おてんば娘!



ブリタニアの地には、リオネスやキャメロットの国の他、極小さな一国が在った。

その国は、ブリタニアの南方に位置し、王都キャメロットの隣国であった。


「―お、お嬢様…!どちらへ行かれるのですか!?お待ちくださいぃ…っ!!」
『別に、何処だって良いでしょ〜う?放っておいてぇ〜。』
「そういう訳にはいきません…!これから、隣国の王都キャメロットの新王がお見えになられるのですよ…!?お嬢様も会見にご出席なさった方が…っ!!」
『私には関係ないじゃんか。どうせ、お父様に会いに来たんだから、居ても居なくても変わんないでしょ〜?』
「し、しかしですねぇ…っ!!」


その国の中心に建つ城の外側の長い廊下を、一人の少女とお世話係と思しき女性が駆けていた。

正しくは、走り行く少女を追いかける女性…であるが。

二人は、廊下を駆けながら会話をしていた。

まぁ、何とも奇妙な会話の仕方だが、理由は…少女を追いかけるものの、一向にその足を止めてくれない為であった。

追いかけていた女性の方は、既に息を切らしているようだった。


『どうしても出ろって言うなら…会見の終わり頃に、ちょっと顔出しするくらいならしてもいいけど〜…?』
「でっでは、その事を陛下にお伝えしてきますのでっ、逃げるのはお止めください…っ!!」
『別に逃げてないよ…?』
「は、はぁ…ッ!?」


ようやく速度を緩めた少女に、お世話係の女性は膝に手を付き、息を整えた。

少女…エミル=ロアッソは、至極不思議そうな顔で付き人の女性を見やる。


『私は、そっちが何か追いかけてきたから、走ってただけだよ…?』
「それを逃げている、と言うのです…。はぁ…っ、追いかけっこなら、私ではなく見習いの者となさってください…。」
『鍛えが足りてないねぇ〜…。』
「私は、本来、お嬢様の身の回りのお世話のみを任されている身です!!身体を激しく動かすような事は、専門外です…っ!!」
『そんなに怒らなくてもいいじゃん…。』


目の前にいるのに大きな声で言うので、エミルは「うるさいなぁ…。」とでも言いたげに眉間に皺を寄せる。


「それで…、何方へ行こうとなさっていたのです…?」
『城下で散歩でもして、暇を潰そうかと。』
「その格好でですか…!?」
『え、ダメ…?だって、いつも着せられてるようなドレスじゃ目立つし、歩きにくいじゃんか。』
「だからと言って、そのような遣える者が着るべき物など…っ!お嬢様は、もっと姫らしきご格好をなさってくださいませ…!!」
『えぇ…っ!?嫌だよ、フリフリのぶりぶりなんて!!』


付き人が言う通り、彼女はこの国の立派なお姫様であった。

しかし、彼女は全くと言っていい程、姫らしくのない姫なのである。

城内で走り回るわ、男のような服を着たりするわ、剣を振るうわ、など…。

姫としては有り得ない行動を取るばかりで、王やその臣下達からは“おてんば娘”やら“おてんば姫”としばしば呼ばれているのである。

当の本人はというと、そんな風に呼ばれている事に対し、別段気にするような素振りは全く見せず。

実際のところ、気にする事でもないようであった。

現在、彼女が着用している服装は、メイドや庶民が着るようなデザインの服である。

もちろん、お城に住むような姫様なので、変装用などで作られた衣服であり、使われている布は上質な物だ。

しかし、幾ら上質な物であっても、姫が普段着のように着回し、ましてや、国交関連で大変偉い来客があるという日に外出着として着るには…些か問題のある服装だった。

そんな事も気にも留めていない様子の彼女は、その格好で城の外へ出て城下を歩くと言うのだ。

確かに、姫であると一目で分かってしまうような格好よりマシである。

だが、そうは言っても、遣える者としては、もう少し服装に気を配って欲しいと思うのが当然の流れであった。


「はぁぁ…。これじゃ、何を言っても聞き入れてくれるご様子ではありませんね…。分かりました。お気を付けていってらっしゃいませ。」
『うん、ありがとう!そんじゃ、行ってきまぁーすっ。』
「何かございましたら、下の者をお呼びくださいね…っ。あと、お忘れずに、ちゃんと会見へとお顔を出してくださいよ…!」
『分かってるってぇ〜…!』


そう返事を返し、再び駆け出すと、元気良く城を飛び出して行ったおてんば姫様…。

その背中を付き人である女性は、深い溜め息を吐きながら見送ったのであった。

―彼女が城下へ降りて行った頃、国の入口門を潜る、とある一行がいた。


「―うわぁ〜…っ!沢山のお店が並んでるね、マーリン!」
「そんなにはしゃぐ事か…?それより、今日何の為に此処に来たのか、分かっているんだろうな?」
「勿論、この国の国王と会見する為であり、今後とも隣国との交流を円滑に進めていく為さ。」
「うむ、ちゃんと分かっているのなら良いんだ。」


一行は、隣国である王都キャメロットから来た王とその臣下である騎士少数に、魔法使い一人という人達であった。

一行の中心で、左右前後を守られるように歩くのは、王である若き少年…アーサー・ペンドラゴンだ。

彼は、まだ幼さの残る顔で、よく笑う快活な少年だった。

少年は、この国の姫と歳を近くして、一国の頂点に立っている。

それは、容易な事ではないし、至極大変な事である。

苦労してきた事なんて、沢山あるだろう。

しかし、周囲に気を配り、自身の辛い事などは億尾にも出さず。

国の為、民の為…と、皆がより良い生活を出来るように国を動かし、身を尽くすこの男は、やはり選ばれし者だと思われる。

少女が暮らすこの国に入ってから、アーサーはきょろきょろと周りへと目を移していた。


「民達の働きぶりは、凄いものだね…。働きつつも楽しそうで、皆、笑顔が溢れてる。」
「それは、この国がちゃんと機能している、という事であろう…?」
「うん…。私も頑張らなくちゃね…。ねぇ、マーリン…?少しの間だけ、城下を見て回ってきても良いかな?」
「王としてあるべき立場、やるべき事を忘れなければ…少しの間だけ、許しても良いだろう。」
「やった…っ!少し見たら、すぐに戻ってくるね…!」
「一人で大丈夫か…?」
「大丈夫、心配いらないよ。ちょっと見て回るだけだから。約束の時間の五分前に、城の前で…!じゃっ!!」


そう言って、アーサーは一人、城下を回る事にしたのだった。

―一方その頃の彼女は、城下のとある開けた場所に立つ木の上にいた。

少し高い位置にある太い枝に、幹へ寄り掛かるようにして座るエミル。

木の下の小道を歩く猫を眺めながら、ご機嫌な様子で、楽し気に鼻歌を口ずさんでいた。


『〜〜〜…♪あはっ、にゃんこったら、可愛い…っ!』


道端に生えた草花にじゃれつく猫が可愛くて、思わず微笑むエミル。

近くに誰も居ない事を良い事に、お行儀の悪い事を気にせず寛いでいるのだった。