないし、野蛮でもないんでね。今日のところは何も手出しせずに大人しく寝に帰るとしよう。……但し、次同じような晩に会う事があれば、その時は覚悟しておけよ」
 遠回しに自覚しろと念を込めて釘を刺せば、一応は理解したらしい審神者が相槌で以て返事とした。ほんのちょっとばかし凄みを出したのが効いたようで何よりである。


 ――その後、夜中も夜中過ぎの時間が回った頃。
 不意に、ぱちりと目が覚めたついでに厠へ行った帰り道。様子見とばかりに足音を忍ばせて離れの間へ近寄れば、己が点けた間接照明の明かりが落とされぬまま明々と寝室から漏れ出ているのが目に入った。もしやと思いスタンッと小気味良く襖戸を引けば、案の定起きていたらしい審神者の姿が其処には在った。
 過呼吸を起こして具合を悪くしたばかりではなかったのか。てっきりあの後、大人しくとこへ入ってすっかり寝入っているものとばかりに思っていたのに、何故まだ起きているのか。暗にそう言わんばかりの目でじとりと見遣れば、あっけらかんとした口調で弁明を口にした。
「すまん……静かにしてたつもりだが、気配やらで起こしたかね?」
「あんた、何でまだ起きてるんだ……」
「過呼吸起こした後は息苦しくってね……厭に目が冴えちまって。疲れた体に悪い事だと理解した上だが、目が冴えちまっている以上寝るに寝れんくてしょうがなかったんよ……。ので、眠気が来るまで読書にでも勤しんでいようかなと思い至って、本を読んでおりました」
「体に悪い事を理解した上でやるのが尚タチが悪いわ」
「お褒めに与り光栄ですわ」
「褒めてない、全く褒めてないぞ今のは。寧ろ叱り付けているんだが??」
「眠気が来ん以上は仕方なかろうて……。この事は、他の子等には他言無用で見逃してちょ」
「はあぁぁ〜……っ。困った人だね、俺の主人は」
 怒られているという自覚はあるのか、一応の反省はしつつも、他には他言無用で見逃せと仰せと来た。此れにはあからさまに盛大な溜め息を吐き出してみせた。小首を傾げて肩を竦めて小さく御免ねポーズを決めて可愛くお強請りしたつもりなんだろうが……あざとい、あざと過ぎるぞ其れは。しかも、用心棒たる己に向かって為すのだ。呆れながらも許す他無かった。案外、己は審神者が関わるとチョロい部類に入る刀なのかもしれない。何とはなしにそんな事を思った。
「他言無用の件と、事情が事情故に目を瞑る件は、承知した。その代わり、あんたが寝付くまで決して離れないからな」
 そう言いながら険を削いで歩み寄って行けば、審神者は表情を和らげて朗らかに笑んだ。
「ふふっ……孫さんならそう言ってくれると期待してたぜ」
「期待に添えられたのなら僥倖。……で? 何の本を読んでいるんだ?」
「読む暇無くて積み上げてばっかだった内の一冊さね。ここのところずっとドタバタしてて、本読む暇すら無かったからな……。読み途中のまま放置してたやつになるんだけど、お陰で読むの再開しても前後の展開忘れてて、ちょっと前の頁まで戻って内容把握し直してたところだったんよ」
「へぇ。どんな内容の話なんだ?」
「えっと…………物凄い広義的に言えば、時を超えた恋愛物と言いますか……転生物とも言いますか……。取り敢えず、そんな感じのストーリーです」
「何で具体的には教えてくれないんだ?」
「ぇ゙……や……だって、コレ……正確に言えば二次創作の類の小説だし…………俺の秘蔵の一冊だし……。所謂同人誌なる物だし……? しかも、“刀さに”を題材にした内容だし…………っ」
「ほぉ……? つまりは、俺達刀剣男士と審神者なる者達の恋物語を綴った内容の物、という事か。成程? で……主人が今読んでるのは、どの刀がお相手設定の物だ? うん?」
「食い気味で訊いてくるじゃん〜っ。興味津々か??」
「そりゃあ、主人が好んで読む読み物は何かなんて、気になって当たり前だろう?」
「ちなみに、今読んでるのが誰お相手か言ってもジェラったりしない……?」
「其れは主人の反応次第だな」
「じゃあ言わないし教えない」
「まぁ、今の反応で少なくとも俺以外の刀相手なんだろうなという事は把握したよ」
「ただの小説本くらいで妬くんじゃないよ、器ちっさいなぁ!」
