おてんば娘!



―アーサーside―

マーリン達に断りを入れると、逸る気持ちを堪え切れずに、早速観光気分で城下の様子を見て回る為、駆け出した自分。

最近は執務が忙しくて、ほとんど部屋に籠りきりだったから、一人の時間はすごく楽だ。

たまには息抜きも必要だな…、と思いつつ、城下を眺め見て回っていると。

少し先の小道に差しかかった所から、何か綺麗な音が聴こえた。

気になって、近くまで来てみると、小道のすぐ脇に立つ木の上に、女の子が居た。

彼女は、器用に木の上で寝転び、楽しそうに唄を歌っていた。

とても澄んだ声で、美しい歌声だった。

城下を見て回る事も忘れ、つい聴き惚れていると、彼女が自身の視線に気付いたのか、此方を見てきた。

その瞬間、ドキリと跳ねた心臓。

少し大人びた顔付きに、可愛らしくぱっちりと開いた猫目な瞳。

柔らかに肩に掛かった、短めの艶やかな髪。

無言で暫し見とれて固まっていると、向こうも今まで此方に気付いていなかったのか、驚き、目を見開いていた。


「あ、あの…っ!」


漸く絞り出した声は、変に喉に張り付いて裏返ってしまった。

思わず声をかけてしまったが、変な奴だと思われなかっただろうか…。

彼女の反応が気になり、不安で口を噤んでいると、彼女は何も言わずに、身軽に木から飛び降りた。

飛び降りる際、ふわりとスカートの中が見えてしまい、すらりと伸びたレギンスを穿いた脚が目に入り、慌て視線を逸らす。

彼女は、そんな彼の視線には気付いておらず、着地した時に付いたワンピースの裾の土を丁寧に払うと、ゆっくりと此方へ向いたのであった。


『―ねぇ、君…。』
「ッ…!?は、はい…っ!」
『今の、聴いてた…?』
「え…?何をです…?」
『…鼻唄。』


まさか、彼女の方から話しかけてくるとは思っていなかったせいで、内容は分かっていたはずであるのに、反射で聞き返してしまった。

どうしたら良いものかと悩みつつ、彼女を見やると、気まずそうに視線を逸らしていた。

一瞬、ポカン…、と気を取られてしまったが、こちらが訊かれている立場だったので、正直に告げる事にする。


「あ、はい…。聴いてしまいました…。」
『マジかぁ…っ!うぅ…っ。』


歌声を人に聴かれた事が恥ずかしかったのか、彼女は手で顔を覆い隠し、俯いてしまった。


「は…っ!もっ、申し訳ありません…!!聴いては不味いと思っていたのですが、あまりにも澄んだ歌声でしたので、つい…っ!」
『あ、いや…。いいよ、別に、謝らなくて…。怒ってる訳じゃないし。』
「本当ですか!?良かったぁ〜…っ。」


安心して胸を撫で下ろすと、どこか可笑しかったのか、少女は小さく笑った。

その姿がとても愛らしくて、再び跳ね上がる鼓動。

自分は一体、どうしてしまったのだろうか?

彼女を初めて目にした時から、胸の高まりが治まってくれない。

何だか、身体まで熱を持ったように熱い。

顔が赤くなっていないか、不安だ。


「あ、申し遅れました。私、アーサー・ペンドラゴンと申す者です。以後、お見知りおきを…!」
『アーサー…?どっかで聞いた事あるような…。』
「貴方のお名前を伺っても…?」
『へ…?あ、うん…。良いよ。あたしは、エミル、エミル=ロアッソ。よろしくっ。』
「エミル殿…。素敵な名前ですね!」
『え…?あ、ありがとう…っ。』


彼女の名前を知れて嬉しくなり、つい思ったままの言葉を告げると、エミル殿は顔を赤らめて俯かれてしまった。

不思議に思い、首を傾げて考えると、気になったので、思い切って問うてみる事にした。


「どうかされましたか?」
『あ、あぁ…。えと…その、あんまり、そういう事言われ慣れてないから…。ちょっと吃驚しただけ。』
「そうだったのですか?聞いた途端、とても可愛らしい名前だと思ったので、思ったままを言ってしまったのですが…。エミル殿にすごく似合うお名前だと思いますし、初めて見た時から可愛いなって思いましたよ!」
『か、かわ…っ!?』


まだ初対面だし、怖がらせないようにと思って笑顔でそう言うと。

耳まで真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉し始めたエミル殿。

あれ…?照れちゃったのかな…?

恥ずかしがる姿も可愛らしいなぁ、と初対面の少女に思ってしまった自分は、王たる者として、些か問題があるかもしれない。

あまり感情が表に出ないよう、緩みかけた表情を引き締めた。


『と、ところで…!アーサーは、何をしていたの?』


先程の褒められた事が抜けないのか、まだ少し緊張した様子で問いかけてきたエミル殿。

あぁ、そんなところも可愛いです…っ!

