33.天使の梯子
「裾をけるようにして、右、左。左、右と歩みを勧めてください」
「…………」
本番直前になって、歩き方の指導をされる。なんでも、こうして裾を蹴りながら歩かないと躓いてしまい、縁起が悪いらしい。
「では」
「…………」
深々と頭を下げた式場のスタッフさんが恭しくドアの取っ手に手をかけ、身を折りながらゆっくりと右と左に分かれていった。
両開きのドアが、重たい音を立てて開く。
縦一直線の光柱ががどんどんと横へ広がり、狭く暗かった視界が一気に明るくなっていった。
パイプオルガンでゆったりと奏でられる結婚行進曲が、高い天井へと反響して柔らかな音色となってチャペル内を包んでいく。
白を基調とした大理石の床に、入り口から祭壇へと真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯。
いわゆるバージンロードというやつだ。
「………」
バージンロードって、父親と歩くものじゃないのかな…
わたしには、お父さんがいないのに。
一人で、ここを歩けというの…?
屈辱的な気持ちになりながら、丁寧に磨かれた下枠の縁を見つめる。真鍮で出来たそれは徹底的に手入れを施され、きらびやかに輝き受ける光を反射させ、瞬きをした目の中に跡を残す程だ。
歩みを止めたままのわたしの横で、介添えの方が小さな声で “お嬢様、お進みください” と急かす。
けれど、進めるわけがない。
ここで足を踏み出せば、本当に、本当に…。
「………」
悪あがきをするわたしの耳に聞き覚えのある活気に満ちた声が響き、そしてチャペル内の空気を揺らした。
「ユイくん。さあ!」
「……っ!?」
驚き、跳ねるようにして顔を上げれば優しさに満ちた見知った人が、私に手を差し出していた。
「え…?」
どうして、ここに?
「近藤…さん…? どうし、て…?」
「驚かしてすまん。さぁ、彼が待っているぞ」
「……か、れ…?」
近藤さんの、ずっと先。
青を基調とした、ステンドグラスの光差し込む祭壇の方に目をやれば、大きなキリスト像の十字架の隙間から零れた陽光が逆光となって、その人のシルエットだけを形どっている。
さっきまでの雪が止み、雲の隙間から天使の梯子がいくつも射し込こんで、雪化粧を施した外の景色の白に反射する。
眩しい。
眩しくて、よく見えない。
だけど…まさか、そんな。
あの時の、歩道橋からの景色と同じ。
光を縁取った濃紺の影。
「はじめ……さ…ん…?」
「ああ。そうだ。さあ!」
どうして? 総司さんは?
私はやっぱり、壊れてしまったの…?
都合のいい夢を見させられているんじゃないだろうか…。
頭が切り替えられずもたもたしていれば、介添えの方に手を取られ、近藤さんの腕と組まされる。
わたしに太陽のような笑みを向け、力強く頷いて、近藤さんはこう続けた。
「安心してくれ。ユイくんの父上の残された会社は、うちの子会社になった」
「……え…?」
目の前の事が、呑み込めない。
展開が急すぎて、頭が追いつかなくて喜びが置いてきぼりになって焦燥感が涙となって現れる。
次から次へと襲う事実が、この先どういうものなのかわからない不安と驚きと戸惑いで、わたしは近藤さんの腕を振り払って顔を覆った。
「ユイ!」
「……っ、はじめさ……っ」
堪らず泣き出したわたしの元へ、祭壇から下りた一さんが駆け寄ってくる。肩を支えられ、愛しい気持ちと覚えのある感覚に喜びを覚えるのに素直になれない。
なんで急に? わたしの捨てた気持ちは!?
あなたを、諦めよう。
心を、殺そう。
そう決めたのに
いきなり射した温かい光が眩しすぎて辛い。
だって、だって総司さんは?
「………総司、さんは…?」
「ユイ、これを」
「え…?」
渡されたのは、わたしが与えられていたスマートフォン。画面を見れば、 “総司” と、着信相手の名と “通話中” の文字が点滅している。
電話の向こうの相手を待たせてはいけない。と無意識に気持ちが働き、慌ててスマホを耳にあてた。
相手が誰だか、判っているのに。
「…っ、もしもし…!」
「ユイちゃん? 僕だよ」
「総司さん…!これは…」
少しの間があった。
気のせいだろうか、声が震えている気がした。
総司さんも、わたしも。
「やっと、僕の名前…呼んでくれたね…?」
「…総司さん…?」
どういうことなんだろう。どうして総司さんはここにいないで、電話なんてかけてきたんだろう…。
「ごめんね」
「…!?」
駅にでもいるのだろうか。
ガタンガタンという音、多くの人の足音や大勢の人のざわざわとした喧騒が、総司さんの声に混じって聞こえてくる。
「どこに、いるんですか…?」
「ふふ。何処でしょう? …なんてね。駅だよ。成田」
「……っ! 成田!?」
わたしの声が、キン。とチャペルにこだまする。思わぬ響きにビクリと肩を竦め、視線を巡らせる。だけど、驚いているのはわたしだけ。
ここにいる皆が、状況をわかっているようだった。
「……、どうして…」
「…近藤さんから聞いているよね? ユイちゃんのお父さんの会社は、近藤さんの会社の子会社になったから…。もう安心だよ」
「そうじゃなくて…!」
「うん。わかってる」
わたしの問をはぐらかす。そういうわけじゃないのだろうけど、的を得ない答えにますます訳がわからなくなる。
混乱した私を、一さんが引き寄せて近くの席へと誘導する。 “大丈夫だ” そう宥められるようにして、背を擦られ、ようやく落ち着いて会話を再会出来た。
「総司さん…」
「…うん。ちゃんと、話するから」
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2017/02/04
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