34.光射す先

「皆様も、どうぞご着席ください」

この流れも、段取りにあったのか、教会のアシスタントの方が、参列者の方々に声をかけた。


「!!」


その中に、お母さんもいた。


「おかあ、さん…」
「…。総司さんと、ちゃんと話してね」


目が合うと、小さく、だけど力強く頷かれた。きっとお母さんも知っているんだ…。

わたしの気持ちを拒絶していた時の視線と違う、いつものお母さんの表情。
わたしの知っている、お母さんの顔。


「……はい」


頷き返して、そして改めてもう一度スマホを耳にあてた。


「…もしもし」
「うん。驚かせて、ごめんね。理由だけ言うね?」


理由…?
 
そう思ったけれど、きっと理由がわからなければ事実はわからないだろう。そう思って、総司さんの言葉に耳を傾けた。


「前に言ったでしょ? 僕は元気なユイちゃんが好きなんだ。ユイちゃんの笑顔が大好きなんだ。僕は、ユイちゃんに笑ってほしい。だからだよ」
「……?」
「幸せに、なって?」
「……総司さん!」


総司さんは、今、どんな顔をしているんだろう。
こんな声、初めて聞いたかもしれない。なのに懐かしい。優しかった頃の、仲が良かった頃の総司さんの声。
総司さんは、今、どんな顔をしているんだろう…。


だけど、これだけは言える。

総司さんはきっと、笑顔でいる。

だって、わたしもやっと笑えて…こういう時、いつも二人で笑いあっていたから。

楽しい時間や嬉しい時間。共有できた時。

総司さんとわたしはいつも笑顔でいた。

だから、きっと。笑顔だ。


「一さん」
「……ユイ」


涙が止まらない。一さんが拭ってはくれるけど、次々と溢れて止められない。総司さんがくれた優しさがあたたかくて、心に滲みて、痛い。


「…ユイちゃん」
「はい……」


ふふ。と困ったように受話器の向こうで笑って “あと、少しだけ聞いてくれるかな…?”

そう言って言葉を続けた。


「僕はね、ユイちゃんの事を助けられなかったんだ」
「……わたしの事…?」
「うん。あの日。歩道橋からユイちゃんが落ちた日」
「……!」


あの日…何かを掴もうとして手を広げたけれど、何も掴めないで虚しく空を描いた…わたしの、あの事故にあった日。


「斎藤くんが真っ先に、ユイちゃんのところへ飛び込んだんだ」
「………」
「恐怖と、絶望と悲しみと…。いろいろと入り混じった君の眼差しが…忘れられないんだ。助けなきゃって思ったのに、足は縫われたように動かなくて」
「総司さん…」


その後は、ほとんど総司さんが一人で話し続け、わたしはただ、それを遮る事なく聞き続けた。


「…………」



僕が…壊したんだ…君の、心を。

怖かった。だから、笑顔でいて欲しかったんだ。また笑顔が見たかったんだ。

将来に悩んでも、君の笑顔に救われたことは何度もあったのに…僕は、酷いことをした。

君が心を壊した時…、僕のせいだと思った。それに、お父さんのこともあって、忘れてくれていたほうが、君にもいいと思ったんだ…。だけど、それは間違いだった。


笑顔が…全然違ったんだ。


あの時、僕はユイちゃんを取り返そうと追い詰めて、そしてユイちゃんは歩道橋の階段から落ちて…。

あっと思う間もなく斎藤くんはユイちゃんに手をのばして身を挺して君を守ったんだ。

階段から落ちた時の君の眼差しが忘れられない。

斎藤くんはひどい怪我を負って。君も頭を打って…記憶を…。



「ごめんね、ユイちゃん。ずっと、ずっと謝りたかったんだ」
「…はい」
「嘘ついて、ごめん。君の気持ちを無視してごめん」
「いいえ…わたしの方こそ…総司さん…、…ありがとう、ございます…」


だって、総司さんがお父さんの会社を助けてくれなかったら、お母さんもわたしも…別の意味で生きていたかわからない。

命を救われたことには変わりない。なのにわたしはお礼も言わないで


「わたしこそ、ごめんなさい…!」
「うん。だいじょうぶ。ユイちゃん、今度こそ幸せにね? 今度こそ。約束だよ?」
「はい…。約束、します……」
「この式はね、僕からの最後のプレゼント。これは受け取ってね? ドレスとブーケは斎藤くんが選んだんだよ。…可愛い、君が好きそうなデザインだね」


いつもの飄々とした口調。総司さんはまた受話器の向こうで、ふふ。と笑った。


「……っ!!」


これ以上話を続けることができなくて、嗚咽を抑えていると、 “斎藤くんに代わって?” と言われるまま、一さんにスマホを渡した。


「もしもし」
「斎藤くん? ユイちゃんを幸せにしないと、今度こそ奪いに行くからね?」
「安心してくれ。必ず幸せにする」
「そう聞けて良かった。ありがとう。近藤さんに代わってくれる?」


次は、一さんが近藤さんにスマホを渡す。近藤さんを目元を真っ赤にしながら、こくこくと何度も頷き、「必ず、帰ってこい」と嗚咽混じりで話をしていた。

ゆっくりとした手付きで画面をタッチして、近藤さんは通話を終わらせた。
そして、スンと鼻を擦りながら、もう一度式を仕切りなおした。


「大きな怪我から回復し、新たな一歩を共に歩み始めるこの二人を、祝福しよう」


近藤さんの大きな声がチャペルに響き渡る。ずしりと重みのある声。

一さんとわたしは立ち上がり、参列者の方々に頭を下げた。

ありがとうを言っても、言い足りない。
後悔も沢山ある。
もっと早く、自ら勇気をだしていたら、傷は深くならなかったかもしれない。

だけど、それは…

これから埋めていこう。


だから、もう一度。


「ありがとう、ございます」


拍手の音が響く中、改めてまたパイプオルガンが曲を奏でる。

手と手を取り合って、わたし達は赤い絨毯の上を歩き祭壇で生涯を誓いあった。


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2017/02/09


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