って、そうじゃないや、違う違う…。


「私は、ちょっと用事があって、こちらに来ました。せっかくこの国へ来たので、用事を済ませる前に、少し城下や街並みを見てみようと見て回っていたところなのです…!」
『へぇ…、外から来たのか…。道理で見かけない顔だと思ったや。観光か何かかな?』
「まぁ、そんなところですっ。」


流石に、王としての公務の内容を彼女に話すのは躊躇われて、適当にぼかして答えた。


『そうなんだ。じゃあ、まだ知らない所、たくさんあるね!』
「はいっ!なので、これから約束のある時間まで、もうちょっとだけ回ってみる予定です!」
『ふむふむ…。それなら、私、城下周辺なら詳しいし…とっておきのお店とかあるから、案内してあげるよ!』
「えっ?よ、よろしいのですか…!?」
『うんっ!丁度、暇潰しに散歩してたくらいだからさ。』


そう言いながら微笑み、『ダメかな…?』と小首を傾げながら訊いてきた。

―なんて可愛らしい仕草で誘ってくるんだ…っ!?

世の男なら堕ちぬ筈がない、放っておけない程の愛らしいお誘いだった。

思わず言葉が詰まってしまい、押し黙ってしまう。

すると、すぐに返事が返ってこなかった事に不安を覚えたのか、自分の顔を覗き込んで来た彼女。

彼女は背が低いので、自然と上目遣いになってしまうのだが…。

そんな仕草さえも、私の心を鷲掴みする訳で。


『あの、もしかして…迷惑、だったかな…?』
「い、いえ…っ!!そんな事は…っ!」


眉を八の字に下げてしょんぼりする様は、何とも言えない気持ちになった。


「で、では、宜しくお願い致します…!!」
『…!うん、喜んでっ!!』
「ッ!?こ、こちらこそ…っ!」


はにかみながら快諾の返事を返すと、さっきまでとは嘘のように、華のような笑みでにぱっと笑ったエミル殿。

この人は…恐らく、無意識でやっているのだろう。

いつ変な輩に絡まれるか分かり兼ねない天然なオーラに、私は、「もっと男としてしっかりせねば…!」と思った。

それから、エミル殿の提案にて、彼女による案内でまだ見ていなかった箇所を細かく見て回った。

沢山のメニューを取り扱い、国一番で美味しいと評判の飲食店や、安くて美味しいちょっとした屋台。

綺麗で美しい花々を売る花屋さんに、高級な物から安価な物まで扱う衣服や装飾品などのお店。

自分が男性である事も考慮してくれ、女性に贈り物をするのに打ってつけだと言う、アクセサリーショップまで教えてくれた。

元気に跳ねながら先を進む彼女は、終始楽しそうに笑っていた。

一瞬、「ずっと眺めていられるくらい、側に居たいなぁ…。」なんて考えてしまい…。

そんな風に思えた自分に驚き、そして、戸惑う。

彼女は、そんな私には気付かずに、次々とお気に入りである場所を案内してくれた。

―そろそろ約束の時間か…と思い、懐にある懐中時計を取り出して確認する。

時刻は、丁度、マーリン達との合流に向かう頃合いを示していた。


「すみません…。そろそろ、約束の時間になってしまったので、行かなくては…。人を待たせていますので。」
『そっか、なら急がなきゃね。此処でお別れするのは、ちょっぴり寂しいけど…色々と案内出来て、楽しかったよ!』
「こちらこそ、わざわざ私の為に時間を割いてくださり、ありがとうございました!おかげで、自分一人では分からなかった事も知る事が出来ましたし、何より…エミル殿と出逢えて良かったです。このお礼は、また逢えた機会にさせて頂きますので…っ!」
『ぇえ…っ!?い、いいよ、お礼なんてっ!私が厚意でやった事だし…。』
「いえ、それでは私の気が済みませんので。是非とも、今度逢えた時は、きちんと御礼をさせてください!!」
『ぅ…っ、わ、分かったよ…。アーサーって、逢ってまだそんなに経ってないけど、意外と頑固…っつーより、強引なんだな…。まぁ、それもアーサーの魅力なのかな?って、今はそんなの関係なくて…っ!えっと、人を待たせてるんでしょう…?場所が何処か分かれば、そこまで送り届けるけど…。』
「(心の声がダダ漏れ…可愛い…っ。)あ、えと…お城の前で合流する予定なのですが…。お願いしても、宜しいんですか…?」
『うん。せっかくだもんっ。最後まで案内係を務めるよ!』


我が儘なお願いな気もしたが、もうちょっとだけ彼女と一緒に居たいという気持ちが強く、控えめに頼んでみると。

頼ってもらえた事が嬉しかったのか、エミル殿は快く受けてくれた。

こうして、もう少しの間だけ、彼女と一緒に行動出来るようになったのだった。