いじける。




某迷宮が在る、謎の八十神高校のフードコート内。


皆が休憩所として集う場所。


…その一角で。


テーブルに頭を付け、ひたすら項垂れる一人がいた。


顔はイケメンでワイルドの資格を持つ一人、サブリーダーを務める、都会マイルドなカッコイイ男…のはずなのだが。


今はどこか虚ろで、魂が抜けかけた残念なイケメンに…。



「…なぁ、悠。お前、死んでないか?」



その横でテーブルに肘を付き、呆れ顔で言う茶髪の少年…花村陽介が、己の相棒の現状を見て、その身体をつついた。



「………あぁ。」



長い溜めの後による返答。


見ての通り、抜け殻状態な鳴上悠は力無く返事をした。


…これは、重症である。



「え〜っと…アレか?つまりはその、ホームシック…とか?そういうヤツですか……?」

「………菜々子。菜々子に会いたい……。でも…今は無理だ。せめて…せめて、声だけでもぉぉ〜…っ。」

「……シスコンかよ。」



鳴上の口から漏れた言葉は、“菜々子”。


彼の親戚にあたる姪っ子さんの事である。


彼は、小さくて可愛い、まさに天使のような菜々子ちゃんにベタ甘なのだ。


さすが、鋼のシスコン番長。


恋しくなったのか、会えない時間が長過ぎて、崩壊したようである。


いつものキリリッ、と澄ました空気は何処に…。



「菜々子に会いたい…。菜々子の声が聞きたい…っ。菜々子とお話ししたい!菜々子と遊びたい!!菜々子菜々子菜々子菜々子にゃにゃこぉ〜…っっっ!!」

「あああーっ!!もう、分かったから落ち着けよ!?」

「菜々子ぉーっっっ!!うわぁぁぁ…っっっ!!」



とうとう叫び始め、目には涙を浮かべている。


顔をうつ伏せたまま、ダンダンとテーブルを叩き出した。


その肩はぷるぷると震え、我が義理の妹の名を迸らせる。



「〜〜〜っ、…せめてアイツがこっちに戻ってくりゃ、まだマシなんだろうけどなぁ〜……。」



花村は困り果て、頭をガシガシと掻く。



「…アイツ……?」



もはやイケメンの欠片は無く、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた鳴上。


鼻と目の周りが赤くなって可愛らしいが、番長あるまじき姿である。



「…夢衣の事だよ。アイツ、向こうのチームとこっちに来てから、俺らと合流した後も仲良くなったとか何かで、ほぼ向こうのチームに行ったきり…。確か、悠と同じくワイルドの奴…えっと、有里湊だっけ?そいつとも仲良いみたいで…。」



ワイルド同士気が合うのか、篠原夢衣は、元々いたP4の八十神チームより、P3である月光館チームの方へ行っており…番長こと鳴上悠のところに戻ってきていない。


淡々と最近の彼女の現状を喋っていると、段々とテンションを下げていく鳴上に動きを止めた。



「…どうせ、俺なんて必要ないんだろ……?」



目が据わり、今度は違う意味で面倒になった番長。


思わず、顔を引きつらせる花村。



「ゆ、悠…?そ、そんな事ないだろ…?アイツは、単に気まぐれで遊びに行ってるだけで、そのうち戻ってくるって…。」

「でも、その夢衣は、有里のところにいるんだろ…?リーダーは俺より、アイツの方が良いもんな…。俺なんか務まりっこないもんな、そうだよなぁー…。」



さらにテンションを急降下させた彼は、次第に不機嫌なオーラを放ち始め、完全いじけモードに突入したのだった。



「夢衣…。夢衣は俺の事、嫌いなのかなぁ〜…?」

「そ、そそそんな事ねぇって!!菜々子ちゃんとは、今会えねぇけど、夢衣の奴とはいつでも会えるんだからさっ!なっ!?」

「…そういえば最近、夢衣とは全然会ってないな…。はは…っ、俺の事なんて、忘れられてたりして…。まぁ、夢衣が楽しんでるんなら、良いか……。」



ふ…っ、と暗く笑う番長は、ぶつぶつと自虐的な事を呟き続けた。


その様子に、次第に怖くなった花村は、逃げ去るように何処かへ去っていったのであった。


―刻を同じくした頃…。


P3チームがいる、フードコート内の別の一角にて。



『天田くんって可愛いよね〜っ!ショタなとことかさ…!コロマルも、もふもふしてて可愛いねぇ〜…っ♪』

「や、やめてくださいよっ、もう…っ!」

「わん!」

「コロマルさんは、“素直に嬉しい!”だそうです。」

「楽しそうだなぁ、お前ら…。」



そこにいたのは、花村達二人の間で話題になっていた彼女…篠原夢衣と、天田乾・コロマル・アイギスの4人。


そして、そのメンバーの会話を目の前で聞きながら、少し呆れ気味に溜め息を漏らす荒垣真次郎であった。



「夢衣ー…っ!!」

『んが…?』



猛ダッシュで駆けてくる花村に呼ばれ、反応した彼女。


もっとマシな反応はないのだろうか…。


女らしさの欠片も無い乙女ではあっても、一応は華の女子高生だろう。



『どったの花村?そんなに慌てて…。』

「っ、夢衣!ちょ…っ、こっちに来てくれ…っ!今すぐ…っっっ!!」

『え…何々?何かあったの…?』

「良いから来てくれ…!そしてアレを何とかしてくれよっ!!」

『アレ…?アレって何?』

「相棒がホームシックなの…っ!!分かる!?」

『……あーっ、…なる。シスコンの菜々コンが拗れちゃって、とうとう崩壊しちゃったって訳ね?(笑)』

「全然笑えねぇーよっ!!冗談どころの話じゃねぇんだよ!?マジで怖いのぉっ!!お前、ここんとこ、ずっとそっちにいっから…そのせいもあって、手ぇ付けられねぇんだ…っっっ!!」

『わぉ…っ!マジでか!?』



肩で息をしながら、青い顔で急かす花村。


そんな様子の彼を見ても、呑気な夢衣は、今言われて分かりました顔だ。



「あの、サブリーダーがどうかしたんですか…?」

「つか、シスコンって…?」

「現在の状況を分析したところ、重大な事態が起こっていると解析しました。サブリーダーが再起不能…。これは、リーダーである、湊さんにも大きく関わる事であります。早急に解決しなければなりません…っ!」

「解決って…。相棒の事、遠回しにどうでもいいような風に言われたんですけど……。」



話を聞いたアイギスが、どこかズレた発言を構し、率直に有里湊優先である事を口にした。


それを聞いた花村は、軽く落ち込んで項垂れる。



『う〜ん…。私が行ってどうにかなるなら、行くかぁ〜っ。』

「うん、そうして…?何かもう、これ以上言う気失せたわ…。」



すっくと立ち上がり、マイペースにとてて…っ、と歩いて向かう彼女。


その後をよろよろと付いていく花村であった。


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