29.闇と同じ
朝とか、夜とか。何月何日とか何時とかは分かる。
あれから何日経っただろうか、とか。
あの日から、あの人はどうしているだろうか、とか。
あの人って誰だっけ?とか。
私は、どうして今ここにいるんだろう、とか。
考えたらきりがないし、私一人が抗っても、もう無意味なんだ、諦めろ。とか。とか。
頭の中を同じ言葉がぐるぐるとまわっていて。
それは今も止まる事無く
ぐるぐる。ぐるぐる。
そして、どうしてそんなこと考えちゃうんだろう。
そしてそのうちなんの事だろう。ってよくわからなくなってきちゃって、でも色々な考えや感情が
ぐるぐる。ぐるぐる。
そして私の傍らに、何故か疲れきった男の人がいて、眉根を寄せて、苦しげな表情をうかべていながら私の名を呼ぶ
「ユイちゃん……」
だけどユイちゃん、ユイちゃん。と、私の名前を呼ぶこの人が誰か分からない。
涙を浮かべているんだけれど、どうしてそんな悲しそうな表情をしているのか、分からない。
とても、ただとても悲しそうに私を見つめる。私も何かを思い出そうとこの人の顔を見つめるけれど…
なにも、わからない。
私の事を知っている人っていうのは分かってるんだけど…
この、私に哀しげに微笑みをかけるこの人は、いったい誰なんだろう。
私の髪を梳きながら、私の手を優しく握り、私にいつも語りかけてくる人。
昔二人で遊んだこととか、何をして遊んだとか、何を話したとか。
話ししてくれるけど、きっとそれは私の事じゃないよね。
だって、私あなたなんて知らないもの。
「ユイちゃんの髪はほんとうに綺麗だね。こうして君の髪を結うと…、小さい頃を思い出すよ…」
私の顔を見つめ、私の頬を撫でながら
この人は時々瞳を揺らし、苦しそうな顔をする。
「ユイちゃん、ねえ、わらって…?」
誰なんだろう
私、本当にこんな人知らない。
「僕の名前、呼んでよ……」
だって、知らない人なんだもの。
「ねぇ、総司って…呼んでよ」
ソウジなんて知らない。そんな苦しそうに言われても、私はもう喋りたくないんだもの。
「あのドレス…そんなに気に入らなかったの…?」
大きく黒いソファの座面から視線を上の方へ向ければ、きらびやかなドレスらしきもの。だったものが飾ってあるのが見える。
凄いドレスだったんだろうな。
どうして、こんなにビリビリに破かれているんだろう。
…どうでも、いいよね…
もう、何も思いたくない。疲れる。
それに、私の名前があの人の口から紡がれる度に、聞いたことのないピアノの曲が延々と脳内で繰り返し始める。
延々と終わらないフレーズ。
それは一向に止まる気配いを見せなくて。
ていて…頭の中で繰り返し繰り返し、ぐるぐると廻り続けている。
ここのところそれが毎日。
頭も重たい。
だから
お願い、もう考えたくない。そして私のことを呼ばないで
この曲が始まると、何も考えたくなくなるの何も考えられなくなるの。
もう、私の名前を口にしないで。
髪を、触られるのも嫌。
「…………」
そうか。髪があるからいけないのか。
そう思ったら、いても立ってもいられない。少しでも、この頭の中の曲を掻き消したい。
「…………」
大きなソファのある部屋にあったはず。大きなテレビ台の、二番目の引き出しのなか。
鋏があったはず。
「…ユイちゃん?どうしたの?…」
こんなもの無ければ、いい。
無造作に掴んだ毛束が、床に落ちては広がる。
次から次へと落ちては広がる。
「…ユイちゃん!!」
あっという間に涼しくなった首元。
足元に散らばった切り落とされた髪を
ぼうっと見つめていれば、後ろから抑えられて鋏を取りあげられてしまった。
「ユイちゃん! なんで……!?」
なんで…?
だって……
あれ、なんでだっけ……?
何が?
もう、考えるのも嫌。聞くのも嫌。見るのも嫌。
あ た ま が い た い
「ユイちゃん…!」
「……っ」
わ た し の な ま え を よ ば な い で !
「ユイちゃん…!」
「あああああ!」
肩を押さえられ、身体の自由を奪われる。
痛む頭を抱え込む事もできなくて、私は力の限り拘束を解こうと暴れた。
「ユイちゃん! どうしたの!?…ユイちゃん…!」
なまえを!よばないで!!
私の名前を呼ばないで!!
頭が痛いの
あの曲が鼓膜に響いて
もう止めて
私の名前を呼ばないで!!触らないで!
「ユイちゃん、危ない!」
「いや!」
「ユイちゃん!」
やめて、やめて!
私の名前を呼ばないで! 私の名前を呼ばないで!!
「いやああああ!」
カシャン!と軽い鉄製の音がして、奪われた鋏が弾き飛ばされる。
もう、頭の中の音を消すにはこれしかないの…?
「ユイちゃん!!」
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2016/09/16改
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