「悋気を抱かずに居られる訳がないだろう。ただでさえ、この本丸の刀数は多い。その上で、俺が顕現したのはつい最近の事だ。顕現順からして遅れを取っているのに、主人が興味関心を向ける矛先にすら遅れを取っていたら負け確じゃないか。まぁ、何の手も打たずして負ける気など更々無いが」
「しょうもない事で対抗心を燃やすな。……こう言うのも今更感強いけども、安心おしよ。孫さんの存在は、既に俺の心の深ァ〜いところにぶっ刺さって抜けないから。なあ? 俺のハートを奪った張本刃様よ?」
 そう言ってニヒルな笑みを浮かべて此方を見据えてきた審神者に、思わず目を瞠った。日付が変わる前までと同一人物とは思えぬ程の変わり様。否、此方が本来の彼女の素であったのだったか。思い直したところで腑に落ちる感情が一つ。どうやら、自分は思っていたよりも審神者に気に入られていたらしい。そうでなくば、審神者公認の用心棒など務まる筈もない訳だが……さて。
 思わぬところで貰えた嬉しい一言に、単純な思考が舞い上がらぬ訳がなかった。たったの一言で要らぬ悋気を抱いた事を帳消しにしてくれるのだから堪らない。此れだから、この人の子を手放したくないと思うのだ。
「ふっ……なら、主人のハートを奪った責任を取らないとだな」
「具体的には、どういった形で……?」
「そうさな……愛で、かな?」
「愛かぁ〜っ。其れは其れは、何とも擽ったい響きだ事!」
「だが、嫌いじゃあないんだろう?」
「ふふっ……うん、そうだよ? 何方かと言うと好きだな」
「なら、尚更その思いに報わねばな。精々執着される覚悟を決めておいてくれ」
「既にもう其れなりの執着は受けてるし受け止めてるんだがにゃあ」
「後からになって重過ぎるの何のと拒否られたくないからな。念には念を入れての事だよ」
「成程、返品不可にしたい訳だ。だが、俺も大概重たいタチだから、その時点でお相子なんでは?」
「……本気で娶る方向で話を進めに行くか」
「ア゙ッ、今要らん事言ったかも……」
「前言撤回は無しだからな??」
「ひゃぃ…………圧が凄いんよ…………ッ」
 言質は取ったとばかりに押し強く言葉を重ねれば、軽く引いた態度で身を縮こまらされた。そんな小動物みたいに怯える様を見せられても、ただただいだけだった。此れは是が非でも本格的な方向へ話を進めに行くとしよう。
 そう意思を固く決めたところで、読みかけの本を膝に抱きながらボソリと呟いた。
「いつの間にか俺を娶るのどうのって話になってるけど……孫さんに娶られる事其れ自体は百歩、いや、一億歩譲って許したとしてもよ? ……俺、今の時点でかなり諸々の面において面倒臭い人間だと思われるのだけど…………其れでも娶りたいと?」
「何なら今すぐ此処で夫婦の契りと称して抱いても構わんが?? 其れでも主人が納得しないのなら、朝までだろうが昼までだろうが抱き潰す勢いで分からせてやろうか」
「婚前性交は色々と角が立つと思われますので、せめて婚姻後の初夜までお待ちなすってくだせぇまし……!」
「俺に抱かれる事に嫌悪感や拒否感は無いという事か……」
「孫さんに求められる事自体は別に嬉しい以外の何物でもないので、其処は安心してくれて良いのだけれど…………」
 全く、此れで一瞬でも怯えをおくびに出したとは思えん回答を寄越すもんだから驚きだ。恥じ入る仕草を見せたかと思えば、あっけらかんと言いのけたり、見ていて飽きない愉快極まりない人だ。故に堪らなく惹かれるのだ。変なところで恐れ知らずな胆力ある豪胆さが、彼女の惹き付ける魅力だと思う。
 例え、傍から見れば手折れば儚く散る程にか弱い命を抱えた人の子だろうと、その身に宿した本性は己と似通ったものだ。ただじゃ転ばぬし、ただじゃ起きない、飛んだじゃじゃ馬娘。そんな審神者が俺の主人であり、この先一生付いて行くと決めた伴侶だ。好敵手が多かろうと、射止めた者勝ち。喧嘩はお手の物故に望まれれば買うだけだ。嫁取り合戦で最後に残るは、この俺、審神者公認の用心棒たる孫六兼元である。他に譲る気は一切合切無い。


執筆日:2024.09.05
公開日:2024.11.05
加筆修正日:2025.11.02