9.凍てる

何度も果てさせられて声は掠れ、涙は渇いて頬を引き攣れさせる。


「や、や…、ああ…っ、あ…! や、だぁ…ぁ、ぁ……!」
「………っ」


一君は私の身体を簡単には解放してくれず、身体までをもが悲鳴を上げて意識を混濁させた。


「あっ、───あ、ぁあ…!」
「…………は、…っ」
「ァ……!」


捻じ込む様に腰を押し付てから、私の上で、ぶるりと一度身を震わせて、ずる、と気怠げに私の膣内から引きずり出された。
一君の熱が、糸を引いて生温かいねば付いた感覚を太腿に落とす。

何度も達した膣内は勝手に痙攣をおこし、びく、びくと意する事無く腰を跳ねさせた。

もう何度もそこを行き来されて、痺れたようになってしまって

ただ、ただ熱いだけの箇所でしかなくなって…。


「は、じめく…、も、…」



“やめて”



そう言葉にする気力さえも失われ、ただただ力無く一君の表情を伺い見る事しかできなかった…


「……」


だけど変わらず私を見下ろす一君の視線は、何の熱も持たず冷えていて仄暗い。


「……、ど、して…」


掠れた声を精一杯に絞り出して問い掛けても、一君の纏う怒りは治まらず、


「………」
「……ッ!」


怒気を含めて弾く様に、一君は私の身体から離れて無言でベッドから降り、合成大理石の冷たい床を、ひたひた、と足早に進んでシャワー室に消えていってしまった。



「…………」



普通はそこで、混乱していたとしても、自身が解放された事に安堵するのだろうか。

だけど私にはショックだった。


いつも、いつも…、一君はそんな事はしなかった。

私を抱いた後に、真っ先に身体を洗いにいく様な事はしなかった。


「……………」


そしてそれが逆に怖い、とも思った。

それ程一君の怒りが大きいという事が。



自分の鼓動が煩い。



でも、いまここから離れなければ、また私はどうなるか分からない。



愚かな事に、私は軋む身体を引き摺って、引き剥がされて放り投げられた下着に手を伸ばして

呑気にそれらを身につけて、此処から逃げようとした。

上着だけでも羽織って、一刻も早く、ここから出ていれば良かったというのに。


「う……、く…、ッ……」


力の入らない震える腕を奮起させ、何とか上体を起こしベッドから這いずり降りて、先程一君が歩いた冷たい大理石の床を更に這って、無残に床に投げ捨てられた自分の下着を手にする。

そしてその安堵から、一度溜め息をはいて、その下着を身につけようと、軋む身体を立て直す。



「……………!」



本当に甘く考えていた。

いつもよりも早く、一君がシャワーを終えてくるなんて。

考えもしなかった。

カラ、と引き戸が開いて、身を清めた一君の視線が私を探す。


「…………」


ベッドに居たはずなのに、床にへたりこむ私を見た一君は、タオル一枚を腰に巻いたままだった。



「……………っ!」



言い訳もできないこの状況。

ヒッと息を飲み込んで、身を竦めるしか出来ない私の元に大股で近づき手を伸ばす。
私へ向かってくるその腕の勢いが怖くて、ぎゅっと身を縮込ませ身構えた。

勿論、今まで一君から殴られた事なんてないけど、これまでに付き合った男の人から殴られたことは、ある。

大体そういう男は、優しかったくせに気に入らないと、暴力で支配しようと豹変する。


だから怖くなって、一君も私を殴るんだ、と、咄嗟に身構えた。

もう私には、縮こまって上から降りてくる一君の手に身構えるしか出来なかった。

そんな私にお構いなしに、一君は私の手首を掴んで引き上げる。


「……っや…!」
「…………」


私は恐怖に強ばっている間に、背と膝裏に腕を回され、横抱きにされてしまった。

殴られなかったことに驚いて、目を見開いけば、意図せず一君と私の視線が絡み合う。


「…………っ」
「………」


まだ怒っているのか、と思っていたのに、一君の私を見詰める視線は揺れて、切な気で…。

でも張り付いて枯れた喉は、一君の名を呟く事も出来なくて…。

身を竦ませて、無抵抗で一君に横抱きにされていれば、一君は私を抱えたまま身を反転させて、またバスルームに無かう。


「………!」


揺れた所為で、咄嗟にしがみ付いて気付く。

彼の身体が冷え切っている事に。


「は…、じ、め…くん……?」


どうして、どうしてそんなに冷え切っているの…?

でも、私の質問を拒絶する様な視線を送られ、それ以上聞く事が出来なくて、私は声を詰まらせ黙りこむ。


「…………」


無言の一君は、ただ、前を見据えて私をバスルームまで運ぶ。


予め浴槽に湯を張ってあり、湯気が立ち込めていて既に浴室内は温かい。

私を抱きかかえたまま、一君は浴槽に静かに脚を入れ、そしてそこでゆっくり身体を下ろされる。
  

「………」
「………」


一君が湯に身を沈めたところで、私は手を引かれる。

身を反転させて、後ろから抱きかかえるように両腕を伸ばして私を抱き締めて項に鼻先を埋めた。

温かいお湯の中でも、まだ、冷えたところは温まりきらなくて、触れられる度にヒヤリとして私はその度に身を微かに震わせる。


「つめたい…、よ……?」
「…………」


冷えた一君の手に、自分の手を重ねて呟いても、一君からの返事は、ない。

だけど私を抱き締める腕の力は弱まる事は無く、意思の強さを表す様に、私を閉じ込めたまま。


「………」


私はある予感がして、ちら、と、シャワーの温度を見る。
やっぱり、調整温度が青のラインの所まで思いっきり回してあった。

私を包み込む一君の胸に、背を預け、やっと温まってきた一君の掌を握った。


「水、…浴びたの……?」
「………」 


一君の方を向いても、一君は瞳を伏せたまま何も答えない。


「………」


“どうして”という疑問はまだ私の心の中で燻って影を作っている。

けれど、氷のようになってしまった一君の

せめて身体だけでも温めたくて、私はもう何も語らずに、ただ、彼の掌を、触れる事のできる全てを温めるようにして包んだ。

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