長雨の時節は、いつもそうだ。長雨による陰気に誘われてか、厭な湿度と共に澱みを連れてやって来る。
 ――夢魔。其れは、悪夢を見せる忌み嫌われる輩であり、審神者が疎む存在である。そして、雨季の頃になると決まって審神者を苦しめんとして、その姿を見せにやって来る。
 今年は、梅雨入りした途端の事柄であった。審神者が、またぞろ悪夢を見たのだと言う。この審神者において、夢見の悪さは今に始まった事ではない話だが、其れにしても毎度毎度その内容を語り聞くに精神衛生上の心配をする始末だ。悪夢が続けば、人は心を病む生き物である。夢魔は其れこそを目的としている訳だ。
 夢魔は人の夢を介して悪さをする存在である。ならば、その夢を見ている者に対する監視を行えば良いのではないか。夢を介して干渉する事など、端くれ如きであろうとも神の位に付く者であれば容易い事だ。故に、一振りの刀が此れに名乗りを上げた。鬼を斬った事で有名な、鬼丸国綱であった。
 夢魔とは、則ち悪魔の一種であり、西洋から流れ来た悪しき存在である。東洋的に言い換えれば、悪魔とは鬼とそう変わりないものであると言えよう。鬼も悪魔も、人を害する存在であり、人を食い物とする存在だ。そんな存在が、おのが上司と仰ぐ審神者に憑いてしまわぬ内に祓ってしまった方が得策であろう。そのように考えた末に夢守ゆめもり役として名乗りを上げたというのが、今回のざっくりとした内訳である。

 日もとっぷりと暮れて宵の深き頃合いとなる頃。審神者が安心して眠る為の側仕えとして本体を預けた鬼丸は、厳重に張り巡らせた結界との境界を越えて侵入してくる存在に呼応するように内なる眼を開眼する。そして、とこに横になって眠る審神者の枕元で桜吹雪と共に顕現し、「彼女へは指一本触れさせてやるものか」と言わんばかりの気迫を醸し出して抜刀した切っ先を突き付けた。
 彼は一言だけ口を開いて告げる。
「……大人しく俺に斬られるが良い」
 地の底を這うかの如く声音であった。平時とは異なる覇気を纏わせて得物を構えた鬼丸は、侵入した悪しき輩を一薙ぎで斬り伏せてしまった。邂逅して一瞬の瞬きの間に過ぎた出来事である。慈悲の欠片も一つの迷いも無い、見事な一太刀。文字通り逃げる隙すらも与えられずに斬られた夢魔は、今際いまわの最期の時として振り絞るように断末魔の声を上げながら塵と化して霧散した。此れで、同じ夢魔からは二度と害を受ける事は無いだろう。
 事は片付いたと、手にしていた抜身の刃を鞘へと納刀し、くだんの彼女の眠りは遮られていないかを確認した。見遣れば、穏やかな寝息を立ててぐっすりな様子の審神者がむにゃむにゃと表情を緩めていた。平穏無事である事の確認が済むなり、一つ安堵の溜め息をいて、眠る彼女の傍らへ添うように腰を下ろす。そうして、ついでとばかりに武骨な掌を彼女の頰へと添わせた。するり、と撫ぜれば、手入れの行き届いた滑らかな肌が掌の内へ吸い付くような感触を受ける。其れに小さく笑みを零してボソリと呟く。
「お前は、そのままゆっくり深く眠っていろ……。また鬼が出た時は、今宵斬り伏せた時と同じく俺が斬ってやるさ。其れが俺の役目だからな。……お前は安心して身を委ねているだけで良い」
 鬼を斬る刀は、今日も今日とて鬼を斬る為、審神者の夢守役を担う。


執筆日:2024.07.01
加筆修正日:2024.07.02
公開日:2024.07.23

【後書き】
支部企画の雨テーマに添うお話を書きたくて書き出してみた鬼丸さんのお話です。
梅雨入りした途端に、またとなく夢見の悪さを発揮しだした作者のリアル事情も加味してお送り致しました。
まぁ、私の夢見の悪さは季節問わずな話ではありますけれども……。
雨降る日のが確立的に割増な気がするので、我が本丸の刀剣男士諸君に夢守役を頼みたく思ったのが切っ掛けです。
どうせ見るなら良い夢の方が良いに決まってるべ……(連日寝不足からの遠い目)。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださったpixiv様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。