Cry for the moon




じぃ…っ、と隣に座る小さな少年の姿を見つめる夢衣。



(―空気ぶち壊しになるから言えないけど、本当、ファルロス可愛いよな〜…。もふもふの髪の毛、触り心地良い…っ!これ、夢だとしても最高だわ…。)



場の雰囲気が雰囲気だけに、こちらもシリアスに陥っているのかと思いきや、内心、全く別の事を考えていた彼女。


…心なしか、僅かに頬が緩んでいる。


そんな彼女には気付かぬまま、ファルロスは彼女にされるがままに話を続けた。



「本当は、違う世界の人間を連れてくる事はタブーとされているんだ。あらゆる時の流れに、歪みが生じてしまうからね。もちろん、それは君の時間にも…。」

『そっか…。そりゃ、そうだよね。何かを為すためには、対価が必要になる…当然の事か。』

「でも、君の場合、それだけじゃない。もし、無事にこちらの世界に来られたとしても、再び元の世界…また、元の時間軸に戻れるかは、分からないんだ…。」

『え……?』



頭の上を行き交っていた手の動きが止まる。


それまで、頭を撫でられているままであった彼が、顔を上げた。


見やれば、彼女の表情には、驚きや混乱の他に戸惑いの色が浮かんでいる。


彼はそんな彼女の心情を落ち着かせるように、頭の上で固まった手を取り、そっと包み込んだ。



「君にとっては突拍子もなく、とても迷惑な話だと思う…。それでも…、僕の…“彼”の頼みを引き受けてくれるかい…?これは、危険の伴う事だ。強制はしない…。君の意思を尊重するよ。」

『…つまり、私がファルロスの返事に頷いたら、そっちの世界へトリップしちゃう…、という事になるかな?』

「うん。大雑把に簡単に言えば、そうなるのかな…。」



神妙な顔付きで、夢衣の返答を待つファルロス。


だが、既に彼女の中で、答えは決まっていた。


夢衣は、澄んだ瞳で真っ直ぐと彼の目を見据え、向き合う。



『…分かった。その頼み、引き受けるよ。』



そう答えた途端、握られる手の強が増した。


彼は、真面目な表情で真剣な眼差しを向け、最後の問いを投げる。



「本当に、それで良いの…?決めてしまったら、もう後戻りは出来ないよ……?」

『…うん。私、もう決めたから…!だって、君達の事、色々知ってるもん。どんな事を経験したのかとか、どんなものを抱えてきたんだ、とかさ…っ。知ってて、それを黙って見過ごすなんて出来ないし…。何より、悲しそうに笑うファルロスを…今も縛られたままの“彼”を、放っとけないよ。』



深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して深呼吸をすると、顔を上げてはっきりと告げた。



『こんな私でも良ければ、協力させてください。宜しくお願いします…!』



自身の覚悟を決めた意志を伝えると、詰めていた息を吐き出すように、ファルロスは複雑そうながらも頷き、少し安心した様子で肩の力を緩めた。


彼自身も緊張していたのかと感じた夢衣は、安心させるように彼の手を強く握り返した。



『…なんだか、夢みたいだなぁ。こうして、ファルロスと出逢えるだなんて…。』

「まだ、現実で起きた事だと、信じ切れていないかい…?」

『うーん、ちょっと、ね…。だって、今まで夢に見てきた事が現実に起こってるんだし…。あんまり現実味がないというか、実感湧かないや…。』

「でも…これは現実だよ。それだけは、変わらない事実であり、今だ。」



―そう、周りを見ても分かる事…。


二次元に存在する人物との邂逅、そして、自分と彼以外の人間が存在しない異質な空間。


物理的に有り得ない事であるが、本当に本当の現実に起こった事なのだ。


夢でも幻でもない、嘘偽りのない、本当の出来事。


簡単には受け入れがたい事実ではあるが…。


彼女は…篠原夢衣は、それを受け入れた。


―どういう訳あってか、二次元の世界に干渉してしまった夢衣。


落ち着かない胸の高鳴りを抑え、隣にいるファルロスへと話しかける。



『それで、私はこれからどうしたら良いのかな…?』

「あぁ、そうだね…。もうじき、この列車は目的地に着くよ。君は、そこで降りれば良いだけ。着いた場所から、君の運命が動き出すよ。」



彼がそう意味深に呟く。


すると、止まっていたように感じていた列車が突然動き出した。


ガタンゴトンッ、と揺れ、音のする車内。


真っ黒で何も見えなかった窓の景色が、流れ始める。



「―そういえば…まだ、君の名前を訊いていなかったね。」



彼はふと瞳を閉じ、再び開くと、怪しげな色を纏わせた瞳で彼女を見つめた。


その色に含まれるのは、何処か惹き込まれてしまうような、人でない彼であるからこその不思議な色…。


夢衣は、その色から視線を外せずに見とれる。



「出逢って最初に訊くべきだったのだけれど、タイミングを逃してしまっていたからね。今更になってしまうけど…君の名前を、教えてもらっても良いかな…?これからずっと一緒にいるなら、君を呼ぶ時に困ってしまうからさ。」



小首を傾げながら、大きくて丸い瞳を輝かせて問いかけてくる。


可愛らしくも、どこか不思議で恐々とした感じのする少年、ファルロス。



『―私の名前は、篠原夢衣。これからよろしくね、ファルロス。友達として、仲間として、色々とお世話になります…!』

「友達…。うん、そうだねっ。僕達は、友達だ。」



一瞬、きょとんとした表情を見せたファルロス。


しかし、次の瞬間には、嬉しそうに笑って右手を差し出していた。


彼女は「待ってました…!」と言わんばかりに握り返し、はにかみながら、勢いよくぶんぶんと振る。


一瞬だけ…彼女の頭の片隅に、ゲームの物語上でのキタローと彼とのこの遣り取りが思い出され、“死神”のアルカナの事が過ったが、敢えて気にせずスルーした。


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