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なんてこった。

思わず口から漏れそうになったその言葉を、手で口を抑えることによって無理やり自分の中へ留めた。
目の前には体ががっしりとしている学ラン姿の男子生徒と、彼の後ろにぞろぞろと着いて歩く女子生徒の群れ。なんだあれ、パレードか?
自分は今、彼女たちとおなじ紫色のセーラー服を着ている。道の脇に植えられている木々はすっかり葉が落ちきっていて、時折頬を掠める風の冷たさ、そして制服の袖が長袖なことから今の季節が冬であることは一目瞭然だ。

「(まじかー…一体全体、何があったんだ。)」

私、苗字名前はつい先程死んだ。はずである。

『お前はぼーっとしすぎ。』
そう言われることは多々あったが、まさか死ぬまでとは思わなかった。といっても驚くことかな、後悔とやらはあまりない。親孝行できなかったな、とか、せっかく作ったカレー食べ損ねたな、とか。思い出す限りそれくらいだ。
死んだ理由は恥ずかしいくらいのダサい話だ。ぼーっと階段を降りていたら自身の足に別の方の足をひっかけそのまま落ち、打ちどころが悪く…である。階段で落ちている間の痛みはそれはそれは…であったが、すぐに頭を打ったらしくその瞬間にぽっくり逝ってしまった。実に情けない。そんな理由で娘を亡くしたと聞いたら両親はどんな顔をしたのだろうか。知りたくないものだ。

しかし私は生きている。しかも、制服を着て。本当であれば20を数年前に越した立派な成人女性であるのだが。恥ずかしい、今更になって制服。なんの仕打ちというのだ。親より早く死んだ事か。
本当に状況が全く読めない、しかし…動かないことには何も始まらないことも確かである。

「あの、すみません…」

きゃあきゃあジョジョジョジョきゃあきゃあと騒いでいる女生徒たちに、勇気を持って話しかける。しかし大きい男子生徒に夢中な彼女達には聞こえてないらしい。かなり近めに話しかけているつもりだが。恋に燃える女子高校生は恐ろしい…自身にとって遠い昔となった青春。自分が高校生時代もこんな女の子達いたなあ、でも流石にたった1人を中心にしては見たことないけど。
ジョジョってなんだ、と彼女達の目線を追えば中心の男子生徒の呼び名らしい。その男子生徒はモテ慣れているのか、騒ぐ女子達に目もくれないでスタスタ歩いていく。確かに体格は凄くいいが…顔が気になる。今の位置では見えない。
二、三度同じように話しかけてみるもやはり結果は虚しく無視される。しかしここでめげてたまるものか。ここはどこか、場所だけでも聞いてみせるぞ私は。そうと決めれば心に熱いものが宿ってきた!行くぞ!

「すみません、すみません、あの、あの!」

タックルかとでも言われるような勢いで彼女達の輪に入ろうとする。とりまきの後ろの方にいる子でいいから、教えてくれないか。
私の熱心なアピールのおかげか、1人が振り返る。『やった!』そう思うと同時に、私は目を疑うような、とんでもないものを見てしまった。
大きな鳥居を潜り、男子生徒は階段を降りていくようで姿がだんだん見えなくなる。その後ろ姿に忍び寄るように動く、緑色の、キラキラした何か。

悪い予感がした、幻覚かとおもったが、それを凌ぐ悪い予感がした。私は駆け出す。

「危ない!!」

死んだ理由といえる階段はやっぱり怖くて、しかし勢い余ってその速さのまま階段をかけ下りる形になってしまった。彼はもう数段降りていて、私は思わず叫びながら、緑色の何かから彼を避けさせるために、靡く彼の黒い学ランの裾を手に捕えて引っ張った。『あ゛?』とすごく低い明らかに警戒した男子生徒のものらしい声が聞こえるが、如何せん怖いものは怖いので、下が見れない。きっと彼はいきなり裾を引っ張ってきた奇怪な女の姿を見るために振り返っているのだろうが、私は空を見ている。だって高いところ怖いんだもん。それに、本当は年上だから、許してね。制服着てるけど、いきなり突っ込んだけど。変な女じゃないよ。
だがそんな呑気な事も考え続けられなかった。なぜなら、次に聞こえた彼の声に思わず下を見た私は、同時に視界の端を赤い何かが飛び散るのを見たからだ。瞬間、体が下へ引っ張られる。男子生徒が階段から落ちる様子がスローモーションのようにみえる。つまり、私も階段を落ちる。裾を離してもいいはずの掌は、こういうときなかなか開かないものだ。デジャブを感じる。これ確実にさっきも…てかこれ死因だったじゃん。
思わず目をぎゅっと瞑ると、そのまま何かにがっしりと抱き寄せられる。え?何?と思うのだけれども、目を開けようとした時に再び後頭部を強い衝撃が走って、そのまま私は意識を手放した。