19.温かな陽射しのような

風邪の方はたいして長引くことなく、薬のおかげもあってかピークは3日ほどで治まってくれた。効性物質は5日分きちんと飲まなくてはならないけど、もうリハビリには戻れるほどに体調も良くなっていた。

病院に向かう車中、ずっと上機嫌の総司さん。なぜだか常に笑みを湛えている。


「よかった、元気になって」
「……?」
「伏せって元気のないユイちゃんは、もう見たくないからね…。元気なユイちゃんは安心するよ」
「あ、ん…しん…?」
「うん。元気なのが一番好き」
「………?」


言葉の意味がわからない。わたしの体調の回復を喜ぶ言葉、なのだろうけどなにか喉の奥につっかえるような違和感を覚えた。

"もう、見たくない"とか、"元気"という言葉が妙に引っかかる。

わたし、体のどこかが悪かったのかな…?


聞いてみたいけれど、そんな雰囲気でもない。それに必要以上に言葉を交わしたくないのもある。
引っ掛かりを感じながら、わたしはリハビリ施設のある南館に向かった。


「永倉せんせい…」
「おう!ユイちゃん元気になったか!!」


また言われた“元気”という言葉。だけど総司さんが使った時のような違和感は感じられなかった。

ニカッと笑う永倉先生の頭に巻かれたタオルは真っ白なタオル…。少し日焼けして、茶髪気味の先生の髪にすごく白がよく似合うな、となんとなしに思った。


「あれ…?」


荷物をロッカーにしまおうとして、上着にある覚えを感じた。

それは、なぜか突然に思い出された。

この上着はわたしが事故にあった当日着ていたと、わたしの看病がてら、先日お母さんが家から持ってきてくれたものだ。

事故に合った時のものなのに、って少し思ったけれど…わたしのお気に入りの一つだから。とお母さんが覚えていて、そしてそれを綺麗にして持ってきてくれた事が凄く嬉しかった。

久しぶりにお母さんがわたしにしてくれた優しさに、少し泣きそうになったことを思い出す。

クリーニングに出したって言ってたけど…、何か、違和感を感じる。


「………」


なんの理由もない、確信もない。ただ、気になっただけ。
なのにわたしは夢中でポケットを漁っている。

この中に、見られたくないものがあったはず…!この中に、あの人がくれた大切なものが入っていたはず…!!
何かの記憶がわたしから押しがされんばかりにあふれ出そうとしてくる。

右側…?違う!…左のポケット。


「………っ!」


慌てて反対側に手を突っ込み、底をかいた時に指先にころりと硬いものが触れる。


…あった!…なくならずに残っていた…!


「………っ?」


あれ?…でも

クリーニングに出したのなら…ポケットの中ってチェックするんじゃなかったっけ…?

でも渡された時は綺麗になっていて、洗われた痕跡はある。でも、タグはついていなかった…。



…おかあ…、さん…?



「ユイちゃーん!何やってんだー?」
「あ、はい!」


ポケットの中のものを指先だけ確かめて、何が入っているかは見ないでおいた。
指先で触った感触だけで分かった。


…あの人の瞳と同じ色の…


「……」


まだ、わたしは諦めない…。


「いま行きますー!」
「慌てなくていいぞー。転んだらやり直しだからなー!」


静かなリハビリ室が、くすくすと笑い声に包まれる。それは、ひとを馬鹿にするような笑いとかじゃなく、先生の醸しだす雰囲気がここにいる人たちの気持ちを明るくさせてるんだろうな。
怪我をした子供も、お年寄りも、みんなが永倉先生の一言に笑い、笑顔になっている。

そして、皆が治療に前向きな姿勢を見せている。闇雲じゃなく、ひとりひとり自分のペースで。

励まし、時にからかいながら永倉先生は患者さんに向き合っていた。先生の人柄もあるんだろうけど、この場の空気は、とてもあたたかい。

私は、久しぶりに気持ちがあたたかくなっていくのを感じることができた。

総司さんのマンションに連れられてから、ずっと暗く重たい気持ちが、鉛色の空のようにのしかかり、息をするのもやっとだったけど、この場の空気は私の背中を押してくれる。

勇気をくれる場所だ…!


「じゃ、ここに座って、まずジェットでマッサージな」
「はい。」
「これで凝り固まった筋肉ほぐして、動きを良くすりゃ、捻挫なんてすぐ良くなる」
「はい」
「いい返事だ。焦らず続けよう、な」
「……」


早く治そう、早く、早くと焦る気持ちをたしなめられた気がした。

ちゃんと順を踏んで、もう、もどることのないように。


そしてあの時、掴み損ねた空の青と、あの藍に、もう一度。

もう一度、
手を伸ばして、…約束した人の元へ、わたしは行くんだ…。

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2016/03/30


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