はにぃとらっぷ☆



それは、長閑な昼下がりの事…。

キャメロット新王アーサーは、この街の近くで経営されている店、「豚の帽子亭」へやってきていた。

カランカラン…ッ、と音を立てて開いたドアから中を覗き見ると、忙しなく動き回る少女の姿があった。


「こ、こんにちはぁ〜…っ!」


開店準備をしている彼女の邪魔にならないように、そろりそろりと中へと入るアーサー。

誰かが来たな、という声に動きを止めた彼女は、おもむろに顔を上げて、出入口のドアの方を見やった。

途端に、ぱぁっと明るくなる顔。
彼女…エミルは、テーブルを拭いていた布巾を手に持ったまま、声の主の元へ駆け寄った。


『アーサーっ!どうしたの?団長ことメリオダスに何か用…?』
「あ、いえ。ちょっと近くまで来たので、ついでに寄って行こうかな…と!」


にこやかに返すアーサーは、彼女の笑顔にうっすら照れつつ、開けたドアを閉めながら彼女へと向き合って言葉を交わす。

実のところ…彼は、出逢った時からエミルに気があり、密かに好いていた。

彼自身は隠しているつもりかもしれないが、周りから見れば、それはそれは分かりやす過ぎる程態度に表れていたのである。


『そっか、いつもありがとね!特に予定が無いなら、お茶でも飲まない…?せっかく寄ってくれたんだもん。ゆっくりして行ってよっ。』
「え…っ、いや、お構いなく…っ!私は、此処で見ているだけで十分ですから…っ!」
『そうはいかないよ。お客さんなんだから、遠慮しないで?まだ、開店準備中だけど…もうすぐ終わるからさ。』
「えとっ、わざわざすみません…っ。」


彼をカウンター席に座らせると、エミルは紅茶と軽いお菓子を出して、彼の目の前へと置いた。

「どうぞ。」と言うと、再び開店準備に戻る彼女。

アーサーは、彼女に淹れてもらった紅茶を口にしながら、開店準備を進めていく様子を眺めた。

エミルは、いつも通りのように、足元に置いておいた荷物を抱えようと、腰を屈めた時であった。


『ゔ…っ!』


鈍い痛みが腰の辺りに響き、思わず小さく呻き声を漏らす。

一度身体を起こし、丸めていた背中をゆっくりとした動きで伸ばすエミル。


「だ、大丈夫ですか…っ!?どこか具合でも悪いのですか?」


小さいものであったが…呻き声を聞いた彼は、心配して慌て彼女の元へ駆け寄る。

エミルは腰の辺りを擦りながら、小さく息を吐いていた。


「もしかして、腰を痛めていたのですか…?」
『え…?あぁ、うん…。ちょっと、ね…っ。』
「気が付かずに、申し訳ありません…。痛みが和らぐまで、私が擦りますので。」
『え?い、いや、いいよ…っ!そんな悪い訳じゃないし、そこまで心配しなくても、大丈夫だから!』


変に心配をされた彼女は、気恥ずかしそうに首と手を同時に振る。

しかし、その際に半身を捻った為、再び腰に響く鈍い痛み。

顔を歪めるだけに留まったが、それをしっかり見ていたアーサーは、「無理しないでください…!」と、近くにあった椅子を勧め、彼女の身体を労わりつつ座らせた。

症状はそこまで酷くはないのだが…。

心配をしてくれた彼に悪いので、とりあえず勧められる通りに椅子へ腰かけるエミル。

こんな事で情けないなと内心で思い、乾いた笑みで、「ごめんね、ありがとう。」と口にした。

だが、アーサーは彼女を真っ直ぐに見つめながら、「謝らないでください…っ!エミル殿は、何も悪くないのですから!!」と言った。

腰を痛めた理由が情けなくて閉口していると、言いづらそうにしている様子を察して、彼の方から口を開いてくれた。


「あの、宜しければ…どうして腰を痛めたのか、理由をお聞きしても良いでしょうか…?」
『う、うん…。えっと、体した理由じゃないんだけどね…。』


そう言いながら、気まずげに目を逸らす彼女。


「何か、痛めるような事でも…、ハ…ッ!」
『……?』


彼女を気遣いながら発言していたアーサーは、何故か途中で言葉を切り、唐突に何かに思い至ったのか、大きく声を上げた。


「も、もしかして…、メリオダス殿が原因で…ッ!?」
『え?』
「聞くところによると…。メリオダス殿は、可愛らしくも美しい女性が好みでいらっしゃる模様。そのせいか、エリザベス殿に対して、よくセクハラ行為をなさっているのだとか…!もしや、エミル殿も、その標的に…!?」
『え〜っと…?何で、そういう風に思い至ったのかな…?』


またもや、変に勘違いをしたのだろう彼の発言に、苦笑いを隠せないエミル。

まぁ、そんな風に誤解されるような事を日々やらかしているメリオダスが悪いのだが…。

完全に勘違いしてしまっている彼に、きちんと事実を話そうと口を開きかける。

…が、それは、彼のぶっ飛んだ発言によって阻まれてしまったのであった。


「まさか…っ!無理矢理襲われたのではありませんか!!?」
『いや、違うよ…っ!?』


どう考えたらそんな方向へいくのか…。

すかさず、すぐさまに突っ込んだエミルは、心の内で彼の今後を心配した。

半ば呆れながらも、今度は自身から口を開く。


『アーサー…。メリオダスは悪くないし、関係もないから…。昨日、お酒を仕入れた時に、思いの外酒樽が重過ぎてね。お酒の仕入れを担当したのが、私一人だけだったから、一人で運んだんだんだけど…。その後、結構腰に来てた感じだったから、もしかしたらなぁ〜…なんて考えてたけど。やっぱり、やらかしちゃってたんだと思うよ。』
「そ…、そうだったのですか…。何だか、すみません…っ。早とちりというか、変に勘違いをしてしまって。」
『う〜ん…まぁ、アーサーもお年頃だから。そっちの方向に考えちゃう気持ちも分からないでもないけどね…!』
「うぅ…っ、面目ないです…!」


腰を痛めた理由を聞くと、自分は何という恥ずかしい事を口走ったのか…。

改めて振り返ったアーサーは、顔を赤らめて俯いてしまった。

そんな彼の様子を見ながら、彼女は「本当、純粋だなぁ…。」と思い、小さく笑った。


『ふふ…っ。私も一応女の子だし、メリオダスのそういう事には気を付けなきゃね!と、言っても…たぶん、私は他の子と違って、そんなに可愛くもないし女らしくもないから…。エリザベスみたいにセクハラ行為をされる事は無いと思うけど…。』
「そう、だと良いのですが…。」
『まっ、でも、心配してくれてありがとう…!ちょっと屈んだりするのは痛いけど、普通に生活するのに問題は無さそうだから、大丈夫だよ。』


未だ、心配そうに此方を見遣る彼を見つめ、言うエミル。

実際のところ、そんなに心配する程症状は酷くないし、むしろ軽い方であると思う。

激しい運動などをしなければ、すぐに治るようなものであった。

なので、何事も起こらない限りは、安静に過ごせば良いだけの話だったのだ。

そう、何も起こらなければ、の話である…。