24.伸ばした手、掴もうとする手

総司さんの運転する車の助手席に座らされ、ぼーっとした心地で窓の外を流れる景色を見つめ、時間がすぎるのを待つ。

信号が赤になり、車が停車した時、それまで黙っていた総司さんがいきなり口を開いた。


「ユイちゃん、まだスマホの設定済ませてないの?メール送れなくて困るんだけど」


さっきまで上機嫌だったのに、今はあからさまに不機嫌な様子を見せている。
突然の豹変に、驚きと恐怖から心臓がばくばくと暴れだして、声を出そうとしても焦りからうまく言葉が見つけられなくなっていく。


「ま、まだ、パスワード、が思い出せ、なくて」
「そんなのいらないじゃん」
「え、で、も…メール、履歴とかで友だち、の…」
「ユイちゃんに友だちなんていないじゃない」
「……、え?」
「誰一人、お見舞いに来なかったじゃない」
「…そ、れは」
「そうでしょ?お見舞い、誰も来なかった。君に友達なんて、いないんだよ」


「………っ」


そんな言葉をわたしに浴びせた総司さんは、少し前の不機嫌な表情から一転し、今度は嫌なくらいの笑顔を湛えている。

なんてひどい言葉を、それも満面の笑みで言うんだろう。
この人は、どうしていつもこうなんだろう。

絶望、なんて甘い言葉じゃない。この人がわたしに用意したものは、周りから全てを断ち切ろうとする残酷な檻だ。


喉が詰まって、声も出せない。あまりにも辛辣な言葉に、涙すら出ない。うつ向いて下唇を噛み、締め握りしめた拳を震わせた。

ただ一つだけの変わらない確実なことは

この人との将来なんて、絶対にありえないことだ……!! 心が握り潰される前に、ユイというわたしを殺されてしまう前に…。この檻から必ず逃げ切ってみせる…!



ズルズルと引きずられるようにして、また総司さんの住まいに戻される。
一歩進んだかと思ったか、大きく逆戻りした気分だ。
リビング前の空き部屋のウエディングドレスは、相変わらず煌びやかなのに禍々しい。ドレス自体に罪はなくても、今のわたしにとっては諸悪の根源だ。

スマホも、僕が設定しておくから。と、取り上げられてしまった。
どうせもう、あのスマホも総司さん専用になるものなんだろう。

わたしは別の方法で、わたしの事を思い出そう。総司さんから与えられたものでどうにかしようなんて、考えが甘かったんだ。


「それじゃあ、おやすみ」
「……はい…」


家具も寝具も寝巻きも総司さんに用意され与えられたものばかり。それらに囲まれて、気持ちは相変わらず落ち着かない。
だけど、昼間の疲れもあってか、久しぶりに神経が昂ることもなく自然と瞼が落ちていった。



そして───



その夜。わたしは夢を見た。


「では、来週からお願いするとしよう!」
「はい! よろしくお願いします」


将来、お父さんの仕事のお手伝いができるようになるため、事務経験を積みたくて、ある会社の短期アルバイトに応募した。
大柄だけれどおおらかな優しそうな社長さん自ら、わたしを面接し、配属されるであろう部署のメンバーにわたしを紹介してくれたんだ。


「今日から新しく仲間になった、ユイくんだ! みんな、よろしく頼む!」
「…よ、よろしくお願いいたします」
「早速だが斎藤くん。君に彼女を頼もうと思う」
「わかりました」


そう言って“斎藤くん”と呼ばれた人が席から立ち上がり、わたしの前へと歩み寄ってきた。


「……!」


そして、蒼の瞳に囚えられた。


深い、深い海のような──あお。


“ユイといいます…。よろしくお願いいたします”

“ああ”

とても簡単で短い挨拶を、…一さんとその時かわしたのが印象的だった。

短期の新人なんて皆が嫌がるだろうに、仕事内容も全て初めてのことなのに、面倒くさがらず全てを丁寧に教えてくれ、そんな一さんに、わたしはあっという間に恋に落ちていって


それから……


そんな夢を見た朝は、なんでか悲しくてしかたなくて…、早朝目覚めてしばらくわたしは声を殺して涙を流し続けた…。

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2016/05/28


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