32.遮られた世界

「まあ…! 本当にお綺麗でいらっしゃる…」
「………」


白く縁取られた窓枠の外を見れば、鉛色の暗い空。そしてその空から降り続く雪が、景色を白く上書きしていく。

白、一色だ。

外の景色も、部屋の中も、そしてわたしも…。


「あいにくのお天気になってしまいしたが、これはこれでお嫁様のお肌の美しさを、一層引き立ててくださいますね」
「…………」


しんしんと降り続く不香の華

わたしの感情と気持ちを覆い隠し、蓋をするようにして降り続く香りなき華


「真っ白な気持ち。という言葉にふさわしいですね」
「…………」
「大丈夫ですよ。どなたでも緊張するものですから…」
「………」


介添えの方が言葉を尽くし、どうにかわたしを元気づけようとしてくれているのは、充分に分かっている。だけど、どの言葉に対しても、わたしは頷く気にもなれなくて

ただ、ただ窓の外の降り積もり続ける雪を見つめているしかできない。


今年、一番の寒さになった2月の今日。


わたしが、わたしじゃなくなる日。


『今日が、その日』

その、日付も何も聞かされないまま。

あの日切った髪が少し伸びるまでの日々を諾々と過ごすしかなかった。

心は簡単に壊れる事なく、私を現実からは逃がしてはくれなかった。

壊れきったからなのか、壊れる場所がなくなったからなのか

わたしは、わたしのまま。心そのまま

わたしじゃなくなるんだ…。


「……失礼いたします」


耳たぶに、淡い輝きを放つ真珠のイヤリングが付けられる。雪を見つめることに没頭していたわたしは、ひやりとした金属の感触で我にかえり、飛びかけた意識は一瞬にして現実に引き戻された。

一さんから預かった、あの菫青石のペンダントも、いつの間にか外されてどこかへ行ってしまった。


何も、残っていない。


わたしの、唯一の一さんとの形ある思い出も消えて、もう

何も、残っていない。

化粧を施され、表情を隠され血色良く飾り立てられ、わたしは塗り替えられいく。
仕上げにイヤリングと併せた真珠をあしらった、シルクリボンのネックレスが着けられた。


「お綺麗ですよ。本日のドレスに良くお似合いです」


用意されたドレスはとてもシンプルなデザイン。私が切り裂いたあのきらびやかで豪奢なドレスとは、まるで正反対。そして、手渡されたブーケも…。


「本日使用しておりますこの黄色い花は、フクジュソウといいます。こちらの花言葉は “幸せを招く” だそうですよ。今日のこの日にぴったりですね」


白い花を土台にして、フクジュソウの黄色が控えめに添えてあり、この色合いと質素なデザインになんだか違和感を覚えた。


(赤じゃ、ないんだ…)


総司さんはお見舞いの時、いつも大輪の赤い花を持ってきていたから、彼自身が私に赤い花を与えようとしているものだと思い込んでいたけど…。


「………」


あたたかく、優しく可愛らしい色。

ふわりと心が温かくはなった。

でも、もう、そんなのも…どうでもいい事だ…。

赤だろうと白だろうと…。

何色だろうと、もう。

もう、何でもいい…なんだって、もう終わりなんだから…。


「………」


ブーケを持っているのも、気が重い。
だらりと腕を下げ視線を下にして俯き、ゆらり。と、イヤリングが揺れたところで沈黙を切り裂く硬いノックの音が部屋に響いた。


「おまたせいたしました。新郎様のご準備が整いまして、お式のお時間が参りました」
「………っ」


複数の介添えの方が、室内の人間の返事を待つことなく扉を開ける。

ドレスが引っかからないようになのか、扉は観音開きに大きく開けられ、外の雪景色と同じように、真っ白な大理石に吊り下げられたいくつものシャンデリアの光が反射している。

眩しさに顔を背けて、わたしはとうとう観念した


「お嫁様の準備も整いました。さあ、参りましょう」
「……………」


扉が開けられ、閉じ込められた部屋から空気の通り道ができる。

ぴゅう。と一気に冷たい風が吹きこんできた。アメリカンスリーブ型のドレスは、ウエディンググローブをつけているとはいえ、両腕がむき出しになっている。吹き付けられた寒さにぶるりと身震いすれば、肩にふわりとケープがかけられた。


「空調は効かせておりましても、今日は雪の日ですから」
「…………」


真っ白でふわふわのケープ。

部屋も、ドレスも、ケープも……身に纏うどれもこれもが真っ白。

これから、あなたの色に染まりますという意味の、白。


「…………」


介添えの方が裾をつまみながら誘導されるままに歩みをすすめる。一歩、また一歩と進んでゆけば、それに併せて近づいてくる幾何学模様が彫り込まれた、木製の重厚な扉。


この扉の向こうには……


「………ら、…」
「何か、おっしゃいましたか…?」
「…………」


思わず漏れた言葉。

何を言ったかと問われたけれど、応える気は、ない。

だって、それを言って耳に残し頭に届けたくないから。

だから、心の中だけで。もう一度

もう一度。あなたの名前を…。


「……………」


さようなら、はじめさん…。


さようなら……。


「失礼いたします」

「……………」



真っ白なベールがゆっくりと下げられる。

そして、わたしの視界の何もかもを遮っていった。


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2016/12/31


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