始まり



それは一瞬のことだった。

夜勤帰りの昼、久しぶりに体に悪いものを食べようと思って、有名チェーン店のハンバーガーを買って家に向かっていた。目の前には私の住むマンション、この横断歩道を渡ればお酒も飲めるぞ…という所でまさかの光景を見てしまった。突然私の隣から小さい子がま道路に飛び出したのだ。左側から流れるように聞こえる大型トラックのエグいほどのブレーキ音。しかしそれも間に合わないことが目に見えている、永遠のような瞬間。
火事場の馬鹿力なんてよく言ったものである。私はそれを認知した時既にMマークの紙袋と仕事用のハンドバックを投げ捨て、その子供を目掛けて走り出し、小さい背中を反対の横断歩道へとドン、と突き放した。
女性の悲鳴と子供の泣き声、そして自分の体からしたであろう酷い音。続いてやってきた言葉にできない痛みに、私が直ぐ意識を手放したのは言うまでもない。



ガラガラという音と、全身で感じる振動に、朦朧としながらも意識がはっきりしてくる。
先程の交通事故を思い出して、『ああ助かったのか、割と大したこと無かったのかな。』なんて思いつつ目を開ける。目まぐるしく流れる景色を背景に、知らない女性の顔が目の前にあった。驚く声が出そうになるも、マスクでもされているのか変な感じがした。

「?!患者、意識戻りました!!」
「え?!その怪我で?!あっ、ま、麻酔は?!」
「しています、そろそろ効いてくる頃だと。」

脳が追いつかない会話に目がキョロキョロと動いてしまう。しかし何だか突然眠気がやってきて、瞼がゆっくりと落ちてきた。『大丈夫ですよ、安心してくださいね。』優しいその声を最後に、また私は意識を手放すこととなった。



次に目が覚めた時は、随分落ち着いていた。
白い景色に眩し過ぎない光、独特なにおいで直ぐに此処が病院であることを理解した。取り敢えずベッドの頭元にあるナースコールのボタンを押す。
『失礼します』という声に、包帯とギプスのついた左手から目線をあげる。シャッとカーテンを開けられ、看護師が入ってきた。仕事ができそうな顔つきの人だ。

「ま、意識が戻られたんですね…!」
「まあ、はい。」
「大きな事故にあわれたんですよ、それで1週間ほど意識がお戻りになられなくて。」

なかなかだな。

「今は…13時18分なのですが、14時に担当の先生からお話がありますので、また直ぐお迎えにあがりますね。」
「分かりました、ありがとうございます。」

お話って…まあ、今の状態についてとかかな。ベッドサイドで言う訳にも行かないもんね。
看護師は本当に直ぐにきて、松葉杖をサイドテーブルに立てかけながら私をベッドから立ち上がらせてくれた。
あんだけでかい事故っぽかったのに、足も片方、しかも捻挫なんて驚いたもんだ。うまい轢き方したな、あの運転手。

「学生さんですか?」
「え?いえ、結構な社会人です。」
「そうなんですか…?!あ、ちなみにお仕事は…。」
「看護師です。」
「えっ」

看護師と話しているとあっという間に診察室へ着いてしまった。しかし、この歳になって学生かと言われるなんて思いもよらなかった。そこまでベビーフェイスな自覚はないんだが。