23.絡み合う言葉

一さんとやっと言葉を交わせた。溢れ出る喜び、高ぶる気持ちを抑えようと胸元のペンダントを握り締め、ほっと息を吐いた。

その時──


「ユイちゃん、迎えだ」
「──…はい」
「ユイ…!」
「一さん、ごめんなさい。行かなきゃ」


パーテーションの向こうで、永倉先生の声が硬く、重く響く。

───時間切れ。

頭の中で、その言葉が駆け回る。
目を逸らしていた現実は何一つ変わっていない。わたしはまだ、逃げる為の準備すらできていなかったんだ。


「ユイ。また、ここで…」
「……はい。必ず」


一さんがわたしの手を柔らかく包む。

覚えのある感覚、そしてぬくもり。
早く、すべてを思い出してあなたの胸に飛び込みたい。

どうして、どうしてわたしは、今すぐここで一さんの元へとゆこうとしないんだろう。この時間が唯一のチャンス、なのに。

それは、何かがわたしを思いとどまらせるからだ。

その“何か”がどれほど重たくどろどろとしたものなのか、今のわたしには気づく事はできなかった。

─いや、気付こうとしなかったのかもしれない。

真実を知るのが、何故か怖くてたまらない…。


「はぁ……」


とぼとぼと重たい足取りで総合受付へと向かう。広く静かなその場所に、総司さんの、いやに明るい声が天井の高いホールに響き渡っている。その向かいには、大柄な男性がいて、その人も肩を揺らしながら、何やら総司さんと談笑していた。


誰かと、話をしてるのかな…


「……」
「あ!ユイちゃん!おつかれさま!」


わたしに気づいた総司さんが大きく手を振り、それに伴ってその大柄な人もわたしの方へと振り返った。


「……?」
「…おお!君がユイくんか!」
「はい、近藤さん。僕のお嫁さんになる人ですよ」


あれ、この人、どこかで…。


「そうか!君が総司の……、おや…?君は……どこかで…俺と会った事はないか?」
「えっ!?」
「どこかで会った気がするんだが…」


そう言いながら近藤さんという方は、わたしの顔をしげしげと見つめ、覗き込んで来る。
驚いて後じさり、首を引っ込め肩を竦めたわたしを、総司さんが隠すようにして前に立ちはだかり、手のひらをひらひらと左右に振って近藤さんの視線からわたしを逃がした。


「いやだなぁ近藤さん、初めてに決まってるじゃないですか」
「そうか?たが─」


そう総司さんに言われるものの、近藤さんは納得がいかないのか首を傾げ、眉間にシワを寄せながらウンウン唸っている。

それに、わたしも近藤さんという人の声…、低すぎないけれど深い、張りのある声に聞き覚えがある。確証があるわけじゃないけど、知らない人じゃない、気がする…。


「それより、時間は大丈夫ですか?お見舞いなんですよね?せっかく近藤さんが選んだお花がしおれちゃいますよ?」
「お、おお!そうだったな!うっかりしていた」


この病院に来た目的はやはりお見舞いだったんだろう。なにかの手土産だろう紙袋を持っていた。それに大きな手に握られた花束。それは心無しか、少しくったりしてきているように見えた。

よほど長話でもしてたのだろう。

少し萎れた花を見て慌てる近藤さんを見つめながら、ふふ。と笑った総司さんを見て、わたしはその表情に息を呑んだ。


「でも近藤さんに来てもらえるなんて、羨ましいなぁ」
「我社の大事な社員だからな。では総司、また」
「はい、近藤さん!」


入院病棟へ向かう近藤さんに手を振り続ける総司さん。彼を見つめるその視線は、羨望と言っていいのだろうか。わたしや、他の人を見る目線とは全く違う優しさを纏っていた。


「………」
「…なぁに?そんなに見つめないでよ。ユイちゃん。」
「……ちが……っ!」
「ふふ」


完全に近藤さんが視界から消えると、すうっと波が引くようにして、またいつもの掴めない表情へと戻ってゆく。

笑っているのか、怒っているのか。

まったく何も、掴めない表情。


「帰ろうか」
「……」


はい。でも、いいえ。でもない

この人から逃げなければならないのに、この人と共に、この人の住まいに帰らなければならないなんて…。ほんと今の状態は矛盾だらけだ。
蒼い石のペンダントトップをぎゅうと握り締め、わたしは俯いたまま総司さんの後をついて行くしかない。

また、一さんにここで会えることを信じよう。
そして、今度こそ必ず──。


─────
2016/05/27


ALICE+