22.指先の確かな感触
ポケット中のものを指に引っ掛け、目の高さまでそれを持ってくる。
ゆらゆらと揺れながら出てきた物は、シルバーのチェーンの通された深い藍色の輝石のついたペンダント。
この色…、一さんの瞳と同じ色…。
深い、深い藍色。
そう。これは一さんがわたしにくれたもの。
"───"
これをくれた時の言葉も、思い…出せた。
"これを俺だと思って、持っていて欲しい…"
目を逸らし、頬を染めながらそう言ってくれた一さん。
身に付けろ。とか、そういうことは決して言わない一さん。貰った時は…嬉しくて嬉しくて…泣いちゃって、一さんを慌てさせちゃったなぁ…。
「………」
でも、どうしてポケットなんてところに無造作に入っていたんだろう…。
とても大切なものなのに、箱にも入れず。こんな乱暴なやり方…。
それに、さっき一さんと会えた時に
"無くさず持っていたよ"
そう伝えたかったと咄嗟に思ったのは、どうしてだろう…。
なぜだろうと深く考えようとすると、何故か背筋がぞわりと泡立つ。
…嫌な予感がして、わたしは記憶をたどることをやめた。それにいろいろ考えこみすぎたせいで、なんだか身体も重たい。
だけど永倉先生にはちゃんと挨拶してから帰りたい。それにまだ一さんがいるかも知れないから…。
また頭痛が襲うかもしれないけれど、あの時、あの藍色の中に見えた一筋の光は、わたしの道標となる筈だ。
指で確認しながら留具を外し、リハビリ室へ行く前に、それを身に着けた。
ヒヤリとした感触と、首元にかかる柔らかいチェーンの感触に、なんだか自分が守られている気分になってくる…。
「─、よし」
小窓のついた扉を開け、そろりと顔だけを覗かせる。永倉先生を探すために、視線を巡らせた。ちょうど歩行練習の方のリハビリを終えて、手が空いているようだ。よかった。
「永倉先生…」
「おう、ユイちゃん!具合どうだ?」
「はい、もう大丈夫です」
「そりゃ良かった!」
ほっと小さくため息をついた永倉先生は、少しだけ周りを見回して、わたしにそっと耳打ちをしてきた。
「………斎藤なら隅のベンチで待ってる。行ってやってくれねえか?」
「…は、はい。…ありがとうございます」
にかっと無邪気な笑顔を返す永倉先生。この先生と接していると、本当に気持ちが軽くなってゆく。
あっちだ。と、そっと指さされた仕切りのの方に、“慌てるなよ”と小声でたしなめられながらも、早足でそこへ向かい慎重にパーテーション越しに声をかけた。
「あ、あの、ユイ…です。入っても、いいですか…?」
「ああ」
「………」
一さんの、低いけれど、よく響く柔らかな声。そっと顔覗かせれば、長椅子に座った一さんがこちらを見ていた。
「はじめ、さん…」
「ユイ…!無事でよかった…!!」
「あ、待ってください。わたし、そっちに行きます」
「あ、ああ…」
わたしを認めた途端、立ち上がり松葉杖を手に取ろうとする一さんを止め、びっこを引きながら一さんの隣に座った。
慌てることなんて普段ないのに。と思わずクスリと笑えば、一さんは頬を染めながら少し憮然としている。
「な、なにがおかしい…」
「だって、珍しいんだもの、一さんがあわてる姿なん、……て…」
なんの抵抗もなく、一さんのそんな姿が見られたことを嬉しく感じた事に、ハッとした。そのせいで突然口ごもった事に気づいた一さんが、眉根を寄せながら小さくわたしのユイを呼ぶ。
「……………」
「ユイ…?」
「あっ、ごめんなさい、なんでも、ないです…」
「………」
何気ない、彼のこと。頭の片隅にちゃんといて…
こうしたふとした会話や仕草で、スッと思い出すことが出来るそしてそれを自然と嬉しいと思えたことが、また、嬉しい。
わたしは、ちゃんと一さんの事を記憶に残している。
その事実が嬉しい。
少しづつ前へ進めている事実に、心も少しづつ暖かくなってゆく。重かった身体も頭も、なんだか軽くなっていった気がした。
ほっと胸を撫でおろそうとして胸元に手のひらを当てた時、ころりとペンダントの輝石が指にあたった。
…あ、この事を伝えないと!
そう思い直して一さんの方を見れば、一さんは思い詰めたように酷く真剣な眼差しをわたしに向けている。
「ユイ、すまない…俺が油断したせいで…」
「一さん、あの、…わたし…」
「─失礼しますよ」
「山南先生!?」
ぺこり。と小さくさ頭を下げ、突然登場した山南先生。
そして先生は一さんの方を向いて、きらりと丸メガネを鋭く光らせ、わたしの事を話し出した。
「斎藤くん。ユイさんはね、事故にあって記憶の混濁を起こしているんです。なので…」
「……っユイが!?」
「ええ。あなたがユイさんとお知り合いと耳にしまして。慌てないよう、今こうして睦まじい二人の間を割って入ったというわけですよ」
「………っ! 先生!」
"睦まじい二人の"、の言葉に過剰反応してしまう。そんなわたしに、先生はやれやれと言った表情で微笑みかけ、そして“それでは”と笑みを湛えたままあっという間にリハビリ室を後にしていってしまった。
多少のからかいを含んだその言葉は、この場の二人の緊張した空気をいくらか解すためのものだったのかも知れない。
固かった一さんの面差しも、心なしか和らいだ気がする。
「そうか…。何故ユイがこんなにも……その、俺に他人行儀だったのは…」
「……」
そんなに、わたし他所他所しかったのかな…。
「ごめんなさい……」
「いや、ユイの所為などではない…俺が不甲斐ないせいだ…」
「一さん…」
「ユイが、俺のことを思い出すまで…俺はいくらでも待つ。だから…今度こそ」
「…はい」
言葉に出さなくてもわかっている。
今度こそ、ふたりで…。
「あ、あの、これ」
「……!」
「なくさず、持っていました」
「……その事は、覚えているのか…?」
「あ、いえ…。ただ…」
─全ては、まだだ。だけど、このペンダントを見た時、一番にそう一さんに言いたかった。そう伝えれば
「…そう、だったか…」
ちょっぴり残念そうに眉を下げながら、でも安堵を含ませながら頬を緩ませる一さん。今これだけの時間で、なんだかとてもたくさんの一さんの変化を見られた気がする。
小さな一歩。だけどわたしにとって今日はとても大きな前進になると信じたい。
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2016/05/19
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